月夜にまたたく魔法の意思 第8話15




 火の魔法使い、それも、炎の魔法使いが二人。
 かつてアストラを倒すために各国の魔法使いや勇者たちがアトスの宮殿に集まった古の時代と、それはよく似ていた。
 ただしシュコロボヴィッツとナジアスが集ったアトスの宮殿は、現在の聖ベラドンナ女学園の図書室となっている場所だが。

 舞踏会会場の一番奥の玉座に、猿飛業校長や賢者ゲイルを始めとして、ダイナモン魔術魔法学校の教師人が席を並べ、宴を楽しむ生徒たちの様子を見守っていた。

「アストラが攻めて来た日に、今宵はよく似ている」

 ぽつりと呟いたのは、濃い紫色のローブを肩から垂らし、王族のような気品を漂わせている賢者ゲイル。
 その目は、テーブルで楽しそうに食事をしている朱雀と優に注がれている。

「聖なるアトスの石による結界がダイナモンを守っておる。心配はないはずじゃ」
 金色の星をちりばめた真っ白いローブをゆったりと身にまとう、業校長が長い顎髭に指をそわせた。
「闇の魔法使いは今も昔も、その結界を越えることはできぬ」
「それはかの時代も同じこと。しかし、魔女は入って来た。輝く宴の席を一瞬で闇と恐怖に陥れ、シュコロボヴィッツとナジアスの命を脅かした……」
「裏切り者がおったのじゃ。聖なる石の結界を内から破りし者がな」
「伝記によれば、それはなんとも美しい新月の宵、だったという」
「まさに今宵じゃな」
 ゲイルの言葉に、業校長が渋い顔をする。

――「今夜は星がとっても綺麗に見えるわ!」
 テラスで夜空を見上げていたカップルが戻ってきた。パートナーの男の子が言う。
――「それはそうだよ、今夜は新月だ。月の光が届かない暗い夜ほど、星は美しく見える」

「じゃが、」
 と、業校長が断固として宣言する。
「聖なるアトスの石による結界に加え、この城はオロオロ山の強い魔力と、それにこの学校の先生たちのかけた守りの魔法で幾重にも守られておる。そして我々がここにおる限り、モアブの領域をそう簡単に侵させはせぬ。あの子たちは大丈夫じゃ」

 直後、玉座の奥のカーテンの裏から呼びかける男の声がした。
 黒いローブに身を包んだその男は公安部の使者で、自分の姿が舞踏会会場にいる生徒たちに見えないよう、影を潜めている。

「業校長。魔法省公安部より緊急連絡です。現在、モアブの領域に向けて闇の軍勢が進軍中とのこと。その中にはなんと……高円寺夫妻の姿も確認されているようです。こちらはすでに、緊急部隊を召集し龍崎一族と東雲一族の魔法軍を配備。敵を迎え撃つ準備を整えつつありますが……さすがに高円寺夫妻が相手では……」
「敵の数はどれくらいなのです?」
 桜坂教頭が横から口を挟んだ。宴から目をそらさずに平静を装っているが、その声には緊張がこもる。
「およそ1万との報告が入っています。吸血一族である九頭竜一族が上空から闇の魔獣アラゴンを従え、地上からは烏森一族が黒狼と闇のエルフを従えて……」
「闇のエルフですって!? 一体どうやって」
「魔女の仕業じゃろう。死霊を呼び戻したのじゃ。どうやらアストラの力は、思った以上に戻りつつあるようじゃな」
「猿飛、どうしますか」
 いつもとは違う口調で、賢者ゲイルが鋭く業校長を見つめた。

