第3話−8

 
 ついに4件目の事件が起こってしまった。
 Qクラスが事件の捜査を任されたときには最初の2件が発生した後だった。初めの2件の犯行は週に1度のペースで行われていた。だが、Qクラスが捜査を開始した1日目の深夜に騒音トラブルがらみの3件目の殺人が起こり、捜査開始から2日目の夜には覗き部屋サイトの4件目が起こってしまった。
 間隔が短くなっているのは、犯行がエスカレートしている証拠だ。

 復讐や金銭トラブルが引き起こす殺人事件とは違って、今回のスクラップマーダーのように、歪んだ正義のために犯される殺人には終わりがない。
 犯人は次から次に新たな「悪人」を見つけては、人殺しをするからだ。きっと何人殺しても、犯人は満足しないだろう。かえって回数を重ねるごとに、その快楽を高めていく……。
 
 だから、Qクラスのみんなで、この事件を一刻も早く終わらせなければいけないんだ。


 帰り道、すでに夜10時を過ぎていたので、リュウが家まで送ると言ってくれたんだけど、この前も言ったように、リュウと私は家が反対方向だから、今日は同じ方向のメグとキュウと一緒に帰るといって断った。メグとキュウの二人きりの時間を邪魔してしまって、ちょっと悪い気もするけど、でも一人で帰ると言ったらリュウは引いてくれない気がしたから……。

 幸いにも、メグとキュウは快くさなえを受け入れてくれた。

「それにしても、数馬、けっきょく現場に来なかったわね」
「でも、住所を調べてくれたし、数馬はあれで、やっぱりちゃんとやってくれてると思う」
 メグとキュウの話題はもっぱら、現在スランプ中の数馬のことだった。

「あー、見ててイライラする。一体誰なのかしらね、数馬が恋してる相手って。さっさと告白してフラれるなり付き合うなりすればいーのに」
「メグ……」
 メグの発言にキュウが引いている。
 でも、メグは悩んでる人を黙って見ていられない気質なんだよね。メグ自身がすごく器用で、頭がよくて、それに優しいから、悩んで立ち止っている人を見るときっと、ああこうすればいいのにな〜、とか、ああすれば上手くいくのにな〜、とか思っちゃって、放っておくことなんてできないんだ。
 さなえは、そんなメグにこれまで何度も助けられてきたから、もしかしたら数馬にも、メグの助けが必要ではないかな、と思った。
 けど、数馬には口止めされているし……。
 だからさなえは、秘密はあくまで漏らさないことにして、その上で、メグが秘密を突きとめられる手段を得られるようにした。

「ミッションルームの近くの商店街に、フローリスト神田っていうお花屋さんがあって、そこ、毎朝10時に開店するんだよ」
「何よさなえ、唐突に。別にあたし花になんか興味ないわよ」

 けど、キュウはすぐに、さなえの言わんとしたことがわかったようだ。

「メグ、明日の朝10時にそこに行ってみたらどう? もしかしたら数馬に会えるかもよ」
 キュウに言われて、メグは一瞬考えると、不意に意味を理解して小槌を打った。
「あ、そっか!」
「ねえ、僕も一緒に行っていい?」
「キュウは来なくていい。こういうのは、女の私が一人でいったほうが、都合がいいのよ。じゃあ、キュウ、さなえ、また明日ね!」

 そう言って、メグは手を振って小走りに駆けだした。ちょうど、メグの家の近くまで来ていたのだ。
「うん、また明日!」
「メグ、おやすみ! 私が言ったって、数馬には言わないでよね!」
 
 私たちは手を振って、そこでメグと別れた。
 それから、キュウは私のことも家まで送ると言ってくれた。もちろん私は、そんな心配はいらないって言ったんだけど、「もしさなえを一人で帰らせたことが知れたら、明日リュウに何て言われるかわからないから」って、キュウは苦笑いした。

「今日はごめんね。二人きりの帰りを邪魔しちゃって」
「は、はあ!? なに言ってんの、さなえ。そ、そんなこと、全然! 全然ないよホント」
 私たちは、近いからという理由で、神社の敷地内にある公園を突っ切っていた。夜遅い時間だから、私たちの他には誰もいなくて、すごく静かなんだけど、そんな空気の中にキュウの照れっぽい声がどこまでも遠くまで響き渡っていた。
 キュウって多分、Qクラスの中で一番、嘘をつくのが下手だと思う。
 次に下手なのがさなえ。その次がキンタ。で、数馬と続く。Qクラスの中で一番嘘が上手なのは、メグかリュウのどっちかだろうな、とさなえは思いを巡らした。

「それよりさ、今回の事件のこと。さなえはどう思う? 密室殺人なんて、あり得ないよね」
 キュウが話題を変えたので、私はそれ以上はメグについて触れないことにした。

「でも、あの部屋には隠れる場所なんて、なかったし……。そういえばさなえ、ずっと鏡を見てたよね。何か気になることでもあった?」
「あ、そうなの。実はあの鏡、すごく違和感があったんだよ。あの部屋にはいろいろな物が散らかっていたのに、何故だかあそこにあった鏡だけ……変な感じがしたの」
「そういえば、部屋の中が散らかってて、物の配置まで気が回らなかったな。変て、何が?」
「それが自分でもよく分からなくて……。でも、なんであそこにあったんだろう。ほら、テーブルに立て掛けてあったでしょう? あのタイプの鏡は、壁にかけて使うものだよね」
 キュウは顎に拳をあてて、それからしばらく考え込んだ。

