月夜にまたたく魔法の意思 第7話9





「じゃあ、朝は燃える石炭を与えるのね?」
「そう。石炭の中にミルトスの葉を入れてやるとドラゴンたちが喜ぶんだけど、最近はミルトスってすごく貴重なんだよね。今朝も森に出て探したんだけど、やっぱり見つからなかった」
「ふーん、そうなんだ」
 
 三次と一緒にドラゴン小屋から帰って来た優は、食堂に向かいながら、ドラゴンたちにやる餌のことについて少しだけ教えてもらうことができた。
「君はドラゴンと話ができるんだよね?」
「うん。でも、話したがらない子もいたけどね。チビのやつとか、白い長いやつとか」
「シュピシャードラゴンは人見知りをするし、サンクタスは僕たちのことを馬鹿にしているからね。ねえ、もしドラゴンたちが食べたがっている物が分かったら、僕に教えてよ。なるべく要望に応えるように頑張るから」
「わかった、ありがとう。あ、そうだ三次」
「ん?」
「好きなお菓子ってある?」
「え、僕?」
「うん」
 そうして肩を並べて優と三次が食堂に入って行くと、すぐに永久が呼ぶ声がした。
「優! 遅かったわね、こっちよ!」

「あ、永久だ」
 優が立ち止り親友を振りかえると、三次がニコリと微笑んで言った。
「僕はスコーンが好き。じゃあ、ここで。また後でね」
「うん」

 優は三次に手を振って別れ、永久と流和が待つテーブルに進んだ。
 必要な情報が手に入った優はニンマリした。これで、優が作るお菓子はスコーンに決定だ。
 優が席につくとテーブルには、吏紀、空、そして朱雀もいて、早速みんなが口々に質問をしてきた。
「ちょっとあの子、試しの門のときに一緒だった子じゃない?」
 と、流和。
「なんでこんなに遅いんだ」
 と、不満そうな朱雀。
「三次はドラゴン飼育員の一人なんだよ。餌をやる係でね。いろいろ教えてもらってるんだけど、慣れないことが多くて遅くなっちゃったの」
「で、ドラゴン飼育ってどんな感じなんだ?」
「噛みつかれたりしなかった?」
 吏紀と永久が同時に質問をしてしまったので、二人は照れくさそうに見つめ合いながら微笑んだ。
 そんな様子からも、吏紀と永久の二人がどんどん仲良くなっているのが分かる。
 優は少し興奮した様子で話し始めた。
「檻の中から火花を吹いてきたり、髭を伸ばしてきたりするやつがいるの! ちょっと危険なやつもいるけど、なんとかやっていけそうだよ」
「俺との早朝訓練はどうするつもりだ」
「早朝訓練は無理だね」
「なんだって……」
 バッサリと言ってのけた優の言葉に、食後のコーヒーを手に取ろうとしていた朱雀の手が止まった。
 その表情がサッと強張ったことに、優以外の全員が気づいていたが、肝心の優はビュッフェの中から上機嫌で果物を取り分けている。

「無理ってどういうことだ」
 テーブルの向こうから睨みつける朱雀を尻目に、優はパイナップルの切れ端を口に頬張った。
「グルエリオーサが無事に出産するまでは無理。だって私が毎朝ファイヤーストームを焚いてあげないといけないから。彼女、今とっても弱っているから、助けてあげたいの。ねえ朱雀、特訓は夜にしてもらえない?」
「……。夜?」
「うん。夜ならゆっくり時間をとれそうだよ」
 てっきり朱雀との特訓を嫌がっていたと思ったのに、優の意外な提案に朱雀が少し驚いた顔をした。
「魔力が研ぎ澄まされるのは早朝か深夜だ。特訓をするならその時間帯が一番効率がいいんだぞ」
「でも朱雀、ドラゴンを相手にファイヤーストームを焚くのも特訓の一部になるんじゃないかしら……」
 と、流和が助け舟を出す。
 流和の言葉に、朱雀は少し考えてから頬づえをついた。
「で、あの雌ドラゴンが出産するのはいつだ」
「さあ、わかんない。それは聞かなかったよ」
 優が肩をすくめると、朱雀がおもむろに立ちあがり、食堂の反対側にいる三次に向かって大声で怒鳴った。
「おい、お前!」
 ちょうど友だちと話していたらしい三次が朱雀の声に顔を上げる。
「え、僕?」
「雌ドラゴンの出産はいつだ」
「さあ、熊骸先生はあと一週間くらいだろう、って言ってたけど、前例がないからハッキリしたことは分からないらしいよ」
「そうか」
 朱雀はそれだけ聞くと、三次にお礼も言わずに席に座り直し、ゆっくりとコーヒーをすすってから言った。
「今日から一週間は、夜8時から10時までの夜間訓練にする。雌ドラゴンの出産後は早朝訓練に切り替える」
「朱雀、三次と知り合いだったの?」
「いや」
「知り合いでもないのにあんな横暴な聞き方して、失礼だよ」
 優が抗議すると、朱雀はすました顔で微笑み、優雅な手つきでコーヒーカップを置いて立ちあがった。

