月夜にまたたく魔法の意思 第2話4
――探索カラス
風の魔法使いである空は、山烏を操って探し物をするのが得意だ。
留学生用に特別に用意された学生寮で、朱雀、吏紀、空、そして美空と聖羅が昼食をとっていた。
「まったく呆れたもんだゼ。仮にも魔法学校に、空も飛べない奴がいるとはね」
空が身震いしながら、冷蔵庫から飲み物を取り出した。
「あのカエルみたいに跳ねてた惨めな子? あの子はダメね、フフ、あんなに笑わされたのは久しぶり」
「朱雀はどう思った?」
談話室のソファーに深深と体を沈めている朱雀の隣に、美空が座った。
「あの飛べなかった子か? お前たちやっぱり気づいてなかったんだな」
朱雀が美空の肩に腕をまわした。
「え?」
「は、何だよ朱雀」
「吏紀は気づいただろ?」
意味が分からない、というように顔を見合わせる空、美空、聖羅をよそに、朱雀が吏紀に話を振った。
「ああ、気づいたよ。だけど、ちょっと信じられなくて、あの場では言えなかった」
「何なの、二人して、もったいぶらないで教えてよ。何に気づいたの?」
美空が朱雀の膝に手をのせてせがんだ。
「あの飛べなかった子は、ダイヤモンドを持つ光の魔法使いだ、ってこと。馬鹿だな、気づかなかったなんて」
朱雀がニヤリと笑って、美空を見下ろした。
「嘘、あの子が・・・・・・?」
「え、あの子が!?」
空が飲み物のボトルを片手に、口を半開きにして朱雀と吏紀を見つめた。
「光の魔法使いだとは思ったけど、まさかダイヤモンドとは気付かなかった・・・・・・確かなのか?」
「俺の目に狂いはない」
朱雀の瞳が、一瞬、炎にまたたいた。
魔力によっても個人差があるが、真実を見抜く力に秀でているのが、朱雀の持つルビーや、吏紀の持つアメジストの特徴だ。
魔法属性を完全に見抜く朱雀と吏紀の2人が言うのだから、間違いはない。
「彼女の名前は、山口永久。両親とも人間だが、なぜか彼女だけは魔法使いとして生まれたみたいだ」
吏紀が、聖ベラドンナ女学園の学生名簿をめくって、みんなに説明した。
「ダイヤモンドは、光属性最上位の石だ・・・・・・」
「あんな子が、予言の子なわけないじゃない」
聖羅が憎悪に歪んだ顔で呟いた。
「信じられない。あれじゃ、宝の持ち腐れだわ、空も飛べないくせに」
ダイヤモンドは、永遠の絆と純潔を意味する、とても力のある石だ。その光は仲間を導き、邪悪な力を退ける。
歴史上に数えられる偉大な魔法使いのほとんどが、ダイヤモンドの魔法使いだ。
例を上げれば、ダイナモン魔法学校の猿飛業校長もダイヤモンドを持つ偉大な魔法使いだ。
「とにかく、山口永久は、お持ち帰り決定だ」
「校長の命令だから、仕方ないな」
「予言の魔法使いでないことが分かれば、すぐに送り返せばいい。きっと試しの門でアウトさ」
空が、みんなのグラスに紫色の飲み物を注いで言った。
「とりあえず、乾杯しようぜ」
「そうだな、安物のダイヤモンドに」
「安物のダイヤモンドに」
皆がグラスを持ち上げ、それを口につけた。
だが次の瞬間、全員が一斉に口にふくんだ液体を吹きだした。
ブフーッ!!
