第2話−10

 時刻は深夜12時過ぎ。
 鑑識がガラスの破片の中から眼鏡の破片を探す検査をしている間、Qクラスはあれから8時間くらい待たされたのだった。
 けれど、待った甲斐はあった。
 今、五十嵐先生を殺した犯人は牧野大輔である、という確たる証拠を得て、Qクラスは諸星警部に電話をして、犯人の身柄確保を要請した。
 牧野君は都内の病院にいるはずだ。

 一方で、Qクラスの6人は失踪事件の真犯人と、行方不明になっている中学生たちを探すために秋葉原近くの廃校に向かった。
 だがそこへ向かう途中、キュウの携帯に諸星警部から緊急の電話がかかってきた。
 なんと、病院に入院していたはずの牧野大輔がまた行方をくらませたというのだ。
 このことから、Qクラスの6人は、もしかしたら五十嵐巧殺人事件と中学生失踪事件は繋がっているのではないかと考えた。
 つまり、五十嵐巧を殺害した牧野大輔は、中学生連続失踪事件の扇動者でもあるということだ。
―― 不自然。
 さなえはまた奇妙な違和感に襲われた。
 一人の中学生が、他の多くの中学生を洗脳し、失踪事件を巻き起こす。そして同時期にトリックを用いた高度な殺人事件をも引き起こすなんて。こんなことが本当に可能なんだろうか? それは米山先生のときに感じた印象と同じだった。


 うっすらと靄のかかった校舎。
 夜の学校って、どうしてこんなに闇の存在感を強大に感じさせるのだろう……。さなえはブルっと身ぶるいした。
 でも恐がってばかりもいられない。
 DDS仕様のペンライトを照らして、さなえはQクラスのみんなの後について、暗い校舎の中に入って行った。

 使われなくなった用具が乱雑に並べられている廊下を進みながら、メグが声をひそめて言った。
「ねえ、本当にいるのかなあ、この廃校に……」
 メグの言葉に先頭を歩いていたキンタが振り返った、次の瞬間。
ガシャーーーン!!!
「うわあああああ!!」
「きゃあ!」
 よそ見をしたキンタが足もとに転がっていた金物バケツを蹴り飛ばしてしまい、大きな音が静かな廊下に鳴り響いた。
「やだあ! やだあ! やだああああ!!」
 騒ぎの張本人であるキンタが誰よりも最後まで叫び続けていた。

「キンタあ!!」
 みんなが責めるようにキンタにペンライトを向けた。
「あ〜ビックリしたぁ。……ごめん、ごめん。俺こういうの苦手なんだよ」

―― 違和感。
 その時ふと、誰かに見られているような気がして、さなえだけが廊下の後ろを振り返った。
 誰もいない。
 けれどさなえは、何だか不気味な気配を感じ続けていた。
 背後をジッと見つめていると、不意にリュウが近付いて来て、さなえの耳もとで囁いた。
「奴らが来てる。振り向かないで」
「え……」
 奴ら、って誰だろうと思ったけれど、さなえはリュウに言われた通りに前を見て歩き始めた。もしかして、幽霊……!?

「みんな」
 突然、リュウがみんなに呼び掛けた。
「どうしたのリュウ? 急に」
「いや。あっちの方から、人の声が聞こえたような気がしたんだ」
「体育館の方だな」
 とキンタが言った。
「行ってみよう!」
「うん!」

 キンタ、キュウ、メグ、数馬の4人が体育館の方に駈け出して行った。さなえもみんなについて行こうとしたら、リュウに手を掴まれた。
「傍に居てくれ」
「え?」
「さすがにこの暗闇の中で、一人は恐い」
 リュウったら何を言っているんだろう、と思っていると、リュウが暗闇の中を振りかえり、突然こんなことを言った。
「出て来い。いつまで隠れてるんだよ」
 棘のある口調だった。

 暗闇の中を目を凝らしていると、廊下に白い影がボーっと浮かび上がった。
 まさか本当に幽霊!?
 さなえは咄嗟にリュウの背中に隠れた。
 けど、よく見るとそれは白いワンピースを着た女の人だった。その白いワンピースの人に少し遅れて、別の物陰から黒いスーツ姿の男も姿を現した。
 どちらも見たことがある……。彼らは、さなえとリュウが拉致されたときに見た、冥王星の関係者たちだ。

