第4話−7

 
「リュウのパソコンに殺人ビデオが!?」

 夜7時。
 キュウ、リュウ、メグ、さなえの4人は揃って、渋沢学院の食堂で夕食をとっていた。
 転校生が物珍しいのか、多くの生徒にジロジロ見られている気がした。

 4人は慌ただしく夕食をすませると、人目を避けて、夜の校舎へ向かった。
 警備員の制服を着たキンタが校舎の入り口で待っていて、鍵を開けてくれた。キンタが警備員としてこの学校に潜入したのは本当にナイスだ。

 探偵ライトで照らしながら、5人で暗い廊下を教室まで進んで行った。

「僕の部屋のキーボードやマウスから、犯人のものらしき指紋が採れた」
「ふむ。あとは教室の中の指紋と照合するだけだね」

「えっ、まさか、これから全部調べるのか?」
 キンタが心配そうに聞いた。
 教室中の指紋を採取して、リュウの部屋に侵入したのが誰かを照合するには、朝までかかってしまうだろう。

「その心配はないよ」
 リュウがそう言って、教室の前で立ち止まった。
「もう犯人の目星はついてる」

 きっと、亀田君のことを言っているんだろうな、とさなえは思った。
 クラスの中で隠しもせずに敵意を向けて来たのは、あの勤勉な亀田君だけだもの。
 教室に入り、亀田君の机まで来ると、リュウはDDSの指紋採取キットをポケットから取り出し、初めにグリーンライトで机を照らして指紋を見つけた。
 あとは、見つけた指紋を採取用テープに貼りつけて、パソコンにスキャンするだけ。

 やがてノートパソコンの画面に、『MATCH』という文字が出た。
 リュウの部屋から採取された指紋と、亀田君の机の指紋が一致した。

「間違いない。僕のパソコンにイタズラしたのは亀田だ」

「じゃあ、スクラップマーダーは、その亀田って奴なのか?」
「これだけじゃ、まだそうと言い切れないけど、今後は亀田の行動に注意しておいたほうがいいだろう」


 初日の捜査はここまでにして、次の日も朝から授業があるので、私たちは早々にそれぞれの部屋に戻ったのだった。
 予習もあるし、宿題もある。高校生って忙しいんだね。



 翌朝、私たちがマークすることにした亀田君が、授業に姿を現さなかったのが事の発端。
 キュウが担任の村崎先生に聞いたところでは、出席簿に欠席届が提出されていたということだった。風邪をひいたそうだ。
―― 不自然。
 さなえはこの時、言いようのない胸騒ぎを感じたんだ。
 この胸騒ぎを早くメグやキュウやリュウに伝えたかったんだけど、さなえたちは常に他の生徒の目にさらされていた。

 しかも、授業の間の休み時間になるたびに、他のクラスの生徒が転校生を覗きにさなえたちの教室までやって来たので、その日はなかなかゆっくり話せる時間がなかった。
 メグは男子生徒に愛想よく手を振ったりしていたけれど、さなえはあまりたくさんの人にジロジロ見られることには慣れていなかったので、顔を伏せてばかりいた。
 朝吹さんはそんなさなえを気づかってくれて、見知らぬ男子生徒を追い払ったり、教室のドアを閉めてくれたりした。

 そして昼休みになると、クラス委員の富永君と遠谷さん、それに朝吹さんが、私たち転校生を人の少ないテラスに誘ってくれたので、さなえは心底安心したのだった。
 今、私たちはそこでお昼ごはんを食べながら、また、殺人コレクターの噂をしているところだった。

「コレクターを突きとめる!?」
 メグの言った言葉に、朝吹さんが驚いた顔で聞き返した。

「あたし、探偵小説とかすっごい好きでさ、昨日の話し聞いたら、興味もっちゃって」
 メグってこういうふうにみんなを誘うの、本当に上手いな、とさなえは思う。

「でも、なんかあったら、ヤバくない?」
「僕も、よかったら手伝うよ」
 と、キュウが助っ人に入った。
 すると、富永君が身を乗り出して言った。
「俺も参加するよ。なんか、楽しそうだし」
「え〜……」
 朝吹さんは気のりしなさそうだ。

「ねえ、遠谷さんも一緒にどう?」
「……。」
 メグに誘われて、遠谷さんは少し考えてから、コクリ。と頷いた。

「天草君はどう?」
「僕も暇だし、手伝ってもいいよ」
 と、リュウが言った。

 そんなリュウの姿を見て、朝吹さんが目をキラっとさせたことに、さなえは気づいた。
 朝吹さんは態度を一転、
「私もやる!」
 と、言って、可愛く手を上げた。
 さなえは、そんな朝吹さんのことが、好きだなと思った。
 朝吹さんて、どこかメグに似てるよ。可愛くて、ハッキリしてて、優しくて真っすぐだ。

