第4話−8
その日の放課後、キュウとリュウは二人連れだって、担任の村崎先生の所に行った。
亀田君のことを聞いてみると、村崎先生はすぐに、今朝、出席簿に挟まれていたいう欠席届を見せてくれた。
それを見て、キュウとリュウが顔を見合わせる。
「さなえの嫌な予感は、当たっているかもしれない」
「うん。欠席届がワープロ書きなんて変だよ。普通、連絡なら電話でしょ」
「風邪で起きられないなら、なおさらだ」
そうしてすぐに、キュウとリュウは、寮長の佐久間さんに付き合ってもらって、問題の亀田君の部屋に向かったのだった。
そして不可思議な事実を目の当たりにする。
亀田君の部屋のドアノブには指紋が一つも残されておらず、部屋には誰もいなかった。
ベッドは綺麗に整えられたままで、休んだ様子はない。
パソコンにはワードファイルが開かれたままになっており、一面に「死ね」の文字。
そして極め付けには、カーペットの上に血痕のようなものを見つけたのだった。
「どうやらこの部屋で、警察沙汰になるようなことが起こったみたいだね。フフフ」
嘘か真か、佐久間さんが不気味に笑った。
キュウとリュウの二人はそれから佐久間さんと別れて男子寮を飛びだし、メグとさなえに合流するために女子寮に向かって歩き始めた。
歩きながらキュウが何度かメグに電話をかけるが、留守電に接続されてなかなか繋がらない。
そうこうしている途中、警備員姿のキンタが二人を見つけて駆け寄ってきた。
「キュウ! リュウ! 数馬から最新情報だ」
念のため周囲に他の生徒がいないことを確認してから、キンタがテレビ電話を二人に差し出した。
「数馬、何かわかった?」
―「例のサイトに新しい書き込みがあった。失踪した小倉絵美菜に関する情報なんだけど、男子寮の寮長が昔、彼女に片思いしてて、こっぴどくフラれたっていうんだ」
「佐久間さんが?」
―「その人、それ以来ずっと彼女を恨んでるんだって」
「まさか、そいつがコレクターだっていうのか?」
キンタの問いかけに、数馬はミッションルームで氷嚢を首にあてがいながら顔をしかめた。
―「証拠がないよ。だからそこまでは何とも言えない……」
キュウたちがそんなやりとりをしていた、ちょうど同じ頃、さなえは3年生の坂城先輩に呼び出されて体育館にやって来ていた。
男子バスケ部のマネージャーをやらないか、と何度も執拗に頼み込んでくる坂城さんの申し入れを丁寧にお断りして、さなえはメグとの待ち合わせ場所に急いだ。今日の放課後はメグと一緒に他の生徒たちにもコレクターに関する聞き込みをするつもりだったんだ。
けれど、体育館脇の待ち合わせ場所にやって来てみると、先に待っているはずのメグの姿がどこにもないので、首をかしげる。
さなえは携帯を取り出して、メグに電話をかけた。
――ピリピリピリピリ
電話の向こうではなく、すぐ近くで携帯の呼び出し音がなっているのに気づいて振り返ると、体育館の柱の陰に黄色の携帯が落ちているのを発見した。
開いたままで地面に落ちている携帯には、真珠の首飾りを首に巻いたブタのストラップがついている。
「これ、メグのだ」
メグの携帯と自分の携帯を両手に持って辺りを見回してみても、やっぱりメグの姿は見当たらない。
時刻は7時ちょっと前。もうじき暗くなる……。不意に強い恐怖が押し寄せてきて、さなえは一瞬、どうしていいのか分からなくなった。
その時、さなえの手の中でメグの携帯が鳴った。着信表示にキュウの名前が出たのを見て、さなえはすぐにメグの携帯に出た。
―「メグ!? 何度も電話したんだよ、今どこにいるの!?」
電話の向こうのキュウの声も、なぜだか緊迫している。
「キュウ! メグがいなくなっちゃった、どうしよう!」
さなえは電話に向かって、今にも泣きそうな声を上げた。
「さなえ!? 今どこにいるの!?」
「体育館のところ。メグと待ち合わせしてたんだけど、携帯が落ちてて、どこにも見当たらないの!」
「すぐに行くからそこで待ってて!」
ものの数分もしないうちに、キュウとリュウ、それにキンタが駆けつけてきてくれた。
みんなの顔を見て、この上もなくホッとする。
「さなえ!」
「メグの携帯がここに落ちてたの!」
「まさか……」
「何かあったんだ」
「早くみつけなきゃ! どこだメグ……、どこにいるんだよ!」
珍しくキュウが動揺してオロオロと辺りを見回した。けれど、夕食の時間が近いこともあって、辺りにはメグどころか他の生徒たちの姿もまったくない。
「おい落ちつけ! 俺たちがオタオタしてどうする!」
キンタがなだめるけど、キュウはメグが心配でたまらない。もちろんさなえもメグのことが配で、手が冷たくなって震えだした。
「きっと誰かに連れ去られたんだ!」
「亀田も」
と、険しい顔でリュウが付け加えた。
