第4話−6
その頃、メグとさなえは女子寮に案内されていた。
「女子寮の寮長さんって、遠谷さんだったんだ!」
「あは……、みんなに、押しつけられちゃって……」
「そんなあ」
まだ1年生なのに寮長だなんて、確かにちょっと大変だよね。私は遠谷さんのことが心配になった。
「でも、どうせ勉強してないときは暇だし、私、友達いないから……。あ、ここです」
交流スペースも兼ねている広い廊下を挟み、両側にたくさん並んでる扉の一つを指差して、遠谷さんが振りかえった。
どうやらそこがメグの部屋みたい。『美南 恵』の札がかかってる。
「ありがとう」
私の部屋はメグの隣かな? と思って目をやると、メグの部屋の隣に、『小倉絵美菜』の名前が出ていることに気づいて、私はちょっとがっかりする。
メグも隣の部屋に気づいたみたいで、さりげなく遠谷さんに問い掛けた。
「小倉さんて、どんな人だったの?」
「すごく、素敵な人でした」
それまで、肩を強張らせてばかりいた遠谷さんが、小倉絵美菜のことを話すときには楽しそうに笑うんだ。
「頭がいいだけじゃなく、誰にでも優しくて、クラスの人気者でした」
「そうだったんだ」
「ただ、彼女……。家のことでは随分悩んでたみたいで」
「どういう意味?」
「家が厳しくて、自由がないって、よくボヤいてました」
「ふうん」
メグって、人から話を聞き出すのが上手だよね。
私は会話には加わらずに遠谷さんの話しを聞いていて、そして小倉さんのことを少し気の毒に思った。
家が厳しくて自由がないのに、渋沢学院でもずっと厳しい学業とプレッシャーにさらされていたんだ。
きっと私なら、逃げ出したいって思っちゃうだろうな。経験がないわけじゃない。小さい頃、国立能力開発研究所にいたときには、実際さなえはいつも「逃げ出したい」と思っていたんだから。あのときを乗り越えられたのは、メグがいてくれたから。
視線の先でまだ遠谷さんと親しげに話しているメグに、私はあらためて深い感謝と、親友としての絆を実感した。
「遠谷さんて、小倉さんと親しかったんだね」
と、メグが言うと、なぜだか遠谷さんはいきなり顔を強張らせて、それを否定した。
「あッ、いえ! 特に、そういう間柄じゃ……」
それから遠谷さんは居ずらそうに私たちから目を逸らすと、おもむろにまた別の方向を指差した。
「春乃さんの部屋は、小倉さんの部屋の向こうです。それじゃ私はこれで。し、失礼します!」
「あ、ありがとう!」
私のお礼の言葉が届いたかどうかもままならないうちに、遠谷さんは早歩きで去っていった。
「え、ちょ、あたし、何か悪いこと言った……?」
あとに残されたメグが目をクリクリさせながら振り返ったので、私は首を振った。
友達なのに、友達だよ、って認められないのはどうしてだろう。
私だったら、誰かに「メグと親しいんだね」って聞かれたら、「うん、メグは私の親友なんだ!」って、自慢すると思う。
遠谷さんの姿が廊下を曲がって階段の方に消えて行くのを、私とメグは並んで見送った。
「メグは悪いこと言ってないよ。遠谷さんが何故か、ちょっと不自然だったね、どうしたんだろう」
「小倉絵美菜との間に、何か複雑な事情があるのかしら……いじめとか」
「まさか! 遠谷さんから感じられるのは、恋にも似た小倉さんへの強い憧れだよ。いじめなんかする人には見えない」
「だよね。ちょっと言ってみただけ」
それから、夕食の時間になったら食堂に一緒におりていくことにして、私たちはそれぞれの自分の部屋に入った。
渋沢学院の女子寮はまだ新し建物で、どこもかしこも綺麗だ。
部屋に入ると、新しい建物に特有の塗装や木の匂いがした。ベッドと、勉強机と本棚は部屋に備え付けてあり、パソコンまであった。
夕食の時間まではまだ暇があったから、私はパソコンの電源を入れてみた。
デスクトップ画面に、『メッセージ3件』の文字。
クリックしてみると、学内専用メールが開いてパスワードとIDを請求された。
「えーと、たしか……」
今日もらったばかりの生徒手帳をブレザーのポケットから取り出した。
表紙裏に顔写真と、その下に記載されている個人情報の中に自分のIDとパスワードを見つける。
必要な情報を打ちこむと、サクサクとメールボックスが開いた。
1件目。
― はじめまして。2年の小林憲次といいます。
君の噂を聞いて、すごく興味がわきました。
今日の夜、一緒に食堂に行きませんか? 案内するよ。
2件目。
― はじめまして、今日、転校してきた君を初めて見たよ。
可愛いね!
