第4話−14

「みんなには借りができたな」
 晴れて警部から解放された佐久間さんが、ビデオカメラを向けてキュウやメグ、キンタ、リュウ、それに私を撮影し始めた。

 今、私たちは朝の中庭を歩き、食堂へと向かっている。

「僕たちはただ、アリバイトリックを解いただけですから」
 寝不足でグッタリして、キュウやリュウ、キンタはカメラを向けられても全くもって愛想というものがない。
 メグだけが、カメラを向けられたときにだけ、申し訳程度に作り笑顔を浮かべている。

「あなたが事件に関わっている可能性はまだゼロじゃない」
 と、リュウが冷ややかに言った。
 するとキンタも問い掛ける。
「本当は昨日の夜、どこにいたんだよ」

 Tシャツにジャージというラフな格好の佐久間さんは、特に取り繕う様子もなく話してくれた。
「実はさ、ホラー映画のファンサイトで知り合った奴からメールがきて、カルトビデオを譲ってくれるっていうから、近くの公園で待ち合わせしてたんだ」
「で?」
「でもさ、そいつ待ち合わせ時間になっても来ねーの!」

「すっぽかされたってこと?」
 メグが問うと、佐久間さんはイジケタように頷いた。
「うん」

 キンタが呆れ顔だ。
「お前、そんな言い訳、通用すると思ってんのかよ?」
「通用しないと思ったから黙秘してたんだろ」
 なるほど、この人はおどけたように振る舞っていて、実はバカではないのだ、とさなえは思った。
 嘘をついているはずなら必ずわかる、例の――違和感! も、佐久間さんからは全然感じられない。

「第一、俺がいくらヤバイ人間だからって、映画研究部のかわいーい後輩を殺す、わけがない!」

「映画研究部の後輩?」
「うん。あの二人、同じ付属中学の出身で、映画研究部の仲間だったんだ」
「本当ですか!?」
「うん」
 仲間、か。
 リュウはまた、朝吹さんのことを思い出した。仲間がいるなんて羨ましいと言った彼女にも、ちゃんと仲間がいたんだ。

「亀田や朝吹だけじゃなく、富永や遠谷、あーそれから失踪した小倉絵美菜も、みーんな仲間」

 この共通点にQクラスのみんなが驚いているとき、佐久間さんがさなえにカメラを向けてきた。
 これまでの他のみんなのサービス精神の薄さを埋め合わせるかのように、さなえはニコリとカメラに向かって微笑みかける。
 それから両手を唇に当てると、フウッと息を吹いて投げキッスを飛ばす仕草をして見せた。

 佐久間さんがフっと笑った。

「可愛いね」

 そこで、まださなえを映しているカメラの中にいきなりリュウがフレームインして、いきなりカメラの電源を切った。
 無言の牽制。
 リュウの言わんとしていることを即座に察して、佐久間さんが苦笑いする。
「天草くん、恐いよー。目が、ぜんっぜん笑ってないんですけどー」
「はい、そもそも笑ってませんから」
「うっひょー」
 佐久間さんはおどけて、楽しそうに笑った。




 それからみんなで朝食をとった後、私たちはそのままメグの部屋に集合した。
 学院の生徒が立て続けに二人も殺害されたので、さすがに授業は休み。全生徒が外出を禁止されて自室待機となり、校内には警官が溢れていた。

 どうせ自由に動き回ることができないから、私たちは猫田刑事が届けてくれた朝吹さんのビデオテープを、早速、検証してみることにしたのだ。

 それは朝吹さんたちが付属中学時代の映画研究部でとった映像だった。
 監督は佐久間さん、撮影は富永君、照明やマイクは遠谷さんと亀田君。演じているのは小倉さんと、そして朝吹さんだ。
 映像の中の彼らは、NGを出してしまったりして、みんなで笑いあっている。――仲間。
 今の様子からは想像できないくらい、みんな仲がいい。