「全精力を上げて迎え撃つとしよう。桜坂教頭、播磨先生、マリー先生、それに小間内夫妻と城の給仕係をのぞく全ての先生は、すぐに出動の準備を整えるのじゃ」
 業校長の言葉に、玉座に坐していた教師たちが一斉に立ちあがった。
 その中には魔法魔術学の神原先生、天文数理魔法学の安寿先生、魔法生物学の熊谷先生もいる。
「わしがアトス族のようにドラゴンたちを操れたなら、魔獣アラゴンなど痛くも痒くもなかったんだがな」
 熊骸先生は口惜しそうにそう呟くと、今はまだ何も知らずにテーブルで何やら言い合っているらしい朱雀と優の二人を一瞥した。アトス亡き今、ドラゴンを操ることができるとしたら、それはあの二人だろう。

「生徒たちには、何て?」
「すでに闘いの幕はおろされた。あの子たちもこれからは、辛い思いをすることから逃れないこともあるじゃろう……。じゃが今夜だけは、年に一度の華やかな夜を楽しませてやりたいものじゃ」
「内密にするのですね」
「さよう、それで良い。わしらが戻るまで、ダイナモンを頼みましたぞ桜坂教頭」
「承知しました。どうかご無事で……」

 こうしてダイナモンの先生たちは、業校長や賢者ゲイルとともに夜の闇の中に密かに飛び立って行った。
 だが、これが後にダイナモン魔術魔法学校に重大な災厄をもたらす罠だったということには、まだ誰も気が付いていない。


 先生たちのほとんどが玉座から姿を消した、ということに気づいた生徒はほんのわずかだった。だが、それに気付いた生徒も目の前で繰り広げられている華やかな宴に夢中で、それを大して気にも留めなかった。

「そういえば、流和や永久たちを見ないね。どこにいるか、朱雀の探知魔法ならわかるんじゃない?」
 優にだって探知魔法はあるのだが、これだけ同じ場所に魔法使いが集まっていては、どれが流和や永久の光なのかが掴めないのだった。おまけにすぐ近くに朱雀がいるものだから、その強い炎の力にばかり気を取られて、他の石の輝きがかすんでしまうのだ。

「今夜は奴らとの絡みはなしだ」
 と、朱雀が言った。
「どうして?」
「恋人たちの夜だからさ。女同士でつるむのはやめろ」
「私たちを引き離す気?」
 優が目を細めて悪い子をたしなめるような顔になる。
「今夜くらいいいだろう。どのみち同じフロアにいるんだ。顔を合わせるのは時間の問題さ」
 朱雀は背の低いグラスに浮かぶ氷を、退屈そうに人差し指で一突きした。それは先ほど、朱雀のオーダーで羽のお盆が運んできてくれたものだ。優はシャンパングラスに注がれた真っ赤なベリージュースを飲んでいる。

「それ、何を飲んでるの?」
 優が今度は朱雀の飲んでいるものに興味を示した。
「飲んでみるか?」
「え……。いいの?」
 優は少し迷ったが、朱雀が自分のグラスをテーブルに置いて、それを優の方にスライドさせてきたので、素直に受け取った。
 間接キスになるのでは……? と思ったが、そんなことで騒げばバカにされそうだし。
 グラスの中で金色に光る液体は、光の妖精の粒を封じ込めたかのように見えた。優はそれに、恐る恐る口をつけてみた。
「ん!! 何これ、苦い……」
 すぐに渋面になってグラスから口を放した優を見て、朱雀が口元をほころばせる。
「言うと思った」
「これお酒なんじゃないの?」
「ああ、アトスの聖水で醸成した黄金の麦酒に、春妖精の粉を加えたものだ」
「未成年はお酒飲んじゃいけないんだよ」
「何を馬鹿なことを」
「法律で決まってるんだよ。お酒は20歳になってからじゃないと飲んじゃいけない」
「へえ、そうなのか」
 
 優はグラスを朱雀の方へ押し戻した。
 朱雀はそれを受け取り、一口飲んだ。
「俺たちはワインもウィスキーもビールも、ガキの頃から飲んでるぜ。まあ、大人が飲むようなキツイのじゃないけどな」
「子どもがお酒を飲んだら身体に悪いでしょう。酔って怪我をするかもしれないし」
「魔法界の酒は身体にいいんだよ。特にアトスの名がつくものは、肉体を清める効果が強い。魔法使いはバカじゃないんだ、酒に酔って醜態をさらした奴を、俺は今までみたことがない」
 朱雀の言うことは、人間界出身の優には耳を疑いたくなる事実だった。
 魔法界と人間界では、やはり考え方や社会の決まりが違うことが多いのだ。

