月夜にまたたく魔法の意思 第8話4




 朱雀はこれまで、ヤキモチをやいたことがない。
 だからその日抱えていた感情が、まさにそれだということにも気付かなかった。

 結局その日、優は昼食の時間にも夕食の時間にも姿を現さず、一日中ずっと図書室にこもりっきりだった。
 ドラゴンの調べもののために、何をそんなに夢中になることがあるのだろう。
 偶然を装って図書室に行き、優が一体何をしているのか探りたい衝動にかられたが、朱雀は絶対に行かなかった。
 三次があれからすぐに図書室を去り、残っているのはずっと優一人だけだということを、幸い朱雀の魔力探知能力がしっかりと感じ取っていたからだ。

 しかし腑に落ちないのは、親友であるはずの流和と永久が優のことを全然心配していないことだ。
 「優が図書室にこもりっきりなのは、ベラドンナではいつものことだもの、心配することないって」
 「そうよ、図書委員の仕事があるからって、授業にも出てこないことがあったくらいだもの」
 と、流和も永久も口を揃えて言うのだ。
 けれどそれは、ダイナモンの図書室が一部の学生たちの間でどういう使い方をされているか知らないからだろ、と、朱雀は心の中で毒づいた。

 夕食の間ずっと言葉数が少ない朱雀に、吏紀や空はその心中を察して気をつかっているようだったが、流和や永久はまったく無神経だった。
―― なんで俺がアイツのことをそこまで気にしないといけないんだ、意味がわからない。
―― 飢え死にでもなんでもすればいい。
 ただし、今夜の魔法特訓に遅れて来たら、そのときは容赦しないぞと、朱雀は決めた。

 夕食を終えた朱雀は、建てつけの悪いドアをいつもより強く蹴り開けて、男子寮の談話室に入って行った。
 するとすぐに、何人かの男子生徒が朱雀に近づいて来た。談話室には他にも十数人の男子生徒がくつろいでいて、なぜか全員が朱雀のことを見ている。
 朱雀は両手をポケットに入れて、自分を取り囲む男子生徒を無表情に見回した。

「高円寺朱雀。お前にデュエルを申し込む」
「悪いけど、今はそんな気分じゃない」
「なんだよ、偉大なシュコロボヴィッツ様が、逃げるのか?」

 粋がった低学年め、と朱雀は内心うんざりした。
 朱雀が応えずにいると、談話室にいた他の男子生徒たちもやって来て朱雀の周りに群がり、口々に言った。
「高円寺朱雀がデュエルに応じないなら、まずはあのベラドンナから来たっていう明王児優をやるまでだ」
「そうだ、明王児優をやろう。アイツは人間とのハーフらしいから、きっと楽勝だぜ」
 彼らのその言葉を聞いて、朱雀がかすかにほくそ笑む。

「まあそう粋がるな。アイツは俺と違って加減を知らない。死にたくなければ、デュエルを申し込むのはもうちょっと後にした方がいいぞ」
「それじゃあ、あんたが相手をしてくれるのかい」
「いいだろう。どうせやるなら、全員まとめてかかってこいよ。その方が時間の節約になる」

 朱雀のその言葉を合図に、周囲の男子生徒が一斉に杖を抜いた。
 トパーズ、瑪瑙、トルコ石、パール、エメラルドやサファイヤ。タイガーアイやサードニクス、ブラッドストーンやアクアマリンもいる。
 ダイナモン最高学年になって以来、朱雀にデュエルを申し込んでくる生徒は減っていた。朱雀と同学年の生徒はすでに朱雀に敵わないことをイヤというほど思い知っていたし、逆に朱雀から恩を受けている者もいたから、デュエルを申し込んだりしてこないのだ。今となっては、朱雀のことを噂程度にしか知らない、無謀な男子生徒が徒党を組んでたまに襲撃してくるくらいだ。入学当初、朱雀よりも上の学年が圧倒的に多かったときには、朱雀へのデュエルの申し込みは今とは比べ物にならないほど多かったから、その頃に比べると大分楽なものだった。だが、手加減をするのは昔よりも難しい。

