月夜にまたたく魔法の意思 第2話3






次の日の朝、聖ベラドンナ女学園は突然の留学生たちの話でもちきりだった。
聖ベラドンナ女学園の生徒たちの目当ては、もっぱらダイナモン魔法学校からやって来た3人の男子生徒だ。
3人ともタイプは違うが、かなりの好男子だという噂だ。



「どうして女子高に共学の生徒が来るのよ、おかしくない?」

図書館の裏庭で流和に紅茶を入れてもらいながら、優が口を尖らせた。
この裏庭は、優たちの云わば避難場所だ。
優と流和は、こうして今朝も授業をボイコットしている。

「魔法学校って、一体どうなってるわけ? いきなり過ぎてこっちは大迷惑よ」

留学生がやって来たからと言って、別に優だけが特別に困ることはないはずだったが、優の悲嘆ぶりは甚だしかった。
まるで自分の敷地を部外者に取り上げられた地主のようだ。

優の話を聞きながら、流和は自分のティーカップにも紅茶を注いで、テーブルについた。
「問題は、あいつらが何をしにベラドンナに来たかってことね。ダイナモンみたいなエリート思考の学校が、わざわざ聖ベラドンナに留学生を出すなんて、絶対にあり得ないことだもの、優、砂糖は?」
「留学生の子たちには図書室を利用しないで欲しいな・・・・・・。 いる、大目にして」
「一体何のために、誰がやって来たのかしらね。まあ、誰が来たとしても私は会いたくないけど。 2杯?」
「大切な本を返却してくれなかったら困るもん、絶対ダメよ。 3杯、ミルクも」
「はいはい」

流和は優のティーカップに砂糖を入れながら、3杯目で手を止めた。

「って、優、砂糖入れすぎ。これじゃ甘過ぎて紅茶本来の旨みが・・・・・・いえ、それ以前に体に悪いと思うわ。私の話聞いてる?」
「甘い方が好きなんだもん。ミルクを入れて中和すれば大丈夫なんだよ。それより、留学生が来ている間は図書室を閉館にしようかって考えてるの」

流和は優の望み通りに砂糖とミルクを入れると、ティーカップを優に差し出して言った。
「図書委員の権限で、そこまで出来るの?」
「うん、できる」
「ずっと?」
「ずっと」
「ダイナモンの生徒は、2週間はこっちにいるらしいわよ。その間ずっと図書室を閉館に?」
「もともと、うちの図書室を利用する生徒はほとんどいないもん。本の修復作業や、蔵書整理をするってことにすれば、2週間くらいならできるはず」

優と流和は、庭に並べられたテーブルに向き合って座り、ゆっくり、熱い紅茶をすすった。
そして二人同時に、深く息を吐く。


「さて、ここからが本題」
と、優はティーカップの飲み口を指先で拭い、真っすぐ流和を見つめた。

「流和、ダイナモンの生徒がどうして来たか、全然、心当たりないの?」
「想像もできないわ」
「私には分かるよ。流和を連れ戻しに来たんだ、って」
「まさか、あり得ないわよ! 私は魔法界を捨てた臆病者よ、誰も私のことなんか、今さら必要としてない。それに、ダイナモンからわざわざベラドンナに生徒がやって来るのはやっぱり、どう考えてもおかしいの。優も知ってるでしょ? 魔法界と人間との間には深い傷と、ひずみがあるって・・・・・・。」


「うん」
優は流和の言葉に、ティーカップを両手に包みこんだままうつむいた。

むしろ、優がその犠牲者だった。優の両親は3年前、ちょうど優が聖ベラドンナ女学園に入学する直前に、魔法界の人間に殺されたのだ。
原因はとても些細なことだった。――気に入らないから。
優の父親は、ガーネットの石を持つ力の弱い魔法使いだった。
人間と結婚した優の父親は魔法界を追われ、ある日魔法使いたちと喧嘩を起こして、あっさり死んでしまった。母親を巻き添えにして。
そんなつもりはなかった、と、両親を殺した魔法使いは言ったそうだ。あんなに簡単に死んでしまうとは思わなかった、と。

優はそのときから、黄色いスキーゴーグルをかけるようになった。
魔法使いとして生きることをやめたのだ。
もともと、優の母親は人間で、魔法使いだったのは優の父親の方だけだ。
魔法界では、人間と魔法使いのハーフはデキソコナイとみなされる。人間の血が混ざった優は、それだけで汚れた存在なのだ。
たとえ優が、どんなに強力な力を持つシュコロボビッツだとしても・・・・・・優にはもう、その力は使えない。

魔力封じのスキーゴーグルは、年月をかけて持ち主の魔力を奪い取る。


「どうしても来なければならない理由があるとすれば、何かただ事じゃない、とっても重大なことが起こってるんだわ」

流和の話を、優は上の空で聞いていた。
ダイナモンの生徒とは関わり合いたくなかった。きっと、気に入らない、という理由だけで人を殺すような連中だろう。

そのとき、永久が髪を振り乱して、二人のいる裏庭に駆けこんできた。

「あ! やっぱり二人ともここにいた! また授業をサボって、飛行術の羽村先生がご立腹だったわよ」
永久はそう言うと、優と流和と一緒のテーブルに座り込み、グッタリと項垂れた。