「にがいでしょう」
「このにがみを楽しむんだ」

「にがいのは苦手だよ。ベリージュースの方がずっと美味しいよ。私は甘い方が好き」
 優がそう言うと、朱雀はテーブルの上から優のシャンパングラスを取り上げ、すぐに口につけた。
 一口ふくんで、慎重に舌の上に転がし、触感と味と喉越しを確かめる。これが、優の好きな味だということを記憶にとどめるみたいに。
 そして一言、
「甘いな」
 と言って優にグラスを返す。

「キスの味も甘いっていうよね」
 と、優がおもむろに話題を転換した。というのも、ベリージュースを飲んだ朱雀の反応がイマイチだったので、キスの話に例えて挽回しようとしたのだ。
 それなのに、
「あれはただの比喩表現で、実際に甘いのとは違う」
 と朱雀にバッサリ切り捨てられた。
「違うよ、実際に甘い味がするんだよ」
 と、優がムキになる。
「そうだな、ベリージュースを飲んでる女としたら、さすがに甘いだろうな」
 朱雀がいきなり、妖艶な笑みをたたえて優の方に身を乗り出して来たので、優は瞬時に身の危険を察知して、反りかえるほど椅子に深深と座り直し、朱雀から離れた。また何か意地悪する気なのは見え見えだ。

 どうやら話題をキスに振ったのは失敗だったようだ。

「今夜の舞踏会が終わったら、俺にキスするんだぜ、優」
 ベリージュースを口に入れていたら絶対に噴き出してしまっていただろうことを、朱雀は平気な顔で言った。
 優は激しく眉をしかめてから、余裕の表情でこちらを見据えている朱雀を見返した。
「どうしてよ」
「そう決まっているからさ」
「その運命には抗わせてもらう。だいいち、何勝手に決めてるのよ」
「コサージュの礼だよ」
「もう言葉で伝えたでしょう。『ありがとう』って」
「キス以外の礼なんて聞いたこともない……」
 朱雀が子どものようにひどく拗ねて、これ見よがしに溜め息をついて遠くを見つめた。
 それから、パタリと会話が途切れてしまった。

 まあ、女の子が男の子にキスでお礼を返すというのも、なきにしもあらず。確かに今まで朱雀が、言葉や態度は乱暴であったにしろいつも優を助けてくれたり守ったりしてくれたことへお礼を返すために、キスして欲しいというのならそれもアリなのかもしれない、と、優は考え直した。
 ベラドンナの図書室で、コウモリ少年から優を守ってくれたこと。
 沈黙の山では、飛べない優を杖に乗せてくれたり、黒狼に襲われたときは蹴り飛ばしてくれた。
 ダイナモンに来てからは、暗闇の間で襲われた優と永久を助けて医務室に運んでくれたし、今は魔法の修行にも付き合ってくれている。
 それに何と言っても朱雀は、グルエリオーサの呪いを解いてくれたのだ。

 そう思うと、なんだか優には、朱雀のことがちょっとだけ愛おしくさえ思えて来てしまう。
「わかったよ。お礼はキスでいい。けど、いつするの? 今?」
「眠る前。俺がお前を部屋に送って行く、深夜」
 そこまで決めているのか……と、優は内心で呆れてしまう。
「わかったよ。でも、本当に私のキスなんかでいいんだね」
 優の言葉に、朱雀がちょっと意外そうな顔をしたが、やがて静かに頷いた。


