月夜にまたたく魔法の意思 第7話11




「それでは、本日の特別授業に関して説明します。一度しか言いませんので、よく聞きなさい」
 桜坂教頭のピリピリとした物言いに、生徒たちは静寂を守った。
 うす暗い森の中に、木々の間をすり抜けて差し込んできた太陽の光が、スポットライトのように所々に降り注いでいる。
 こんな状況でなければ、幻想的で美しい森の風景なのだが。

「これから話す事実を知る者は、今ではごくわずかです」
 桜色のローブをまとった桜坂教頭が前に進み出、生徒たち一人一人を見まわした。
 優にはその桜坂教頭の漆黒の目が、まるで人の心を吸いこもうとしている闇のように思われた。

「古の魔女アストラがかつて勢力を強めた時代、人間界では9人の王が彼らの国を治めていました。それは魔法界がまだ魔女の脅威を知るよりずっと前に起こったこと……。知っての通り人間の心は弱く儚いものです……もっとも、それは魔法使いにも言えることですが……、ただし魔力を持たない人間たちは、魔女の邪悪な力に対して魔法使いよりずっと弱い存在なのです。魔女は彼らの心の弱さを見逃しませんでした。そして、魔女は9人の王たちと暗黒の契約を交わし、彼らに不滅の肉体を与える代わりに、彼らの魂を支配したのです。今、この千年桜の木の根元には、その9人の邪悪な王の肉体が埋められています」
 皆が真剣に桜坂教頭の話に聞き入っているときに、優は両手で口を塞ぎ、顔をそむけた。
「へっぎゅし!」
 優の巨大なくしゃみに、桜坂教頭の話に聞き入っていた生徒数人がビクっと震えあがった。
「……明王児優」
「ごめんなさい……」
 桜坂教頭の鋭い眼光に当てられながら、優は自分がひどく濡れていることに気がついた。濡れた森の中を転がりまわったせいで、髪もブレザーもスカートも靴も、びしょ濡れになってしまったのだ。
 優はまるで顔の前に寄って来た小さな虫でも払いのける仕草で、右手を1回振った。すると、炎の熱気が一瞬で優の体を包みこんだ。
 瞬く間に優の濡れて重たくなっていた髪はクルリと巻き上がり、制服も靴も乾いてピカピカになった。これはつい先日覚えたばかりの魔法で、水気を掃う、『炎のウチワ』だ。
 その様子を少し離れたところから見ていた朱雀が人知れずニンマリした。


 桜坂教頭が先を続けた。
「魔女は王たちの魂を奪い、代わりに汚れた魂を彼らに与えました。すなわちそれは人の心が持つ9つの悪い性質……、強欲の王アヴァリティア、高慢の王スペルビアン、姦淫の女王アデュルテルム、怒りと憎しみの王イーラとオーディアム、狂気の王フロール、絶望と貪りの王デスペラーティオとデスデリス、そして9人目の王は欺きの名を持つ、デシプティオー。すでに業校長から伝えられた通り、魔女は復活し、再び世界を脅かすために仲間を集め始めていることでしょう。魔女の忠実な僕である9人の王たちが、この千年桜の元から解き放たれるのも時間の問題です。なぜなら、闇の魔法使いはもちろん、吸血一族や、闇の精霊やゴーレムたちと、やがて貴方がたは闘わなければなりませんが、その気になればここに眠る邪悪な魂たちを呼び起こすことも、魔女にはたやすいことだからです。このままでは魔女は、遅かれ早かれ必ずここにやって来ることでしょう」

