月夜にまたたく魔法の意思 第7話13




 木の葉一枚も纏うことのない巨木の下に、ダイナモンの生徒たちがぞくぞくと集まって来ていた。
 朱雀たちが千年桜に引き返したときには、すでに美空や東條の姿もあった。

「空の探索カラスから知らせを受けて戻って来たの! みんなをここに集めて、一体何をするつもりなの?」
 と、美空が駆け寄ってきた。
 集まっているダイナモンの生徒の中に杖を出している者が一人もいないのを確認して、吏紀がホッと胸をなでおろした。そして皆に聞こえるように大声で言った。
「王たちの狙いは俺たちを喰らうことだ。 だから、全員でこの場所に防御線を張り、時間を稼ぐ!」
「そんなことをして何の意味がある!? 魔法で奴らを滅ぼすことはできないんだぞ!」
 東條が気も狂わんばかりの剣幕でまくしたてた。
「そのうち力尽きて、弱い者から犠牲になるのがオチだろ!! バラバラに逃げる方が安全に決まってる!」
「聞いてくれ! 俺たちに魂を滅ぼすことが出来ないということは、みんなも知ってる通りだ。だから今、ベラドンナの明王児優が銀色狼に助けを求めに行ってる。彼らの牙には邪悪な魂を滅ぼす力があるからだ。それまで、俺たち全員でここで持ちこたえるんだ!」
 吏紀の言葉に、ダイナモンの生徒たちがザワめいた。
 中には優のせいで杖を使えなくなったことに腹をたてている者もいる。
「銀色狼に助けを求めるだって!? 正気とは思えないな!」
 と桜の木の上から野次が飛んでくると、別の方角からも反対意見が飛んで来た。
「ベラドンナの生徒を信用できるのか!? 俺たちを見捨てて一人で逃げるとも限らないぞ」
「優は私たちを身捨てたりなんかしないわ! 必ず狼を連れて戻って来る!」
 そんな大きな声が出せたのかと驚くほどの剣幕で、永久が怒鳴った。

「ベラドンナの生徒は黙ってろ! デキソコナイのくせに」
「噂で聞いたが、お前は人間出の魔法使いだそうじゃないか! 汚れた血め! もともと9人の王は人間だったんだから、お前が一番最初に喰われろ!」
 そう言って、近くにいた男子生徒が永久の胸を乱暴にどついた。
「やめろ!」
 吏紀が男子生徒の胸ぐらをつかみ、一瞬で地面に組み伏せた。
 そしてまた懇願するようにダイナモンの生徒全員を見回す。
「頼むからみんな聞いてくれ! 播磨が言った言葉を思い出すんだ。『種族を越えて協力しろ』、『かつて魔女と闘った魔法使いたちがどのように闘ったかを思い出せ』だ。人間だから魔法使いだからと言い争っていては生き残れないぞ! シュコロボヴィッツとナジアスの時代、魔法使いたちはへりくだり知恵を用いて、アトス族ともドラゴンとも銀色狼とも協力して闘ったんだ。今こそ、俺たちもそうするべきだ!」

 必死に訴える吏紀の言葉に、何人かの生徒は共感したように頷いた。だが、それでもまだ何人かの生徒は不満そうだ。
「みんな恐れてるわ! 私たちはいつまで、その当てにならない明王児優と銀色狼のことを待てばいいの!?」
「そうだ、杖を召喚しよう!」
 と、宙に手を伸ばした男子生徒の手を、流和が咄嗟に押さえた。
「ダメよ!! 杖を出したら銀色狼に助けてもらえなくなる!! 優は必ずやりとげるわ、お願いだから待ってちょうだい!」
「でも、杖もなくあんな恐ろしい敵と戦えるわけないだろう!!」

 ダイナモンの生徒が次々に千年桜のもとに集まって来る中、辺りは恐怖と混乱でパニック状態に陥った。いつ、誰が杖を出してもおかしくない状況だった。
 言葉で恐怖を鎮めることはできない。いくら理屈を説明しても、混乱している心を穏やかにすることもできない。
 だから朱雀は黙ってダイナモンの生徒たちのやりとりを聞いていた。
 少し前の朱雀なら、今のダイナモンの生徒たちと同じ考えだったはずだ。銀色狼に協力を求めようとすることや、ベラドンナ出身の優のことを信頼して待つことなど、昔の朱雀には想像もできないことだった。
 でも、今は違う。
 
 険しい森の中を、危なっかしい足取りで銀色狼の元まで進んでいるだろう優のことを思いながら、朱雀は顔を上げた。
 朱雀のシュコロボヴィッツの瞳と、両耳のピアスが深紅の輝きを放つ。
 辺りに濃い霧がたちこめ、桜の木を囲む森の木々の縁から、黒い影が不気味に姿を現す。

