月夜にまたたく魔法の意思 第7話15




 朱雀の背後では、流和と美空が精霊魔法によって怪我人を回収する作業の真っ最中だ。
 二人とも地面に描いた輪の中で膝をつき、両手を胸の前で合わせて祈るように魔力を集中して精霊を操っている。こちらも杖なしに行うにはかなり難がある放れ業だ。なぜなら、精霊は魔力の弱まっている魔法使いにはとても反抗的だからだ。本来、精霊魔法は精神が安定している状態で尚且つ必要な魔力を充分にコントロールできる状態のときにのみ用いられる。そのどちらが欠けても、精霊は暴走して術者に襲いかかるか、あるいは周囲に危害を及ぼす。
 だから、敵に追い詰められ、杖が使えない状況で、しかも弱っている怪我人を救出することを精霊に行わせるのは、かなり難しいはずだった。
 だが、流和と美空は仲間のためになら強靭とも言える精神力と魔力を発揮する。
「見つけたわ」
「こっちも」
「じゃあ、呼び戻しの呪文を一緒に」
「ええ」

 流和と美空は目を閉じたままそう囁き合うと、「フォレット・デ・イーラ」 と同時に唱えた。
 間もなくして、木の葉や花弁の渦巻きに乗って、3人の乙女がそれぞれ一人ずつダイナモンの生徒を連れて舞い戻って来た。
 朱雀が炎の防護壁を沈めて、精霊たちの通り道を作った。

「よくやった、美空、流和」
 吏紀がそう言いながら救出された怪我人に近づく。男子生徒が二人、女子生徒が一人だ。
 怪我人をひとまず吏紀に任せ、美空と流和は精霊たちの召喚解除のために最後の魔力を集中し始めた。
 花と木々の妖精は静かに風となって消えていく。……が、最後の精霊だけは、消える直前に流和の腕を強く掴んだ。精霊の暴走か!? とその場にいた誰もがギョッとしたのも束の間、精霊は流和の耳もとで何かを囁くと、他のと同じように風と消えていった。
「大丈夫か? 流和」
 空に言われて、流和はハッと我に返った。
「え、……ええ、平気よ」
 流和は花の精霊の言った言葉の意味がわからず、不思議と地面の上に横たわる生徒たちを見下ろした。
――『気をつけて、心を奪われてる』 と、精霊は流和にだけそう言ったのだった。

 今、8人の王たちが朱雀の守護壁の外で手をこまねいている。炎のサークルを越えることができないと悟った王たちは上空から何度か襲いかかってきていたが、その度に吏紀と空、それに闘う勇気のあるダイナモンの生徒たちが光で押し返していた。
 杖が使えない場合、一般的に魔力は10分の1に低下し、その消耗は3倍にもなると言われている。
 杖なしに不滅の魂たちと闘い続けるダイナモンの生徒たちにも、そろそろ疲労の色が見えてきた。

「息をしてない……。空!」
 意識のない生徒たちの様子を順に確認していた吏紀が、3人目の生徒の横でそう叫んだ。
 上空のカラスたちと交信していた空が、すぐにやって来た。空は吏紀が指し示す男子生徒の横に膝をつくと、素早く首に手をあてて脈を確認した。
「死にかけだな」
 空はそう呟くと、迷うことなく両手を男子生徒の胸に当てて体重をかけ始めた。心臓マッサージだ。
 周りで見守るダイナモンの生徒たちに緊張が走る。

 地面にルーンを描いていた永久が手を止めて、心配そうに空の救命措置を見つめていると、東條が恐い顔で言った。
「死にたくないなら手を止めるな。自分にできることをするんだ。今はそれしかできない、……さあ結界を張るぞ」
 そう言った東條の顔にも、どこか無力感が漂っている。
 ついに完成したルーンの上で、東條が太陽の位置に、永久が月の位置にそれぞれ立った。
「手順はさっき説明した通りだ。合図をしたら、ありったけの魔力をこめて結界を打ちあげる。いいな」
 東條に言われ、永久は黙って頷いた。

「ルミーナ」
「ルイーズ」
 東條と永久がそれぞれ唱えると、二人が地面に描いたルーンの紋章に光が灯った。
「よし、このまま術が活性化するのを待つ。力を弱めず、合図を待て」
 東條と永久の防御結界魔法が大詰めを迎えている。

