第4話−15

「あのビデオを検証されるのは、やっぱり相当なプレッシャーだったみたいだ」
 机を几帳面に、もとあった通りの場所に戻しながら、リュウが呟いた。

「リュウも分かったのか?」
「ねえ、誰? 犯人誰よ。教えてよ」
 どうやら、犯人の正体に気がついたのはキュウとリュウの二人だけ。
 キンタとメグと、それに私は、驚いて顔を見合わせるばかりだ。
 戸惑う私たちをよそに、二人はシアタールームのデッキに朝吹さんの部屋にあったビデオを入れて、『笑いっぱなしの神様』が録画されている時間を計測し始めた。
 録画が開始されてから、『ハロウィン』という映画が始まるまでの時間を計測すれば、あの部屋の時計が何分進められていたのかが分かる。

「ジャスト、30分」
「決まりだな」

 キュウとリュウの二人が、確信を得て頷き合った。

――30分。
 さなえはそのときやっと、違和感の正体に気がついた。
 それは、実際に時計を操作した犯人しか、知っているはずのない時間だったんだ。

「あの人が、犯人」
「ああ」
「そうか、あとは、亀田殺しのアリバイを崩すだけか」


 時刻は夕方の6時20分。
 傾きかけた日差しを受けて、私たちは亀田君が殺された体育館倉庫に再びやって来た。

 すっかり片づけられた倉庫内で、私はまた奇妙な感覚に囚われた。
 朝の9時と夜の9時。どうしてか、その言葉がすごく引っかかるのだ。

「なぜだ……。なぜ犯人はわざわざライトを当ててまで、ここでの撮影にこだわったんだろう」
 キュウが考えこんでいる横で、私は窓から時計台を見上げた。

 先ほどから胸につかえている引っかかりを吐きだしたくて、私も口を開いた。

「さっき、遠谷さんたちの会話を聞いていて思ったの。デジタル時計と違って、アナログ時計って、一瞬、朝なのか夜なのか、わからなくなることがあるな、って」

「え?」
 キュウが途端にハッとして、さなえを振り返る。
「さなえ、その話、もうちょっと聞かせて」
「うん。思ったの、亀田君が殺された時、時計台の針は夕方の7時を指しているように見えたけど……、もしあれが、朝の7時だとしたら、どうかな」

「「そうか!!」」
 何故か、リュウとキュウが同時に大きな声を出した。

「犯人は亀田君を二度殺したんだよ!」
「え?」
「……へ?」
 キンタと私の素っ頓狂な声がシンクロした。

 それには構わず、リュウがポケットから方位磁石を取り出して、窓の方角を確かめた。
「やっぱり、この窓は真南を向いてる。この時期、日の出と日の入りはほとんど同じ時間だから……、朝の7時と夜の7時で、この窓から差し込む日の角度は、肉眼で見ただけではほとんど変わらないはずだ!」
「亀田君が拉致されたのが深夜だとすると、翌朝の7時と、その日の夕方で、犯人には2度チャンスがあったんだ」

「ど、どういうこと?」

「亀田君を殴ったガラス瓶。あれは偽物だったんだ。よくアクション映画とかで、頭にガラス瓶を叩きつけるシーンがあるじゃん。あれに使用されるガラス瓶は『アメガラス』って言って、実はガラスよりずっともろい素材でできた、偽物なんだ」

 ここでやっと、キンタが理解する。
「じゃあ、俺たちが動画で観た、亀田を殴ってるシーンで使ってたのは、撮影用のガラス瓶だったってことか」
「でも、あたし確かに、彼の頭から血が出るのを見たわ」

「だから、コレクターがアリバイを作るために、亀田君をガラス瓶で二度、殴ったんだ。つまり、僕たちが動画で観た亀田君殺害のシーンは、実はメグが見た亀田君殺害のシーンとは別のものだったんだ」

「そう考えると納得がいく。キュウがいうように、犯人が窓を背景にした撮影にこだわったのも、僕たちにあの時計台の時間を見せて、自分のアリバイを証明するためだったんだと」