俺、3年A組の坂城。バスケ部の主将やってます。
よければマネージャー、やってくれませんか?
考えてみてね!
3件目。
― ちょっと勉強ができるからって、調子にのるなよ帰国子女ブス!
匿名。
「帰国子女ブス!?」
さなえは、そんなことを言われたのは初めてだったので、つとめて驚いて声を上げた。
すると、また新たなメールの着信を告げる、ピコンという音が鳴った。
さなえはすぐにそのメールをクリックした。
― さなえ 学内の専用メールを試してる。
そっちは異常ないかい?
気づいたら、返信してくれ (リュウ)
返信ボタンを押して、さなえはキーボードを叩いた。
― リュウへ。
こっちは異常ありません。何件かメールが来てるだけ。
後でメグと一緒に食堂に行くよ。リュウもキュウと一緒に、来るでしょ? (さなえ)
リュウからの返信は、1分もしないうちに返ってきた。
― メールって、どんな? (リュウ)
その一言。件名もない短文だ。
これ、わざわざパソコンでメールする必要あるのかな……。と思いながらも返信を打つ。
― 大したメールじゃないよ。
今日の夜、一緒に食堂に行かない? とか、
バスケ部のマネージャーにならない? とか。
事件には関係なさそう。 (さなえ)
するとまたすぐに、リュウから返信が返ってきた。
― 相手は、男?
さっきより短い!
これ、本当にわざわざパソコンでメールする必要あるのかな……。
さなえはまたしても押し寄せる疑問に、頭をもたげた。
で、リュウに返信する手を休めていると、今度は携帯が鳴った。
鞄から取り出した携帯を耳にあてると、
―『相手は、男?』
もしもし? の一言もなく、リュウはメールとまったく同じ質問を繰り返して来た。
「うん、2年の小林君ていう人と、3年の坂城さんていう人」
―『それで、なんて返信したんだい?』
「まだ返信はしてないよ。捜査に関係なさそうだもん」
電話の向こうで、リュウが小さく息を吐くのが聞こえた。
―『なら、いいんだ。メールはそれだけ? 僕の部屋のパソコンには、さっき悪意のあるイタズラがされてたんだ。詳しくは、後でみんなが食堂に合流したときに話すよ。さなえの方には、そんなイタズラはなかったんだね? ちょっと気になったんだ』
「悪意といえば……、帰国子女ブス! って書かれた匿名のメールが1件届いてる」
―「……え?」
「帰国子女、ブス! だよ。ひどいよね……今、傷ついて一人で泣いてるんだ……」
ちょっと大袈裟に悲しみを表現してみると、電話の向こうでリュウが笑った。
―「そっちに、行こうか?」
「ダメだよ、女子寮には男子は立ち入り禁止だもの」
―「じゃあ、君がこっちに来るかい?」
「それだって同じことでしょう!」
リュウは知っていてわざとそんなことを言うのだ。
またリュウが笑っている。
―「じゃあ、後で。食堂で合流しよう」
「うん。リュウも気をつけてね」
―「ああ。……好きだよ」
まるで何でもないことのようにそう言って、リュウは電話を切ってしまった。
それって、どういう意味の『 好き 』 ?
さなえの心に浮かんだのは、この前、リュウがさなえに向けたのと同じ疑問だった。
次のページ 4話−7