第3話−2

「Qクラスの諸君、御機嫌よう。今回、君たちに調べてもらいたいのは、連続殺人事件だ。犯人はスクラップマーダーと呼ばれる殺人鬼」

「スクラップマーダー…?」

 団先生の指令ディスクが再生されると、すぐに「スクラップマーダー」という聞き慣れない言葉が私たちの興味を引いた。
 直訳すると、「ゴミ殺し」。 犯人はどうやら、被害者を社会のゴミのように思っているらしい。

 団先生の言葉は続く。

「最初の被害者は、ホームレスを襲っていた若者だ」

 腹をナイフで刺された金髪の男性が、公園のごみ箱の前に打ち捨てられている写真が、スクリーンに映し出された。
 これがホームレスを襲っていた若者……。つまり被害者は、加害者でもあったということだ。殺害の動機はそれだろうか。
 社会的弱者を暴力や言葉や態度で苛める行動は、さなえは絶対に許せないことだと思う。
 もしかすると犯人もそう思っていたのかもしれない。けれど、その見返りとして殺人を犯すこともまた、許されない。

「次は地上げ屋。被害者は皆、ゴミ捨て場に捨てられていた」
 画面が切り替わり、黒いスーツ姿の男が、同じように腹を刺された状態で路地のゴミ捨て場に倒れている映像が流れた。

「犯人は狡猾で、一切の証拠を残していない。君たちの力で、この殺人鬼の正体を暴いてもらいたい。諸君らの健闘を祈る」

 ディスクは簡潔に終わり、七海先生がブラインドを開いて部屋に明かりを戻した。

「今回は、連続殺人犯か」
「相手にとって不足はねーな」
 キュウとキンタが、緊張した面持ちで顔を見合わせる。

「お前ら、あまり調子にのるなよ。相手は連続殺人鬼だ。正体を掴んだらすぐに警察に知らせろ。絶対に深追いはするな」
 七海先生の張り詰めた声と、いつにない鋭い眼差しに見つめられ、私たちは全員が立ち上がり返事をした。

「「「「「「はい!”」」」」」」


 七海先生が私たちを残してミッションルームをあとにすると、キュウが真っ先に口を開いた。
「まずは被害者と因縁のある人から探ってみよう」
 これにはキンタとメグが賛成し、もちろんさなえも賛成するつもりだったけど、リュウがこんなことを言った。

「みんなで一緒に動くのは効率的とは言えない。被害者周辺の聞き込みは君たちに任せるよ。僕は、さなえと一緒に事件現場を調べてみる。もしかしたら、何か犯人の証拠をつかめるかもしれない」

「なるほど、確かにそのほうが効率がいいね」
 と、キュウが賛成する。
「数馬はどうするんだ?」
 キンタが聞くと、早くも数馬はテーブルの上でパソコンを開いていた。
「僕はここに残って情報を集める。まずは犯行に使われた武器の販売ルートを洗ってみようと思う。もしバックアップが必要になったら、いつでもこの僕に電話してくれていいよ」

 数馬の物言いはやや上から目線ではあったけど、それはほとんどいつものことだったし、実際、誰かがミッションルームに残って連絡係を務めるのは合理的なようにも思われた。
 さなえも、みんなの考えたプランに反対する理由がなかったので、リュウについて事件現場に向かうことにした。

 ただ、今日のリュウは口数が少なく、なんだか最初の頃のとっつきにくい感じに戻ってしまったみたいだ。
 怒らせるようなことをした覚えはないんだけど……。会話もなく、さなえはリュウの背中ばかりみて歩いていた。

 最初の事件現場、ホームレスを襲っていたという男性が殺された公園では、めぼしいものは見つけられなかった。
 昼間は子どもたちで賑わう公園には、今は立ち入り禁止のテープが張られ、外には報道陣が取り巻いていた。
 マスコミによると、郊外に位置するこの公園は木立が多いため、夜は街灯の光も届きにくく人通りが少なくなるらしかった。

 1件目と2件目の事件現場はさほど離れておらず、秋葉原からわりと近い、徒歩で移動できる距離にあった。
 地取屋が殺害された2件目の事件現場は、狭い路地にあるゴミ捨て場だった。
 ここにも警察の立ち入り禁止テープが張られ、リュウとさなえはDDSバッジを見せて中に入れてもらった。

 DDSバッジとは、団探偵学園の生徒であることを証するもので、学園の生徒はみんな持っている。
 ただし、クラスごとにバッジに刻まれる刻印が異なっており、Qクラスのバッジには「Qualified――資格を与えられた者」の頭文字をとって『Q』の文字が刻まれている。
 この、団先生の後継者候補が持つQバッジは、警察内でもよく知られていて、非公式ではあるものの、警察手帳と同じくらいの効力を持っている。
 
