第4話−2

 
 いつもの通り、私たちは中央テーブルについた。

 スクリーン左側にキュウ、その隣にメグ。スクリーン右側にリュウ、さなえ、数馬。そしてスクリーンから一番遠い下座真ん中に、キンタ。
 今日は七海先生もQクラスと一緒に、一番スクリーンに近い上座の席に座った。

「Qクラスの諸君、御機嫌よう」
 スクリーンに団先生の姿が映し出されると、七海先生を初め、Qクラス全員が立ち上がった。
 団先生への敬意と、これから任務を受ける緊張感が漂う。ミッションを受けることにも慣れてきたけれど、これだけは最初と変わらないんだよね。

「今回、君たちに調べてもらいたいのは、ある噂の調査だ。インターネット上に『NETLORE(ネットロア)』という、都市伝説を紹介するサイトがあるんだが、その中で最近大きな話題となっている、書き込みがあるんだ」
 
 『コレクターの噂、恐怖の殺人ビデオ』という赤い文字が、スクリーンに映し出された。

「その書き込みに寄ると、『コレクター』と呼ばれる殺人鬼が存在し、若い娘を殺してはビデオに収めているらしい」
 スクリーンには、黒い三角頭巾をかぶった何者かが、手にボウガンを持っている絵がいくつも流れた。
 どうやらそれが、コレクターというものの姿らしい。中世ヨーロッパの死刑執行人を思わせる不気味な姿。

「しかも、コレクターが潜んでいると噂される全寮制の高校、『渋沢学院』では、実際、小倉絵美菜という女生徒が1ヶ月前から失踪したままになっている」
 綺麗な黒髪を肩より下まで伸ばした女子生徒の写真がスクリーンいっぱいに現れた。
 コレクターのすぐ後に、こんなに清楚で優しそうな女の子が映し出されたので、私は少し拍子抜けして頬がゆるんでしまった。
 正直、ホッとしたんだ。なのに……
――違和感
 またこの感じ。Qクラスでミッションに参加するようになってから、私の中で遠ざけていた第六感が、どんどん敏感になっている気がする。
 スクリーンの中で笑っている小倉さんを見て私が感じたのは、なんだか彼女がすごく遠くにいるような違和感。
 言いようのない疎外感……。でも、どうして?

 続いてスクリーンには、壁に突き刺さったボウガンの矢が映し出された。

「これは、別の女子生徒が数日前に校内で殺されかけたときの物で、殺傷能力のある本物のボウガンの矢だ。幸いにも女子生徒は犯人から逃げ切って保護されたが、襲われている少女のビデオ映像がネット上に公開され、いよいよ警察が我々に調査を依頼してきたというわけだ」

 実際に、ネットで公開されたという動画が流れた。
 ビデオは、犯人が被害者の女の子を追いかけながら撮影したものとみられ、息使いや手ぶれの様子がリアルに伝わって来てゾッとするものだった。

「私には、この一連の事件がなにか、恐ろしいことの起こる予兆のような気がしてならない。君たちの力でコレクターの噂と事件との関係を探り、真相を暴いてもらいたい。諸君らの健闘を祈る」

 なるほど。今回のミッションの内容をまとめると、
 殺人コレクターなる人物が渋沢学院に潜んでいて、実際にその学校では一人が行方不明、一人が襲われた。
 掲示板や公開動画によって、執拗なまでにネットで騒ぎたてられている殺人コレクターの存在に、団先生は違和感を抱いている。
 失踪した少女の行方の解明と、殺人コレクターの正体を突き止めること。

 ディスクが終わり、部屋に明かりが戻ると、七海先生がQクラスの全員を振り返った。
 余計なことは言わない。団先生から指令が出たのだ。

「それでは、Qクラス出動!」

「「「「「「はい!」」」」」」


 今のところ行方不明者一人と、殺人未遂にあった女子生徒が一人。
 今回のミッションはスクラップマーダーのときのように、人が何人も殺されているわけではなかったので、私はほんの少しだけホッとした。
 もう、あんなに人が殺されるのを見るのは嫌だよ。
 できることなら、殺害を未然に防ぎたい。

 七海先生が出発してしまうと、私たちは早速、中央テーブルに集合して打ち合わせを始めた。

「今回は全寮制の学校よ? だから、生の情報を集めるには、私たちが問題の渋沢学院に潜入する必要があるわね」
 最初に口火を切ったのはメグだった。

「でも、僕たち中学2年生だよ? 渋沢学院て確か、都内でもかなりレベルの高いエリート高校だよね。誰が潜入する?」
「僕はパス」
 と、真っ先に数馬が言った。
「生徒のフリして授業を受けるなんて、柄じゃないよ」
 それにはリュウが同意を示し、代案を提示した。
「じゃあ、数馬には外からのバックアップをお願いしよう。殺人コレクターの噂を誰が流しているのか、ネットに公開された事件の動画に犯人の手掛かりはないか、外からやらなければいけないことも、たくさんあるからね」