「あの、桜坂教頭先生。授業の目的が、いまいち理解できないのですが……つまり、今日の課題は何ですか?」
「課題ではありませんよ、暁美空。これは実戦です。あなたたちに、この9人の王たちの魂を滅ぼすことができるでしょうか」
「そんな、無茶です!」
「それならば、魔女は王たちの魂を呼び覚まし、再び不滅の肉体を与えることになるでしょう。これから賢者ゲイルが王たちの魂を解放します。今日、あなたたちがそれを完全に破壊するためです。もしもあなたがたが失敗すれば、魔女は勢力を増すことになるでしょう。あなたたちはダイナモン魔術魔法学校の最高学年生ですよ。6年間、邪悪な力と闘う術を学び、鍛え上げられました。いつまでも生徒でいることはできません。これからはあなたたちが魔法界の秩序を守り、戦い、下の学年の子たちを守るのです。本日の授業には合格も落第もありません。ですがもし合格があるとすれば、それは今日、生き残った者がそうです。まもなく、魔法戦争学の播磨先生と、魔法魔術学の神山先生、それに時の賢者ゲイルが、9人の王たちの魂を解放します。長い眠りから解き放たれた王たちはさぞ喜び、その欲望のままに振る舞うでしょう。解き放たれた王たちは魔女のもとへ向かおうとするはずですが、このオロオロ山に張ってある結界により、日没までは彼らを引き止めることができます。ですから猶予は日没までです。日が沈むまでに9つの魂を滅ぼしなさい。ですが、先ほど言ったペナルティーのことを忘れてはいけませんよ? 決して、何があっても杖を抜いてはなりません! それでは、健闘を祈りますよ、諸君」

 桜坂教頭がそう言ったのを合図に、背の曲がった老婆が前に進み出て巻物を広げた。
 老婆の両脇に立つ二人の男の先生のうち、黒いローブに身を包んだ背の高い人が言った。
「皆下がりなさい。これから解放する9つの魂は非常に凶暴だ。すべての魂を完全に破壊するまで、誰一人、いかなる理由があろうとダイナモンに戻って来ることは許さない。もし諸君らが失敗し、ここで全滅するなら、我々教師人は自らの教育が甘かったことを恥じることになるし、諸君ら自身はそこまでの実力しかなかったという、一つの結論を得るだろう! 王たちの剣と牙には死の毒がある。蘇ったばかりの王たちの肉体は渇き、奴らは血を欲しているから、吸われないように気をつけろ。それから王たちに触れられるだけで、悪い魂の性質が諸君らの中にも入り込んでくるはずだ。心を支配されないように、守りを固めろ」
「どうやって!?」
 生徒たちが困惑して叫ぶと、「これは授業じゃないんだ、自分で考えろ!」 と黒いローブの男の先生が怒鳴った。
 なんて冷たいことを言う先生なのだろう、と優が自分の耳を疑っていると、今度は左目に眼帯をつけている若い先生が言った。
「私からも二つだけ忠告させてもらう。一つは、桜坂教頭が仰ったとおり、何があっても決して杖を抜かないことを君たちに勧める。そしてもう一つは、生き残るために種族を越えて協力すること。これは忘れてはならない教訓だ! かつてアストラと闘った魔法使いたちが、どのように闘ったかをよく思い出しなさい!」

 先生がそう言ったのと同時に、老婆が長い巻物を天高くに放り投げ、次々と聞きなれない名前を呼び始めた。

「マジかよ、本気でやるつもりだ!」
 空が、流和のそばに駆け寄ってきた。
 大地が揺れ動き、老婆の放り投げた巻物が黒い炎に焼かれて塵となるのを優は見た。

 ダイナモンの生徒たちが悲鳴を上げながら一斉に森の中に散り散りに逃げ去っていく。その場に残ったのは、優たちべラドンナの3人と、朱雀、空、吏紀だけだ。
 地面が裂ける音がして、千年桜の根元から黒い影が閃光のごとく上空に跳び出し始めた。花火のように次々に討ちあがる黒い影の線を茫然と見上げながら、飛び出した影の数を優は咄嗟に指を折って数えた。そうして巻物が完全に燃えてなくなり、老婆と男の先生たちがその場から姿を消した。
「……あれ?」
  辺りが不気味な霧に包まれ、静寂に覆われた時、優の指は8本しか折られていなかった。
「一つ足りない」
 優は不思議に思って、桜坂教頭を見つめた。他の先生たちと賢者ゲイルは生徒を見捨てるかのように一瞬で消えていなくなったのに、桜坂教頭だけがまだその場に残っている。

「どうしたのですか、明王児優。何か、言いたいことがありそうですね」
 
 さっきと同じことを、教頭がまた言った。その瞬間、優の感じていた奇妙な違和感が一層強くなる。
 そして優はその違和感の正体に気づきかけて、後ずさりした。

「あなた、本当に桜坂先生なの……?」

 優の問いかけに、流和と永久はきょとんとしているが、吏紀と空はハッとして桜坂教頭をマジマジと見つめた。
 朱雀が優の隣にやって来たが、何も言わず、その顔からも何も読みとれない表情をしていた。

