月夜にまたたく魔法の意思 第2話6





空は流和を見下ろした。
――ずっと、会いたかったんだ。
なのにどうして、その言葉が言えない。

「流和、なんであんな奴と付き合ってるんだ、あんな、デキソコナイとさ」
空の心ない言葉に、流和が、悲しそうに瞼を上げた。
「デキソコナイと付き合っちゃいけない? 優は私の親友なのよ」
「いけないよ」
「なぜ」
「流和が汚れてしまうから」
「あなたとは話したくないわ」



――あなたに会いたかった。
なのにどうして、口から出て来るのは憎まれ口ばかり。
流和には、空が人間側の魔法使いを理解しないことが悲しく思われた。それが空だと、尚さら悲しいのだ。

「流和、待ってくれ」
「どうしてベラドンナに来たの? 私はその理由が聞きたいのよ」
「流和を連れ戻しに来たんだ」
「私は帰らない、二度と」
「でも、帰らなきゃいけない。猿飛業校長の命令なんだ」

猿飛 業校長。その名前に、流和はハッと息を呑んだ。

「猿飛先生が? 一体、どうして」
「魔法界にゲイルの予言が表れたんだ。 古の魔女が復活する・・・・・・俺たちは、それを食い止めなければならない」
「アストラが!?」

流和は、信じられない、というふうに大きく目を見開いた。
――魔女アストラ
最初の炎の魔法使いシュコロボビッツと、若き火の魔法使いナジアスが命をかけて沈黙の山に封印したという伝説の魔女だ。
魔法界出身の者なら、誰でも知っている。その魔女の恐ろしさと、その魔女によってどれだけの命と魂が奪われたかを。


空が、魔女に立ち向かう魔法界の救世主についてゲイルから語られたことを、流和に話した。
まだ若く、不完全な魔法使いが魔女に立ち向かう。
その魔法使いは、エメラルドとサファイヤ、ダイヤモンドとアメジスト、そして2つのルビーだということを。


「魔法五大属性、最上位の石ばかりね。まるで、伝説と同じだわ……」
ただ、違うのは、シュコロボビッツとナジアスが魔女と戦った時には、聖なる勇者アトス族が共にいたということだ。
流和は魔法界で有名なその伝説を思い返した。
古の時代、聖アトス族の力は魔法使いと並んで強力だった。聖アトス族の力が魔法使いを導き、魔女の封印に大きな貢献を果たしたと言われている。
だが、聖アトス族の王朝は長い歴史の中で滅び、今はもう存在しない。彼らの血は普通の人間の血と混ざってしまっていると聞く。

「校長は魔法界全体に呼びかけ、最上位の石を持つ18歳の魔法使いをダイナモンに集めようとしている。その全員に試しの門をくぐらせ、魔女に立ち向かう予言の魔法使いを選び出すためだ。俺たちはもう、そのリストに載ってるんだよ、流和」

空は風属性最上位のエメラルドを持つ風の魔法使いで、流和は水属性最上位のサファイヤを持つ水の魔法使いなのだ。

「でも私は、もう魔法界を離れてる。試しの門をくぐるまでもなく、私は不適合のはずよ」
「どうかな。俺は、流和より優れた水の魔法使いを知らないけど」
「買いかぶらないで」
「実際に試しの門をくぐれば分かるさ。もし、違うと分かれば、そのときは好きにすればいい」
「最上位の石を持つ者は、みんなダイナモンに……?」
 そうだとすれば、流和の親友の永久と優も、同じくダイナモンに連れて行かれることになる。
 流和はしばらく、考え込んだ。
 もし、永久がダイナモンに連れて行かれたらどうだろうか。
人間育ちの永久は、魔法界のことをよく知らないので、魔法は今でも誰かを幸せにするためのものだと信じている。
そんな永久がダイナモンに行ったら、きっと失望するだろう。
 一方、優は魔法使いを嫌い、魔法を捨てようとしている身だ。
もし優が、火の魔法使いの中でも特に魔力の高い『炎の魔法使い』であることが魔法界に知れれば、間違いなく優は戦闘訓練の最前線に立たされるだろう。
その時に受ける優の苦しみは、流和がダイナモンで受けたものとは比べ物にならないかもしれない。