「うん、その方が僕の本領を発揮できる」

 すると、今度はキンタがウチワを煽ぎながら
「俺は今さら高校生にはなれないだろうし、かといって、教師って柄でもないからなあ……お!」
 少し考えて手を止めたキンタが、何かいいことを思いついたようだ。
「そういえば警備会社に知り合いがいたんだ。よし、俺は渋沢学院の警備員のつてを当たって見ることにするぜ。警備員としてなら、学校の中を怪しまれずに探れるしな!」
「キンタ、ナイス!」
 と、キュウがキンタに向かってガッツポーズする。

 はて、リュウが手を組んでみんなを見回した。
「でも、被害にあったのは高校生の女の子だ。生徒から話しを聞き出すには、やっぱり誰かが生徒として渋沢学院に潜入する必要があると思う」

 リュウの言葉に、私は手を上げた。
「私、行きます!」
「え、さなえ? 恐くないの? 高校だよ?」
 と、キュウがもじもじした。
「じゃあ、私も〜!」
 と、キュウをさえぎってメグも手を上げる。
「え、メグ!?」
「ビビってるならキュウは来なくていいわよ。足手まといになられても困るし」
「べ、別にビビってなんか……」
 キュウはちょっとムッとしてから、フンと笑った。
「いいよ。僕だって本当は最初から、行くつもりだったし!」

 リュウが私、メグ、キュウを見回して納得して頷いた。
「じゃあ、これで決まりだね。僕も最初から行こうと決めてた。潜入チームは、さなえ、メグ、キュウ、そして僕の4人でいこう」

「そうと決まったら、転入の手続きをしなくちゃあ。忙しくなるぞ!」
 と、数馬が早くもパソコンのキーボードを叩き始めた。
「DDSから必要な書類をダウンロードして、転校の手続きは僕がやっておくよ。早ければ明日にでも4人で渋沢学院に転入できると思うよ」
「ありがとう、数馬」

 私も最初は分からなかったんだけど、探偵学園には、潜入捜査に必要なあらゆる種類の書類が一式、そろえられているみたいなの。
 数馬によると、今回のように捜査権限を与えられた場合に限り、クラスのアクセスコードを用いてその書類を手に入れることができるらしいんだけど、DDSから発行されるその書類には公式な威力がある。これを使えば、偽の身分証やパスポート、ありとあらゆる職種の免許証まで作成することができるんだから、すごいよね。
 そうやって数馬がみんなの偽プロファイル、つまり、もっともらしい経歴や、転入前にいた学校の在籍証明書、戸籍なんかを作っちゃう。偽物だけど、本物と同じ効力があり、DDSのミッションに用いる限りは違法とはならない様々な書類を。
 これは探偵学園が国から与えられている特別な捜査権限なんだって。

「俺は早速、警備会社のつてを当たってくるぜ」
 そう言って、キンタはミッションルームをようようと出発して行った。

「じゃあ、私たちはすぐにDDSに行くわよ。渋沢学院の制服や鞄や教科書やら、もろもろ一式、揃えないといけないわ。潜入部に行って早速手配してもらわないと」
「うん!」
「そうだね!」


 こうして、私たちはその日遅くまでかけて渋沢学院に転入する手はずを整えた。
 数馬の仕事が驚くほど早かったので、その翌日にはもう、私たちは渋沢学院に転入することが決まった。
 また同時に、キンタも知り合いのつてでその日のうちに渋沢学院の警備員の職につくことができ、こちらも潜入の手はずを整えた。
 コレクターの噂を受けた渋沢学院が、警備員の数を増やそうと募集中だったっていうから、キンタって本当にナイスタイミングだと思う。



 全寮制の学校だから、任務の間はミッションルームにもなかなか帰って来られなくなるだろう。
 私たちにとっては初の長期任務になるんだ。
 何が起こるのか予想できないことばかりだけど、みんなと一緒なら、きっと大丈夫だよね。

 さなえの胸には、高まる期待が溢れていた。
 期待というのは、これまで経験したことのない普通の学校生活(探偵学園は普通の学校とはいえない)を、生まれて初めて体験できるのが嬉しかったからだ。
 お揃いの制服を着て、中学や高校に普通に通うのが、ずっとさなえの夢だったんだ。




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