第3話−6
「スクラップマーダー、か」
幸いにもこの店の店長さんがキンタの知り合いだということで、捜査はグッとしやすくなった。
キュウ、リュウ、メグ、そしてさなえは、ここはキンタに任せることにして、カウンターに並んで腰かけた。
店長さんなら、いろいろな話しを耳にすることもあるだろう。
果たして、地元住民の不満の声を聞いた店長が、スクラップマーダーである可能性はないだろうか。
さなえは、すぐに、それはないだろうな、と結論した。
キンタの昔ながらの友人だという店長さんは、根が明るい、善良なタイプの人だった。キンタと同じように、良識のある人で、人の善意を信じているような人なんだけど、一方で、「世の中ってすべて自分の思い通りにはいかないんだよな」、という一歩下がった見方もできる人。
スクラップマーダーは歪んだ正義感の持ち主だ。
自分が信じる正義のためなら、法を犯してもかまわないという独りよがりの殺人鬼。
そういう点で、この店長さんはQクラスが描く犯人像とはかけ離れているように思われたのだ。
「誰か怪しい人間に、心当たりないか?」
「あぁ。うちはいろんな連中が出入りするからね」
カウンターの中でカクテルを振りながら、店長さんが首を傾げる。怪しいと言えば、みんなが怪しいのだ。
キンタの隣に座って聞き耳をたてていたメグが、質問した。
「じゃあ、逆にスクラップマーダーに狙われそうな人は?」
「狙われそうな人……あっ」
店長さんは少し考えてから、オシャレな三角の小さなカクテルグラスに真っ赤なカクテルを注ぎ入れながら言った。
「最近よく、うちの店に出入りする女がいるんだよ」
「女?」
「そいつが、『覗き部屋サイト』やってるらしくって、アクセスしてきた奴に不正請求してるって話しは聞いたな。なんか、あちこちで恨みをかってるらしいよ」
そこまで言って、店長さんが端の方のカウンター席に座っていたさなえの前に、たった今注いだばかりのカクテルを押し出して来た。
さなえは、注文したわけでもないのに出された、その、ルビーのように輝くカクテルを不思議そうに見つめた。
さなえの左隣に座っていたキンタの友達のハルカが、ニヤリとしてさなえに教えてくれた。
「店長の渡辺は、自分が気に入った子にそれを出すのよ。そのカクテルには意味があって、――貴方は魅力的」
「ハルカ、余計なこと言うな」
と、カウンターの中から店長さんが睨みつけ、そしてさなえに向かってウィンクした。
「ただのカシスソーダだよ。未成年を酔わせるつもりはないから、リキュールは入ってない」
「あ、ありがとうございます」
さなえは思わぬサプライズに、頬を赤らめながら小さく頭を下げて、それからグラスに手を伸ばした。
と、いきなり、さなえの右隣に座っていたリュウがさなえよりも先にグラスを取り上げて、天井を見上げてカシスソーダを一口に呑みほしてしまった。
「ちょ、リュウ! 何するのよ」
さなえが目を丸くして、信じられない、という顔でリュウを見つめる。
リュウは口元から少しこぼれたカクテルの雫を指ですくって、それを舐めた。
「本当にアルコールが入っていないのかどうか、確かめてあげたんだろ」
だから、って全部飲み干すことないのに……と、さなえは内心で思う。
まるでショットグラスでウォッカを一気飲みするロシア人のようなリュウの飲みっぷりが脳裏に焼き付いて、さなえは言葉を失ってしまった。
男の子って、どうしてこう、女の子をドキっとさせることを平気でするんだろう……。
リュウは飲みほしたカクテルグラスをナプキンの上にうつ伏せにして置き、それをカウンターの向こうの店長に向けて押し返した。
「おかわりは結構だ」、という暗黙のサインだった。
一連のリュウの行動を見ていた店長が、苦笑いしながら呟いた。
「わかったよ……悪かったね」
そんなリュウと店長の無言のやり取りには気づくこともなく、さなえは、あ〜あカクテル飲みたかったのに……と頬を膨らませた。