 日は西に傾きかけている。
 太陽の光が遠くなるにつれ、邪悪な王たちは力を増し、朱雀の守護壁に攻撃を仕掛けて来る回数と激しさも増して来た。
――キィイイイイイイイ!!!
――クウォオオオーン……

 奇怪な音を発し、8人の王たちが亡霊のようにユラユラと揺れながら、まるで何かの儀式のように剣を振り始めた。
 朱雀は炎の力を少しも緩めることなく王たちを観察していた。
 9匹目はまだ姿を露わしていない。まさか、優のところに行っていないだろうな……と、嫌な予感がよぎる。

 一方、吏紀が、森の異常に気づいてふと顔を上げ、目を細めた。
「朱雀、何かがおかしい。奴ら、何か仕掛けて来てるのか……」
 吏紀の言葉に、朱雀が面白くもなさそうに頷き、答える。
「ああ。影だよ」
「……、影?」

 朱雀が森の木々を顎で示した。
 見ると、木々の根元にある日陰が少しずつ膨らみ、大地を這うナメクジのようにユラユラと、ゆっくり王たちの元まで伸びているではないか。
「!? まさか、森中の影を集めてるのか」
「かもな」
 余裕で含み笑いしたのは朱雀だけで、その隣の吏紀はギョッとしない顔をした。
 森中の影が重なり、濃い黒色で徐々に地面を覆いつくしながら迫って来るのは、吏紀でさえ逃げ出したくなるほど不気味だった。

「よし、今だ。いくぞ!」
 東條の掛け声が上がり、永久と東條の二人がルーンに手をかざして同時に叫んだ。
―― 『光の守護結界、スリザスソーン、召喚!』
 途端に地面に描かれたルーンが一層強く光輝き、地面から上空に向かって一気に打ち上がった。
 打ち上げられた紋章からは次々と光の茨が生え出で、上空を完全に覆い尽くし、王たちの唯一の侵入経路を塞ぐことに成功した。
 それから、朱雀の炎の守護壁に重なるようにして光の補助サークルが浮かび上がる。

「初めてにしては上出来じゃないか。まあ、杖さえ使えてたら 『俺一人』 でもこれより 『上等』 な結界を 『もっと早く』 張れたけどな!」
 と東條がうそぶく。
 一方、永久には東條が言った嫌味などまるで聞こえていない様子だ。
「私、こんなすごい魔法を使ったの初めて!」
 と、興奮に瞳を輝かせて、跳び上がらんばかりだ。
 そして上空に打ち上げられた巨大な光に、極度の緊張と疲労で元気を失くしていたダイナモンの生徒たちの顔にも、かすかに明るさが戻る。

 だが直後、現実に引き戻すように朱雀が叫んだ。
「喜ぶのは早い。来るぞ!」
 ズドーーーーン!!
 
 これまでとは違う強い力に、朱雀の体が守護壁ごと後ろに押し返された。
 それでも両手をかざして炎の守護壁を維持している朱雀が、このとき初めて歯を喰いしばった。
 強靭な影をまとった8人の王が、次々に剣をふりかざし、大地を覆う暗闇を纏って攻めて来る。
 高慢の王が両手を天にかざすと、地面を真っ黒に覆う闇が波打ち、津波のように大きく盛り上がった。

「何なのあれは!」
「ただの、影だよ」
 恐怖にさいなまれて喚き散らす女子生徒に、朱雀が素っ気なく答える。その周囲に勢いよく炎が燃え上がった。
 朱雀は乱れる息を整え、意識を集中して魔力を一層強化した。

 空が少しも手を休めることなく男子生徒の救命措置を続けながら、朱雀に言う。
「大丈夫か」
「平気に決まってる。それより、優は無事なのか」
「カラスたちによると、優は銀色狼との接触に成功したようだ。今、こっちに向かってる」
 それを聞いた朱雀は、「遅すぎるだろ」 と毒づきながらも、追い詰められている状況とは裏腹にふッと笑った。

 目前では闇の大波が千年桜を越えるほどの高さにまで達し、朱雀たちに迫って来る。

「あれはまずい……」
 吏紀が自分の手を朱雀の守護壁にかざし、アメジストの力を集中し始めると、流和も立ちあがり、吏紀と同じように朱雀の隣で手をかざした。
 それを見ていた他のダイナモンの生徒たちも、それぞれの力を解放して朱雀の守護壁に手をかざし始めた。
 東條と永久は、光の結界をより輝かせる。

 誰も何も言わなかったが、それでも、ここで力を合わせなければこの危機を乗り越えられないと、誰もが悟った。
 朱雀の炎の守護壁の中で色とりどりの光が、虹のように輝いた。