「亀田くんも、昔はみんなと仲良かったんだ」
 廊下でリュウと睨み合ったときの亀田君とは全然違って、映像の中の亀田君は楽しそうにおどけて、走り回っている。あんまりおどけすぎて佐久間さんにメガホンで頭を叩かれている画面の中の亀田君が、なんだか愛おしくさえ感じられる。

「小倉絵美菜、亀田純也、朝吹麻耶……。事件の被害者がみな、同じ映画研究部だったなんてなあ」
 キンタが膝を抱えて、感傷にひたりながら映像を見つめている。

「でも、これで容疑者は絞れてきたよ」
 と、リュウが言った。

「え、本当?」
「浅い人間関係で計画的殺人が起こるのは、金銭がらみ以外では考えられない。殺された朝吹さんが素直に部屋に招き入れたことから考えても、中学時代から親交があった彼らが容疑者である可能性が高い」
「まさか、この中にコレクターがいるっていうの?」

 メグがそう言った時、キンタの携帯が鳴ったので、私はビクっとした。
 やっぱりまだ、機械の音や電波に敏感になっているみたいだ。

 けれど、キンタの携帯に映った数馬の姿に、私はなんだかすごくホッとした。
 いつものミッションルームの中央テーブルに座った数馬が、メロンソーダを飲みながら応答を待っている。

 キンタの横から顔を覗きこんで、真っ先に手を振ると、数馬も無言で手を振り返してくれる。
「おう、数馬」
 キンタもいつになく、優しい笑顔を数馬に向けた。

―「今、渋沢学院のサーバーを調べてるんだけど、ここ半年ぐらいのログが残ってた。で、殺された例の、亀田純也って人の書き込みを追っかけてたんだけど、なんかこの人、ヤバイことしててさ」

「やばいこと、って?」

「渋沢学院のサイトに映画愛好者の掲示板があるんだけど、亀田って人、一人で20人近いハンドルネームを使って、ある人物を袋叩きにしてたんだ」
「マジかよ……」
「詳しいやり取りはメールに添付して送ったから。じゃあ、みんな気をつけてね」

 通信はそこで切れた。
 メグがパソコンを起動してメールボックスを開いてみると、数馬が言った掲示板のログが届いていた。

 アニメ、という一人の人物に対して、たくさんの人が誹謗中傷を投げかけている。
「この、いろんな名前で書き込んでいる人、全員が、亀田くんなの?」
「見ろよ、これ」

 掲示板の最後にアニメという人の書き込みがあって、『最後のメッセージ。あたし、自殺します』とあった。

「ウソ……。たかがネットの中のイジメで自殺なんて」
 メグが理解できない、というように眉をひそめる。

 そのとき、リュウが何かに気づいてメグの横から割り込み、マウスを操作してワードファイルを開いた。
「このアニメって名前、アナグラムだ」
 そう言って、起動したワードファイルに【ANIME】と打ちこんだリュウが、今度はその下に【EMINA】と打ちこんだ。

「アナグラムって、文字を並べ替える暗号のことだよね」
「ああ。こうしてアニメをローマ字変換して、逆さから読むと、エミナとなる」
「あ、小倉絵美菜!」
「じゃあ、亀田君が20人近くのハンドルネームを使ってイジメてたのは、失踪した小倉絵美菜さんだったの?」

――違和感。

 どうしてだか、メグの言葉を聞いていて、さなえは解せない。
 推理小説をよく読むさなえも、アナグラムのことは知っていたけど、今回のアナグラムはなんだか単純すぎる感じがする。
 もしもさなえだったら、そんなに分かりやすいハンドルネームは使わないだろうと思った。
 アニメって本当に、小倉絵美菜さんなのかな。

「どうやら動機も見えてきたなあ」
「ねえ、リュウ。さっきビデオに映ってた人たち集めて、上映会やってみない?」
「面白そうだね」

 キュウとリュウが、少し悪い顔をして微笑み合った。
 二人が何を考えているのか、さなえにはまったく分からなかった。



 その日の午後、キュウとリュウは首尾よく諸星警部にシアタールームを使用する許可を得て、もと映画研究部のみんなを集めた。
 上映会に参加したのは私たちQクラスのメンバーと、佐久間さん、富永君、遠谷さんだ。