 いくら魔法界の非常事態とはいえ、流和は親友たちを魔法界のイザコザに巻きこみたくなかった。
だから流和はとっさに、光属性最上位のダイヤモンドを持つ永久と、火炎属性唯一のルビーを持つ優のことを空に隠しておこうと考えた。

 すると、流和の意図を知らない空が思いだしたように言った。
「そういえば、山口永久っていう、人間出の子がいるだろ。あの子はデキソコナイだけど、驚いたことにダイヤモンドを持つ魔法使いだってことが判明したんだ。で、ダイナモンに連れ帰ることになった」
「嘘! どうして分かったの?!」
流和が唖然とした。
「俺は気づかなかったけど、朱雀と吏紀が見つけたんだ。あの二人は、魔法属性を見抜くからな」
「そんな、あの二人もベラドンナに来てるの!?」

流和の顔からわずかに血の気が引いた。
最上位の石を持つ親友のことを隠しておこうと思ったのに、永久はすでに見つかってしまっている。不覚だった。
吏紀と朱雀の魔力探知能力は、絶対にごまかせない。
どんなにわずかな魔法の光でも、あの二人なら必ず嗅ぎつけるだろう。

「どうしたんだよ、顔色が悪いな。 寒い?」
空が、流和の頬に手の項を当てた。

「永久は、行きたくないって言うかもしれないわ。だって人間育ちだもの、ダイナモンの環境に耐えられるとは……」
「首に縄つけてでも連れて帰るさ。校長の命令だからな」
「そんな……」

流和の顔がますます蒼白になる。
空と、吏紀と、朱雀。この3人が校長の命令で動いているとなっては、誰にも止めることが出来ないのは明確だ。
どんなに流和が邪魔立てしようとしても、永久は確実にダイナモンに連れて行かれる。

その時、流和の頭に優の顔が浮かんだ。
優はもう、見つかってしまっただろうか……? 見つかるとしたら時間の問題かもしれない。

「2つのルビーって言ってたけど、火の魔法使いは、見つかったの?」
流和がさりげなく訊ねると、空が静かに息を吐いた。
「いや、見つかってない。魔法界では、朱雀以外には一人もいないって話しだ。二人目の火の魔法使いなんて居るわけないと、俺は思う」
「そうよね」

流和は適当に合槌をうって、空から目をそらした。
空はさっき、あんなに近くで優に会ったけど、優が火の魔法使いであるといことに気づいていない。おそらく優のかけていた魔力封じのスキーゴーグルが効いたのだろう。
魔力封じのゴーグルは、年月をかけて持ち主の魔力を奪う。優はあのスキーゴーグルをかけて、もう3年目だ。
ゴーグルによって優の本来の魔力は失われ、今では親友の流和にさえ、優の炎の力はほとんど感じられないほど弱くなっている。
優と初めて会った空が、優の力に気づかないのは当然だ。

もしかしたら、優はこのまま気づかれずにすむかもしれない。そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。
流和は、冷静に思考を巡らせた。
果たして、吏紀と朱雀は魔力封じのゴーグルをかけている優の正体を見抜けるだろうか。あるいは吏紀なら、ごまかせるかもしれない。
だが朱雀はどうだろうか……。
流和の心を不安が締め付けた。
同じ炎の魔法使いである朱雀なら、優の炎の力を誰より敏感に見抜くかもしれないと思ったからだ。むしろその可能性が高い。
だとしたら、朱雀に優を会わせてはいけない。

「朱雀は今、どこにいるの?」
「なんで」
流和が聞くと、空が突然、不機嫌になった。

「ちょっと聞いてみただけよ」
「あいつに会いたいわけ?」
「会いたくないわよ」
「あ、そう」
「どこにいるの?」
流和がまた聞いた。
「だから、なんで」
空がまた聞き返す。

「別に」


流和は、空から離れて歩き出した。
優と朱雀を会わせないようにしなければならない。絶対に、あの二人を会わせてはいけない。
さもなくば優は、朱雀に正体を見抜かれ、両親を殺した魔法使いたちが住む世界に、無理やり連れて行かれてしまうかもしれないのだ。