 デュエルの巻き添えをくわないようにと、何人かの生徒は足早に談話室から出て行ったが、一部の生徒は恐いもの見たさで部屋のすみに避けてデュエルを見守ることにしたようだった。
「全部で10人か。本当にお前たちだけでいいのか?」
 と、朱雀がそう言ったときだった、一人の男子生徒が杖を振り、朱雀への魔法攻撃を繰り出して来た。
 瞬間、朱雀は身じろぎもせずにその場から姿を消したので、魔法攻撃が別の男子生徒に命中した。どうやら、その攻撃に当てられた生徒は卒倒してしまったようだ。
 残るは9人。

「敵が攻撃を交わすことも考え、その背後にいる仲間にも注意を払うこと。集団攻撃の基本、まだ習ってなかったのか」
 最初に魔法攻撃を仕掛けて来た生徒の背後に現れた朱雀が、抑揚のない声で囁いた。

 朱雀の瞬身魔法に驚いた生徒がビクリと震え、杖を振りまわした。そのタイガーアイの杖を朱雀は両手で受け止め、それを男子生徒の利き手と反対の向きに回転させてから、腹に蹴りを入れた。
 杖を奪い取ることで、敵の戦意の半分を削ぐことが出来ることを、朱雀はよく知っている。

 奪い取ったタイガーアイの杖を片手に、朱雀は反対の手で指をパチンと鳴らした。
 するとたちまち真っ赤な炎が杖を包みこみ、朱雀の手を離れて宙に浮きあがった。次の瞬間、杖の持ち主の男子生徒が、床の上で悲鳴を上げながら転げ回り始めた。
「うあああああああ!! 熱い、熱い! やめてくれええええ!」
 その男子生徒のただごとでない叫びに、他の生徒たちは青ざめたが、朱雀だけが冷静に言い放つ。
「杖と魔法使いは分身みたいなものだ。これは身代わりのフィアンマで、実際に燃えているわけじゃない。燃えているのは杖の方だからな」

「すぐに魔法を解け! 死んだらどうするんだ!」
 他の生徒たちが一斉に朱雀に杖を向け、攻撃を放って来た。
 だが、朱雀はそれを軽々と炎で払いのけて、面白くもなさそうに言う。
「大袈裟だな。この程度で死ぬ魔法使いは、今すぐダイナモンから出て行け」

 そうこうするうちに、床で転げまわっていた男子生徒が急に静かになり、少しも動かなくなった。どうやら、炎の熱さに気絶したようだ。
「し、死んだのか……?」
「俺は加減を知ってるから、本当に殺すようなヘマはしないさ。ただし、お前たちのように粋がった無能者は確実に半殺しにする」
 朱雀の周囲に炎の熱気が増してゆく。しかも朱雀はまだ杖を出してもいない。
 圧倒的な力差を見せつけられ、杖を構えた生徒たちが怖気づき、後ずさる。だが、朱雀は止めない。
「ほら、デュエルを挑んできたのはそっちだろう。根性、見せろよ」
 朱雀は冷たく笑うと、近くにいた男子生徒を次々に殴り倒し、その手から魔法の杖を奪い取って行った。
 そして最初の生徒と同じように杖を炎で燃やしてやると、新たに3人の生徒が苦しみ悶え始めた。

 残る5人のうち、3人がドアに向かって逃げ始めた。
「決着がつく前に逃げるつもりか! 逃げるくらいなら、潔く降参を宣言し、命乞いをしろ」
 たちまち真っ赤な炎が燃え上がり、渦をまいて談話室にいるすべての生徒を呑み込んだ。恐いもの見たさの見学人も見事に巻き添えだ。

「わあああああああ!!!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「降参だ! 降参だ!」
「許してくれえええ!!!」

 中には声も出せずに卒倒する生徒もいたが、火ダルマにされた生徒たちは地面にひれ伏し、許しをこい始めた。だが、朱雀はすぐには止めない。

「自分の力量を弁えず、無謀に敵に立ち向かって行くことは死を招く。それは何の名誉にもならない。これだけは忘れるな、明王児優を本気にさせたらこんなものじゃ済まない。本当に死人が出るからな。アイツにデュエルを申し込むのは、この俺ともう少しまともにやりあえるようになってからにしろ」

