第4話−4

 
 二時間目は英語、三時間目は歴史、四時間目は現代文、そして五時間目は化学だった。
 一時間目の数学の時間以降は、私たちは先生から目をつけられないように特に注意したので、何事もなくやり過ごすことができた。

 そしてやっと放課後になって、私たちは誰もいない屋上で、ホッと一息ついたのだった。

「自己紹介のとき、どうやってやったの? ねえ、どうやった?」
「見てなかったの?」
「見てなかった」
「こう、こう、こうだよ! こう!」

 メグが自己紹介のときにやった手の動きを、必死にキュウに教えている。
 その横で、さなえはグッタリとしゃがみこんでいた。

 メグの真剣さを可愛く思いながらも、キュウは真面目に言った。
「あのさあ、自己紹介からいきなり、はずさないで。ヒヤヒヤしたんだから……」
「そうお? 私はメグの自己紹介、可愛いな〜って思ったよ」
 と、さなえが言う。
「でしょ? やっぱああいうのは、分かる人にしかわかんないんだよねー」
 と、メグ。

「でも、そういうさなえは、なんか妙にウケが良かったんじゃない?」
「なんでさなえの手話はよくて、あたしのあのアクションはウケなかったのかしら。すーっごい不思議」
「まだ言う!?」

 またキュウがメグに説教を加えようとしたので、すかさずメグが話題を変えた。
「リュウって本当、頭いいよね〜。一緒にいて心強いわ、誰かさんと違って!」
「中2の僕が『東大』の問題なんて解けるはずないじゃん。リュウは特別なんだから。あ、あとさなえも、よくあんな問題解けたよね」
「女の子って特別な存在に弱いのよね〜」
 キュウとメグのやりとりは、まるで痴話げんかだ。

「ねえ、なんかリュウからも言ってやってよ!」
 キュウが弁護を求めてリュウに言った。
 
 それまで本を読んでいたリュウが、本を閉じて、腕を組んだ。
「二人ともさ、一応、僕ら高校生ってことになってるんだし、子どもっぽい振る舞いは控えたほうがいいよ」

「……。」
「……。」

 キュウとメグが、しょんぼり黙りこんでしまった。

「ここは立ち入り禁止だぞ!」
 いきなり警備のお兄さんが屋上に姿を現したので、私たちはギクっとした。
「ご、ごめんなさい!」
「……あ、キンタ」
「なんだ、キンタか……」

「警備員さんの制服、似合ってるね」

「こっちは結構快適にやってるよ。これなら、自由に校内を調べられるぜ。お? どうしたさなえ、疲れた顔して」
「うん、日本の学校の厳しさに、すっかり打ちのめされちゃった」
「ああ、この学校の授業、やっぱり厳しいんだな」

「っていうけどさ、何か知らないけどさなえが一番上手くやってるのよねえ。クラスの子からのウケもいいし、授業では難しい問題解いちゃうし」
「へえ〜、頼りないと思ってたけど、さなえも頑張ってんじゃねーか」
 キンタがぽん、と、さなえの頭を叩いてくれた。
「しっかり食って、力出せよ」

 そのとき、キンタの携帯が鳴った。
 数馬からのビデオ電話だ。

「おお、数馬。」
 電話の中の数馬は、ミッションルームで暑そうにメグの扇風機を顔に当てていた。

―「例のサイトの、コレクターに関する書き込みだけど、そのほとんどが君たちが今いる『渋沢学院』から発信されていることが分かった」
「それ本当!?」
 メグがキンタの電話を覗きこんだ。

―「それも、一人の人間の手によるものかもしれない」
「え、どういうこと?」
 メグを押しのけて、今度はキュウが電話を覗きこむ。

―「サイトの書き込みを分析してみたんだけど、曜日によって書きこまれる時間が決まっていたり、文章に微妙な規則性があるんだよね。もしかしたら、一人の人間が複数の人間を装って、殺人コレクターの噂を盛り上げようとしているのかもしれない」
「つまり、自作自演、てわけか……」
 と、リュウが考えこみながら静かに言った。

 電話の向こうで、数馬が氷嚢を額に当てながら、話しを続ける。
―「顔も名前もわからない匿名性が、インターネットの特徴だからね……。たとえば、誰かを陥れるために、一人の人間が悪い噂を勝手に盛り上げることができるんだ」

「でも、誰が何の目的でそんなことを?」
―「とにかく、何かわかったらまた連絡する」

 そこで通話は切れた。

「やっぱり何かありそうね、この学校……」
 メグがそう言って、キュウ、リュウ、キンタが考えこんでいる中、さなえだけが、辺りを振り返った。

「どうしたの?」
 すぐにリュウが気づいて声をかけてくれた。
「今、誰かに見られているような気がしたんだ。……でも、気のせいかもしれない」
 見回してみたけど、屋上にはさなえたちの他に、誰もいなかったんだ。