魔法界の非常事態。
古の魔女か復活するから、それを食い止めるためにルビーが2つ必要だと言われたって、そんなことは知ったことじゃない。
流和にとって最も大切なのは、親友が笑って生きていてくれること。優をダイナモンに連れて行くのは絶対ダメだ。

「流和、どこに行くんだ、まだ話しは終わってない」
「急ぐのよ、ちょっと用を思い出したの」
「聞きたいことがあるんだ! 一つだけ!」
空が怒鳴った。薔薇園から出ようとしていた流和が、足を止めて振り向く。

「なに?」


空はこのとき、ハラワタが煮えくりかえる思いだった。せっかく会えた空の最愛の人は、ほとんど空を見てくれないのだ。
才能を無駄にして、大都会で暮らす流和。それだけでもムカツクのに、
彼女が空を無視して、どんどん自分から離れて行ってしまうようで、それが無性に腹立たしかった。
頭にきて、涙が出そうになる。

「どうして」
空が、抑揚のない声で言った。
「どうして、手紙くれなくなったの」
「書けなかったの」
流和はさらりと答えた。

「他に好きな奴ができたから?」
「違う」
「俺のことが嫌いになったんだ」
「それは違う。質問は一つでしょ?もう三つもしてる、空」
「これって全部同じ質問だろ、要約しないと分からないわけ? 俺のことが今でも好きなのかって聞いてるんだ」
「あなたのことが好きよ、空」
「なら、どうして手紙をよこさないんだ。ずっと返事を待ってたんだぜ、さすがに傷ついたよ」
「手紙じゃ伝えられないって思ったの。あなたは私のこと、嫌いになって当然だとも思った」
「なんで」
「空が私のこと、いつも心配して、守ってくれようとしてたの分かってた。それなのに私はあなたを裏切って、一人でここに逃げて来たから。ごめんね、空」
流和が俯いた。
空は、小さく溜め息をついた。謝りたいのはこっちの方だ、と、空は思った。
流和に謝って欲しいわけじゃなかった。空が欲しいのは、流和の本当の気持ちだ。

「俺、強くなったよ」
空はそう呟き、流和をつかまえた。
「空は昔から強かったわよ」
「もっと強くなった、流和を守るために」
「朱雀より?」
「それはどうかな」
空が笑った。

「っていうかなんで朱雀と比べるんだ、お前、さては朱雀が好きだろ」
「馬鹿言わないで、私の心はずっと、あなたに向いてる。今までも、今も、これからもずっとだわ」
「本当に?」
空が流和を引き寄せ、見下ろした。

「空、あなた本当に、背が伸びたわ」
「背くらい、伸びるよ」
流和の長い睫毛が、少しだけ濡れて光っていた。空は流和にそっと唇を落とした。

「会いたかった」
「私のほうが、会いたかった」
二人は久しぶりの再会を喜んで、このときやっと、お互いをゆっくりと見つめあった。


「ダイナモンに戻るのはいつ?」
流和が訊ねると、空が流和の髪を弄んで耳にかけてやりながら答えた。
「朱雀が図書室で予言の書を見つけたら、すぐだ」
「え? 予言の書って、どういうこと」
「朱雀がゲイルの予言書を探してるんだよ。ここの図書室に隠されているらしくて、校長が、それを持ち帰れと命じたんだ」
「つまり、朱雀は図書室に?」
「ああ、今頃は多分」
「ダメよ! ・・・・・・優が!」

流和ははずみで空を突き飛ばし、いきなり図書室に向かって駆けだした。

「おいおい、何だよ、流和!」
「ついて来ないで、後でね、空。放課後にグラウンドでラクロスの練習をしてるから、その時に」
「は、ラクロス・・・・・・? なんだ、それ」

走り去る流和を、空は呆気にとられて見送った。
ダイナモンにいる頃は流和は空だけのものだったのに。
だけどここでの流和は、ラクロスとか友だちとか、空以外にも楽しみを持っているようだ。
それが、空にとって切なくもあったが、なんだか新鮮でもあった。

「流和、明るくなったな」
誰もいなくなった薔薇園で、空が一人、呟いた。




次のページ