「付属中学の映画研究部か、懐かしいな……」
「小倉さん」
「心が痛むねえ、この笑顔を見ると、キュンってなる、キュンって」

 佐久間さんの隣に座っていたキュウが身を乗り出した。
「佐久間さん、小倉さんにフラれたって本当ですか?」
 ハッと振り向く佐久間さんが、嫌な顔をする。
「ハッキリ言うね」

 けど、やっぱり佐久間さんは、おどけているようで、根はすごく正直な人なんだ。キュウの方に真っすぐ向いて、頷いた。
「彼女ね、『好きな人がいるの』って。まあ俺みたいな変態、最初からムリって分かってたけどね」
「なんか随分サバサバしてますねえ」
 メグは疑っているようだ。
 けど、佐久間さんは嘘はついていない。

「そう見えるでしょ。でもお腹ん中ドロドロ……フフ」

「ふふ」
 私もつられて笑ってしまった。佐久間さんみたいな人って、嫌いじゃないな。信念があって、面白くて、こういう人、好きだな、って思える。
 けど、そんなことを考えていたら自然と頬が緩んでいたみたいで、心なしかリュウにちょっとだけ睨まれた気がした。
 ごめんなさい。捜査中でした。
 私はさり気なくリュウから目をそらすと、急いで「集中してるぞ」、という顔をつくってスクリーンの映像を凝視した。

「なんか、みんな仲良さそうだね」
 キュウが言うと、
「今じゃ、ろくに口もきかなくなってるもんな」
 と、富永君が応えた。

「どうして、こんなにみんな、バラバラになっちゃったんだろう」
「仕方ないよ。ウチの学校、受験校だし。友達はみんな成績を争うライバルなんだから」

 遠谷さんと富永くんのやり取りを聞いていて、「そんなことないのにな」と、さなえは思った。
 Qクラスのみんなだって、団先生の後継者を争いあうライバル同士だけど、互いのことを思い合っているもの。

「あの頃は楽しかったな……。私たちがつくった映画を、佐久間先輩のお父さんがやってた小さな映画館で上映してもらったり。映画の美術をやってた富永君のお父さんに、小道具をいろいろ分けてもらったり」
「もう、よそうぜ。そんなことより、事件のこと考えよう」
――違和感。

 その印象はほんのわずかではあるけど、間違いではない確かな感じだった。
 さなえはすごく嫌な予感がして、富永君を振り返った。

「協力しようぜ。彼らのお陰でアリバイトリックが解けて解放されたし」
 と、佐久間さんが言った。

「まさか、ビデオに映ってた時計が30分進めてあったなんてな」
――違和感!
「え、そうなの?」
 さなえは思わず声を上げた。
 朝吹さんの部屋にあった目覚まし時計が何分か進められていた、というのはQクラスのみんなが推理していたことだけど、それが30分だったかどうかなんて、どうして富永君は分かるんだろう。

「あ、あと、目覚まし時計のアラームの時刻が、朝の9時じゃなくて、夜の9時にセットされていたのも」

 夜の9時と、朝の9時?
 そういえば、亀田君が殺害されたときにも、映像には時計が映ってたっけ。
――違和感。

「目覚まし時計っていうくらいだから、朝の9時かと思うよな。そっか〜、事件は8時半に起きてたのか〜。あちゃ、俺またアリバイないや〜」

 朝じゃなくて、夜?
 夜じゃなくて、朝だとしたら……。

 なんだかさなえはいろいろな情報が頭の中を駆け巡って、その後の上映会に全く集中できなくなってしまった。

 上映会が終わって、佐久間さんたちが部屋に戻って行った後も、さなえはモンモンと考えこんでいた。

「なんかイマイチ反応なかったなあ」
 と、シアタールームの椅子を並べ直しながらキンタががっかりして言った。

「結局、空振りかあ」
「そうでもないよ、犯人わかっちゃった」
 と、キュウが言った。

「「え?」」

「……、え?」




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