月夜にまたたく魔法の意思 第11話2




 朱雀と一緒に癒しの滝の神殿から出ると、天井の青空が一変、深い星空に代わり、辺りは星の光でしっとり照らされていた。
 朱雀に導かれるまま進んで行くうち、お湯の温度が下がって、温水プールくらいのぬるさになると、すぐに赤石で敷き詰められた陸が見えてきた。
 トレッタの塔を囲むようにして六柱殿が並びたち、それぞれが吊り橋で行き来できるようになっているようだ。
 一番大きな六柱殿に、寝椅子がいくつも並べられて、そこに流和と永久、美空や聖羅、それに三次と桜、東條がいるのが見えた。
 階段を上って六柱殿に上がると、空がすぐに朱雀と優にもシャンパングラスを差し出して来た。

「待ってたんだぜ朱雀、早速乾杯しようぜ」

 みんなが六柱殿の中にある足湯を囲んで輪になり、思い思いの姿勢でくつろぐ中、朱雀はその真ん中に引っ張っていかれ、乾杯の音頭をとることになった。
 すぐ近くの寝椅子に美空と、安静を強いられて横になっている聖羅がいる。二人が朱雀に向けるのは敬愛の眼差しだ。
 反対側の寝椅子には流和と永久がいて、このチームのリーダーとして最初から最後まで仲間たちを導き守った朱雀を称えて笑みを向けている。
 三次と桜は、足湯の階段に並んで座って、二人とも憧れるように朱雀を見つめている。
 大理石の大きな椅子にゆったりと腰掛ける東條は、少し離れたところから、真の仲間にだけ向ける信頼をたたえた眼差しを。
 朱雀の両脇では今、いつもよりハイテンションの空と吏紀が、親友の肩を抱きながら軽口をたたいている。

「あんまり遅いんで、もしかして来ないんじゃないかと思ったくらいだ」
「はっきり言えよ吏紀、優とよろしくヤッてると思ったんだろ」
「そこまで率直な物言いは下品だろう、空。まあ、確かに俺も、想像はしたが」
「優がそんなこと許すわけないでしょ、馬鹿ね」
 と、流和が野次を飛ばしたところで、朱雀が笑いながら言った。
「正直、俺だけイかされそうになったよ」
 それから朱雀は意味深に人差し指のルビーの指輪にキスを落とすと、わざと妖艶に優にウィンクして見せた。
「ちょっと、年下の学年もいるのよ」
 と、今度は美空が釘をさす。
「女には分からないのさ。キツイ任務の後はパイプがゆるくなるものなんだよ」
「空!!」
 流和が顔を真っ赤にして鬼の形相になったので、途端に空が肩をすくめて黙る。
 代わりに吏紀が、朱雀を促した。
「ウラゴンをけしかけられる前に、乾杯をしよう朱雀」
「確かにキツイ任務だった。一度は死んだ者もいたが、全員が無事に戻った俺たちの闘いは成功だったと思う。ともに闘った仲間の健闘を称え、それから戻ってきた仲間を称えて」
 朱雀がグラスを掲げると、皆も同時にそれぞれのグラスを高く掲げた。

「「「「乾杯! 」」」」」

 男たちは一気にシャンパンを飲み干すと、口々に猿のような奇声を上げる。流和や桜は、指笛を吹いて喜びを表した。
 美空はずっと、聖羅の手を握っている。
 暗闇のどん底から、光の中に戻って来たんだ、誰一人欠けずに、みんなで一緒に。一度は失った聖羅も取り戻した。
 その喜びの真ん中に朱雀がいるのを見て、優は、「ほらね」、と内心で囁いた。

 朱雀は最初から一人じゃないんだよ。こんなにたくさん仲間がいるじゃない。
 朱雀が闇に立ち向かうと決めたから、多分、美空はともに闘うと決めた。
 朱雀が聖羅を取り戻すと決めたらか、みんなで力を合わせて聖羅を取り戻すことができた。
 空と吏紀は、頼れる朱雀の親友で、朱雀の一番の理解者でもある。
 東條は表には出さないけど、朱雀のことを尊敬して、仲間であることに誇りを持っている。それは朱雀が、良きリーダーだからだ。
 三次と桜は、朱雀の背中を見て、これからきっと偉大な魔法使いへと成長していくだろう。
 優自身も、朱雀がいたから魔法使いである本来の自分を取り戻して、強くなることができたんだ。

 その時、天井の星が一斉に流れて、無数の流れ星になった。
 
 ダイナモンで6年間生活してきた朱雀や空、吏紀も、未だかつて地下浴場の天井にこんなふうに星が流れるのを見たことがない。

 星は光の雨となって10人の魔法戦士と、聖羅の上に激しく降り注いだ。
 誰もが言葉を失って、その光の雨に打たれる中、永久がふと思い立ったように口を開いた。
「ねえ、初めて私たちがここに来たときに教えてくれたでしょう。フィーリアの泉があるって」
「フィーリアの泉……」
 永久の言葉に、ダイナモンの生徒たちがハッとした。

「友愛の泉、か。そうだとしたら、ロマンチックだな」
 吏紀が永久に寄り添うように、隣に立った。

 空は雨の中で流和と見つめ合い、微笑みを交わす。
 三次と桜は、肩を並べて一緒に座って、手を繋いでいる。
 美空と聖羅も、手を繋いで笑っている。東條は一人だけど、満足そうに眼を閉じて雨に打たれることを楽しんでいるみたいだ。

 みんながそれぞれ、光の雨に打たれながら何を考えていたのかは、優には分からない。
 優はただ目を閉じて、その温かく激しい雨に、気持ちよく打たれていた。
 
 ここからまた明日が始まっていくんだ。
 優たちはベラドンナに帰り、朱雀たちはダイナモンにとどまる。そうしてみんな、やがては学校を卒業してそれぞれの道に進んで行くんだ。
 そう考えると、光り、流れ落ちる星のように、この一瞬、一瞬は奇跡のように尊いものだと思える。

 朱雀に出会えたこと。ダイナモンに来たこと。魔女と戦って、たくさんの仲間を得たこと。
 苦しくて、怖かったけど、一人じゃなかった。
―― なんて尊い毎日だったんだろう。

「 優。」

 目を開けると、そこに朱雀がいた。

「朱雀は一人じゃないよ」
「優もいて欲しい。いつも」
「うん」
「ベラドンナに、戻るつもりなんだろ」

「うん、戻らなくちゃ」




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