 先ほどまで、ピリピリとして気難しい顔をしていた桜坂教頭が、このとき初めて口元を緩めた。だが、笑っているのとは少し違う。その顔は蒼白で、氷のような冷たさを帯びているのだから。

「何を言っているのやら、さっぱりわからないわね、明王児優。さあ、こっちへいらっしゃい。あなたは体が弱いようだから、私と一緒に先に学校に戻りましょう」
 桜坂教頭がそう言った瞬間、優の体が見えない引力に引っ張られて前に出た。
 すかさず朱雀が優の腕を掴み、引きとめる。
「確かに、変だな」

 空と吏紀が困惑の表情で朱雀に問い掛ける。
「朱雀、どうなってるんだ。冷気は感じられない。邪悪な魔法も。まさか、魔女に憑依されてるのか?」
「このピンクサファイヤの力は、確かに桜坂教頭のものだぞ」

「それは俺が聞きたい。どうなってるんだ」
 朱雀が優に問うと、優が応えるより先に桜坂教頭が口を開いた。
「まったく、呆れたものです。変だとすればそれは明王児優、あなたの方です。仲間を撹乱し陥れようとしているのではありませんか? 高円寺朱雀、その子をこちらへ。あとは私が対処します」
 桜坂教頭の言葉に、今度はみんなが優のことを怪しむ目つきになり、朱雀は優から手を放した。
「コイツへのお仕置きは鞭ですか、棒ですか」
 朱雀が無表情で問うと、桜坂教頭が即座に答えた。
「鞭です」

 瞬間、朱雀、空、吏紀の3人がニヤリとして桜坂教頭を見つめた。
「放してくれてありがとう。もう二度と私に触らないでね」
 優は丁寧に朱雀にお礼を言うと、心底嫌そうに桜坂教頭をねめつけた。
「これでハッキリした。あなたは桜坂教頭先生じゃない。私、嘘を見抜くのは得意だもん」
「確かに、これは桜坂教頭じゃない」
 と、朱雀も同意した。
「え、どうして? 何がなんだか全然わからない」 と永久が言うと、吏紀が言った。
「桜坂教頭は俺たちのことを鞭で叩いたことは一度もないんだ。鞭や棒よりももっと厳しい罰を与えると言って、心の鍛錬を重んじる人だからね」
「そうよ、桜坂教頭はいつもこう言ってたわ。『肉体への痛みは恐怖しか与えない。けれど、心に与える懲らしめは戒めを与え、優れた生徒の糧となる』 って」
 そう言って、流和もちょっと驚いた顔で教頭を見た。

「さっき、王の魂は全部で9つだって言ったけど、あのお婆ちゃんが魂を呼び出したとき、地面から出て来たのは8つしかなかったよ。9つ目はどこに行ったの?」

「俺も数えてたけど、確かに8つだったな。でも古い花火って、火薬が湿気って不発になることがあるだろ。それと同じで古い魂も期限切れだったってことはあるかも」
「ふざけないで、空!」
 流和よりも先にピシャリと空を黙らせる優。
「大昔に魔女と闘った魔法使いたちは、『魔女の欺き』 に手を焼いたって、本で読んだよ。今みたいに誰が仲間で、誰がそうじゃないかが分からなくなるから、シュコロボヴィッツたち魔法戦士は特別な目印をつけて仲間を見分けたんだって。シュコロボヴィッツとナジアスの伝記に書いてあったんだもん」
 優はそう言って、自分の左手首に巻かれているミサンガを永久と流和に見せた。優の細い手首で、永久が編んでくれた魔法のミサンガがキラリと光る。
「ほらね、私は本物。偽物はあっち!」
 優に指を射された桜坂教頭の顔がほんのわずかに、たじろいだように見えた。
「私は別に、明王児優が偽物だとは言っていませんよ。なんですか、教師に向かってその物言いは……」
「呪縛魔法、囚われ」
「え!!」
「朱雀?!」
 朱雀の呪縛魔法によって突如、炎に包まれた桜坂教頭を見て、その場にいた誰もが度肝を抜いた。

「いきなり何やってるんだ、朱雀! もしもアレが本物の桜坂教頭だったら……」
「いや、待て空。どうやらその心配はなさそうだぜ」
 吏紀が顎で示した先、ちょうど、朱雀の召喚した青い火柱の中で、桜坂教頭の姿が黒い長身の影に変貌していくのを全員が見た。