「やはり今回も、冥王星の仕業だったか」
 冥王星の仕業?
 リュウの言っている意味がわからず、さなえは不思議に思ったが、何も言わずに耳を澄ました。
 すると、ケルベロスがクスリと笑って低い声で言った。
「我々はただ、殺人計画書を作成しただけです。実行したのは依頼人。もう彼らと我々を繋ぐ証拠は、ないんですよう」
 その恐ろしい言葉に、さなえは震えだした。
 殺人計画書? 実行したのは依頼人?
 にわかには信じがたい事実だったが、でも、そう言われてみれば納得がいくこともある。
 牧野君の犯行も、米山先生の犯行も、すべてはこの人たちが考えたことだったとしたら……。

 ケルベロスが近付いて来て、舐めるようにさなえを見た。
―― 外見は紳士のようだけど、中身は貪欲な狼。
 さなえは目の前にいるケルベロスに強い恐怖を感じて、リュウの背中に顔をうずめた。けど、リュウは身じろぎ一つせずにケルベロスを睨みつけていた。
 すると、今度は白いワンピースの、驚くほど美しい女の人が近づいて来て、リュウの額にかかっている髪をやさしくかきあげた。
「リュウ様。いくら私たちから逃れようとしても、自分の宿命からは逃れられませんよ?」
「僕の人生は僕のものだ。お前たちの指図は受けない」
 リュウはそう言うと二人に背を向けて、さなえの手を引いて歩き始めた。

 ケルベロスがニヤリと笑って最後に言った。
「宿命とは影のようなものですよ」
「……。」

 リュウとさなえは真っすぐに廊下を進んだ。そして、冥王星の気配が完全に感じられなくなったところまで来ると、リュウが口を開いた。
「恐い思いをさせて、ごめん。でも、君は奴らが来てることに気づいてたんだろう」
「誰かがいるかもしれない、とは思ったけど。まさか、あの人たちだとは思ってなかったよ」
「え……。そうだったのか。それなら先に行かせるべきだった。ごめん」
 さなえは深く息を吐いて、少し怒った顔でリュウを見つめた。
「すごく恐かったよ。心臓が止まっちゃうんじゃないかと思ったくらい。でも、あの人たち……本当に悪い人たちなんだね」
 改めてそんなことを言うさなえに、リュウが変な顔をする。
「だから、僕は最初からそう言ってるだろ」
「殺人計画書を作る、ってどういう意味なの?」
「冥王星は自分の手で殺人を犯さない。憎しみや悲しみは人の心に隙を生ませる。そういう人間に殺人計画書を売りつけ、実行させるのが冥王星のやり方だ。奴らは洗脳や催眠術を駆使して、人を思いのままに操ることもできる。僕はおそらく……最初の事件で米山先生が自殺したのも、あいつらが組み込んだプログラムの一つだと思ってる」
「うそ……。そこまで分かっていてどうして」
「証拠がない。だから今僕にできることは、奴らの考え出した犯罪を未然に防ぐことだけだ」
「リュウ……」
「いてくれて助かったよ。本当は……僕も恐かったよ、さなえ」

 リュウも恐れていた?
 いつも冷静で、頭がよくて、人を寄せ付けようとしないリュウが?
 さなえにはすぐにはリュウの言葉が信じられなかった。けど、リュウは嘘を言わない。
 だからリュウが恐れていたと言うなら、本当にそうなんだろう。

 さなえはこのとき初めて、リュウという人を少し理解できた気がした。そうだ、リュウが強いのは、『恐れていない』からじゃない。
 恐れていても立ち向かう勇気があるから、リュウは強いんだ。
 さなえはこのとき、『冥王星に立ち向かう』というリュウが、どれだけすごいことを言っているのかを思い知った。

「さあ、僕たちの事件を解決しに行こう」
 リュウはそう言うと、さなえの手を引いて体育館の中に入って行った。



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