 そこまで話し合って、キュウがまとめた。
「僕たちがネットで観た時計台の7時という時刻は、彼が殺された夕方の7時ではなく、その日の朝の7時だったんだ。コレクターはアリバイを手に入れるために、犯行の日の朝7時にビデオカメラを回し、まるで殺人の予行練習をするかのようにアメガラスで亀田君の頭を殴った。そしてその日の夕方、証言者として誘拐しておいたメグの目の前で、実際には7時よりも早い別の時間に、今度は本当の殺人を実行したんだ」

「そして二つの映像を編集してつなげ、あたかも一続きの殺人ビデオであるかのように見せかけたんだ」

 映画研究部でカメラ撮影と編集を担当していた富永君なら、二つのビデオを一つに繋ぐことができるだろう。
 しかも、お父さんが映画の小道具を取り扱っている富永君なら、アメガラスの瓶を手に入れることも容易いはず。
 バラバラだった点が、一つの線になっていくのが見えた。

「鑑識が集めたガラスの破片の中に、アメガラスの成分がないかどうか調べてもらおう!」
「けど、それだけじゃ決定的な証拠にはならない。推理に基づく状況証拠だけじゃ、犯人を捕まえることはできない」

 リュウがそう言うと、キュウの目が鋭く光った。
 いつも明るくて優しいキュウが、最後の一手で犯人を確実に追い詰めようとする瞬間だけは、研がれたナイフのような鋭い表情をすることがある。
「犯人は口封じのためには、仲間でも殺す奴だ。真相に近づいたと知れば、また絶対……。一か八か、僕に考えがある」

 キュウの考えていることが、私たちには言われなくても分かった。
 犯人を罠にはめるつもりなんだ。

 こうと決めたら、キュウはゆずらないだろう。




―― コレクターの正体がわかりました。夜8時にミーティングルームにお集まりください。(キュウ)
 学内メールが、もと映画研究部のメンバー全員に送られた。

「ねえ、ねえねえねえ、キュウくん、天草くん。犯人わかったって本当?」
 キュウとリュウの二人がミーティングルームに入って来ると、佐久間さんが、またいつものビデオカメラを回し始めた。
 富永くんもソワソワした様子で問い掛ける。
「犯人がわかったんだって? 警察に連絡しなくていいのかよ」

「その前に、みんなに僕の考えを聞いてほしいんだ」
「ジュース入れて来たわ!」
「ああ、手伝うよ」
 作戦は流れるように進んだ。メグが入れてきたオレンジジュースを、富永君が手伝うと言ってみんなに配ってくれたのだ。

 富永君がキュウにジュースを配り終えた時、タイミング良くキュウの携帯が鳴ったので、キュウは少し席を離れることをみんなに詫びながら部屋から出て行った。

 キュウを待つ間、集められていた私たちは思い思いに時間を潰していた。
 リュウは窓から外を見ているし、メグは手鏡を取り出して前髪のお直し。
 佐久間さんは明後日の方向を見て、何やら映画の新作情報についてをブツブツ唱えている。

 私は遠谷さんと一緒に、授業で出された宿題の話をしていた。

 オレンジジュースは、みんなで乾杯するまで飲まないでと、あらかじめメグがみんなに言っていた。
 だから、ほどなくして「あーごめんごめん」と、キュウが謝りながら部屋に戻ってくるまで、誰も配られたオレンジジュースには手をつけないでいた。

「じゃあ早速、無事に犯人がわかったことと、それから僕たちが出会えたことに乾杯しよっか」
 と、キュウが言った、まさにその瞬間。
 ミーティングルームのドアが開いて、マスクをつけた清掃業者が部屋に入って来た。
 なんでも、これからこの部屋のエアコンの清掃をするから、すぐに隣の部屋に移れ、という。