「ゲホッ・・・・・・何だ、この、刺激物は!」
「ワインじゃなかったのか!?」
朱雀がテーブルの上のボトルを取って、そのラベルを読み上げた。
「ふ、ふぁんた、グレープ? 聞いたことがない銘柄だな」
「これがワインだとしたら、発酵しすぎね! 舌が痺れるようだわ・・・・・・こんなの初めて」
「もしかして、毒を盛られたんじゃない?」
「多分、飲み物じゃないのさ、空が間違ったんだ」
吏紀が責めるように空を見つめた。
「だって、そこに入ってたんだ、ほらそこの、文明が生み出したという冷える食糧庫にさ」
と、空が冷蔵庫を指さした。
「普通に、飲み物だと思ってしまうだろ。ワインと同じような色してるし」
空はみんなからの冷たい視線を避けて、流しに紫色の液体を捨てた。
「あーあ、ミルクが飲みたいな。できれば、搾りたてのがいい」
「本当ね。でも、ミルクはないみたいだわ」
「最悪だな」
「あ、でも、オレンジジュースみたいなのがある。えーと、『ふ・ふぁんた・オレンジ』って書いてあるわ」
「美空、ふ・ふぁんたはダメだ。さっきのと同じ銘柄だ、危険すぎる」
すかさず朱雀が言った。
こうしてダイナモンの優秀な生徒5人は、飲み物に対する品揃えの悪さ、主に、ミルクがないことを口ぐちに呪い合った。
「ところで、空、流和はもう見つけたのか?」
「ああ、さっき、カラスが見つけたよ。これから会って来る」
さんざんみんなから責められて、すっかり不機嫌になった空が言った。
「そうか。ベラドンナの学生名簿を見てみたんだが、最上位の石を持つのは流和と、さっきの山口永久だけだった」
「火の魔法使いは、居ないか」
朱雀が小さく溜め息をついた。
「あとは、マジックストーンさえ持たないって噂の、魔力の弱い生徒が一人、コイツだ。聞いた話によると、学園一の劣等生らしい」
吏紀がそう言って差し出した一枚の写真を、朱雀、空、美空と聖羅が覗きこんだ。
「何なの? この黄色いゴーグルは。顔が全然見えないじゃない」
「色盲症らしくて、入学したときからずっとこうだそうだ」
「この髪は天パなのか? ぱっと見、毛虫みたいに見えるな」
「気味が悪いわ」
「朱雀はどう思う?」
「どう思うって・・・・・・マジックストーンも持ってないようじゃ、話にならないだろうが」
「そうだよな」
「何だよ吏紀、何か引っかかることでもあるのか」
「いや、別に。何だろうな、この黄色いゴーグルのインパクトが凄くて、ちょっと気になったっていうか。それとこの、トグロを巻いた黒い髪。火の魔法使いは、よくこういう髪になることがあるって、何かの伝記で読んだことがあるんだ。シュコロボビッツの赤い瞳と同じで、強い魔力は肉体に何らかの変化をもたらすことがあるだろ・・・・・・でも、悪かった、俺の考えすぎだ」
「そうよ吏紀、考えすぎだわ。少し神経質になってる」
と、美空が言った。
だが、朱雀は吏紀に言われて、テーブルの上の写真に興味を示したようだ。
「吏紀、こいつの名前、何ていうの」
「明王児 優」
「わかった。後で会ってみる」
朱雀はそう言うと、指の間に優の写真を挟んでクルリと裏返した。写真は、手品のように朱雀の手の中で消えた。
「予言の書も任せてるのに、悪いな朱雀。頼んだぞ」
「じゃ、俺は今から、流和に会ってくる。修羅場にならないよう、祈っててくれ」
「引っ掻かれるなよ」
朱雀が笑った。
「噛みついてやるさ」
空が言い返す。
空が部屋から出て行くと、一羽のカラスがそれを追いかけるように窓の外を飛んで行った。
「あの二人、大丈夫かな」
「大丈夫だ」
窓から見送りながら、朱雀が呟いた。
空と流和は、今でも互いを思い合ってる。どんなに離れても、たとえ二人が別の世界で生きることになっても、空と流和は変わらない。
朱雀には、そんなふうに一人の女を思い続ける空が羨ましかった。
誰かを自分のことのように愛すること。朱雀には、それが分からなかったからだ。
流和がダイナモン魔法学校を出て行った時、朱雀は、空が泣くのを初めて見た。
泣いている男なんて、とても見られたもんじゃない。
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