第3話−9
翌日の朝、10時ちょっと前。
フローリスト神田という花屋の前で、店の中を覗き込みながら溜め息をつく数馬の姿を、メグはすぐに見つけた。
今、店の中では、一人の可愛らしいお姉さんがエプロンをつけて、開店の準備を始めたところだった。
メグは真っすぐに数馬に近寄り、隣から店の中を覗き込んだ。
「ふ〜ん。溜め息の理由は彼女かあ」
いかにも、わざとらしいメグの登場に、数馬が焦る。
「ちょ、ちょっ……、め、メグ、バレるって」
「毎日、花を買ってくるわけだ」
「お願いっ、お願い、ちょっと、ちょっと」
「まさか年上が好みだったとはね」
「こっち来て! ちょっと、ちょっと……」
数馬がもう我慢ならない! とばかりに顔をひきつらせて、メグの腕を掴んで店の影に引っ張りこんだ。
「ちょっ、ちょっ……」
「メグ、こっち来て。……、みんなには内緒だからな!」」
メグがわざと、数馬をからかって怒らせたのは、そんなこと大した問題じゃないんだよと分からせるためだった。
数馬って、Qクラスの中では一番年下のくせに、いつもどこかカッコつけてて、本音を誰にも話したがらないところがあるんだ。人に本音を知られるのは、自分の弱みになると思ってるんだろう。でも、そんなこと、全然、数馬の弱みになったりしないんだよ。かえって強みにさえ、なることなんだよ、と、メグは教えてあげたかったのだ。
「『内緒にしてください』でしょ?」
「……、内緒に、してください……」
ああ、さなえの言っていたことは本当なんだな、とメグは思った。
数馬は本当にあのお姉さんのことが好きで、大切に思ってるんだ。
「ねえ、こんな所でウジウジしてないで、告ってきたら?」
「別に、そんなことで悩んでるわけじゃないよ」
「じゃ何よ」
数馬の中で絡まった糸は、どうやったらほぐれるのか。
さなえが言っていた通り、数馬が抱えているのはどうやら、ただの恋煩いではないらしい。とすると、やっぱり悩みは、恋することによって見えて来た、数馬自身の中にあるのか。
「なに悩んでるか知らないけどさ、ちゃんと言葉にしなかったら気持ちは届かないし、苦しいだけだよ」
メグが優しく言った。
きっと、数馬が足げくこの花屋さんに通っているのは、答えを探しているからなんだ。
自分自身の中に、解決しなければならない何かがあると数馬が気づいた、その発端となった人に、答えを求めている。
「彼女に聞いてほしいことがあるんでしょう?」
思っていることを言い当てられて、数馬が顔を上げた。
「メグ……」
メグがニッコリする。
「結果が出たら、ちゃんとあたしに話すのよ? たーっぷりイジってやるから! ほら。じゃあね〜!」
メグは数馬の背中をグイグイ押して、花屋の前に立たせると、自分は大ぶりに手を振って、さっさとミッションルームの方へ歩いて行ってしまった。
メグに背中を押された数馬は、困ったようにメグの後ろ姿を見つめていたが、やがて意を決したように大きく深呼吸すると、瑶子さんのいる店の中に入って行った。
「あ、いらっしゃい」
店内の花に水やりをしていた瑶子さんが、いつもの笑顔で数馬を迎えてくれた。
「こんにちは。……」
挨拶だけしてしまうと、そこで、数馬は言葉を呑みこんで、緊張したように静かに息を吐いた。
「どうしたの?」
いつもの様子と違う数馬に気づいて、瑶子さんは、さり気なく店の前のベンチに数馬を座らせてくれる。
「数馬くん」
なかなか言葉に詰まってしまっている数馬を見て、瑶子さんはそっと微笑んだ。
そして、店内からオレンジジュースを持ってきて、それを数馬に差し出すと、ちょっと一息つくように自分も数馬の隣に腰掛けた。
すごく、大人の対応だ。数馬は瑶子さんの温かい心遣いに感謝して、やっと口を開くことができた。
「ありがとうございます。実は、瑶子さんに聞いてほしいことが、あって……」
「なあに?」
数馬が苦しそうに、また考え込んだので、瑶子さんは数馬が話しだすまでただ、黙って待ってくれた。
「僕、……。前に瑶子さんに、ゲームのクリエイターをやってることや、探偵学園の生徒だってことをお話しましたよね。その時、僕のことを素敵だ、って言ってくれたけど、……本当は全然そんなことないんです。ゲームのクリエイターなんて、本当は続ける気ないし、最近はもう、飽き飽きしちゃってて……。それに、探偵だって、『本当になる気あるのか』って言われたら、返事に困ると思うし。……だから僕、瑶子さんに褒められるような人間じゃないんです」
数馬は頭を垂れて、Qクラスのみんなのことを思い出した。
どうしてこのタイミングでみんなのことが思い浮かぶのか、数馬自身にもわからなかった。
けど、不意にみんなの顔が浮かぶと、数馬の目がしらが防ぎようもなく、熱くなった。
「自分の居場所が、わからないんです」
「……。」
瑶子さんはしばらく数馬のことを優しく見つめながら、そして、静かに言った。
「私もそうだったよ。数馬くん」
「え?」
「自分の居場所なんて、わかんなかった。でも、お花が好きだってことに気づいて、花に触れたり、勉強したりしているうちに、自然と今の仕事につきたい、って思う様になったの。居場所って、探して見つけるものじゃないよ」
瑶子さんが、真っすぐに数馬の目を見つめて言う。
「自分で選んだ人生が、いつの間にか自分の居場所になっていくんじゃないかな?」
「瑶子さん……」
数馬は考えていたんだ。
どこが自分の居場所なのか、って。
でも、そうじゃなかった。
これから考えなきゃいけないのは、自分が本当はどこに居たいのか、ってこと。
――僕の居場所は、僕自身が決めることなんだ。
そう思った時、数馬の頭の中に、またQクラスのみんなの顔が浮かんで来た。
脳天気なキュウ。脳内筋肉なキンタ。おせっかいなメグ……。頭脳明晰なリュウ。それに、天然素材のさなえ。
数馬の表情が変わったことに気づいて、瑶子さんがクスっと笑った。
「ドーナツあるよ。食べる?」
「はい! あと、それから……メールアドレス、教えてもらえますか?」
「いいよ! じゃあ数馬くんのも教えて?」
こうして、数馬は瑶子さんとメアド交換することができたのだった。
その後、店に配達の注文の電話がかかってきたらしくて、ドーナツを食べる時間はなかったけれど、数馬はそれまで重たかった心が急に軽くなった気がして、ミッションルームへの道をようようと歩き出した。
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