「え、亀田君も?」
さなえが聞きかえすと、リュウが頷き教えてくれた。
「さっきキュウと一緒に亀田の部屋に行ってみたんだ。ドアの指紋は拭きとられ、部屋には彼が連れ去られた痕跡があった」
「コレクターの仕業……!?」
「うん。早く二人を見つけなきゃ、大変な事になるかもしれない」
キュウがそう言ったので、私は全身に鳥肌が立った。
直後、キンタの携帯が鳴って数馬から緊急の連絡が入った。
「なんだ、今こっちは取り込み中なんだ。メグがいなくなった」
イラつきを含んだキンタの口調。だが、それに続いて電話の向こうの数馬も切迫した声で早口に要件だけを述べてきた。
―「渋沢学院の掲示板に新しい動画が貼りつけられてる。そこにメグが映ってる。すぐに確認して!」
今、さなえたちがいる体育館からは、男子寮が一番近い。
私たちは揃って、男子寮のキュウの部屋に駆けこみ、急いで学内掲示板を開いた。
「殺人シアター…?」
キュウが再生ボタンを押して掲示板に貼りつけられていた動画を再生すると、椅子に縛り付けられた亀田くんの姿が映し出された。その横に立つ、黒頭巾をかぶったコレクターがガラスの瓶で亀田君の頭を殴りおろすのを見て、さなえは咄嗟に口もとを手でおさえた。
「きゃッ」
口から漏れてしまった悲鳴を、次の瞬間には、さなえはグッと噛み殺した。
画面に、亀田君と同じように椅子に縛り付けられて、猿ぐつわをはめられているメグの姿が映ったからだ。
「メグ! 場所はどこだよ、どこだ!?」
キュウが悲痛な声を上げながら、手掛かりを求めて画面に顔を近づける。
「拉致されたのが校内なら、白昼、外に連れ出すのは難しい。学校の中のどこかだ」
リュウはキュウよりもずっと冷静に思考を巡らせているようだ。
動画はメグを映し出してすぐに終わった。
巻き戻して、キュウが指をさす。
「これ、学校の時計台!」
動画の中の時計台の時刻が、夕方の7時を指している。ちょうど、さなえがメグの携帯を拾ってから、キュウたちと合流した時刻だ。
時計台の時刻は今、7時15分を指している。
大急ぎで時計台の元まで引き返してきた私たちは辺りを見回してカメラの位置を探した。すぐにリュウが目的の場所に目星をつけて声を上げた。
「あれだ! 角度からしてあそこだ」
「体育館の倉庫だな。あそこは改修前で、立ち入り禁止のはずだ」
警備員として学校中を見回りしているキンタは、私たちよりも場所に詳しく、案内してくれた。
キンタを先頭に、半地下になっている通路を駆け抜けて体育館のロッカールームを通り過ぎ、その先にある薄暗い倉庫まで、1分もかからずにやってきたに違いない。
「メグ!」
開け放たれたままになっているドアをくぐって、乱雑に体育機材が置かれた倉庫に入っていくと、キュウが真っ先にメグを発見して駆け寄った。
「メグ! 大丈夫!? しっかりして! ねえメグ!」
どうやら気を失っているらしいメグを、キュウが焦って揺り動かすと、やがてうっすらとメグが目を開けた。
その瞬間、私は全身から力が抜けるのを感じて、へなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
メグが生きてて、本当に良かった……。
リュウがメグの縛られたロープをほどき、キュウが猿ぐつわを外してやる。
「キュウ……」
「怪我ない? メグ」
「大丈夫、薬品を嗅がされただけだから……それより」
と、メグが苦痛に顔を歪めて指差した先には黒いカーテンが引かれていて。その先にあるだろうものの姿に、私は胸がゾっと締め付けられるのを感じた。
キュウもリュウも、カーテンの向こうに隠されているものを察して険しい顔になる。
キンタだけが、ためらうことなく進み出てカーテンを開き、事実を確認した。
開かれたカーテンの向こうには、動画で見た通り。椅子に縛りつけられたままの状態で頭を垂れ、血を流している亀田君の姿があった。
「脈は、ない」
亀田君の首元に手をあてて確かめたキンタが、静かにそう言った。
リュウが携帯を取り出し、諸星警部に電話する声が聞こえる。
さなえは言いようのない消失感に、しばらくその場から動きだすことができずにいた。
目の前で殺人が起こってしまった。どうしてもっと早くに亀田君を見つけて上げられなかったんだろう。
あとほんの少し、もう少し早ければ助けられたかもしれない命。
探偵の卵として、少しは事件を解決する力がついてきてるんだって思いたいけど、やっぱり全然ダメだ。
こんなこと、いつまで続けるんだろう、とさなえは思った。
目の前で何もできずに人が死んで行くのをみるなんて、こんなの、辛すぎるよ……。
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