第4話−5
さなえとリュウが教室に入って行くと、ちょうどメグとキュウが、クラスの生徒たちと小倉絵美菜の話しをしているところだった。
「小倉さんて、誰?」
何食わぬ顔でメグが朝吹さんに聞いているのか聞こえてきた。
「ああ、小倉絵美菜っていって、この学校でずっと成績トップだった子。1ヶ月前、突然、学校から姿を消したの」
朝倉さんに続いて、今度は富永君が口を開いた。
「亀田の奴、小倉がいた頃は敵意剥き出しだったもんな」
「そう。絵美菜の失踪に、亀田が関わってるんじゃないかって、噂になったくらいだもんね」
「いや、でもやっぱり絵美菜はコレクターに殺されたんだよ」
と、唐突に富永君が言った。
――不自然。
さなえは注意深く富永君を見つめた。人の良さそうな、優しそうな男の子だ。
けど、富永君は小倉絵美菜さんのことを、『小倉』って呼んだり、『絵美菜』って呼んだり、ブレがある気がする。
「富永、またその話?」
朝吹さんがウンザリした顔をする。
「でも、ネットじゃすげえ話題になってたんだゼ」
「ねえ、殺されたってどういうこと?」
キュウが富永君に聞くと、富永君は、いよいよ勢いに乗ってコレクターのことを話し始めた。
「ウチの学校に通ってる生徒が、『コレクター』っていう生徒に殺されたって話題が、ネットですげえ広がってんだ。しかも、その殺人ビデオを観た奴もいるらしいんだ」
――不自然。
なんだろう? さなえは何度も押し寄せるいつもの感覚に、顔をしかめた。
「『らしい』って、実際観た人はいないの?」
と、メグが突っ込んだ。
「まあね」
富永君が早口にメグに答えたその声に、ほんの少しだけ、苛立ちがこもっていた。
とするとやっぱり、Qクラスの調査対象である小倉絵美菜の生死は、まだ誰も確認できていないのだ。
果たして、噂の殺人コレクターによる殺人は本当に行われてしまったものなのか?
それとも、ただの噂の一人歩きなのか。
「でも先週、うちの3年が学校で何者かに殺されかけて、ショックのあまり学校、退学しちゃったんだぜ」
そのビデオなら、Qクラスも指令を受けたときに観ていた。
でもあれは、最初にコレクターの噂を流した本人が、噂に信ぴょう性を持たせるために演出したものだとは考えられないだろうか。
あくまでもまだ、コレクターによる「殺人」の証拠は、どこにも上がっていないのだ。
「あれはコレクターを真似た、誰かの悪質なイタズラよ!」
と、朝吹さんが言った。
「いや。コレクターは絶対この学校にいるって!」
富永君は、あくまでネットの情報を信じているのか、頑なにそう言い張るのだった。
ずっと黙っていた遠谷さんに、メグが聞いた。
「遠谷さんは? どう思う?」
「わたしは……、分かりません」
言葉に詰まってしまった遠谷さんの代わりに、また朝吹さんが言った。
「でも、もし本当にそんなクレイジーな殺人鬼がいるとしたら、考えられるのは、あの人ね」
「誰? 『あの人』って」
「この後、イヤでも会えるよ」
と、富永君がその誰かを思い浮かべたのか、本当に嫌な顔をした。
―― 渋沢学院 高等部 男子寮
「これからウチの寮長を紹介するよ」
どうやら富永君が嫌っていて、しかも実はその人が殺人コレクターなんじゃないかと疑っているらしいのは、男子寮の寮長らしい。
富永君は3階の一番奥の部屋の前までくると、小さく息を吐いてからドアを控えめにノックした。
「佐久間さん、転校生連れてきました」
富永君はそれだけ言うと、リュウの肩に手を置いて、「はい、はい、あとは、……頑張れよ」とか言って、自分は小走りにどこかへ消えてしまった。
すぐに扉が開き、ビデオカメラを覗きながら、茶髪の男子学生が出て来た。
黒いTシャツには充血した目の男が描かれ、それだけで趣味が悪いのだが、扉の向こうに見える部屋の中には、白い仮面やドクロの置物、極め付けには縛りあげられた裸の女性のポスターなどが見えた。
ビデオカメラでキュウとリュウの二人を撮影しながら、佐久間が自己紹介した。