「そろそろゴリックが始まりそうだな」
 おもむろに朱雀が立ち上がり、優に手を差しのべる。その温かい手に自分の手を重ねたとき、優はなぜか、この人とこれからもずっとこうして手を繋いでいくのではないか、という印象を受けた。しかしそれは一瞬で過ぎ去った奇妙な感覚だった。
 実際にはそんなことあるわけがない。朱雀と優がパートナーでいるのは、たった一度の特別な舞踏会の夜だけなのだから。

 朱雀と優が手をつないで歩いて行くと、自然と他のカップルたちが道を開けているようだった。
 優にはそれが不思議でならない。もしかしたら朱雀が他を圧倒しているせいか、あるいは、火の魔法使いが二人揃っているので恐がられているのか。
 そうしていくつものカップルの間を通って前に進んで行くと、ダンスフロアの真ん中に、さっきまではなかった小さなお立ち台が設置されていた。
 ダンスのための音楽はすでに鳴り止み、今は小さくバックミュージックが奏でられているだけだ。
 小さなステージの周りには人だかりができていて、これから何かが始まるという緊張感が漂っていた。
 その人だかりの中に流和と永久を見つけて、優が手を上げる。
「流和、永久!」
 二人はすぐに優に気がついて手を振ってくれる。空と吏紀も一緒だ。

「へえ、いつもと着てるものが違うだけで、随分と変わるものだな」
 吏紀が優を見て、控えめに驚いた顔をする。その横で、空は遠慮なしに感嘆の口笛を吹いた。
「見違えたぜ。朱雀と並んでても、全然引けを取ってない。可愛いじゃん、優」
「あ、ありがとう……」
 思いがけず、優の頬が赤らんだ。

「俺にはいつもと同じに見えるぜ」
 と、朱雀が少し照れくさそうに言った。
 というのも朱雀には、べラドンナの真実の鏡の中で優を見た時からずっと、優が輝いて見えていたのだ。優が炭で汚れているときも、泥で汚れているときも、制服のときも、ローブ姿のときも。朱雀にはいつも、優が美しい紅の炎をまとった乙女に見えている。だから今夜を特別だとは思えない。そうであってもなくても、朱雀にはいつでも優が愛おしく、それほど優に恋焦がれている。

 だが、もちろん他の者はこのときの朱雀の言葉の意味を理解することはできなかった。
「食えない奴ね! 素直に可愛いって褒めてくれれば女の子は喜ぶのに」
「言うかよ、そんな馬鹿の一つ覚えみたいなこと」
「いいんだよ流和。変に褒められる方が調子狂っちゃうもん。いつもと変わらないほうがいい。ところで、二人はゴリック踊る?」
 優の問いかけに、流和と永久が同時に首を振る。
「まさか! お断りよ」
 流和が言う横で、「つれないよな〜」と空がぼやいている。
「私も、人前で踊るなんて無理だよ。し、しかも、男の子のために、あ、愛のダンスなんて!」
「僕は君が踊るところをちょっと見て見たかったけど……」
 と、吏紀も残念そう。

「優は踊るぜ」
 朱雀がニヤリとする。その瞬間、口々に4人が叫んだ。
「嘘でしょう!?」
「本当なの優!?」
「これは見ものだ」
「どうやって脅したんだ?」

「なんで? ゴリックって、女の子が踊るシングルダンスなんでしょう? みんな踊るものじゃないの?」
「いや、踊りたい奴だけが踊る。パートナーのために」
「パートナーが踊ったら自分も踊るのが習わしだ。パートナー同士踊り合って、まあ、愛をアピールするわけだな。ってことは今年は朱雀も踊るんだな。俺は流和が踊らないから踊れない」
 と、ガックリしながら空が教えてくれる。

「本当に踊るの? 優……みんなが見てるのよ」
「うん。踊るの得意だし、朱雀が『俺のロイティア見なかったら後悔するぞ』って言ってたからね。それも見てみたい。もし私が踊らなかったら、朱雀も踊らないことになるんでしょ?」
 優が朱雀を振り向くと、朱雀が満足そうに頷いた。
「そうだ。ただし、ゴリックが先、ロイティアが後だと決まってる。だから、先に踊るのはお前だゼ」
「ふふん。私のセクシーダンスに卒倒しちゃわないでね」
 優がケラケラ笑って男子陣をからかう。
「卒倒してみたいもんだぜ。なあ流和、踊ってよ」
「イヤよ」
「私もできれば踊りたいけど、どうすればいいのか想像もできない……」
 永久も残念そうだ。