 ちなみに、学園にはQクラスの強力なライバルで、特別な効力のあるバッジを持つクラスが他にもあるらしい。
 成績によってはQクラスから外されて他のクラスに移されたり、別のクラスの生徒がQクラスに加えられる、なんてこともあるらしいから、いつも気が抜けないのだ。

 そういえばたまに、Qクラスのみんなが他のクラスの生徒のことを話しているのを耳にするんだけど、さなえはまだ、他のクラスの生徒のことはよく知らなかった。
 ただ、これだけは言える。
 団探偵学園の生徒は、どのクラスの生徒も勤勉で『優秀』だということ。みんな、団先生に憧れて、本気で探偵学園に入ってきたんだ。
 団探偵学園に入学するのは、東大に入ることより難しいとさえいわれているくらいだ。
 Qクラスは、そんな彼らの頂点に立たされているのだから、生半可な気持ちでいてはいけない、他の生徒たちに恥ずかしくない働きをしなければ、とさなえは強く思った。

 でも、Qクラスのみんなって本当にスゴイよ。
 さなえはいつもプレッシャーに押しつぶされそうなのに、キュウは優しくて明るい。メグはマイペース。
 キンタも我が道を貫いてる感じだし、さなえより1つ年下の数馬は、ふてぶてしいくらい自信に満ち溢れてる。
 それにリュウは、さなえがこれまで会ったどんな人より、頭のいい人だ。
 この上なく優秀な人が、確かな目的、冥王星を捕まえるという目的をもってここにいる。だからリュウからは、揺るがない強さを感じられるんだ。

 わけもわからず、自分では何も努力しないでQクラスに入れられただけのさなえとは、違うんだ。
―― 私に何ができるだろう。


「証拠を一切残していないことから考えて、犯人は用心深く、犯罪に精通した人間だ。しかも、死体をゴミ捨て場に捨てていることから、注目願望症候群だと思われる。つまり、ストレスがたまっている者……。歪んだ正義感の持ち主でもある」

 レコーダーに記録を取りながら、リュウは淡々と捜査を進めているようだった。
 何物をも見落とすまいとした、鋭い目。
 その横顔を見て、本物の探偵さんみたいだな、とさなえは思った。

「何か感じるかい?」

 と、不意にリュウがさなえを振り返った。
 超感覚を持ったさなえが、何かヒントになることを見つけないかと、リュウは期待したらしかった。
 けど、さなえがいつも感じるような突然の違和感は、この現場には何もなかった。
 せっかく期待されているのに役にたてなくて、さなえはとっても、申し訳ない気持ちになった。

「ごめん。何も感じないよ。もっとちゃんと集中してみるね」

 すると、リュウがきょとんとして首をかしげた。

「別に謝ることはないよ。何も感じないなら、きっと何もないんだ」

 それから、リュウはまた黙り込んでしまった。

 もしかしたら、さなえのことがどこか気に入らないのかもしれないし、あるいは普通に、捜査に集中しているだけなのかもしれないけど、さなえはなんだか、今朝のミッションルームでのやりとり以来、リュウの気分を害してしまったままの気がして、胸が締め付けられた。おまけに自分は捜査では何の役にもたてないときている。

 けれど、今は捜査中だ。感情に流されずに集中しなくちゃ、と、さなえは気を取り直して、念入りに辺りを見回した。
 現場には、不自然に感じられるところは……やっぱり一つもない。
 さっきの公園もそうだし、今、さなえたちがいる路地も、それぞれの被害者たちが日常よく通っていた道で、殺害時刻の深夜には人の目が届かない場所だ。
 犯人がこの場所を犯行現場に選んだのは、単に合理的な選択で、特にこの場所に固執したわけではなさそうだ。

 ただ、ゴミ捨て場に死体を遺棄したことは。
 これには、リュウがさっき記録していた通り、明らかに犯人の意図がありそうだと、さなえも思った。
 被害者たちを社会のゴミと同等化させて排除しようとする、「歪んだ正義」。そんな犯人像は想像することができる。だけど、犯人像だけでは犯人を突き止めることができない……うーん。