「3年生の佐久間です。 よ、ろ、し…く」
不意に佐久間さんがキュウの耳もとに顔を近づけて、フっと息を吹きかけてきたので、キュウはビクリとして後ろに退いた。
「僕の、コ……コレクション、興味、ある? ねえ」
佐久間さんが二人を部屋の中に招き入れる様な素振りをしたが、キュウもリュウも、断じて一歩も踏み入ろうとはしなかった。
すると今度は、佐久間さんが手を伸ばして、リュウの額にかかる髪を触った。
「……。」
リュウが何も言わずにジッと佐久間さんを凝視している横で、キュウが冷や汗をかきながら大きな声をだした。
「ぼ、僕は! 恐いです! ね……」
「じゃあ、案内するよ!」
キュウの声のトーンに合わせて佐久間さんが大きな声で返して来た。そして何故か、リュウに向かって、猫が威嚇するときのようにハァ〜!! と唸った。
男子寮を案内する間は、佐久間さんは後ろ向きに歩きながら、絶えずビデオカメラでキュウとリュウの二人を撮影し続けた。
キュウは佐久間さんにレンズを向けられるのが、落ちつかなくてしょうがない様子だが、
リュウは、気にも留めずに窓の外を眺めながら、ゆっくり歩いていた。
そんなリュウに、佐久間さんが話しかけてきた。
「ねえ天草君。もう学校中の噂になってるよ。すげえ秀才が入学してきた、って。それに、すごく可愛い女の子も入って来たんだってね。春乃さなえちゃんだっけ。何人かの男子生徒が早くも噂してたなあ……」
「どういうことですか?」
「ウチは、生徒全員、一人一台ずつ寮の部屋に備え付けのパソコンを持ってて、部屋に帰ると必ず掲示板をチェーック! すんの」
そこまで言って、佐久間さんは空いた部屋の中に二人を案内して、「ここが天草ルーム!」と言った。
部屋は、8畳一間くらいの広さ。クローゼットとベッド、勉強机と本棚、そして佐久間さんが言った通り、部屋にはパソコンが置かれていた。
部屋の中を見回していたリュウに、佐久間さんがカメラをズームアップして、掠れる声で囁いた。
「気を付けたほうがいいよ!」
キュウが、リュウの画面にフレイムインして、カメラごしに佐久間さんに聞いた。
「気をつけた方がいい、っていうのは?」
「この学校では、頭のイイ奴は優遇されるけど、憎まれもする……。失踪した小倉絵美菜っていう1年生もそうだった」
リュウは、佐久間さんが言ったことを覚えておくことにした。
もしかしたら、さなえが狙われるかもしれない、と思ったのだ。
一瞬よぎったリュウの心配をよそに、キュウがベッドにダイブして楽しそうに転がり始める。
「いいね! 気持ちいいね、これ。いいよ!」
ホテルに宿泊した子どもが、ベッドの上でジャンプしちゃう、そんな幼稚な衝動だろう……。リュウは冷ややかにキュウを一瞥すると、早速、部屋にあるパソコンに近づいた。
「ん?」
すでにパソコンの電源が入っていたので、リュウは眉をひそめた。
佐久間さんも、チッと舌打ちした。
「誰か入ったのかな」
マウスを動かしてみると、スクリーンセーバーが解除されて、動画が流れ始めた。
それは、椅子に縛り付けられた女が、何者かに惨殺される映像だった。
「まさか、これ殺人ビデオ?」
ベッドから起きて来たキュウが、リュウの肩越しから覗いて佐久間さんに問い掛けると、これには、すぐに佐久間さんが首を振る。
「いや、これはただの映画のワンシーンだ。確か……『変態民族連続100人殺し』。1999年に作られた、インディーズのC級映画だ」
先ほどまでのふざけた話しようとは違って、映画のことを話す佐久間さんの口調は簡潔だった。
佐久間さんがやけに詳しいので、キュウもリュウも驚いた顔をする。
「でも、誰がこんなイタズラを?」
「秀才君が、さっそく誰かの恨みをかったんだろう」
佐久間さんはフフっと笑って、またさっきと同じようにふざけ始め、リュウの耳もとで「楽しみだね、これから」と、囁いた。
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