「あ、そうだったんですね。すみません。僕たちすぐに移動します」
「すみませんね、なんかお邪魔しちゃって。あ! ジュース、運んでおきますから」
「あ、ありがとうございます……」
 なんだかちょっと強引な清掃業者は、テーブルの上に並べられているグラスを素早く盆に回収してしまうと、隣の部屋に運んでくれたのだった。

 気を取り直して、みんなで隣の部屋に移動すると、メグがみんなにオレンジジュースを配り直してくれた。
「まだ誰も手をつけてなかったジュースだから、適当に配るわ」
 と、言って。

「じゃあ、改めて、かんぱーい!」
 全員に配り終えられたのを確認してから、キュウがグラスを掲げて一気に飲み干した。

 メグと遠谷さんと私は、グラスをカチンと合わせてから一口ずつ飲んだ。
 佐久間さんもゴクリと一口。
 それから、リュウも何食わぬ顔でオレンジジュースに口をつけた。

「どうしたの? 飲んでないの君だけだよ、富永君」
 全員が何らためらうことなくジュースを飲んだにも関わらず、富永君だけが、コップに触ろうともしなかった。

「ほら、飲んでごらんよ。君以外の全員は、ジュースを飲んだことで自らの無実を証明したんだから」
「な……何、訳わかんないこと言ってんだよ」

 引きつった表情の富永君の携帯が鳴った。
 それは、予定通りであれば、数馬から送られたものであるはずだった。

 直後、またミーティングルームのドアが開いて、清掃業者の変装を解いたキンタと数馬が部屋に入って来た。

「君のマネして、ネットで観れるようにしてみたんだ」
 と、数馬が言い、先ほどの部屋に仕掛けておいた小型カメラを取り出して見せた。
「バッチリ撮れたよ。君が、キュウのグラスの中に、何かを入れる瞬間がね」

「い、一体何なんだよ!」

 取り乱して立ち上がった富永君を落ちつかせるように、キュウが口を開いた。
「僕の口から真犯人だと明かされるのを恐れた君は、朝吹さんにやったのと同じように、僕を口封じするに違いない。だから僕は試して見た。君が誘いにのるか、ってね」

「ちなみに、毒入りジュースのコップは私がしっかり記憶させてもらったわ。さあ、飲めるものなら飲んでみなさいよ」
 メグにそう言われた富永君は、オレンジジュースの入ったコップを持ち上げると、それを床に叩きつけた。

「俺はただ、腹が痛くてジュースを飲まなかっただけだ! そもそも、亀田が殺された時、俺にはアリバイがあるんだ! 遠谷や朝吹と一緒に、ネットであの動画を観てたんだからな! それに、朝吹が殺されたときのアリバイトリックだって、誰にでも殺すチャンスがあったってだけで、俺がやったっていう根拠にはならない!」

「根拠、か。それならとっくに、君自身が証明してくれたじゃないか」
 こういうとき、リュウはいつも冷たい印象を与える。
 キュウが、最後の一手で犯人を追いつめる瞬間にのみ冷酷になるとすれば、リュウは最初から最後まで常に冷酷。
 犯人を、自分自身の敵でもあるかのように、冷たく叩きのめす。

「映画研究部のビデオを観ていた時、君、何て言ったか覚えてる? 時計が30分進められていた、って言ったよね。けど、朝吹さんの部屋の時計が実際には何分進められていたかなんて、あの時はまだ分かっていなかった。君の言葉を聞いた後、僕たちがバラエティー番組の録画時間を検証してみて、初めて分かったことなんだよ」

「亀田君殺しに関する君のアリバイも、もう崩れてるよ。あの殺人が朝と夕にわたって行われていたことはもう、お見通しだ」
「それから、アメでできたこのガラス瓶を使ったこともな」
 と、キンタが映画の小道具用のガラス瓶をかざして見せた。

