第3話−11

 
 都内の警察署の会議室の一室を貸し切って、キュウによる密室トリックの謎解きが行われた。
 部屋には他に、リュウ、キンタ、メグがいるが、さなえと数馬の二人は音信不通だった。

「今説明した鏡のトリックで、犯人が部屋から逃げ出したとすると、落合さんは必ず犯人と鉢合わせていたはずです。でも落合さんは、犯人は見ていなかった……」
 キュウがホワイトボードの前で、諸星警部と猫田刑事に説明を続けている。
 その様子を見つめていたリュウが、携帯を取り出した。
 数馬はともかく、Qクラスの捜査でさなえが時間どおりに姿を見せないのは、初めてだった。何かあったんだろうか……。着信はない。

―― 宛先:さなえ
    件名:今
    本文:どこにいるの。何かあったのかい?
       <リュウ>

 リュウは、簡潔にメールを打った。

「この矛盾を解消する答えは一つ。あの部屋に隠れていたのは、落合さん自身だということです」
 キュウの明快な解き明かしに、諸星警部が目を丸くして、身を乗り出した。

「じゃ、じゃあ、スクラップマーダーの正体は、もしかして……」
「そうです。落合さんです」

 キュウの言葉に、諸星警部が悲しい顔をした。
「なんてこった。あいつが……よし、猫田、すぐに、手配だ」
「あ……、は、はい!」
 猫田刑事もさすがに動揺したらしく、諸星警部に言われて、大慌てで会議室を飛びだして行ったが、途中、椅子につまずいて転びそうになった。

 諸星警部と猫田刑事が出発し、会議室にはキュウ、リュウ、メグ、キンタの4人だけが取り残された。
 何気なく、メグが携帯を取り出して電話をかけ始める。
 その横で、キュウがリュウに聞いた。

「リュウ、さなえと数馬は?」
「二人とも音沙汰なしだ。数馬はともかく、さなえは珍しい」
「大変!」
 携帯を切ったメグが、悲鳴にも近い声を上げたので、キュウとリュウの話しはそこで途切れた。

「メグ、どうしたんだ?」
 と、キンタが、金切り声に眉をしかめた。

「瑶子さんが、あ! 瑶子さんて、数馬が好きな花屋のお姉さんなんだけど、」
「え! 花屋ってもしかして、フローリスト神田?」
「そう! 猫田さんの話しによると、昨日殺害された女の人と電話で話してたの、瑶子さんだったみたいなの! で、ちょっと気になって今、店に電話してみたら、瑶子さん、さっき配達に出てから連絡がとれなくなってるって……。なんか、嫌な予感がする!」

「数馬は?!」
「そうだ!」
 メグは震える手で数馬に電話をかけ始めた。

「あ、数馬!?」
 メグのコールに、数馬はすぐに出たようだ。
「え、メール見てなかった? いいのよそんなの! それより大変なの、数馬、瑶子さんが危ないかもしれない」
―― え、どういうこと!?
 と、電話から数馬の声が、キュウやリュウやキンタにまで聞こえて来た。

「彼女、スクラップマーダーの殺害の様子を偶然、電話で聞いてたみたいで、今店に電話してみたんだけど、彼女、配達に出たまま行方がわからないって!」
 メグが震える声でそう言った直後、数馬は電話を切った。

「数馬、なんだって?」
「電話、切られちゃった! さっき、瑶子さんと別れたばっかりだって言ってた」

「心当たりがあるのかもしれない。きっと、何かわかったら僕たちに連絡をよこしてくるはずだ」
 リュウが落ちつかせるように、メグにそう言った。


 メグからの電話を受けた数馬は、たった今ついたばかりのミッションルームを、またすぐに飛びだして、走り始めた。
 商店街の花屋に行ってみたけど、やっぱり、そこに瑶子さんはいなかった。
「すみません、瑶子さん、あ、さっき配達に出た人は、何分くらいにここを出ましたか?」
 数馬は店の奥にいる店長さんに聞いてみた。
 店長さんが言うには、瑶子さんが店を出たのは今から30分くらい前ということだった。出かけるときに、すぐ近くだから、車で行って20分くらいで戻れそうだと言っていたらしい。