 そして真面目な顔で言うのだった。
「さなえが違和感を覚えたなら、何かあるのかもね。もしかしたら密室のトリックに関わることかもしれない。明日、もう一度あの部屋に行って、僕もその鏡を見てみるよ!」

 キュウがそう言ってくれたのが、さなえは嬉しかった。
 そんなのきっと気のせいだよ、って頭から否定しないで、「何かあるのかもしれない」って一緒にさなえの感じた違和感の正体を探してくれる。
 メグがキュウのことを好きな理由が、なんとなく分かる気がした。キュウも、本当にすごく優しいんだね。

 神社の鴨居を抜けて、あと少しで公園が終わるという所で、突然背後から、口笛の音が聞こえてきたので、私たちはギョッとして立ち止った。
 かーらーす〜なぜ鳴くの〜……という、七つの子のメロディーだ。

 私たちの他には誰もいないと思っていたのに、いつの間に? キュウと私は、ゆっくりと振り返った。
「っ……!?」
「きゃ……」

 見ると、いつの間に現れたのか、上から下まで喪服のような黒いスーツを着た男が、驚くほど近くで私たちを見下ろしていた。
 私は一瞬で、その男がケルベロスであると分かったが、キュウは見知らぬ人を見るときのように、注意深くその男を観察していた。

「これはこれは、さなえ様。それに君は、探偵学園の、キュウ君ですね? フフ」
 ケルベロスは舐めるように私たちを見ると、両手を体の前で重ね合わせて、普段から猫のように丸い背をさらに小さく丸めた。
 あまりに距離が近いので、キュウと私は無意識に男から後ずさった。

「はい」
 キュウは警戒しながらケルベロスに答えると、「さなえ、知り合い?」と、囁いた。
 私は、「前に見かけたことがあるだけ」と、素早く答えた。

「あなたたちは、天草リュウの正体をご存知ですか?」
 ケルベロスはいきなりそんなことを言ってきた。

「え?」
 私たちが、何のことかわからない、という顔をすると、ケルベロスは狡そうに口元をゆるめた。

「彼がどんな目的で『探偵学園』に入ったのか。確かめてみるといいですよ。きっと、興味深い答えが返ってくるはずです」
「……。」
「いずれまた会いましょう。それが、我々の宿命です……フフッ」
 そして、ケルベロスは足音もなく、夜の闇のなかに消えて行った。

 キュウと私は、しばらくその場に茫然と立ち尽くしていた。

「あの男の人、どうして僕たちの名前を知ってるのかな」
 キュウが、やっと呟いたので、私も脳裏に残るケルベロスの不気味な印象を払いのけて、口を開いた。
「わからないけど、多分、Qクラスの全員の名前を知っているんじゃないかって気がする」

「え、どうして? 誰なのあの人、それにリュウの正体、って一体何のことを言ってたのかな」
「ケルベロスって呼ばれているのを、前に聞いたことがあるよ」
「ケルベロス?」
 地獄の番犬。何かのコードネームであることは間違いないだろう。

 私とキュウは、またゆっくり歩き始めた。

「前にリュウと一緒に捜査してたとき、会ったことがあるの。そのとき私が感じたのは、リュウがさっきのあの人のことを、すごく嫌っているということだけ」
 さなえのその言葉に、キュウがホッと胸を撫で下ろした。

「なんだ、よかった。じゃあ、リュウはさっきのケルベロスって人の仲間じゃないんだね」
 きっとキュウも、ケルベロスから何か危険な、嫌な雰囲気を感じたんだろう。

「リュウは、ある犯罪組織を一網打尽にするために探偵学園に入ったんだよ。ケルベロスは多分、その一味の一員だと思うの」
「え、さっきのあの人、犯罪者なの!?」
 キュウの声が大きいので、さなえは人差し指を口にあてた。

「ケルベロスという人がどんな人なのか私も分からないけど、少なくともリュウは、そう思ってるみたい」
「なら僕たちみんなで力を合わせて、その犯罪者たちと闘わなくちゃ」
「私もそう言ったんだけど、それを言うとリュウ、すごく怒るんだよ」
「え、どうして?」
「リュウが相手にしようとしてる犯罪組織はすごく危険なんだって。きっと、私たちを巻き込みたくないって思ってるんじゃないかな。だから、Qクラスのみんなには、まだ言わないでほしいって口止めされてるの」
「なんだよそれ!」
「でも実際、私たちはその組織のことを何も知らないから……リュウの言うことも分かるような気がするんだ。下手に首を突っ込んで、もし私たちの誰かが傷ついたりすれば、責任を感じるのはリュウでしょう。私たちはまだ探偵の卵で、今回のスクラップマーダーの事件でも、目の前で犯人に4件目の犯行を許してしまうし。まだまだ力不足なんだな、って思うんだよ」

「それは……、そうだけど」

「だから、私、リュウに頼られるように、立派な探偵になりたいって思うんだ。そうしたら、リュウがその犯罪組織と闘うときに、私たちを頼ってくれるはずでしょう?」
「そっか。うん、そうだね!」
 キュウは目をキラっとさせて、拳を握りしめた。

「僕も、仲間に頼られる探偵になりたい。僕だって、いつもQクラスの仲間を頼ってるんだもん。今はまだリュウがすべてを話してくれなくても、きっとその時がくれば、話してくれるんだよね」
「うん、私はそう信じてるよ」

 キュウがさなえを見つめて、嬉しそうに笑った。
 さなえも、キュウを見て笑った。

 キュウは本当に、太陽みたいに明るい人だ。




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