「来るぞ、ふんばれ!」

 8人の王たちが宙を舞い、黒い大波が千年桜を一瞬で丸ごと呑みこんだ。
ズダダダダダダーーーーン!!!
 轟音が耳をつんざき、大地は激しく揺れた。衝撃に耐えきれずに何人かの生徒は吹き飛ばされて朱雀の守護壁の内側で倒れた。
 光と闇の大衝突……。

 今、生徒全員で張った守護陣の外側を、完全な闇が覆いつくした。
 一筋の光も届かない深い、深い海の底にでもいるような感覚に、誰もが恐怖を覚えた。もしもこの守護陣が崩されたら、自分たちはどうなってしまうのか……。
 強い圧力に押しつぶされそうになりながらも、ダイナモンの生徒たちは震える手で闇を押し返し続けた。

「こんなこと、いつまで続ければいいの!」
 美空が苦しそうに叫ぶ。

「っアイツが、戻って……来るまでだ……」
 苦しそうに肩で息をしている朱雀の額から、大粒の汗が滴り落ちている。
 最初から今まで、ずっと炎の守護壁を張り続けている朱雀がまだもちこたえているのは奇跡だ。
 高度な守護魔法を杖なしに維持し続けることは相当キツイはずなのに、そんな朱雀が、文句も言わずに耐え続けている。
 だから他の生徒たちはそれ以上何も言うことが出来ない。

 意識を失っている生徒以外は、ダイナモンの生徒全員が守護陣に魔力を注いでいる。
 ただ一人、救命措置を行っていた空が、声を上げた。どうやら、死にかけていた生徒の呼吸が戻ったようだ。
 空がかざした手からエメラルドの光が柔らかに煌めくと、傷ついた生徒の呼吸が少しずつ安定していく。
「命さえあれば、あとはマリー先生がなんとかしてくれるさ」
 意識はまだ戻っていなかったが、空はひとまず治療を中断して戦線に復帰しようと立ちあがった。

「なんだよみんな、バテバテじゃないか」
 空はケラケラと笑いながら、両手を広げて、「アナーテジー」と唱えた。
 するとエメラルド色に煌めく風が守護陣の中を吹きまくり、全員に行き届いた。疲れを癒す空の回復魔法だ。
「優が銀色狼を連れて戻って来る。だからみんなで、もう少しだけ頑張ろうぜ。な、……!?」
「空!!」
 突如上がった流和の甲高い叫び声に、守護陣の中に戦慄が走る。

 たった今、空によって蘇生された男子生徒が、いきなり起きあがり、空に襲いかかったのだ。
 空よりも頭一つ分くらい背の小さいその男子生徒が後ろから空の首を鷲づかみにして、軽々と空の体を持ち上げている。普通では考えられない力だ。
 何人かの生徒が空と男子生徒を振り返ったが、誰も空を助けることができない。一人でも守護陣から手を離せば、結界が崩壊して全員が闇に呑みこまれてしまうかもしれないからだ。
「ぐ……、お前……」
 空が苦しそうに喘ぐ。

――『わが名はアデュルテルム……、男を惑わし、その魂に巣食う者」
 その瞬間、流和の脳裏に妖精の言葉がフラッシュバックした。――「気をつけて、心を奪われてる」
 9人目の魂、姦淫の女王アデュルテルムは瀕死の男子生徒の内に入り込んでいたのだ!

「流和、空に手を貸してやれ。陣は俺が守る」
 朱雀に言われ、流和は瞬時に振り向き、攻撃魔法の呪文を唱えた。
「ウラゴン!」
「ぐ、うわああ」
「空ッ!!」
 流和の攻撃魔法が発動するよりも素早く、王の魂は黒い影となって男子生徒の口から飛び出し、空を連れて守護壁の外へと逃げ出して行った。
 闇の中に身一つで連れ出された空が無事でいられるはずがない……。

