第4話−9

 さなえがメグに付き添って都内の病院に向かっていた頃、事件現場にはキュウ、リュウ、キンタの3人が残って、諸星警部たちの到着を待っていた。

 鑑識が先に到着し、現場保全もままならないうちに、体育館の倉庫に富永君、朝吹さん、そして遠谷さんが連れだって駆けこんできた。
「ネットの掲示板を見たんだ! ……マジかよ」
「亀田……」
「ひゃッ!」

 まだ椅子に縛り付けられたままになっている亀田君の惨劇を見て、富永君たちが凍りつく。

 直後、諸星警部が猫田刑事とともに現場に入って来た。
 
「お前たち!」
 リュウからの連絡で、だいたいの事情を聞いていた諸星警部は、多少なりともQクラスの身を案じてくれていたようで、息を上げて心配そうな表情を向けて来た。
 けれど、その場には事情を知らない渋沢学院の生徒たちもいることから、キュウたちが探偵学園の生徒だと知られないよう、
「僕たちが第一発見者です」
 と、諸星警部をいさめるようにキュウがはっきりとした口調で言った。

 瞬間、あーそうだったすまない、という顔でウィンクしてから、諸星警部は気を取り直して、いつものちょっとふてぶてしい警察の顔に戻る。

「ゴホン! どういう経緯で死体を発見したのか、状況を説明してもうらおうか」

「コレクターがネットで流した殺人ビデオを見たんです」
「さ、殺人ビデオ!?」

 鑑識の人が持っていたパソコンをその場で借りて、リュウがすぐに学内のネットに接続し、掲示板の動画を再生して警部たちに見せた。

「ひでえなこりゃ!!」
「そ、そんなことより!」
 映像の最後に映し出された怯えた表情のメグを見て、猫田刑事が顔面蒼白になる。
「メグちゃんッ、あー違う! み、美南さんて方は!? み、み、美南さんて方は大丈夫なんですか!?」
 その場にいないメグを探して、猫田刑事が平静を欠く。
 そんな様子をみかねて、リュウが簡潔に説明した。

「今、病院で精密検査を受けてます。大丈夫、さなえが付き添っています」
「う、うう……」
 猫田刑事がホッと胸を撫で下ろすが、今にもメグのいる病院にダッシュして行きそうな勢いだ。

「なるほど、彼女は殺害現場に居合わせたんだな。話を聞かせてもらおうか」
 と、諸星警部が言うと、これにはキュウと猫田刑事が同時に渋い顔をした。


「あの、刑事さん! 彼女、今、ここにすごくダメージ受けてて」
 キュウが、「ここ」と言いながら、胸のあたりを指差した。
「だから、せめて今晩だけ、そっとしといてやってくれませんか……?」
「よせよ、初動捜査の大切さをよく知ってるだろ?」
 あくまでも探偵学園の生徒として、リュウが釘をさす。

「でも、今のメグ、冷静に振り返れる状態じゃないだろ」
「その甘さが取り返しのつかないことになる可能性だってある。そうなったら一番後悔するのはメグだ」
「だったらその分、僕たちが力を合わせればいいじゃん!」

 それまでずっと黙っていたキンタが、ここでキュウとリュウの間に立った。
「よせ二人とも! お前たちがケンカしてどうするんだ」

 潜入中ではあるけれども、一瞬垣間見える、同じQクラスの仲間としての顔。

 キンタはキュウやリュウよりも年上な分、双方の言い分を理解することができた。
 メグのために、今は休ませようとするキュウの優しさも、メグのために、今苦しくても乗り越えさせようとするリュウの厳しさも。
 どちらもメグのためなんだ。

「そうか、そういえば彼女……」
 Qクラスのやりとりを聞いていた諸星警部が、メグの瞬間記憶能力のことを配慮して決断を下す。
「しょうがないな、今晩、一晩だけだぞ」

「ありがとうございます!」
 キュウが安心したように警部に頭を下げる横で、「仕方ないな」という顔をしながらも、リュウもそれ以上は何も言わなかった。


「それにしても、悪趣味だよな」
 諸星警部は今回の事件に深い憤りを感じながら、パソコンの画面を一瞥した。

「人を殺す瞬間をビデオに撮るなんて」
「はい……」


「そのことなんですけど、ちょっと気になることがあって」
 まだその場にいる富永君たちの目を意識しながらも、キュウが控えめに口を開いた。
 あんまり探偵っぽく見えてしまうのは不自然だ。

「なんだ?」

「あの、ここの棚の上なんですけど、積もったホコリが綺麗になってるんです」
 キュウの指摘に、キンタがそりゃそうだろう、と頷く。
「それは犯人が、ここにビデオカメラを置いて撮影したからだろう」
 と。