―― 『デシプティオー……』

 森の中に不気味な声が響いた。地面を這う、低く掠れた音だ……。
「あれは9つ目の魂、『欺き』に間違いない。ひとまず、ここから撤退だ!」
 吏紀がそう言って走り始めた。
「どうして逃げるの? 朱雀の魔法で捕まえたのに」
「魂を滅ぼす魔法はない。アレを朱雀の囚われ魔法で縛っておけるのも時間の問題だ。それよりもまず安全な場所に撤退して、作戦をたてる」
 吏紀と空が先頭を走り、その後に流和と永久が、少し遅れて優が続き、一番後ろを朱雀が着いて来た。

「足が遅くなったの?」
 優の後ろをゆっくり着いて来る朱雀に、優はわざと意地悪して言った。

「はあ?」
「だって、本来ならあなたが前衛役なんでしょう。それなのに今はドベを走ってる。……疲れたの?」
 優がそう言った次の瞬間、どべを走っていた朱雀が有無を言わせず優を脇に抱え、ひとっ飛びで風のように先頭の吏紀に追いついた。

「きゃあ! いきなり何するの。放して放して放して!!」
「どべで悪かったな」
 優が手足をバタバタさせて抵抗した。
「お前たち何やってるんだ、こんなときに、朱雀!」
 吏紀に叱られても応じず、朱雀は優を抱えたままもう一度高くジャンプして、元いた後方に戻った。
「これで分かったか、疲れてないし、足が遅くなったわけでもない」
「うわ、吐いちゃいそう。酔った……」
「敵が後方にいるときは、俺が後ろを守る。お前にはまだ後ろは任せられないからだ。でもいつまでもこのままではいられない。いずれはお前がみんなの後ろを守るんだ。そのとき俺はお前の言う通り、前衛に出てるんだからな」
「わかったよ。どべなんて言ってごめん! ……そんなに怒らなくてもいいのに」
「お前みたいにふてふでしいんじゃ、教頭が怒るのも無理ない」
「あれは『欺き』の桜坂教頭先生じゃん」
「ふん、本物ならもっと怒ってたさ。馬鹿め」

 風のように木々をすりぬけ、柳の木で囲まれた小さな沼地のほとりまで来ると、先頭の吏紀が足を止めた。そこまでたどり着くと朱雀も優を苔だらけの岩の上に降ろしてくれた。
 再び掴まれることがないように、優は素早く朱雀から離れた。

 しばらくは吏紀が周囲を警戒して様子を伺っていたが、やがて危険な気配がないことを確かめるとみんなを集めた。
「この辺りは大地にアトスの石が多く含まれているから、王たちの魂も簡単には近寄ってこないと思う」
「他のみんなは無事かしら」
 散り散りに逃げ去って行ったダイナモンの生徒たちを思って、流和が心配そうに言った。それを空が励ます。
「みんなバカじゃない。自分の身を守る術くらい心得てるさ。それより問題なのは、9つの邪悪な魂をどうやって完全に滅ぼすかってことだ」
「そのことなんだが、播磨が言ったことが引っかかってるんだ」
 吏紀の問いに、永久が応えた。
「何があっても決して杖を抜くな、ってこと?」
「そう。それに、『種族を越えて協力しろ』ってことだな。かつて魔女と闘った魔法使いがどうしたかを思い出せ、とも言った」

「でも待って。『杖を抜くな』っていうのは、優に対するペナルティーでしょう」
 永久の言葉に、優はガックリと肩を落として背中からリュックサックを降ろし、中から水筒を取り出しながら言った。
「悪いね、みんなに苦労かけて」
「いや、『ペナルティー』だと言ったのは欺きの王が化けていた教頭だ。あれは俺たちを混乱させ、不安にさせるための欺きの王の引っ掛けだったんじゃないか。いくら優に腹を立てたからと言って、生死のかかわる実戦で杖を抜くなという致命的なペナルティーを与えるはずないんだ。しかもこれは授業ではなく実戦だ。普通に考えてそんなのダイナモンの関係者が許すはずがない。でも播磨はさっき俺たちに「杖を抜かないこと」を勧めていた。つまりこの場合、杖を抜かないこと自体が俺たちにとって最善の方法だということになる」
「でも杖を使わなければ魔法の威力は半減するし、使えない魔法だってあるのに、どうして?」
「そこが理解できないんだ……。命のかかってる実戦で杖を抜くなと言い、尚且つ邪悪な魂を滅ぼすことなんて……」
 吏紀の言葉にみんなが沈黙していると、今度は空が言った。
「そもそも、俺たちの魔法で魂を滅ぼすことはできない。だろう、朱雀?」
「その通りだ。魂を滅ぼすことのできる魔法なんて、この世に存在しない。封印したり、縛り付けたりすることならできるが、それは滅ぼすこととは根本的に違う。それじゃあ魔女がやがて解放してしまうだろうから意味がないしな」

