第4話−12
犯人がまだ部屋に潜んでいるかもしれない。そんな危険を顧みる余裕はなかった。
リュウは朝吹さんの部屋に飛びこむと、床の上に倒れているさなえを抱き上げた。首に紫色の痣ができている。犯人に首を絞められたんだ!
「さなえ!」
呼吸は弱いが、脈は触れる。生きている。
たちどころに全身に押し寄せる安堵感に、リュウは大きく息を吐いた。自分の息が思ったよりも乱れていることに、このとき初めて気づく。
体が壊れるほど、無我夢中で走って来たんだ。
噴き上がる汗で、前髪が額にはりついている。
それを拭っているうちに、少し遅れて、キンタ、キュウ、メグ、それから富永君と遠谷さんが駆けつけてきた。
警備員姿のキンタがすぐに朝吹さんの首に手を当ててから、瞳孔の収縮を確認し、……そして唇を噛んでうつむく。
「死んでる……」
「け、警察に連絡します!」
と、遠谷さんが転びそうになりながら部屋から飛び出して行った。
「さなえは……?」
メグが恐る恐る近づいて来て、リュウに訊ねた。
「生きてる」
リュウの掠れる声を聞いて、メグの瞳に涙が浮き上がった。
それからメグは朝吹さんのもとまで近寄って、真っすぐと、彼女を見下ろした。
決して忘れない、決して忘れないと、自分に言い聞かせるように。メグはいつまでも朝吹さんを見つめ続けた。
コレクターの捜査に、朝吹さんを巻き込むべきではなかったのだ。
関係のない人を巻き込んで、みすみす犯人に殺させてしまったことの責任は自分にある、とメグは思った。このときの痛みを、メグは深く自分の中に刻みつけようとした。探偵という仕事を甘く見ていると、関係のない周りの人までも傷つけてしまう……。
決してもう二度と、同じ過ちを犯さないために。
「メグ……」
メグの心情を察するように、キュウが寄り添った。
「なんなのよ一体。何者なのよ、コレクターって……」
もう、涙は出なかった。
「何のために朝吹さんまで……」
――『バイバーイ!』
ついさっきまで生きていた彼女を、リュウも思い出し胸を痛めた。
未だ意識の戻らないさなえを床にそっと寝かせて、リュウは朝吹さんの亡骸の傍に膝をついてかがみこんだ。
――『バイバーイ!』
何度だって鮮明に思い出せる、生きていた朝吹さんの明るさ。
そっと手を伸ばし、見開かれたままになっている朝吹さんの瞼を下ろしながら、リュウは心の中で言った。
ごめん。
―― バイバイ、……。
絶対に犯人を捕まえる。
リュウはそう誓って、立ち上がった。
「実は、朝吹さんからさっき、電話をもらってたんだ」
「え?」
「亀田殺しの重大なヒントを見つけた、って」
部屋の中が荒らされた形跡はない。けど、朝吹さんが殺された理由がその『ヒント』を見つけたからだとすると、犯人がこの部屋から何かを持ち去っている可能性は高かった。
「メグ、朝吹さんの部屋に入ったことある?」
「うん」
「何でもいい。そのときと比べて、何か無くなったものとかないかな」
いつもなら、リュウはメグの瞬間記憶能力にはあまり頼ったりしない。
けれどこのときは、リュウが初めてメグの力に懇願した。
否応なしに、最大限の意識を集中させてメグが部屋の中を見回す。
ほどなくして、メグがハッとして目を見開いた。
「そこの本棚! 本の並びが変わってる」
リュウとキュウがいつも携帯している捜査用ゴム手袋をはめて、素早く本棚に近づいた。
その背後で、富永君がギョッとした顔をしてメグに訊ねる。
「すげえ……、なんで覚えてんの?」
「あたし、記憶力だけは異常にいいの」
並んでいた本の奥に、リュウとキュウがビデオディスクが陳列されているのを見つけた。
「ホラービデオだ」
朝吹さんのコレクションのほとんどが、キュウの言った通りホラービデオだった。けれど、その他に番号だけが貼られたビデオディスクが10本並んでいて、その番号の並びに欠けがあることにリュウが気づいた。
「変だな、6の番号のビデオだけ無い」
「デッキの中に入ってるかもしれない」
と、キュウがテレビの下にセットしてあるビデオデッキに近づいた。テープが巻き戻る音がしている。
停止ボタンを押してテープを取り出してみると、それは「6」のビデオではなく、何もタイトルが書かれていない新品のものだった。
キュウは首をかしげつつ、テープをデッキの中に戻した。
「あ、このデッキ、時間表示が壊れてる」
興味を示して近づいて来たメグ、キンタ、リュウに、キュウが指さして説明した。
「ほら、数字が全部ゼロのまま動かない」
「新品のビデオが入ってるってことは、何かを録画しようとしてたのよね、きっと」
再生ボタンを押すと、「笑いっぱなしの神様、いよいよ後半戦です!」という映像がいきなり流れた。
「バラエティー番組だ」
「しかも途中から?」
「あれ? これ、今日の8時からやってたやつだ。警備員室で見てたんだよ」
キュウが解せない、という顔をして、テーブルの上にあったテレビ番組表を取り上げた。ページを繰ってみると、午後9時から放送される予定だった「ハロウィン」というホラー映画に赤で丸がつけてある。ちょうど、8時から放送されていた「笑いっぱなしの神様」の後に放送される予定の映画だ。
「彼女が録画しようとしていたのって、本当はそのホラー映画だったんじゃない?」
メグがそう言った時、リュウがテレビの横に置かれている目覚まし時計を取り上げた。
「この時計、9時にアラームが鳴るようにセットされてる」
「そうか……」
「多分、そうだろう」
このとき、キュウとリュウだけが、何かを通じ合って頷き合った。
「え、なに?」
「なんだよ、閃いたのか?」
「簡単な事さ。デッキの時間表示が壊れてるから、9時からのホラー映画を録画するために、朝吹さんは目覚まし時計をセットしていたんだ」
「けど、それならなんでバラエティーが録画されてるんだ?」
「誰かが時計の時間を早めたんだ。だから、朝吹さんは実際の時間よりも早くに録画を開始し、気づかずにバラエティー番組をとってしまった」
「おいおい、もしそれが本当だとすると、……」
「そう、僕たちがネットの映像で見た生放送は、実際には9時ではなかった可能性が出て来る。犯人はおそらく、自分のアリバイを証明するためにわざと、あの映像にこの目覚まし時計を映しこんだんだ。さも、犯行が9時に行われたと僕たちに思い込ませるために」
リュウの推理がことさら冴えていることに、キンタもメグも舌を巻いた。
「けど、これだけじゃ時間トリックの証明にはならない。何かもっと決定的な……」
と、そこまで言って、キュウが倒れているさなえを振り返った。
「そうか、さなえだ!」
「そう、さなえの証言があれば、生放送の時間トリックは崩すことができる。けど、それは同時にさなえが次に犯人に命を狙われるリスクでもあるな」
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