 店長さんは、瑶子さんが出かけてから、別のお使いも頼みたいと思ったらしく、瑶子さんの携帯に電話をしたらしいのだが、いつもなら電話にはすぐに出るのに、今日は何度かけても全く応答がないのだという。

「伝票は? 配達に行ったなら、配達先の住所を残しているはずですよね」
 だが、それがいつの間にか、伝票まるごと無くなってしまっている、と店長さんが顔をしかめて教えてくれた。
 瑶子さんは伝票の取り扱いは誰よりも几帳面にやっていて、こんなことは今までに無かったらしい。

 てがかりなし。
 電話に出ないことといい、伝票が紛失していることといい、メグの心配は的中しているのかもしれない。
 本当に瑶子さんの身に危険が迫っている!?

 車で20分で往復できる範囲。実際には配達のやりとりがあるから、もっと距離は短いはずだ。でも一体、瑶子さんはどこへ?
 数馬は居ても立ってもいられず、商店街を抜けて、JRの高架下まで歩き続けた。

  その時、携帯の着信音が鳴って、数馬は立ち止った。
「瑶子さん!?」
 差出人の名前が、さっきメルアド交換をしたばかりの瑶子さんだった。
 件名も本文もなく、メールには一枚の写真が添付されているきりだった。

「この場所は……」
 数馬はすぐに、その場に屈みこみ、地面にパソコンを置いて東京の地図を呼び出した。
 携帯をパソコンに繋ぎ、瑶子さんが送って来たビルのような建物の写真を取り込むと、地図が自動でその場所を検索し始めた。

「この建物が見えるのは、方向から考えて……この廃工場だけ」
 いくつかの条件を打ちこむと、建物の写真の撮影場所、つまり瑶子さんが今いる場所を割り出すことができた。
 数馬が素早くパソコンを叩くと、画面が切り替わって、数馬の現在地から瑶子さんがいると思われるその場所への最短ルートが映し出された。

 数馬はその場所を一瞬で脳裏に焼き付けると、素早くパソコンを鞄にしまって、走り出した。

 走りながら、携帯でQクラスメンバーあての短縮ダイヤルを打ちこんだ。
 これは数馬が考えた短縮システムで、たった一つの短縮番号でQクラスの全員に同時にコールができるのだ。ただし、回線は一つだから、電話に出ることができるのはQクラスの中の誰か一人だ。その誰か一人が電話に出れば、他のメンバーの回線は遮断される。
 まだ試用段階だけど、誰でもいいから、Qクラスの仲間で一番早く電話に出てくれる人に繋げたいときに、非常に便利なんだ。


 数馬のコールに一番最初に答えたのは、キュウだった。「数馬?」と答えた電話の向こうのキュウの声に、数馬は心底ホッとさせられる。
 目的地に向かって陸橋を駆け抜けながら、数馬は電話に向かって叫んだ。

「キュウ! 瑶子さんはクロカワ町の廃工場だ! やっぱり、何かマズイことに巻き込まれてる! この電話のあと、住所が自動で届くようにしたから、すぐに警察をよこしてくれ! 僕、先、行ってる!」
 
 数馬はそこで電話を切った。
 いつもリムジンで送迎されている数馬が、全力で走っていた。言っておくが数馬は、小学校の徒競争でだって、一度も本気で走ったことはない。
 でも今は、瑶子さんのために走らずにはいられなかった。


 数馬の電話を受けたキュウは、すぐにリュウ、キンタ、メグに状況を説明した。
「数馬が一人で瑶子さんのところに! マズイことになっているらしい」
「え?!」

 ピロロン。
 数馬が言った通り、通話を終えたキュウの携帯に、住所が送られてきた。

 キュウ、リュウ、キンタ、メグの4人は、警察にすぐにその住所を知らせると、自分たちも全速力で駆けだしたのだった。




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