――『キーッキッキッキ。小娘は来ないよ。私が喰ってやるから! お前たちは全員ここで死ぬのさ!! キィイイイイイ!!』

「……。」
 あまりに一瞬のことで、現実を受け入れられずに流和が茫然と立ち尽くす。

 またたく間に、恐怖が辺りに浸食してくるのが感じられた。忍び寄る敗北と死の予感。
 生徒たちの手の先、薄皮一枚ほどの隙間もない境界で光と闇がぶつかっている。目の前を覆う闇の中には怒りと、醜い欲望が、そして王たちが殺戮の限りをつくした人々の怨念が渦巻いている。そこにはあらゆる苦しみと痛みがあり、行くあてもなく漂う歪んだ白い顔が、いくつも漂っている。
 どんなに光で闇を押し返そうとも、指先から伝わる絶望が、渇きが……心の中にまで入り込んでくる。
 これまで経験したことのある、最も大きな不安や最悪の考えが、思考の中に呼び起こされ、まばたきするだけで狂気に呑まれそうだ。
―― この苦しみが続くくらいなら、死んでしまったほうが楽だと。狂気が囁く。
 そんな負の衝動に、誰もが襲われ、そしてあと一歩のところで必死に踏みとどまっていた。

「戻って来い、空」
 朱雀が目の前の深い闇を見つめて呻いた。
 だが、どんなに待っても空は戻って来ない。

「私が行く」
 流和が迷わず前に進み出るのを朱雀が制した。
「守護壁から出るな、流和」
「助けに行かなければ空が死んでしまうわ!」
「お前が行けば死人が二人になるだけだ!」
「それでも、……身捨てることはできないわ……」
 流和の瞳に悲しい涙が浮かぶ。
「杖なしで完全な闇の中にどれくらい生きていられるか……」
 空のライバルである東條も、苦虫を噛んだような顔で目の前の闇を見つめている。
「諦めるな。空の光はまだ消えてない。それに優が近くに来てる」
「優を感じるのか、朱雀」
 吏紀が問うと、朱雀が険しい顔をした。
「そんな気がするだけだ」
「そんな気がするだけ、って……どうしてそんなにあの子のことが信じられるわけ」
「優……」
「優、助けて」
 みんなで力を合わせてつくった光の守護陣が、少しずつ闇に浸食され、いびつになっていく。
「もう限界だぞ!」

「無理だ、みんなここで死ぬんだ!!」
「諦めるな! 俺たちはこんなところで死なない。最後までもちこたえるんだ!」

 限界まで力を出しながら、朱雀は心の中で優の名前を呼んだ。



――『フェニックス!』

 瞬間、朱雀はハッとして顔を上げた。優の声が聞こえた気がした。
「優の声がしたわ!」
「優だわ!」
 流和と永久も同時に叫ぶ。

 炎の力だ。朱雀が優の力を確信したとき、守護壁の向こう側の闇の中を、一羽の不死鳥が翼を広げて物凄い速さで飛び抜けて行った。
 闇が切り裂かれ、そこから夕陽の光が差し込むのを朱雀は確かに見た。
「戻って来たのか!?」
 東條の顔がパッと明るくなる。

 紅の炎に包まれたフェニックスは朱雀の守護壁の周りを飛び回り、次々に闇を払いのけていく。

ワゥオオオオオオオオーーーーーーン!!
ウオオオオオーーーーーン!

 辺りに狼たちの雄たけびが響き渡っている。
 待ち望んだ光に目を細めながら、ダイナモンの生徒たちが一斉に歓喜の叫び声を上げた。
「銀色狼だわ!!」
「助かった!」

 夕陽の光の中で、1匹の巨大な狼の背中から飛び降りる優の姿が見えた。
 地面の上に倒れている空に向かって、優が何かを言っている。すると空が起きあがり、立ちあがった。
「空が、生きてる……」
 流和がホッと胸をなでおろした。

 怒りに荒れ狂う王たちが剣を構え、9つの影となって四方八方から一斉に優に襲いかかって行った。しかし、銀色狼たちがそれを許さない。
 白銀の狼たちは風のように大地を駆り、優を取り囲む王の影に勇ましく飛びかかった。
 銀色に輝く牙が冴え渡る。
キィイイイイイイイイ!
 何人かの王が銀色狼を恐れて逃げ出し始めるが、森の中から現れた後陣の狼の群れがそれ待ちうけ、一匹残らず邪悪な魂を牙にかけた。
 魔法使いの力では、あれだけ苦労したのに、聖なる銀色の牙にかけられた9人の邪悪な王の魂は、たちまち塵となって舞い上がり、夕陽に焼かれて無くなってしまった。
 この世から完全に存在を消されたのだ。

 圧倒的に聖なる存在。
 ダイナモンの生徒たちも、銀色狼と実際に対面するのはこれが初めてだった。普通の狼よりもずっと大きく、そして想像を絶して美しいその姿に、誰もが言葉を失った。
 気高い賢狼たちはいとも簡単に悪を無に帰すると、群れは、その中で一番大きな銀狼の周りに集まった。そうして狼の群れの目は、一斉にダイナモンの生徒へと注がれた。