「そうだいいことを思いついた!」
 突然、優が大きな声を出した。
「私が歌と踊りをするから、」
「お前、歌までうたうつもりか! なんてデキた女だ……今日だけは朱雀が羨ましい!」
 と空が悔しそうに叫んだ。
「だから、永久がヴァイオリン、流和がピアノをやってよ!」
 優の提案を、頭で理解するには少し間が必要だった。しかし、
「いい考えだね、それならできるわ!」
 と、すぐに永久が嬉しそうに手を打ちならして賛同した。すると、流和も思案してから、納得したように頷く。
「そうね、それならできるわね。私も……空のロイティアを見てみたいしね」
「でも3人で一つのゴリックをやるってことは、ロイティアも俺たち3人でやるってことになるけど」
「俺はそれで構わない」
 と、朱雀。
「なるほど、楽しそうじゃん。俺は乗るけど、吏紀は?」
「そういうことなら、喜んで」
「よっしゃあ! 今年は流和のためにロイティアが踊れる! ……6年間耐え忍んで来た甲斐があったぜ……」
 恥も忘れて空が握りこぶしを上げた。

 ゴリックを踊ろうとする女子は、さすがのダイナモンでもそう多くはないらしかった。それでも中には自信のある女の子がいて、カルメンやタップダンスなどの難しいダンスを踊ったり、クラシックバレーや新体操のような踊りをする子が何人かいた。どの子も、踊るときには自分の得意な魔法で花弁を舞わせたり、踊りの妖精を召喚したりしてステージを盛り上げている。
 ステージは早い者勝ちだった。
 最初に女の子が出て行きダンスを披露すると、次にその子のパートナーがステージに上がってロイティアを披露する、というように、男女が交互に踊り合う。
 そうこうしているうちに永久は、幽霊のヴァイオリン奏者から自分の身体にあったヴァイオリンを借り、流和はグランドピアノをステージの上に移動してもらう算段をつけた。
「次は私たちよ!」
 いよいよ優たちの順番がやって来て、というよりも優がステージをとって、会場が静まり返った。
 ベラドンナから来た3人がステージに上がるということで、早くも会場が騒がしくなり、ギャラリーがステージの周りに一層多く集まって来た。
「優、大丈夫? 緊張してない?」
 先に披露されたダンスがどれもかなり完成度の高いものだったので、永久は緊張しているようだ。
 こういう所には踊りの得意な令嬢しか出てこないのだ。流和もそれがわかっていたので、
「もしやめたければ今からでも中止にしてもいいのよ」
 と弱気なことを優に言った。

「どうして? 私は全然大丈夫だよ。歌もダンスも音楽も、気持ちが大切。一生に一度の舞踏会かもしれないから、3人で一緒におもいっきり楽しもうよ!」
 思えば、ベラドンナでの浮遊術の授業で巨大な脚立でリンゴを取ったときのような優の自由さは、ダイナモンに来てからも全然衰えることがないのだった。沈黙の山で死の予言を書き換えようとしたり、薬理学の教室を全焼したり、いきなりドラゴン飼育員になってしまったり。優はいつも自由で、優しくて、勇気があるな、と友人たちは改めて思った。

「そして、朱雀たち3人を笑わせてあげるの」
 優はニヤリとすると、ステージに上がって行った。その後にヴァイオリンを持った永久と、流和が続く。
 グランドピアノはすでにステージの上にセッティングされていた。