――「守護魔法、トゥエリ・ムルーム・フランマ!!」

 混乱と喧騒の中に朱雀の言霊が響き渡り、強い炎の力が解放されるのを、その場にいた誰もが肌で感じ取り、畏れを覚えた。
 朱雀が両手を大地につけると、その手元から炎が燃え出て、瞬く間に千年桜とその周りに居る生徒たちをぐるりと取り囲む炎のサークルが広がった。
 揺らめきながら近づいて来る黒い影は、朱雀が地面に描いた炎の輪の外側を行きつ戻りつ彷徨っている。
「こっちからも現れたぞ!」
 千年桜の背後で生徒が叫んだ。
「左を見て、こっちには2体いるわ!」
「右にも1匹いるぞ!」
 全部で5体いるようだ。
「囲まれたわ!」
 恐怖に声を上ずらせ、女子生徒が叫ぶ。ダイナモンの生徒たちは全員で身を寄せ合って、桜の木の下にひしめき合った。
 その周囲を朱雀の炎がぐるりと取り囲んでいる。
 黒い死に装束をまとう王たちの姿はどれも身長がとても高く、ゆうに2メートルはありそうだった。フードを被っていて顔は見えないが、擦り切れたローブの袖からは干からびた細長い指が、物欲しそうに開いたり閉じたりしている。
 王たちはそれぞれに腰から長剣を抜きとり、今まさに真っすぐにダイナモンの生徒たちを目がけて迫って来た。

「来いよ、偉大な王様。なに恐がってる」
 地面に両手をつき屈んだ姿勢のまま、朱雀が挑発するように王たちに言った。

 キィイイイイイイイイ!!!
 次の瞬間、この世のものとは到底思えない超音波が空気を振動させたので、多くの生徒が耳を塞いで震えあがった。
――『長男を殺したのは誰だ、二男を殺したのは誰だ、三男を殺したのは誰だ……殺したのは、殺したのは、俺様だああああ!! ……血が欲しい。もっと欲しい、もっと、……もっとだ! 血を持ってこい、もっとだああアア!!!』
 まるで犬の唸り声のような雄たけびだ。その名は強欲の王アヴァリティア。

――『憎い……憎い……、殺してやる。憎くて、憎くて、この身が焼けそうだ……』
 枯れ草が踏みしだかれるようなしわがれた声の主は、憎しみの王オーディアム。

――『ヴォウ! ヴォウ! ヴァッウ! 政権を握るのは俺だ! どけ! 邪魔だ! 俺様の怒りは収まらないぞ!!』
 獣のように吠えたける怒りの王イーラ。

――『跪け。跪け。跪け。我こそが偉大な王スペルビアン。氷と闇の女王アストラ様の腹心。我にひれ伏し、命乞いをするが良い。だが生かしてはおかぬぞ!』
 高慢の王スペルビアン。

 吠えたける獅子のように王たちの邪悪な魂が飛びかかって来た瞬間、朱雀は立ちあがり、地面についていた手を頭上に掲げた。すると、地面の上で円を描いていた炎が天高くまで燃え上がり、壁となって黒い影を退けた。
「炎の守護壁だって!? あり得ない! 杖も出さずにこんな高等魔法を使うなんて、命を削るぞ!」
 喚きだす東條に対し、朱雀がニヤリと笑って見せた。
「炎の魔法使いを舐めるな。こんなの朝飯前だ」
 王たちの魂は苦悶の叫びを上げ、朱雀の守護魔法を嫌がってユラユラと後ろに引き下がる。だが、直後、5体目の影が桜の木の上から襲いかかって来た。
――『キュルキュルキュルキュル! 宴だあああ! 踊れ、狂え、闇の女王に命を捧げよ!」
 突然至近距離に現れた邪悪な影、狂気の王フロール。
 ダイナモンの生徒たちが悲鳴を上げる中、吏紀が浮力を解放しながら幹に足を翔けて飛び上がった。
「吏紀!」
「まかせろ!」
 狂気の王が牙を剥き出しにして生徒の一人に噛みつこうとした瞬間、アメジストの光に包まれた吏紀が空中で宙返りしながら強烈なバックドロップキックを喰らわせ、朱雀の守護魔法の外側に蹴り飛ばした。
『キュルキュルキュルキュル!』
 狂気の王は炎陣の外で大地にめり込むほど激しく転げ回った。
「吏紀、もしお前のいうことを聞かず、俺の守護の中で杖を抜く者がいたら、今みたいに遠慮なく外に蹴り飛ばしていい。俺たちの足を引っ張る馬鹿者を守ってやる筋合いはないからな」
 と、朱雀がダイナモンの生徒全員に聞こえるように言った。
 吏紀が苦笑いしながら無言で頷くと、それまで騒いでいたダイナモンの生徒たちが金縛りにでもあったかのように静かになった。
「へえ、魂ってキックできるんだな。案外、大したことないじゃん」
 と、空が感心している。
「それより、あいつは無事なのか」
「優は無事だ。だが良くない知らせ」
 上空を舞うカラスたちのけたたましい鳴き声に耳を傾けながら、空が深刻な顔で言った。
「死にかけが一人、怪我をして動けなくなっているのが二人。どうする、見捨てるか?」
「助けられる命は助けたい」
 瞬時に吏紀が、流和と美空を振り返った。
「流和、美空。お前たちの精霊を召喚して、怪我をした仲間を救出しに行かせることは可能か」
「やるわ」
「やるしかないでしょう」
 流和と美空が迷わず応えた。
「ここで仲間を救えないなら、聖羅のことも救えない気がするもの」
「よし、頼む。場所は空の探索カラスが知ってる」

