第2話−9

 リュウとさなえがミッションルームに戻ると、キュウ、メグ、キンタ、数馬がすでに全員集合していた。

「よう。遅かったじゃねーか。失踪事件の真相がわかったぜ」
 昨日とは打って変わって、キンタが晴々とした顔で言った。

「キンタ! あれから心配してたんだよ? それで、昨日キンタを襲わせて来た犯人、誰だかわかった? もう大丈夫なの?」
 さなえが心配そうにキンタの隣に座った。
「お前ってやつは……。まだそんなこと心配してたのか。知り合いの情報屋に頼んで、メールの送り主を調べてもらったら、すぐに分かったよ」
「誰だったの。悪い人?」
「それが俺が調べてた鈴木彩夏だ、ってことがわかったんだ」
「ええ!? 鈴木彩夏さんって、最初に失踪した女の子だよね」
「そう。それで俺はピンときた。彩夏が俺を襲わせたのは、俺に嗅ぎまわられるとマズイ理由があるからじゃないか、ってな」
「そんな……」
「さっき彩夏と話して来た。すべて話してくれたよ。鈴木彩夏はメールで洗脳されて、嘘の失踪事件を起こしたんだ」
「メールで洗脳?」
 キュウがテーブルの反対側から身を乗り出した。

「最初はほんのささやかな警告だったそうだ。『君の人生、本当にそれでいいのか? もし人生をやり直せたら、君はどんな自分を選ぶ?』ってな。本当にやりたいこともできずに、ストレスをため込んでた奴らは、失踪計画を持ちだされ、新しい自分に生まれ変わろうとしたんだ」
「二人を扇動してた奴の正体は?」
 部屋の隅でさっきからビデオモニターをチェックしていた数馬が聞いた。
「素性が割れるような話はいっさい振って来なかったそうだ」
「そうか……。一体何者なんだろう」
 キュウが考え込む。
 そこでリュウが口を開いた。
「さっき、僕とさなえも武山勇気に会って来て、キンタと同じような話を聞いたよ。メールの送り主は『神』と名乗る人物だったそうだ」

「神?」
 キュウが反応する。そういえば牧野大輔も、初めて会ったときに『神』の名を口にしたことがあった。
 神とは一体何者なのか。

 すると、数馬がさなえたちのいるテーブルに近づいて来て説明してくれた。
「発売前の雑誌や漫画なんかをネット上で流したり。そういうリスペクトされる存在を、ネットの世界じゃ神って呼ぶんだ」

「ふ〜ん…。でも、キンタすごいよ! よくそこまで聞き出せたね」
「え? いや別に大したことじゃねーだろ」
 キュウに言われ、キンタが照れくさそうに頭をかいた。

「ライバルに点数とられたっていうのに、キュウって本当に無邪気よね」
 
 メグにきつい口調で言われて、キュウがポカーンと口を開けている。
 するとリュウが言った。
「でも、実際キンタはすごいよ。相手の心をほどいて、真相を聞き出すなんて。悔しいけど僕にはできないな」
「え? でも、リュウたちもその武山勇気って子から真相を聞き出してきたじゃないの」
「僕は本当のことを言って武山勇気を怒らせただけだ。真相を聞き出せたのはさなえのおかげなんだ」
「え、さなえが?」
 メグがさなえを見た。
「魔法でも使ったの? さなえ」
「うん」
 さなえはメグをさらりとかわして、本物の魔法使いのように両手の指をメグに向けて振った。
「カエルにな〜れ〜!!」
「言うと思った。じゃあ、今回の中学生失踪事件は、その『神』っていう奴の正体を突き止めれば解決ね」
「そういうことだ」
「あとは、塾の経営者である五十嵐巧を殺したのが誰か、っていう別の事件か……」
「ねえ数馬。さっきから何を観てるの?」
 さなえが近づいて行って、数馬が見ているビデオモニターを覗き込んだ。

「例の塾長が殺害された夜の、エレベーターの防犯カメラの映像だよ。塾長が毎晩、音楽を聴く習慣があるのを知っているのは、塾の関係者だけだろ。だから、誰か怪しい人物が映っていないかと思って」
「あれ?」
 数馬の話を聞きながらモニターを見ていたさなえが声を上げた。
―― 違和感。
「え、さなえどうしたの」
「数馬、今のところちょっと巻き戻して」
「うん。何か気になることでもあった?」
「これ、牧野君だよ。なんか今、見てて違和感があったんだけど。スローにしてもらえる?」
「りょうかい」

 数馬を始め、Qクラスのみんながスロー映像になった牧野君を見つめた。
「あ!!」
「数馬ストップ!」
「すごい一瞬だけど、こいつ今、防犯カメラ観てるよね」
 停止されたモニターを指差して数馬が言った。
「さなえ。よく気がついたね」
 牧野君の目だけが、不自然に防犯カメラを見ていた。まるで、そこにあるカメラを気にしているみたいに。
 さなえは何だか嫌な予感がした。

 すると、今度はメグが不思議そうに言った。
「眼鏡……。違うんだよね。さっき病院に見舞いに行ったときに気づいたんだけど、彼、失踪する前後で眼鏡が変わってるの」
 さすが、瞬間記憶能力を持つメグだ。
「眼鏡が違う? ……なんでそんなことが」
 キュウが眉間に皺をよせて考え込む。と、
「あ!! 真犯人、わかっちゃった」
 といきなり大きな声を上げた。
「ええ!?」
 私たちはみんな驚いてキュウを見つめた。