 対峙したダイナモンの生徒たちと銀色狼たちとの間に、険悪ではないが、厳かな緊張感が漂う。その間に、優がぽつんと立っている。
 狼たちの記憶の中で、かつてナジアスが銀色狼と魔法使いとの架け橋になった姿と優が重なった。
 
 流和が真っ先に走り寄って、空の首にしがみついた。
 それから朱雀が、ゆっくりと優のそばに。朱雀は頭からバケツの水をかぶったみたいに汗でびしょ濡れた。
 永久と吏紀も、優に駆け寄る。そのほかの生徒たちは、銀色狼との距離を測りかねて千年桜の下にとどまった。

――『これが、お前の仲間たちか』
 エラ・プロミシオネム・スペス。狼たちの頭領、エラが優の背中に鼻先で触れた。
 優は振り返り、エラを見上げて頷いた。照れくさそうに笑って。
「そうよ」

「優、彼らはなんて?」
 永久が心配そうに口を開いた。優が狼に噛まれるのではないかと、気が気ではなさそうだ。――実際、彼らは本気ではないにしろ優にもよく噛みつく。

「『これがお前の仲間たちか』ってエラが……うん、わかってるよイリウス、え、アイク? ごめんね、今それを話すところ」
 エラと呼ばれた一番大きな狼よりも頭二つ分くらい小さい2頭の狼が、両側から割りこんで来て何かをせかすように優の体に頭突きしてきたので、優はよろけながら狼たちの頭を押し返した。
「なんなんだ」
 優が今にも食べられてしまいそうな勢いなので、これには朱雀も眉を寄せた。銀色狼と優では体格差がありすぎる。

「銀色狼たちがなぜ私たちを助けてくれたのかを、ちゃんとみんなに説明しないといけないの」
 優は真剣な眼差しで、だがその瞳には深い優しさをたたえて朱雀に答えた。
 一体、この短い時間に何があったのだろうと思わせるその深い瞳に、朱雀は少しドキリとした。

 優は千年桜の下にいるダイナモンの生徒たちにも聞こえるように大きな声で語り始めた。
「みんな聞いて! ここにいる銀色狼たちが今日、私たちを助けてくれたのには、とっても大切な理由があるの。大昔から、銀色狼と魔法使いはいがみ合い、敵対しあってきた。それは魔法使いが高慢で、自分たちの力に溺れ、その力で彼らを支配しようとしたからよ。けれど私たち魔法使いの祖先の中には賢くへりくだって、銀色狼たちと和解した者がいたの。それが、伝説の魔法戦士ナジアスとシュコロボヴィッツだった。ナジアスとシュコロボヴィッツがかつて、ここにいるエラの命を救い、その子孫を守り、彼らの前で魔法使いが決して杖を抜かないことを約束したの」
 
 エラが狼の群れの先頭に出て来て、優の隣に並んだ。夕陽に照らされた白銀の毛が黄金色に輝いている。

「銀色狼たちが今日私たちを助けてくれたのは、かつて賢い魔法使いたちが最初に彼らに報いていたからよ。そうでなければ、私たちはみんな暗闇の王に殺されていた……。だから忘れないで、私たちが今日彼らに助けられたことを、彼らから受けた恩を。私たちは今から後、私たちの息子や孫たちの時代にまでずっと、彼らの良き友であることを約束し、また彼らとの約束を述べ伝える。再び二度と、彼らを魔力で虐げることがないように」

 優がそこまで言うと、白銀の狼たちが一斉に天に向かって長く、長く吠えた。
 森中に響き渡るその鳴き声は、古から今も変わることはなく、威厳に満ち、若き魔法使いたちの心を揺さぶり動かした。
 そして純粋な者は涙し、愚かな者は震え、賢い者はへりくだり戒めを得た。

「エラ、ありがとう」

 優が左胸に手を当てて膝を屈めると、流和、永久、それに朱雀、吏紀、空も同じように左胸に手を当てて頭をさげた。
 千年桜の木の下にいるダイナモンの生徒たちも皆、それぞれに跪き、神々しい白銀の狼たちに心からの感謝と敬意を示した。

 銀色狼たちはより一層高く吠えると、やがて陽炎のようにふっと姿を消し、後にはただ風が、深い森の中へと帰って行った。




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