「うん。でも、ここの位置からあの椅子を撮影すると、窓からの逆行で人物が真っ黒になっちゃう」
 そう、椅子の背後には大きな窓があって、そこから外の時計台が見えるのだ。
 夕方のあの時間、このような位置取りでカメラを撮影したとすると、確かに椅子に座った人物は窓からの逆行で黒く映ってしまうはずだった。

「でも、さっきの動画の顔はハッキリ映ってたぞ」
「それは多分、撮影用のライトでこっち側から当てたんじゃないかな、と」

「それが、何で気になるんだ?」
 要点をつかめずに諸星警部が眉をひそめる。

「例えば、ここに椅子を置いて窓側から撮影すれば、窓からの光を利用して、撮影ライトなしでもキレイに撮れていたはずです。でも犯人はわざわざ照明まで用意して、ここの位置からの撮影にこだわってた。これって、どうしてかな、って……」

――まるで、背後の時計台を映し出すことに意味を持たせているかのような演出。
 犯人の狙いは、犯行の時刻を見せることか?
 キュウの話を聞きながら、リュウも確かに違和感を覚えた。

「言われてみれば、確かに妙だな」

「この事件は、単なる変質者の犯行じゃない。もっと知能の高い何者かの……計画的な犯行に違いありません」
 とキュウが締めくくると、リュウとキンタも互いに目配せし合って、キュウの主張に同意を示すようにわずかに頷いた。



 聴取を終えた頃、クラス委員の富永君と遠谷さんは同じクラスの亀田くんが殺害されたことを説明するために先生に連れられて行った。
 残された朝吹さんが一人で女子寮に帰るというので、リュウは彼女を送っていくことにした。
 もうすっかり日が暮れていたし、体育館から女子寮までは少し距離がある。
 さなえが言っていた通り、Qクラスの捜査に巻きこんでしまった彼女たちの身の安全をケアすることも、仕事の一つだ。

「いいなあ、天草くんと、キュウくんと、美南さん」
 芝生の中に敷かれた暗い坂の舗装路を下りながら、いきなり朝吹さんがそんなことを言いだした。
 リュウは特に会話をする気も起らず、メグの身を案じたり、それからさなえのことを考えたりしていた。
 メグももちろんだけど、亀田くんの死体を見たときのさなえの様子がいつもとは違った。
 かなりショックを受けていたみたいだから、できれば今夜会って、話ができればいいな、と思いをめぐらしていると。

「3人だけの秘密があるんでしょう」
「……え?」
 唐突に述べられた朝吹さんの言葉に、リュウは思考を中断して朝吹さんを見つめた。
 もしかして、Qクラスのことがバレた……? 

「わかってる」
 わかってる、って、何が? やっぱり、さっきのキュウとのやりとりがまずかったか……。
 どう言い訳しようか、と頭を回転させようとしたら、朝吹さんは少し悲しげに笑いながら夜空を見上げた。

「そういうの、羨ましいな〜。お互いに分かり合ってる、仲間がいる」
 リュウは首をかしげた。
 どうやら、朝吹さんが言っているのはQクラスのことではないみたいだ。

「キュウくんも天草くんも考え方は違うけど、ちゃんとそれぞれ美南さんのこと気遣ってる」
「別に、僕はそんなつもりは」
「あれれ。照れてる?」
 リュウはこのとき、朝吹さんのことをちょっとだけ、さなえに似てるかもしれない、と思った。
 けど、多分さなえなら、こういうことは気づいても言わない。

「真面目に言ってるんだけど」

「だったらそれは、リュウくんが気がついてないだけ」
 やっぱりちょっとだけ、さなえに似てる。

「あんなふうに仲間のためにケンカできるなんて、羨ましいよ」
 そこまで言ってしまってから、リュウの様子に気がついた朝吹さんが、立ち入りすぎたことを言ったと後悔したのか、苦笑いした。

「バイバイ!」
 陽気に手を振って女子寮に入っていく朝吹さんの背中が、どこか寂しそうだった。
 傷つけたのかな。


 朝吹さんの姿が見えなくなるまで見届けてから、リュウは思う。朝吹さんの言ったことは、的を射ていなくもない、と。
 なのに「そんなつもりはない」、なんて言ったのは、他の誰かに踏み入られるのがイヤだからだ。

 まださなえを思う気持ちが不確かだから、他の誰かに自分の心の中を探られるのはイヤなのだ。
 それは、赤色に染まりたくて待ち焦がれているリュウの心に、意図せず他の色が流れ込んでくるような、イヤな感じだった。

 後味の悪い気持ちを抱えて、リュウはゆっくりと男子寮への道を引き返し始めた。
 一人で夜空を見上げて思うのは、





―― どうしてだかすごく、さなえに会いたい。



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