第3話−7

 
 キュウ、リュウ、メグ、さなえが女性のマンションに駆けつけたときには、女性はすでに殺されていた。
 おまけに、真っ先に駆けつけたであろうキンタが、なぜか手錠をはめられて、あの落合という名の制服警官に取り押さえられていたのだから、みんな驚いてしまった。

 すぐに諸星警部と猫田刑事も駆けつけてきた。
 キュウとリュウがこれまでの経緯を警部に説明し、キンタに向けられた誤解はとけた。
 落合警官は、部屋で死亡している女性を抱き起していたキンタを見て、犯人だと早とちりしてしまったのだ。

「部屋には、間違いなく鍵がかかっていたんだな?」

 今、目の前で起こった殺人を食い止めることができなかったキンタは、意気消沈してベッドに座り込んでいる。
 女性の遺体は、犯人によってバスルームの浴槽の中に投げ捨てられており、鑑識が入るまで、まだそのまま置かれている。
 死体を確認したリュウが、「首の骨が折られている」と、みんなに教えてくれた。

 諸星警部が、さっきからキンタに同じ質問を繰り返している。

「しっかりしてくれ! 部屋には、間違いなく鍵がかかっていたんだな?」
「ああ」
 と、うつろにキンタが答える。
「だから、ドアノブを消火器でぶっ壊して入ったんだ」

「窓にも内側からカギがかかっている」
 と、部屋の中を調べていたリュウが言った。
「俺も、この部屋に駆けつけた時に、すぐにそれを確認した。部屋に誰も見当たらなかったから、犯人がベランダから逃げたんじゃないかと思ったんだ。けど、今リュウが言ったように、窓にはカギがかかっていた。そしてバスルームからシャワーの音が聞こえて、駆けつけてみると、女はすでに息絶えていたんだ……」

「キンタ、本当にこの部屋には誰もいなかったの?」

「ああ。見ての通り、この部屋にはどこにも隠れる場所なんてないしな」

 女性の部屋はワンルームで、インテリアもこざっぱりまとめられており、部屋のどこからでも全体をすっきり見渡すことができた。
 確かに、人が一人隠れることは、この部屋では難しそうだ。

「ってことは、部屋の鍵は犯人が持ち出して、外から鍵をかけてから逃走したってことか?」
 そう言った諸星警部に、猫田刑事が駆け寄って行った。
「諸星さん、部屋の鍵、被害者の着衣から発見されました。スペアキーも、部屋の中から……」
「えっ、なにい?」」

「だとすると、この部屋は密室だった、ってこと?」

「どうして部屋に鍵がかかっていたんだろう……」
 キュウが腕組して、いつも考え事をするときにそうするように、拳を顎にあてた。
 メグ、キュウ、リュウ、キンタの4人が顔を見合わせて、推理に集中し始めるのが、空気をとおして伝わってきた。

―― 違和感。
 さなえはこの部屋に入った瞬間から、なんだかとても、気持ちの悪さを感じている。
 だから、みんなが密室殺人について考えを集中させている間も、さなえだけは全く集中できないのだった。

 部屋の中は、きっと被害者の女性が犯人と争ったのだろう。クッションやぬいぐるみや、雑誌や置時計などが、あちらこちらに散乱している。
 床のラグマットはよじれて、食卓テーブルの前にあった椅子も、倒れて窓際にある。
 今、そんな散らかった部屋の中で、さなえは床の上に正座して、食卓テーブルのところに立て掛けた状態で置かれている、何の変哲もない大きな鏡に見入っているのだった。
―― 違和感。

 でも、なにが? 正方形でちょっと大きいくらいで、それ以外はいたって普通の枠なしの鏡だ。

 鏡の中で、少女が眉をひそめて首をかしげている。

「ご苦労さまです」
 と、落合警察官が応援に駆けつけて来た刑事たちを現場に案内して入って来た。
 キュウがそんな落合さんに話しかける。

「あのう、お巡りさんは、諸星警部の指示を受けてこちらに駆けつけたんですか?」
 キンタの次に、ほんの何十秒かの遅れで現場に駆け付けた落合さんの登場は、キュウたちが諸星警部に通報した時間を考えると、あまりに早いような気がしたのだ。

「いえ。匿名の通報があったんです」
 と、落合が言った。

「なるほど。じゃあそれで、キンタを犯人と誤解しちゃったわけですね」
「僕の早とちりです。申し訳ありませんでした」
 落合は、キンタに対してまた頭を下げて謝るのだった。

「落合、もう引きあげていいぞ」
「はい。失礼します」
 諸星警部の指示を受け、落合は朝と同じように敬礼してから現場を去って行った。

 この一連のやりとりを、さなえは見ていなかった。この間もずっと、鏡の前に正座して、違和感の正体を突きとめようとジット鏡の中の自分を凝視していたのだ。

 ここで、猫田刑事が気になることを諸星警部に報告した。
「ああ、それと、被害者の携帯が見当たらないんですが……」
 メグが首をかしげる。
「犯人が侵入してきたとき、彼女、携帯で喋ってたわよ」
「え?」
 部屋の鍵がどちらも家内にあったときと同様、この奇妙な相違に諸星警部と猫田刑事がまた眉をしかめる。
 キュウも、メグの証言を裏付けるように付け加えた。
「うん。確かに被害者の女性は直前まで携帯で話していた。……ってことは、犯人が持ち去ったってこと?」
 途端に、メグが心配そうな顔をする。
「もしかして、携帯で話してた相手は、犯行の一部始終を聞いてたのかも……」

「だとしたら、その人が危ない」
 リュウが、きっぱりと断言した。

「おい! 猫田!」
「はい!」
「携帯会社の情報をもとに、急いで通話記録を調べろ!」
「あっ、はい!」
 諸星警部の指示を受けて、猫田刑事が血相を変えて飛びだして行った。


 さなえはまだ、鏡の前に座ったままだ。
 なんでもないことが、気になってしょうがなくなってしまうことは、昔からよくあった。
―― 違和感。
 どうしてだろう。強い違和感が、さなえを引き付けて、離さなくなる。
 違和感の正体さえわかってしまえば、この気持ちの悪さはスーっとどこかへ消え去ってしまうんだ。
 だけど昔から、さなえには目の前の違和感を自分で紐解く推理力がないのだ。

 その感覚にとらわれすぎてしまうと、君の体がもたないんだよ。と、脳の研究をしているお医者さんが言ったのを、さなえは思い出した。
 超感覚の恐ろしいところは、気づかないうちに、自分が許容できる以上に脳をフル活用してしまうことなのだ。
 能力をコントロールできないさなえは、超感覚の暴走を自分で抑えることができない。だから気をつけなくてはいけない、と医者は言う。
 気になることがあっても、すぐに忘れてしまうこと。深く考えないこと。そうじゃなければ、記憶喪失や人格障害などの副作用が起こってしまう危険が、とっても高いんだそうだ。

「さなえ、私たちも引きあげるわよ」
「あ、うん!」
 メグに呼ばれて、さなえは溜め息まじりに立ちあがった。
 立ち上がる時、小さな眩暈がした。
 ああ、またやっちゃった。超感覚にとらわれ過ぎたのだ。眩暈や頭痛は、その兆候だった。
 でもさなえは、捜査に集中しなければならないQクラスのみんなに、余計な心配をかけたくなかったので、ケラっと笑って、
「足が痺れちゃった」
 と言った。




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