 ちょっと、敏感になりすぎているかな、とさなえは思った。



 キュウとメグが先に教室に戻って行った。
 転校生4人がまとまって行動するのは不自然だからだ。でも、だからといって一人で動くのも危ないから、渋沢学院にいる間は基本的には二人以上で行動しようということになったのだ。

「なんだよ、転校生同士でつるんで、どこ行ってたんだよ」
 キュウとメグが教室で寮への帰り支度をしていると、一組の男女が二人を見つけて駆け寄ってきた。

「俺、クラス委員の富永。なんか分かんないことあったらさ、何でも聞いてよ」
「うん、ありがとう」
 人当たりの良さそうな感じの富永君に、キュウはホッとしたように頷いた。

「で、こっちが、女子のクラス委員の……」
「と、と……遠谷邦子です。どうぞ、よろしくお願いします」
 遠谷さんは肩を強張らせて、ペコリと頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」
 これにはメグも、改まって頭を下げて返した。

「なーに堅っくるしい挨拶してんのよ!」
 日中、さなえの隣の席に座っていた可愛らしい女の子が、遠谷さんの背中をポンッと叩いて、元気にメグとキュウの前にやって来て手を出した。

「あ、私、朝吹麻耶。よろしくね!」
「よろしくお願いします」
 キュウが朝吹さんと握手すると、朝吹さんはメグに対しても同じように親しみをこめて手を差し出した。

「どうも、あ、ああ…」
 何故か握手のどさくさに紛れて、朝吹さんがメグの手を引っ張って、他のみんなから引き離した。
「ちょっと、ちょっと」
「ああ、はい……」
 グイグイとメグの体を引き寄せて、朝吹さんはメグの耳もとで囁いた。
「ねえ」
「はい」
「メグってさあ、天草くんと知り合いなの?」
「えっ……別に、ほら。さっき知り合ったばかり……」
「彼、彼女とかいるかな?」
「え!?……」
 朝吹さんの問いかけに、メグはギクリとした。彼女はいないけど、リュウにはさなえが……、と、メグは内心で思った。

「いるよねえ、あの美貌だし、ふつう……。頭もいいしさあ」
「どう、かなあ……」
 あたしこの子苦手、と、メグは思った。

「天草くん、次のテストできっと学年トップをとるわよ。…亀田、次のテスト楽しみだね」
 と、朝吹さんは、教室の一番前の席に座っている男の子に話しかけた。
「そやなあ。小倉が姿消してもうてから、競う相手がおらへんで退屈してたんや。久々にやる気出て来たわ」
 亀田、と呼ばれたその男の子は、机に広げていた勉強道具を乱雑に掴み上げると、そのまま教室を出て行ってしまった。

 そして、ちょうど時間差で教室の前まで戻ってきたリュウとさなえが、廊下で亀田君に鉢合わせたのだった。

 どうしてか、亀田君が恐い顔をして二人に近づいて来たので、さなえはリュウの背中に隠れた。
 リュウは、亀田くんがすぐ目の前に来るまで気付かなかったみたいだ。
 道を塞がれたリュウが足を止め、顔を上げた。

「君は、確か同じクラスの……」

 だが亀田君はリュウには応えず、上から下までただジロジロ睨みつけてきて、まるでケンカでも売るような素振りを見せた。
「そこ、通してくれる?」
「はあ? 貴様、誰に向かって口きいとんのじゃ」
「君に、だけど」

 うわあ、ケンカになりそうだ。
 リュウの纏っていたオーラが一瞬で変わったのを、さなえは敏感に感じ取った。
 リュウが、亀田くんより恐い顔になる。

―― 殺意。

 その時リュウから感じた恐ろしい印象に、さなえはハッとしてリュウの手を掴んだ。
「リュウ!」

「な、なんやねんお前。不気味なやっちゃな……」
 咄嗟に亀田君が道を開けて、リュウから逃げるように、向きを変えて歩き去って行った。

 我を取り戻して、リュウが、さなえを見下ろした。
「ごめん。……恐がらせたね」
「リュウ、今、一瞬だけど彼に殺意を、抱いたんじゃない?」
 さなえに言われてリュウが顔をしかめた。
「反省してるよ。つい、頭に来て……。けど、本当に人を殺したりなんてしないさ」
「うん」

 まったく、さなえはリュウを見て心配になってしまった。
 リュウの中には、冥王星で育てられた感情がある。多分、怒りによって、そんな負の感情がリュウから出て来るんだろう。
 目の前の相手を獲物のように冷たく見つめて、それだけで相手に死を連想させ、怯えあがらせてしまうほどの強い感情。
 さなえは悲しく思った。



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