 シーンと静まり返る舞踏会会場で、優が静かに息を吸い込んだ。
 そして、優の口からメロディーがしっとりと紡ぎだされる。
――永遠に続くこの道を、あなたとともに手をつないで行きます。
――愛されていることがどうか、あなたにも伝わりますように……
 ア・カペラだ。
 透き通る優の声が会場に響き渡り、誰もが意表をつかれた。とてもロマンチックなメロディーを、優の声はどこまでもやさしく歌いあげていた。たった2節。
 直後、永久がヴァイオリンの弦を指で激しく弾くと、流和がそれに合わせて物凄い勢いで鍵盤に指を走らせた。
 ロックに近いジャズ。
 突然の曲調の変化に、会場がワッと華やぐ。
 しゃくるようなリズムのピアノとヴァイオリンに合わせ、優は腰に手を当てて、お尻をフリフリ、セクシーなステップでステージを左右に移動し始めた。
――小さなベティちゃん、片方の靴をなくしたの。どうしたらいいかしら!
 身体を前後に振りながら、わざとシャガレタ声で歌う優は、おもむろに膝丈のドレスの裾をめくりあげて、男を誘惑する悪い女をまねて身体を上下に振った。
 今にも下着が見えてしまうんじゃないかという際どいラインだが、見えそうで見えないので、ステージの周りの男子生徒たちが顔をニヤつかせる。
 髪を掻きあげ、振り乱し、困ったようなベティちゃんの顔。

 朱雀が腹を抱えて大爆笑をしはじめた。
――もう片方にあう靴を見つけて来たらいいのよ、そうすれば二つそろうから。
 ヴァイオリンとピアノをそれぞれ演奏しながら、永久と流和がコーラスを入れる。

――ダメよダメ! あの靴は彼のお気に入りなの。同じ物なんて他のどこにもないんだから!
 そう歌いながら、優は艶めかしく両手で身体のラインをなぞるダンスをすると、またセクシーに腰を振りながらのステップでヴァイオリンを演奏している永久に近づき、いきなり永久のドレスのスカートを自分にやったのと同じようにめくりあげた。
「ワーオ!」
「ブラボー!!」
 永久の太ももに黒のガーターベルトが見え、男子たちが興奮して声を漏らす。
「やめてくれ……」
 吏紀が頬を赤らめて目を覆うが、永久は優と一緒にリズムに合わせて、だが控えめに身体を上下に振って見せた。
 どう見ても淑女な永久が、ヴァイオリンを抱えながらそんなポーズをするのは刺激が強すぎだ。優の歌は続く。
――ああ、彼が恋しい。早く靴を見つけなくっちゃ。だって私、今夜彼のものになるのよ
 手をヒラヒラ振ってアヒルのようなステップをしながら、今度は流和に近づいて行った優が、流和のほっぺにブチュっと唇を押しつけた。

 魔法界では聞いたこともない曲とみだらなダンスに、誰もが呆気にとられ、同時に魅せられていた。紳士淑女の礼節を重んじる伝統的な舞踏会で披露するには、それはあまりに型破りすぎるのだ。

 優はもう一度、――ああ、彼が恋しい。のフレーズを歌うと、流和の足から黒いヒールを奪い取り、それを空に投げてよこした。
 受け取った空はニヤニヤ笑いが止まらない。
――早く靴を見つけなくちゃ。だって私、今夜彼のものになりたいのよ。そう、彼のものに!

 演奏している永久も流和も、まるで優と一緒に踊っているみたいだった。しかも、最初は踊ることをあんなに嫌がっていたのに、二人とも優のダンスにつられてノリノリで笑っている。
 曲の終わりに、優が両手で朱雀にむけて投げキッスを贈り、最後にフウっと息を吹きだした。
 その瞬間、優の口から炎が噴き出されたので、前方にいた生徒たちが一気に興奮から冷めて青ざめたのだった。
「危ないだろう!」
「また火事になったらどうするのよ!」
「これだから火の魔法使いは……」

 口々にブーイングが飛んでくるが、朱雀だけは真っすぐに優を見て、笑っていた。



 
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