「永久ったら、髪がぐちゃぐちゃじゃないの、一体どうしたの?」
優が、まるで台風にでもあったような永久の頭を撫でた。
永久の亜麻色の長い髪が、優の手で少しずつ整えられていく。

それを見ていた流和が、口をはさむ。
「優、人のこと言えないでしょ? あなたの髪だって、まるで炎を絵に描いたように逆立ってボサボサよ。さては今朝、髪を梳かしてないでしょ」
「違うよ、これはクセ毛なの。梳かしたって意味ないの、この髪はね」
「ほらやっぱり、梳かしてないんじゃないの」

「二人はいいわね、お気楽で。私なんか、もう絶望的よ」
「だから、一体どうしたのよ永久?」
「どうにもこうにも、飛べなかったのよ。また、飛べなかった・・・・・・先生が、明日の補修で飛べなかったら落第させるって言うの」
「ああ、飛行術ね」
「簡単に言うけど、クラスで1ミリだって宙に浮けないのは、私だけなの! とても恥ずかしいわ」
永久は涙ぐみ、両手で顔を覆って、本当にオイオイと泣き始めた。


「ちょっとちょっと永久、泣くことないわよ」
「そうよ永久、きっと飛べるはずだわ」
優と流和が励ます。だが、永久は嗚咽を漏らしながら激しく頭を振った。

「飛べないわ! 今日、言われたの。お前はデキソコナイだから、飛べるはずない、って、人間だから無理だって・・・・・・」

永久の言葉に、流和が顔を強張らせた。
「誰がそんなことを言ったの?」

「今朝やって来た、留学生たちよ。飛行術の授業で、笑われたわ、私が飛べないのに飛ぼうとしてぴょんぴょん跳ねるのが、馬鹿みたいだって!」
「なんて酷い! 最低の奴ら!」
流和がテーブルを拳で叩いた。

「でも、おかしいね。永久が飛べないはずないんだけどな」
と、優が紅茶をすすりながら言った。その鼻の下にクリームがついている。

「今日の放課後、練習する? コツさえ掴めばきっとすぐ、飛べるようになるよ」
優の言葉に、永久が、涙目の顔を上げた。
「いいの? 優」
「クリームついてるわよ」
「いいよ」

カラスが、カーと、1回鳴いた。


優、流和、永久が話の途中で同時に楓の木を見上げた。

「何なの、あのカラス、こっちを見てるみたい」
「あれは山烏だわ。都会には普通、あまりいないはずだけど・・・・・・」
「ふーん、流和がカラスのことに詳しかったなんて、意外」
「別に詳しいわけじゃないわよ、ちょっと、知ってるだけ」

そう言って流和は、警戒するように辺りを見回した。

「どうしたの?」
「何でもない」
「そうだ、言い忘れてたけど、飛行術の羽村先生が、流和と優に伝えておけって。二人とも、明日は私と一緒に補習授業でテストだって。」
「テスト? 何の」
「天井から吊り下げられてるリンゴを、杖を使わないで取るのよ。できなかったら落第だって」
「そのリンゴはもらえるわけ?」
「さあ、知らないわよ優、午後の授業は出るんでしょ?」
「出ないよ。生理なの」
「はあ!? ダメよそんなの」
「だって、午後は天文学と占星術でしょ、退屈すぎてサブイボが出ちゃうよ。それに私、占いは信じない主義なの」

「それ前にも聞いた。もう、優は・・・・・・」
「放っておきなさいよ永久、優にはいくら言ってもダメなんだから」
「うん、でも、もったいないと思うな。才能があるのに、魔法を使わないなんて。じゃ、後でね」
「うん、後で」
永久だけが、次の授業に行くため、足早に薔薇園を出て行った。



優には才能がある。
永久だけじゃなく、確かに、流和もそう感じていた。

流和がダイナモン魔法学校を退学して、聖ベラドンナ女学園にやって来た時、優には今よりももっと魔力があった。
だから、優が魔力封じのゴーグルをかけていても、流和には優がシュコロボビッツであることがすぐに分かった。
伝説のシュコロボビッツだ。
聖ベラドンナ女学園は、はっきり言ってまともな魔法使いが通う学校ではないと思っていた。
だから流和は優に出会った時、本当に驚いたものだ。
正当な魔法使いになるために、ダイナモン魔法学校に行くべきだと勧めると、優はこんなことを言った。
――どうして人は魔法使いになるの? どうして魔法使いには人とは違う力があるの?
人よりも力があるから、弱い人間を傷つけたり、殺したりするんだよ。
それなら、私には、こんな力はいらないよ。


流和はあのとき、優に何も答えることができなかった。

才能だけじゃダメなんだ。魔法は心で動かすものだから。
どんなに才能や魔力があっても、優の心がそれを拒むなら、魔法は使えない。
そればかりか、今のように魔力封じのゴーグルをかけ続けていれば、優の魔力は完全に消えて無くなってしまうだろう。


カー。

カラスがまた、一声鳴いた。





次のページ