第3話−10

 
 数馬がフローリスト神田を訪れていた頃、キュウは昨夜の事件現場にもう一度、訪れていた。

 マンションの部屋につくと、そこにリュウがいた。
 昨日のケルベロスのことが一瞬、キュウの頭を過ったが、すぐにそんなことは気にしないことにしようと決めた。
 キュウはいつもの通り明るくリュウに近づいた。

「リュウも気になってたんだね」
「ああ、密室殺人なんて、あり得ない。必ず秘密があるはずだ」
「うん」
 キュウとリュウの二人は互いに目配せして、問題の部屋に入って行った。

 部屋は、すでに鑑識の捜査を終え、ある程度片づけられていた。
 その部屋を見回しながら、リュウが事件のおさらいを始めた。

「スクラップマーダーの犯行は、殺した相手をゴミのように捨てることで完成する。でも今回の犯行は、死体を風呂場に放り投げていた。なぜ奴は、犯行を中断せざるを得なかったのか」
 そこまで言ってリュウはキュウを振り返った。
「それは、思わぬアクシデントが発生したからだ」

「キンタが部屋の外に現れた、ってことでしょ?」
 顎に手をあてて、探偵のようにキュウが合槌を入れる。

「ああ。」
「やっぱりキンタが駆けつけた時には、犯人はこの部屋の中にいた……」

「問題は、どこに隠れてたかってことだ。一見、この部屋に死角になるところ……隠れる場所なんてないように見える」

「そうだ、昨日、さなえが言ってたんだ。違和感があるって」
「え?」
 キュウの言葉に、リュウがすぐに別の何かを思い出したように質問を投げかけてきた。
「そういえば、昨日は彼女をちゃんと家まで送ってあげたのかい? キュウ」
「あ、うん! もちろんだよ。ちゃんと家まで送り届けたよ」
 (ちゃんと送っておいてよかった〜)と、内心でキュウはヒヤリとした。
 もしここで、途中で別れたなんて言ったら、きっとリュウはすごく怒って、キュウのことを男の端くれにもおけない奴だという目で見て来ただろう。

「それならいいんだ。で、さなえが感じていた違和感て?」
「うん、そうだった。鏡だよ」
「鏡?」
 リュウは部屋の中を見回して、すぐに食卓テーブルに立て掛けられている大きな鏡を見つけた。
 そういえば昨夜も、さなえはずっとこの鏡の前に座り込んでいたっけ。

 キュウが、昨夜さなえがやっていたのと同じように、鏡の前に座り込んだ。
「言われてみると確かに、なんでこんな所に、姿見があるんだろう。昨日は大して気にしてなかったけど、うん、変な感じがする」

 そんなキュウの言葉を聞きながら、リュウが、部屋の反対側、ちょうどベッドの側の化粧台の上の壁を手でなぞって言った。
「ここの壁、日に焼けて色があせてる。きっとその鏡は、いつもはここに掛けられていたものだったんだろう」
 リュウの言う通り、壁の色あせは、形も大きさも、食卓テーブルに立て掛けられている鏡と一致した。それに壁には、鏡をかけるための金具も打たれている。

「でも、じゃあなんで、ここにあるの……?」
 鏡の前に座ったまま腕を組み、キュウは人差し指を唇に当てて考え込んだ。見ると、鏡の中にすっぽりと、キュウの姿が移りこんでいる。
 一方で、リュウはこの部屋の白い壁や白い床、それから白い食卓テーブルに目を止めた。鏡の大きさとそのテーブルの大きさから考えるに……

 瞬間、キュウとリュウはハッとして顔を見合わせ、同時に叫んだ。
「「鏡のトリック!!」」

「そうだ、スクラップマーダーはこの鏡を利用したんだ!」
 そう言って、キュウは食卓テーブルの中にもぐりこみ、姿鏡を自分の体の前に斜めに傾けてリュウに見てもらった。
 キュウの姿がテーブルの下に隠れて見えなくなったのを見て、リュウが微笑む。

「上手く隠れられてるよ、キュウ。この部屋は壁と床が同じ色だから、鏡を斜めにたてて映せば、今、キュウがやってるみたいに自分の姿を隠すことができる」

 キュウが嬉しそうにテーブルの下から出て来て先を続ける。
「そしてキンタがシャワーの音につられて浴室に向かった隙に、犯人は外に飛び出していったんだ」

 なるほど、これで密室のトリックは解けた。
 キュウとリュウは嬉しそうに目を見合わせた。

「でもおかしいな。キンタが飛びこんで来て、そのすぐ後にあの落合っていう警官が入ってきたはずだ。なんで彼は、犯人に気づかなかったんだろう……。いや、そうじゃなくて、そもそも誰も、部屋から出て来なかったんじゃないか? だとすると、犯人はあの落合警官だということになるけど……」
 部屋から出たマンションの廊下には、それこそ隠れる場所なんてないのだ。
 リュウの言葉を受けて、キュウも目を丸くした。
「そうか。誰からも怪しまれずに、この部屋から抜け出すことができた人間……」
「そう考えるのが自然だ」
「うん、リュウの言う通りだ。犯人は、あの落合っていう警察官だ!」
 キュウはすぐに携帯を取り出した。
「諸星警部に知らせなくちゃ。密室のトリックと、そこから僕たちが導き出した犯人の正体を」
「わかった、僕は、Qクラスのみんなに連絡する」
「うん!」

 そうして、キュウは電話を、リュウはQクラスのみんなに緊急招集のメールを打った。



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