「なに揉めてるのよ、遊びに来たんじゃないんだからね」
と、メグがさなえとリュウをなだめすかし、話しを本題に戻した。
「覗き部屋サイトってなに?」
答えにくそうにしている男性陣を尻目に、これには、キンタの友達のハルカが教えてくれた。
「女の部屋にカメラをセットして、着替えたり、寝ているところを、24時間流しているサイトがあんのよ」
ハルカさんは、柔らかそうな茶色の髪を、フワリと頭の上に纏め上げている人だった。
頭にしているヘアバンドも、アームバンドも、イヤリングやネックレスもみんなキラキラしているんだけど、不快な印象はなくて、かえって独特のアーティスティックなセンスを感じさせていた。アジア風のちょっと濃い目のメイクも、ハルカさんによく似合っている、とさなえは思ったし、指にはラメの入った派手なマニキュアが施されているのがすごく綺麗だった。
ただ、そんなお洒落なハルカさんの爪が短く切りそろえられているのを見て、もしかすると普段から指先をよく使うお仕事をしている人なのかな、とも思った。
「なあ、その女の名前わかるか?」
次の被害者となりえるかもしれないその女性を、キンタはマークしたいらしかった。
すると、ハルカさんが椅子にかけていた鞄からノートパソコンを取り出して、インターネットに接続した。
ハルカさんが見せてくれたのは問題の覗き部屋サイトだ。
「あ。……電話してる」
パソコンの画面に一人の部屋着姿の女性が映し出された。生活感のある、女性っぽい雰囲気の部屋で、その女性は足にマニキュアを塗りながら、肩に電話を挟んで誰かと話してるらしい。
短パンで足を折り曲げてフェディキュアを施す姿は、男性ならグッとくるのかもしれない。
髪を片側に寄せて、肩に電話を挟んでいる姿も、同じ女の子であるさなえから見てもセクシーだった。
「な、なんか、エッチだね……」
と、キュウが呟く。
「ばかっ」
すかさずメグがキュウの脇腹にエイボーを入れた。
ハルカが覗き部屋サイトのIPアドレスを割り出すと、キンタが携帯を取り出して、数馬に電話をかけ始めた。
「俺だ」
どうやら、数馬はすぐに電話に出たようだ。
「今から言うIPアドレスの住所を調べてくれ。ある女が『覗き部屋』っていうサイトをやってて、その女が、スクラップマーダーの次のターゲットになるかもしれない」
それだけ言うと、キンタはいったん電話を切った。
私たちは数馬から連絡があるまで、ハルカさんのパソコンにうつる覗き部屋の女の人を観察し続けた。
キンタも、キュウもリュウも、真剣に見ている。
女の人はまだ電話で誰かと話しているようだったが、突然、電話を途中にして立ち上がり、部屋から出て行った。
「あ、誰か来たのかな」
音声はなかったが、その行動から察してキュウが言った。
と、次の瞬間、私たちが見つめる画面の中に、首元をつかまれた女性の姿が映し出された。
「キンタ!」
黒いフード付きのマントをかぶった何者かが、女性を床に押し倒すのを見て、キュウがキンタに叫んだ。
「野郎、でやがった!」
「あ!」
息をつく暇もないうちに、黒いマントの何者かがカメラに手を伸ばして来て、それからパソコンの映像が途切れてしまった。
「カメラの接続を切られた」
と、ハルカが言った。
その時、キンタの携帯が鳴った。
「もしもし? おう、おう、わかった。サンキュウ! 助かった」
さすが数馬だ、仕事が速い。キンタは数馬から教えてもらった住所を店のコースターに書き込んで、それをキュウに渡した。
「こっからすぐだ。諸星警部に、すぐに知らせてくれ!」
「うん!」
それからキンタは一人で先に、女性の住むマンションに向かって駆けだして行ってしまった。
「諸星警部に連絡して、私たちも後を追いましょう! キンタが無茶するかもしれない」
「うん!」
「賛成だ」
「そうしよう!」
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