「鑑識が回収したガラス片の中に、アメガラスの成分が検出されたって、さっき連絡があったよ」
 と、数馬。

「そうか、中学の時、富永の親父さんからもらった小道具のガラス瓶を、俺たちの映画でも使ったんだ」
 佐久間さんが振り返る。

「恐らく朝吹さんは、小道具のガラス瓶を使う様子を収めたビデオを、僕に見せようとしていたんだろう。でもその電話中、君が偶然、彼女の部屋に訪ねてきた。ひょっとしたら、テープが気になって盗み出すつもりだったのかもしれないな。君は、彼女が僕にそのテープを推理の材料として見せるつもりだと聞かされ、とっさに彼女の殺害を思いついたんだ。何の罪もない彼女を……」
 リュウの声が、低く震えた。

 さなえの目にも、再び涙が浮かんでくる。

「もう言い逃れはできないぞ、富永」
 射るようにリュウに見つめられ、富永君は凍りついたように動かなくなった。



「どうして、中学からの仲間を殺せたの? ビデオに映ってた映画研究部は、みんな、仲のいい友達だったじゃない!」
 だがメグの言葉に、富永君は今度は狂ったように笑い始めてテーブルをドンと叩いた。

「いや……友だちじゃない。いつか蹴落とさなきゃならない、その他大勢だ。信用できる奴なんて、誰一人もいなかった。たったひとり、小倉絵美菜をのぞいて……」

「もしかして、彼女と?」
「俺と絵美菜は、愛し合ってた」

――違和感。

 さなえは何も言わなかった。

「俺たちは深い心の繋がりで、結ばれてたんだよ」

――違和感。

「でもお前ら、そんな素振り……」
「みんなが知らなくて当然だよ! 俺と絵美菜は、ネットの中で付き合ってたんだからな」

――ん?
 私はこのとき、富永君から感じられる違和感よりも、すぐ隣に座る遠谷さんから感じられる気配に引き付けられた。

「俺は学院の映画愛好者の集まるサイトで、『アニメ』っていうハンドルネームのコと、恋人みたいな関係になった。そしてある時、気付いたんだよ。彼女の名前をローマ字にして逆さから読むと、『絵美菜』になるって」

――違和感。

「俺、マジで鳥肌たったよ。だって、俺、彼女のこと中学のときからずーっと好きだったんだもん! まあ、あっちは俺の正体に気づかなかったみたいだけど。時期がきたら、俺の方から告白するつもりだった」

 リュウがちらりとさなえを見たことに、さなえ自身は気づかなかった。

「でも、それなのに……。あるときからネットでアニメを攻撃する中傷が、何十人もの名前で書き込まれるようになった。何とかしようとしたけど、どうにもできなかった。そして、とうとう絵美菜はネット上からも、実生活の学校からもいなくなっちゃったんだよ!」

 例の、【あたし自殺します】という書き込みのことだろう。その投稿時期と、小倉絵美菜さんが失踪したのがちょうど同時期だったのだ。
 でも、
――違和感。

「俺には分かるんだ。彼女の痛みや苦しみが。彼女はもう、この世のどこにも存在しない」
「それで、彼女を追い詰めた相手を捜し、亀田君にたどり着いたんだね?」
「あいつは、日頃から自分より成績のいい絵美菜を嫌ってた。あいつが俺の絵美菜を死に追いやったんだ!! 亀田だけは、絶対に許せなかった」

「遠谷さん……」
 私は、隣に座る遠谷さんの肩に、そっと手を置いた。
「言いたいことが、あるんじゃない?」

 遠谷さんはコクリと頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

「あの……、小倉絵美菜さんが、何かの理由で姿を消したのは事実だと思う。でも、少なくともその理由は、亀田君にネットで袋叩きにされたからじゃないわ!」
「お前に何がわかんだよ!?」
 富永君が逆上して怒鳴り声を上げる。
 けどその一方で、私は、遠谷さんの言っていることに嘘はないと感じた。

「アニメは絵美菜さんじゃないの! ……私よ。彼女の名前を並び変えて、アニメのハンドルネームで掲示板に書き込みをしていたのは、私なの」
「え……!?」

 富永君と、それからQクラスのみんなが驚き見つめる中、私の中にあった奇妙な違和感が、スーっと消えて行くのがわかった。




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