 急速に解けて行く蝋燭のように床に沈みこんで行く生徒たちを睨みつけて、朱雀が怒鳴る。

「わかったのか!」

「わかった、わかったから!!……」

 最後まで意識を保っていた一人が気絶した。
 談話室にいたすべての生徒が完全に落ちてから、朱雀はようやく魔法を解除した。

 静かだ。
 床に倒れている十数人の男子生徒を見下ろしながら、朱雀から小さく溜め息が漏れた。
 きっと、マリー先生にまたどやされるだろう。完全に落としてやろうと思ったのはこちらなので、自業自得なことには違いないが。
 談話室の内装や調度品には焦げ一つないものの、倒れている生徒をこのまま放っておくことはできない。
 昨日の課外授業の怪我人が、少なくとも3人はまだ医務室にいるはずだった。
 そこへ今日は、朱雀の炎にあてられた意識不明の生徒が15、6人加わることになる。


 朱雀は一人で医務室に降りて行って、マリー先生に事情を説明しなければならなかった。
 庭師の小間内氏や他の男性教師、それから手のあいていた他の生徒の手をかりながら、もちろん朱雀も駆り出され、医務室まで男子生徒を担架で運び込むという重労働をこなした。

「ちょっと、16人ていう話だったのに、17人いるけど!?」
 医務室では、マリー先生が琥珀色の綺麗な目をグルリと見開いて、顔を真っ赤にして怒っている。
「どうやら見物人の男の子が一人、カーテンの後ろに隠れておったようで、その子も巻き添えになったようなのです」
 庭師の小間内氏が、事情を説明している。

「朱雀!」
 
 平常時なら「高円寺くん」と呼ぶのに、激怒しているときのマリー先生は朱雀を呼び捨てにする。

「あなたは見物人の生徒まで巻き添えにして、一体何をしたかったの。言いなさい、何が目的なの?」
「賢い生徒は巻き添えを恐れて談話室から出て行きましたよ。見物しようなんて考えたのが馬鹿なんです。徒党を組んでデュエルを申し込んできたのはこいつらなんだから、自業自得ですよ。僕がやったことは正当防衛です」
「馬鹿はあなたよ。いつかあなたが怪我人としてここに運ばれて来た時には、その時は覚えておきなさい、誰よりも苦い薬を飲ませて上げますからね!」

 医務室に並べられているベッドは予備も含めて全部で20台。
 この日すべてのベッドが怪我人で埋まってしまったことで、マリー先生の怒りは頂点に達したと思われる。
 
 その後、マリー先生は小一時間にわたり朱雀を怪我人に対する奉仕活動に従事させ、ようやく解放してくれた。
 夜8時からの優との魔法特訓に遅れそうになった朱雀が、珍しく小走りに中央広間にやって来た時には、優はすでに炎のサークルを描いて床の上に座っていた。

「遅れて、悪い」
「ああ。……別にいいよ」
 優の前まで行って、朱雀は素直に謝ると、眉をひそめた。
 優が泣き腫らしたような顔をしていたからだ。それに、顔色が悪い。
 塞ぎこんでいる様子の優に何があったのか、朱雀には想像すらつかなかったが、もしかすると三次と喧嘩でもしたのだろうか。
 そう思った時、朱雀の胸が少しだけ痛んだ。

「あいつと何かあったのか」
「……え?」
 朱雀はズボンのポケットに両手を入れて、無表情に優を見下ろした。
「あの、オパールの三次と。喧嘩でもしたのか」
 優はきょとんとした顔で朱雀を見上げると、首を横に振る。
「喧嘩なんかしてないよ。三次はすごくいい子だもん。親切だし、優しいよ」
「……」