 優は5人が魂の滅ぼし方を深刻に模索しあっている間、乾いた岩を見つけてそこに腰をおろし、水筒から水を飲んだ。寮のバスルームで汲んだ水だから飲めるかどうか心配だったけど、意外にいけるものだ。業校長が優のために特別に作ってくれたバスルームには蛇口がついていて、その水をどこから汲み上げているのか不思議だったのだが、きっと地下の温泉と同じ聖アトスの源泉を汲み上げているのだろう。水筒の水を飲んだ直後から、優の体から疲労感がスーッと抜けて行く感じがした。
 昼のお弁当にはまだ早い時間だ。優はブレザーのポケットからチョコの包みを出して、銀紙を剥き始めた。

 朱雀が優の様子に気づき、すぐに嫌みを言ってきた。
「ピクニックに来てるんじゃないんだぞ」
「お腹が空いたんだもん。血糖値が下がると頭の回転も悪くなるし。……チョコ欲しい人?」
「結構だ。どうしてお前はそう緊張感がないんだ……。邪悪な魂に喰われる前に、お前みたいな食いしん坊は狼に食べられておしまいだ」

 朱雀が優に言い聞かせている言葉を聞き流していた流和が、次の瞬間、何か閃いたように声を上げた。
「そうよ! 播磨先生はそのことを言ってたんだわ!」
「流和、何か閃いたのか?」
「狼だわ!」
「へ?」
「狼よ! だから播磨先生は『種族を越えて協力しろ』って言ったんだわ。かつて古の魔女と闘った魔法使いたちは、聖アトス族や、ドラゴン、それに銀色狼とも協力して危機を乗り越えて行った。違う種族が力を合わせたのは、それぞれに優れた点があったからよ。アトス族は聖なる力を、ドラゴンは闇を滅ぼす力を、魔法使いは知恵を、そして、」
「「銀色狼は邪悪な魂を滅ぼす神聖さを!」」
 流和と空の声がハモった。
「それって教科書にのってること?」
「古い教科書にね。魔法戦争史種族別活躍記伝に載ってる」
「冴えてる〜」
 優が乾杯するようなポーズで水筒の蓋を掲げた。
「酔ってるのか?」 と、朱雀が優の手から杯を取り上げた。

「確かに、銀色狼の牙には、邪悪な魂を滅ぼす力があると聞いたことはあるが……」
「だから播磨先生は、『決して杖を抜くな』と言ったのね。もし私たちが杖を抜けば、狼たちを怒らせて協力してもらえなくなるもの」
「言うのは簡単だが、大昔の話だからな。どうする? 誰も狼とは話せないぞ」
「いや、空、もしかすると狼とも心を通わせそうな不思議キャラがこの中に一人だけいるぞ」
 吏紀が人差し指をたて、それを優に向けた。

「無茶ぶりしないでよね、無理に決まってるでしょう」
 優は首を横に振るが、吏紀、空、朱雀、そして流和と永久までもが真剣な眼差しを優に向けてきた。
「冗談言わないでよ。狼と会話なんて、食べられちゃうよ」
「優はベラドンナの図書室の本たちと話ができたわ」
「そうよ、ゲイルの予言書とも心を通わせていた」
 流和と永久が同時に頷く。すると思い出したように空も小槌を打った。
「そういえば、ダイナモンの浴場でカエルの石像とも胸をあけっぴろげにして話をしてたよな」

「お前はドラゴンとも話せた」
 と、最後に朱雀も同意した。

「無理だって。狼となんて話したことないもん。試してみてもいいけど、もし話せなかったらどうする?」
「そのときは万事窮すだ。いさぎよく狼の腹に収まってくれ。それで世界は少し平和になるだろう」
 朱雀がわざと憐れむように優の肩に手をのせた。



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