「それじゃ、今夜8時に中央広間で。杖とブックを忘れるなよ。それから」
「なによ」
「一秒たりとも遅刻するな、飼育員」
 それだけ言うと、朱雀は足早に去っていった。
「何なの、あの言い方。頭にきちゃうよ」
 優が口を尖らせて小言を言った。
「いやあ、毎日が新鮮だぜ。朱雀がこれだけ他人に干渉するなんて、初めて見るからな」
 空が流和にウィンクしてから朱雀の後を追いかけて行った。
「そろそろ行かないと授業に遅れる。君たちも急げ。じゃあ、あとで」
 と、吏紀も空に続いて席をあとにした。

 男子3人が去ってから、永久がぼそりと呟いた。
「でも、朱雀くんがああ言うのもちょっと分かる気がするな」
「え、どうして? 永久」
「時が迫っている、ということよ。今私たちは、魔女と闘うために必要な術を物凄い早さで教え込まれている。それだけ、私たちには時間がないんだってことが、強く感じられるの。私、とっても不安よ」
「そうね。実際、ここ何日かでダイナモンの授業形態は、大きく変わったもの。明らかに死ぬ危険を想定した『実戦』を意識してる。先生たちもピリピリしてるし……」

 永久や流和は、優が怪我をして医務室で眠っている間や、杖とブックを取りに実家に帰っている間もダイナモンで授業を受けていたから、優よりも魔法界の状況に詳しいようだ。そのため、優よりもリアルに自分たちが置かれている深刻な状況に気が付いているみたいだった。

「今日も私たち、特別授業よ」
「え、特別授業?」
「そう。時の賢者ゲイルと、教頭の桜坂先生、それに魔法戦争学の播磨先生と魔法魔術学の神原先生の4人が合同で、特別な野外実習を1日がかりでするらしいわ」
 流和の言葉に、優は嫌な顔をする。
「野外実習なんてするんだ……。それって、どうしても行かなきゃいけないの?」
 早くも優は何か適当な理由をつけてサボることを考え始めた。

「あのねえ、優。今回みたいな合同授業はダイナモンでも珍しくて、これってすごいことなのよ。中でも賢者ゲイルが私たちに授業をしてくれることなんて、普通だったらまず無いことなんだから、サボるなんてそれこそ絶対に無理だからね」
「ゲイルって、かなりお婆ちゃんの人だよね。……大丈夫なの? 外に出て」
「ちょ、優。賢者ゲイルに『お婆ちゃん』なんて言ったらダメだからね。すごい人なんだから」
「ほら、早く朝食をすませて私たちも行かないと、授業に遅れちゃうよ」

 それから優は急いで朝食を済ませると、野外実習に必要なものを取りに自分の部屋に戻った。防寒用のジャンパーや、お菓子や水筒を持って行かないといけない。
 数分後、リュックサックを背負って降りて来た優を、城の正面玄関で流和と永久が待っていた。
 他にも野外実習に出かける生徒たちが、城の出入り口に集まっていて、エントランスはごった返していた。

「本日、野外実習に行く生徒は千年桜の木の下へ急げ!」 
 熊骸先生がエントランスに固まっている生徒たちを次々に外に押し出している。

 その生徒たちの流れに沿って優も流和と永久と一緒に外に出ようとすると、一人の恰幅の良い婦人が優たちを呼びとめた。
「ちょっとあなたたち! お弁当は持ったの?」
 見ると、婦人は小さなワゴンを押しており、その中にあと3つのお弁当が残っていた。
「峰子夫人!」
 流和が親しみを込めて婦人に挨拶した。
「優、永久。この人は小間内峰子(こまうち ミネコ)夫人よ。ダイナモン魔法学校の食堂の料理を取り仕切ってるの。峰子夫人のご主人はダイナモンで庭師兼門番をされていて、小間内夫妻は夫婦揃ってダイナモンで長く働かれてるの」
 流和に紹介されて、優と永久も夫人に頭を下げた。
「お弁当、いくらですか?」
 優が聞くと、夫人は鼻に皺を寄せておどけた顔をすると、優の手にお弁当を押しつけて来た。
「子どもたちに食べさせるのが仕事なのに、お金なんか取ったりするものですか。あなた痩せてるわねえ。好き嫌いせずに、ちゃーんと食べること。ほら、特別栄養弁当をたんと召しあがれ」
「あ、ありがとうございます」
「峰子夫人、ありがとう」
「ありがとうございます」
 優たち3人は、それぞれ夫人からお弁当を授かって、外に送りだされた。
「行ってらっしゃい! 気をつけてね!」
「行ってきます!」
 ちなみに、優の『特別栄養弁当』に対し、流和のは『美肌弁当』で、永久のは『元気が出る弁当』だ。
 どのお弁当もピンク色をしたハート型の木箱に入っている。
 流和が嬉しそうに言った。
「ダイナモンの食堂で出される料理を食べれば分かると思うけど、峰子夫人の料理はとっても美味しいと評判が高いの。手作り弁当は特に絶品でね。私たち運が良かった」

 ピンク色でハート形のお弁当箱なんて、素敵すぎる、と優も思った。
 優は大事そうに、お弁当をリュックの中にしまった。



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