 吏紀はそれだけ言うと、千年桜の元に集まっているダイナモンの生徒たちに呼びかけた。
「みんな聞いてくれ! 杖がなくても出来ることをするんだ! 光の魔法で邪悪な魂を退けることなら、誰にでもできるだろう」
「だけど、こんなのいつまでも持たないぞ!」
 と、生徒の一人が抗議した。
「日没までの辛抱だ! 俺たちの作戦がうまくいけば、間もなく銀色狼がこの場所にやって来て邪悪な魂を滅ぼしてくれる! 恐れないで立ち向かうんだ。今こそダイナモンの伝統と埃を証明する時だ。俺たちは皆一流の魔法使いだ! さあ、アトスの石を持っている者は朱雀の守護の周りに置いてくれ、皆でここに防御線を敷く!」
「そうすれば、絶対に助かるのか!?」
「助かると信じるんだ! 銀色狼たちは必ずやって来る!」
 と、吏紀が確信して言った。

「わかった。今回ばかりはお前の言うことを信じよう。どちらにしろ、やるしかないしな」
 そう言ってダイナモンの生徒の中で一番最初に進み出たのは、意外にも東條晃だ。
 朱雀の守護陣の中で上空を見上げた東條は、ふと永久を振り返った。
「山口永久、ルーンの光魔法は使えるか」
「地面に絵を描くやつのこと? 少しなら」
 永久の返答にしばし絶句した東條は、それでもすぐに気を取り直して先を続けた。
「……一つ言っておく。魔法使いなら言葉は正確に使え。正確には、地面に『魔法陣』を描くやつだ。お絵かきとはレベルが違う」
 永久がきょとんとしていると、東條が嫌な顔をした。
「とにかく、こんな状況だから仕方ない。朱雀の守護魔法は鉄壁の炎の城壁だが、上空からの攻撃はカバーできない。だから、今からここにルーンの魔法陣を描き、この上に結界を張るのさ。そうすればさっきみたいに王たちが入って来ることはない。だがそこで一つ問題がある」
「なんなの?」
「結界を張るのは大掛かりな仕事だから、普通は魔法の杖がいるんだが……杖が使えないから……」
「ハッキリ言いなさいよ東條、杖なしでその魔法を使うには永久の力が必要なんでしょう」
 流和に的をつかれ、東條は少しムッとしながら頷いた。
「正確には山口永久の力ではなく、『ダイヤモンドの力』 だけどな」
「やるわ」
 東條の嫌味な言い方をものともせず、永久は即座に返事した。この状況で自分にできることがあるのが嬉しかったのだ。

 一方、吏紀が確信に満ちた口調でダイナモンの生徒を鎮めたことに対して、朱雀が小さな声でぼやいた。
「いいのか吏紀、絶対に助かる、なんて言って。現実的に言えば、可能性は五分だろう。もしかしたら全員助からないかもしれない」
 すると、吏紀が意味深な眼差しを朱雀に向け、他の者には聞こえないようにその耳もとで囁いた。
「お前が『あの指輪』を優に預けるのを見てたぞ。俺よりも優のことを一番信じてるのはお前だろう、朱雀。 お前が信じているように、俺も信じたまでだ」
 吏紀が面白そうにフっと笑うと、朱雀はそれとは対照的に面食らった。
「お前のそういうとこ、ほんと、ムカツクな……」
 突如、朱雀の深紅の瞳が一層輝きを増し、魔力が増大した。
 防御壁の外をファイヤーストームが荒れ狂ったので、ダイナモンの生徒たちは炎の魔法使いの強大さに圧倒され、勇気づけられた。

「ペースを考えろ! 長期戦になるかもしれないんだぞ」
 東條が信じられないという顔で朱雀を見やる。
「アイツのことを信じる無謀者は、俺一人だけで充分だ」
「はあ? 何言ってるんだ。気でも狂ったのか」
「心配ない、こっちの話だ」
 不審な眼差しを向けて来る東條を、吏紀がなんとか受け流した。




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