 それはそれで、朱雀にはあまり嬉しくない事実だった。
 でもそうだとすると、優が塞ぎこんでいる理由はなんだろうか。
「具合でも悪いのか」
「悪くないよ」
「でも、何も食べてないだろ」
「図書室で調べたいことがあったから、時間を忘れて……」
「何を調べてるんだ」
「それは言いたくない。それより、私の炎はどう? 特訓をするんでしょう」
「大きさはいいが、まだ燃えない炎にはなってない」
 いつも通りのストレートな朱雀の言葉だ。なのに、この時の優は酷くショックを受けたように顔を強張らせた。
 そして何を思い出しているのか、遠い目をして、その瞳にうっすらと涙を浮かべながらこんなことを言った。

「私がもっとすごい魔法使いだったら、すぐにでも問題を解決できたかもしれないのに。もう自分が嫌になる。どんなに頑張っても……あと1日でできるような気はしない……これじゃ間に合わない……」
「あと1日って、何のことだ。できるようになるまでいつまででも付き合ってやるから、諦めないでやればいいだろ」

 だが、優は朱雀の方を見ようともせずに首を横に振った。
 時間がない、とばかり口にしている。

 結局その夜は、優の集中力があまりに悪く、これでは特訓にならないと見切りをつけた朱雀が練習を打ち止めにした。
 優はそれからすぐに女子寮に戻って行ったが、翌日にはまた早朝から西のドラゴン小屋でファイヤー・ストームを焚いていた。

 朝、三次と一緒に食堂にやって来た優が、前日とは打って変わって笑っていたのを見て、朱雀は音を立ててコーヒーカップを皿に置いた。
「大当たり! グルエリオーサが綿花を喜んで食べたの!」
 と、優が喜んでいたが、朱雀にはそんなの知ったことではなかった。

 その日も日曜で授業はなかったので、優は前日と同じように一日中、一人で図書室にこもっていた。
 だが夜8時の魔法特訓に出て来た優は、またしても泣き腫らしたような顔をしていて、ひどく塞ぎこみ、とても練習にはならなかった。
 朝は三次と一緒に笑っていたのに、夜は朱雀との魔法特訓で塞ぎこんでいる優に対し、朱雀はついに怒りを爆発させた。

「俺との特訓がそんなに嫌なら、あいつの所に行けばいい。それとも図書室で読書したいなら、一生引きこもっていればいいさ。こんなデキソコナイの魔法使いの面倒はさすがの俺にも見きれないからな。お前の顔なんてもう二度と見たくない」

 優の炎のサークルを乱暴に掻き消した後、朱雀は優を一人中央広間に残して、男子寮に戻った。

 優が何を考えているのか分からないことが歯がゆい。三次の影がチラチラと頭をかすめることが、無性に腹が立つ。
 これまで朱雀は、優に対して十分に自分の実力を見せつけてきたはずだった。だから少しは朱雀のことを信頼してくれていると思ったのだ。それなのに、今、塞ぎこんでいる優は朱雀には何も話してくれないばかりか、まともに朱雀のことを見ようともしない。
 こんなに自分に腹がたち、無力感を味わわされるのは初めてのことだった。
 優のことを頭から追い出し、何も考えないようにしたかった。だが、意識を逸らそうとすればするほど、朱雀は優のことを忘れることができず、その後優が一人でまた図書室に降りて行ったときにもずっと、優の炎の力を感じ続けていた。いや、正確には、自分では制御できないくらい体が勝手に優を求め、探し続けていた。

 夜の12時を過ぎても、優は図書室から出て来ていないようだった。胸騒ぎを覚え、眠ることのできない朱雀はベッドの中で深く溜め息を突くと、やがて意を決して起きあがり、制服のシャツとズボンだけを身につけて階下に降りて行った。

 恋人たちの秘密の逢瀬が交わされるその場所に、少し前の朱雀ならよく訪れていた。
 優がどこにいるのかは分かっていたが、そこにある本棚の名前を目にした朱雀は、かすかに眉をひそめた。
―― 闇の魔術と呪いに関する書架

 狭い通路にうずたかく積まれた本の山の中に、うっすらとランプの光が浮かび上がっている。
 朱雀が静かに近づいて行くと、うす暗い光の中から、優のすすり泣く声が聞こえてきた。いくつもの本を広げた優が床の上に座り、涙を手でぬぐっている。