「どういうことだよキュウ」
 キンタが聞くと、キュウが目を輝かせてみんなに説明してくれた。

「五十嵐先生が殺害された現場の状況を見て、ずっと気になってたことがあったんだ。どうして離れていた所に置かれていたガラスの置物が、デスクの傍のあんな所に粉々になって落ちていたのか、って。今やっとわかった。あれは、犯人が証拠を隠すためだったんだ!」
「どういうこと?」
「犯人はおそらく、あの部屋に忍び込んだとき、五十嵐先生と揉み合いになって眼鏡を落としてしまったんだ。そして粉々に割れてしまった眼鏡を犯行後に拾い集めようとしたけど、すべてを回収することは難しかった……だから、それをカモフラージュするためにわざとガラスの置物を割ったんだ!」
「なるほど。もしキュウの仮説が正しいとすると、犯行の前後で眼鏡が変わっているこの青年が怪しい、ってことになるね」
 とリュウが言った。
「鑑識がガラスの破片を回収してたよね。眼鏡の破片が混ざっていたなら、成分検査で分かるはず」
 さなえの言葉に、メグが頷いた。
「あたし、猫田刑事に電話して頼んでみる」
 メグが携帯を取り出した。

 メグの電話を受けた猫田刑事が鑑識に検査を依頼してくれたので、それから数時間、Qクラスの6人はミッションルームで報告を待った。
 その間に、キュウが五十嵐先生殺害の密室トリックをみんなに話して聞かせた。

「今日、メグと一緒に五十嵐学園に行った帰り、カーステレオがすごい大音量を出していて、近くにあったペットボトルの中の水が揺れてたんだ。そのとき僕は思い出した。さなえが昨晩、五十嵐先生の部屋のオーディオのスイッチを入れた時に、物凄い大音量が響いただろう」
「あ、うん。あれはナイアガラ大瀑布っていう曲で、クラシックの中でも特に激しい楽曲。まさかボリュームが最大になってるなんて思わなくて、本当にビックリしたよ」
「それなんだ!」
「え?」
「今日、あの塾の講師の森田先生を取り調べていたときに知ったんだけど、五十嵐先生は毎晩、大音響で音楽を聴く習慣があったんだ。事件の夜、森田先生は五十嵐先生からメールの呼び出しを受けて、夜9時半過ぎに塾長室を訪れていた。そのとき、いつにも増して大きな音が塾長室に鳴り響いていたらしい」
 
「そのときにはドアの鍵は閉まっていて、携帯に連絡しても、塾長は応答しなかったそうよ」

「変だよね。人と待ち合わせをしているのに、大きな音で音楽を聴いているなんて。しかもボリューム最大で。それで、気づいたんだ。犯人は音楽によって発生する、共鳴振動を利用して、五十嵐さんを殺したんじゃないか、って」
「共鳴振動?」
 キンタが顔をしかめる。
 リュウが説明した。
「どんな物質にも、その大きさに合った波長の音が決まっている。物質がその音に触れると、物質自体が音に反応してわずかな音を発するようになる。それが共鳴という現象なんだけど、共鳴が激しくなると物質は激しく震動し、時には壊れてしまうこともある。塾長室のステレオの音量が最大になっていたのは、そのせいだったのか……」

「そう」
 キュウが嬉しそうにリュウを見つめ、先を続けた。
「まず犯人は、五十嵐先生を睡眠薬か何かで眠らせ、あの部屋にあった花瓶と燭台を利用して、ナイフが頸動脈に刺さるように装置を作ったんだ。そして音楽をタイマーで作動させ、共鳴振動によって花瓶を本棚の上から落とした。ナイフは花瓶の重さで五十嵐先生の首に突き刺さった。さっきメグに手伝ってもらって模擬的に実験してみたら、この方法で本棚からペットボトルを落とし、ハサミを粘土に突き刺すことに成功したんだ」

「なるほど、すごいね、二人とも!」
「じゃあ、犯行時刻の防犯カメラには映っていなかった人物が、塾長を殺した真犯人、てこと?」
 数馬がそう言って、モニターで停止している牧野大輔を見た。
 牧野君がエレベーターの監視カメラに写っていたのは、犯行時刻のだいぶ前の、午後16時32分だ。

 ピリピリピリ。
 メグの携帯電話が鳴った。猫田刑事からだ。
「うん、わかった。ありがと猫ちゃん」
 メグが簡潔に電話を切り、Qクラスのみんなを振り返った。
「鑑識が採取していたガラスの置物の破片から、キュウが推理した眼鏡の破片と同じ成分のものが発見されたそうよ」
「ねえ! ネットで速報が流れてる。今日の午後から、この辺りで中学生の失踪者が続出してるって!」
「え?」
「キンタ、彩夏さんが失踪した3日間、どこに姿を隠してたか聞いた?」
「小学校だ、この辺りで最近、廃校になったばかりの」

 Qクラスの6人は顔を見合わせ、それぞれに頷いた。
「行こう!」



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