 結局、最後にはさなえもシナリオ通りにコレクター探しの手伝いに参加することになったんだけど、このときさなえは、なんだかまた胸騒ぎがした。
 捜査に、関係のない人たちを巻き込んじゃっていいのかな……?
 そんな考えが、ほんの少しさなえの心を痛ませた。

 富永君や遠谷さん、そして朝吹さんは、探偵学園の生徒ではないんだ。だから、この先、コレクターの正体を掴む手伝いをして危険な目に会うことがないように、さなえは自分の持てる能力をフル活用して、十分に注意しようと思った。朝吹さんたちは、さなえの手に入れることのできなかった、普通の高校生活を生きている善良な人たちなんだ。

「コレクターの正体だけど、ぜったい、佐久間が怪しいと思うんだよね……」

 残りの昼休みの時間を使って、私たちはコレクターについて話し合っている。

「私、佐久間のまわり、徹底的に洗ってみる!」
 と、朝吹さんが言ったので、さなえも頷いた。
「じゃあ、私も朝吹さんと一緒に行くよ」
「え……」
 リュウが何か言いたそうにしたが、みんながいる手前、言いたいことを呑みこんだようだ。

「俺、パソコン得意だし。そっち方面で」
 と、富永君が言った。

「遠谷さんはどうする?」
「あ……私は……」
「あ、じゃあ、小倉絵美菜さんのこと、調べてもらえるかな」
「はい、やってみます」
 メグに言われて、それならと、遠谷さんの顔がパッと明るくなる。

「僕はリュウと一緒に、亀田君に近づいてみるよ」
「え、…」
 リュウがまた、何か言いたそうにしたが、キュウは気にも留めずに先を続けた。
「亀田君は失踪した小倉絵美菜さんに嫌がらせをしてたんだよね。もしかしたら、亀田君がコレクターかもしれない」

「じゃあ、今日の放課後から、本格的な捜査を始めよう!」

 メグは上手くみんなをまとめた。


 話しあいが終わった後、さなえはみんなの目を盗んで、キュウとリュウに近づいた。
 けど、さなえが何か言う前に、リュウが怒った顔をした。

「さなえ、佐久間さんの捜査をするって、どういうことだい」
「へ? だって、朝吹さん一人じゃ心配でしょ。朝吹さんだけじゃないよ。遠谷さんや富永君だって、コレクターの捜査に関われば危険な目に会うかもしれない。一刻も早くに事件を解決するためには彼らの手助けが必要だとは思うけど、みんなの安全を守る配慮はしなくちゃ、何かあったとき責任はとれないよ」

「君は……」
 リュウはさなえをジッと見下ろした。
 弱いくせに。
 いつも僕に心配ばかりさせるくせに。他の奴の心配なんかするなよ。それが、リュウの正直な気持ちだった。
 けど確かに、さなえの言うことは正しい。
「そういうことなら、僕が朝吹さんと一緒に佐久間の周辺を洗う」
「え、いいの? よかったー。リュウが行ってくれるなら安心だね」

 と、さなえが無邪気に笑うので、ことさらにリュウはイラっとした。少しは妬けよ、と。

 すると、さなえとリュウの話を聞いていたキュウも言った。
「そっか、僕、そこまで考えてなかった。確かに、彼らはDDSの生徒じゃない、普通の高校生なんだ。勝手に捜査に巻きこんで、万が一彼らになにかあったら、例え事件を解決したとしても、団先生や七海先生に示しがつかない。うん! じゃあ僕は、富永君の安全に注意するよ」

「遠谷さんの援護は、後でキンタに頼もう」
「それがいいと思う」

「あ、それと、一つ気になってることがあるの」
 さなえは、最初に言おうとしていたことを思い出した。
「ん?」
「亀田君のこと。なんか、嫌な感じがするんだよ。ねえ、キュウとリュウで、後で亀田君の部屋に行って、様子を見て来てあげて?」
 そう言って、さなえが頼み込むようにすがって、リュウとキュウの手をギュっと握った。

 心なしか、キュウがちょっとだけ頬を赤らめ、リュウは、困ったように溜息をついた。

「わかったよ。どうしても気になるっていうんなら、放課後、様子を見て来る」

「よかった! ありがとう」

 さなえは二人の手を放して、元気にみんなの居る方へ駆けだして行った。

「さ、さなえ……。可愛い、ね。って、え……?」
 キュウがニヤニヤして握られていた自分の手を見つめていると、リュウが物凄く冷たい視線を投げかけて来るのだった。



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