 朱雀は何も言わずに優の傍まで行くと、脇にあった本の山をどかして、優の隣に座った。
 朱雀に気づいた優がビクリと肩を震わせる。その肩と朱雀の肩が触れ合った。

「どうして泣いてる? 自分にかけられた死の呪いのことが、急に恐くなったのか」

 静かに低い、優しい声だった。
 優がうつむいていると、朱雀の手が優の顎に触れ、顔を上げさせた。
「ちゃんと俺を見ろ」
 朱雀の紅色の瞳が、真っすぐに優を見つめている。
 グルエリオーサの呪いを知って以来、優はこのとき初めて朱雀を真っすぐに見上げた。
 途端に優の顔がクシャクシャになり、堰を切ったように声を出して泣き始めた。
 
 このときの優の心中を、朱雀には知る由もない。

 なぜなのか優は、朱雀の目を見ると頼ってしまいたくなるのだ。今まで何度も優を助けてくれた朱雀の優しさにすがりたくなってしまうから、優はそれまでずっと朱雀の目を見れなかった。もし見たら、我慢できずに自分が弱音を吐いてしまうと分かっていたからだ。
 今まで誰にも言わずに、ずっと胸の内に押し込めていたことを優はついに、すがるようにして、朱雀に打ち明け始めた。
 肩を震わせて泣きじゃくりながら、それでも必死にグルエリオーサにかけられた呪いのことを説明する優の話を、朱雀は何も言わずに最後まで聞いてくれた。

「明日の朝にはグルエリオーサは赤ちゃんを産むのに、私にはどうやっても彼女とその赤ちゃんにかけられた呪いを解けそうにない。このままじゃグルエリオーサが死んじゃう! どうしよう朱雀。生まれて来る子にお母さんがいなかったらどうしよう……。私、お父さんとお母さんが早くに死んじゃったから分かるの。親のいない子どもは惨めで、しなくてもいい苦労をいっぱいして大きくならないといけない、とっても孤独だって。どうしてこれから生まれて来る赤ちゃんが、お母さんを失わないといけないの? どうして私には助けて上げられないの? 私、グルエリオーサを助けるためなら何だってするのに! どうしよう……」

 自分にかけられた死の呪いではなく、一匹のドラゴンにかけられた呪いのために泣き悲しむ優を見て、朱雀はかつて自分が飼っていたドラゴンのことを思い出した。親を失った孤児の小さなドラゴンは朱雀によく懐いていたものだ。なのに朱雀がそのドラゴンに名前をつけると、朱雀の父が小さなドラゴンを氷の刃で殺してしまったのだ。朱雀のことを信じ切っていた、大切で可愛いドラゴンが殺されたとき、今、隣で泣いている優みたいに、朱雀は泣いた。

 悲しいときに泣けるのは、まだ心が生きている証拠だ。だから泣きたいときは思う存分泣けばいい。
 そう思ったけれど、朱雀には優の涙を見るのは我慢できなかった。どうにかしてしまいたくなってしまうのだ。

 床の上に片足を伸ばし、もう片方の足を抱えて、朱雀が静かに言った。
「呪いを解くには、誰がその呪いをかけたのかを知る必要がある。グルエリオーサは、何か言ってなかったか」
「名前は分からない。けど、黒い炎を持つ男だって言ってた」
「黒い炎……? 確かにそう言ったのか」
「うん、言ったよ」
 朱雀が一瞬、驚いた顔をした。
 闇の魔法使いの中で、黒い炎を操るのはただ一人だけ。――朱雀の父親だ。

「わかった。今からドラゴン小屋に行くぞ」
「え? どうして。私、まだ呪いを解く方法を見つけてない」
「そいつの呪いを解く方法なら俺が知ってる。朝までに間に合わせたいなら急いだ方がいい」
「……、本当なの?」
 優の瞳が驚きと期待で色を帯びる。
 それを見て、朱雀が困ったように小さく溜め息を漏らす。
「困っていることがあるなら、次はもっと早く俺に相談しろ」

 朱雀が優に手を差し出すと、優は子どものようにその手につかまり、強く握り返した。
 繋いだ手はとても温かい。


 
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