「一つ気になるとすれば、2つの犯行現場が徒歩圏内にあること」
――犯人はこの地域に根差した人物だろうか……。

 捜査は早くも行き詰まりか。
 さなえは両手を合わせて、人差し指を唇にあてがって「うーん」と唸った。

 すると、リュウがクスっと笑った。
「それってもしかして、ホームズを真似てる?」
「あ、……。さすがリュウ、わかるんだね。ホームズは捜査に行き詰って考え事をするとき、暖炉の前のロッキングチェアの上で膝を抱えてこうするんだよね……私も、何か閃くかなと思ったんだけど、でも全然ダメ。2つの犯行現場が近いから、犯人はこの地域に根差した人物じゃないかって気はするけど、それ以外は何も思いつかないよ」

「それは言えてる。犯罪学では、殺害事件の初犯の8割が、犯人のよく知る土地で行われる、というのは定説だし、その事実は統計学的にも証明されているんだ。今回のケースでは、二つの犯行が徒歩圏内で行われていることから、かなり高い確率で、犯人は地元の人間だと僕も思う。きっと被害者の二人には何か共通点があるはずだ。被害者周辺の聞き込みをしているキュウたちが、何か掴むかもしれない。後で合流しよう」

「うん!」

 リュウがやっといつものように話してくれたので、さなえは元気に頷いた。けど、そんな嬉しさも束の間、リュウがさなえの背後に目を向けて、突然鋭い目になった。
 振り返ると、路地の先の陽だまりの中に日傘をさした美しい女の人がいて、真っすぐにこっちに歩いて来る。
 白い日傘に、白いワンピースを身にまとい、肩にたらした柔らかな黒髪。艶やかな色気をかもしだすその女から、さなえは凄く、冷たい印象を受けた。
 
 一度目は、第一の事件の捜査中に拉致されたとき、病院のような白い建物で、そして二度目は、第二の事件で夜の廃校に忍び込んだ時。
 さなえはこれまでに二度、その女を見ている。
 一体この人は、リュウとどんな関係がある人なのだろう。冥王星の関係者だということは察しがつくけど、あの狼みたいなケルベロスとは違って、この女の人はもっとずっとリュウに馴れ親しい感じがする。

 近づいて来た女性をまじまじと見上げているさなえを、リュウが抱き寄せるようにして自分の後ろに引き寄せた。そしてまるで、さなえを危険なものから遠ざけるように、リュウが二人の間に立った。

「今回の事件も、冥王星が絡んでいるのか?」
 静かだけど、リュウの声には激しい嫌悪がこめられていた。

「だったらどうします?」
 氷のような女と、リュウが睨み合う。

「探偵学園の生徒として、やるべきことをやるだけだ」

「なぜ冥王星から逃れようとするのですか?」

「生まれながらに犯罪者の宿命を背負わされた人間の苦しみが、あんたにわかってたまるか。僕は、お爺様のようにはならない」

「では、冥王星を敵にまわす覚悟が、本当におありなのですか? これまで冥王星に歯向かってきた者たちがどのような結末を迎えたのかを、その目でご覧になり、我々の恐ろしさを誰より御存じなのは、あなた様のはず」
「僕が日本に帰って来たのは、そのためだ」
「ですが、Qクラスのメンバーがあなた様の正体を知ったとき、手を広げて迎えてくれると思いますか? あとで辛い思いをするのは、あなたですよ?」
 女の白い手が伸びて来て、リュウの頬をなぞり、そして唇に触れた。
 その時、リュウがさなえの手を強く握った。
「戻ろう」
 リュウは女には応えず、さなえの手を引いて歩き出した。
 さなえは、目の前で交わされたやりとりを見て、何も言い出すことができなかった。リュウのために何か言ってあげたいのに、何て言えばいいのか分からない。


 リュウとさなえが足早に事件現場を去って行ってしまうと、女のもとに、一人の男が、口笛を吹きながら近づいて来た。
 女はその男には目もくれず、ただ、呟いた。

「ハデス様は何故、リュウ様を放任するのかしら」

「フフン。ハデス様には、ハデス様のお考えがあるのです。フフっ、とりわけ、リュウ様がさなえ様とお近づきになれる機会を得たことを、ハデス様はお喜びでした、フン」
「失われた、水仙の子……。偶然にも、リュウ様と同じ探偵学園に入学していたとはね。リュウ様はもちろん、あの子のことは何もご存じないのでしょう」
「まったく、運命は我々の想像を越えて、奇怪なものです」

「でもこのままリュウ様が探偵学園にとどまり続ければ、いずれ冥王星と正面からぶつかることになるのでは? そうなれば幹部たちも黙ってはいないでしょう」

「フフン、私に考えがあります」

 ケルベロスは不気味に口元を歪め、そしてゆっくりと、夕陽に照らされて伸びて行く影の中に消えて行った。



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