第2話−11

 体育館に入ると、リュウが自然にさなえの手をはなした。
 辺りが暗かったこともあり、キュウたちはさなえとリュウが遅れてやって来たことに気づいていないみたいだ。

 体育館には発電機でともした灯りがわずかについており、多くの中学生たちがキュウたちを取り囲んでいた。
 その中に牧野君の姿もある。
 こんなことはやめて早く家に帰ったほうがいい、と言うキュウの言葉に、中学生たちが口々にブーイングを送っている。
「勝手な真似はしないでくれる?」
 と、牧野君がキュウと睨み合った。
 キュウは牧野君を見返すと、ゆっくりとした口調で言った。

「やっぱり神の正体は君だったんだね。そして、五十嵐先生を殺したのも」
「何のことを言っているのか、わからないな」
「殺害現場の絨毯の上に、ガラスの置物が粉々になって落ちていた。離れた場所に置かれてた置物が、なぜあんなところに落ちてたんだろう、って考えた。答えは、君の眼鏡だ。君は密かに塾長室にまぎれこみ、五十嵐先生を襲った。そのとき眼鏡を落とし、割ってしまったんだ。そしてその破片を拾いきれず、部屋のガラスの置物を割ってカモフラージュした」

 メグがキュウと並んで、牧野君の前に進み出た。
「あなたの眼鏡が、失踪前と失踪後に変わっているのはその証拠よ。警察の鑑識にも確認して、裏を取ったわ。ガラスの置物の破片の中に、眼鏡の破片が紛れていたそうよ。それから、殺された五十嵐塾長の靴の裏にも、それと同じ破片がついていたらしいわ」

「ふん」
 メグにそこまで言われても牧野君は表情一つ変えずに、鼻で笑っただけだった。

「なんでだよ。なんで、こんなこと」
「キュウ君。君は友だちを蹴落としたことある?」
 牧野君の冷たい声が、体育館の中で震えた。
「小学校の頃一緒に野球やってた仲間が、塾に入った途端、敵になった。お前が蹴落とさなきゃ、蹴落とされるんだぞって、毎日毎日、五十嵐に吹きこまれて。そのうち、仲間の失敗を喜んだり、苦しんでる姿を見て腹の中でせせら笑ったり。僕、そういう人間になってた。……このままじゃ、五十嵐たちみたいな大人になる。そう思ったら、……恐くなったんだ」

「だから五十嵐先生を殺したの?」
「ああ」
 牧野君は迷うことなくキュウにそう答えた。

「お前なら必ず競争に勝ち抜ける。これからも、ライバルを蹴落とすことだけを考えるんだ。そう言われた時、こいつを殺して生まれ変わろうって思った。僕だって友だちが欲しい。普通に、恋がしたい。それっていけないことなの? 五十嵐から逃れるには、目の前からこいつを削除するしかない、って思ったんだ」

「本当に君は、そんなやり方で生まれ変われると思ったの? 人の命を犠牲にして、やり直せると思ったの?」
 キュウが声を荒らげて牧野君を睨みつけた。
「どんな理由があろうと、人殺しは許されることじゃない。君に五十嵐先生の命を奪う権利はないんだよ!」
「僕は五十嵐に人生を奪われていたんだ。こんな人生、死んだも同然だよ。僕の人生は、僕のものだ」

 さなえはハッとした。牧野君の言葉は、ついさっきリュウが言ったのと同じ言葉だった。『僕の人生は、僕のもの』
 誰もが、自分の人生を生きようと必死に抗っている。苦しみながら、もがいているんだ。
 けど、それでもやっぱり、『殺人』という方法を選択するのは間違ってる。

「神を名乗ってメールで失踪を呼び掛けたのも、みんなが君と同じ気持ちだと思ったから? 助けてやろうって思ったの? 違う。本当は友だちが欲しかったんだよね? 友だちが欲しかったんなら、どうしてちゃんとぶつかんなかったの? 野球やってた頃のこと思い出してよ。練習で一緒に苦しんで、ケンカして、励まし合ったり、そうやっていつの間にか仲間になっていくのが、友だちなんじゃないのかな。それが、仲間なんじゃないの」
 キュウにそう言われて、牧野君がQクラスのみんなを見回した。
 メグを、キンタを、数馬を、そして、リュウとさなえを。
 さなえと目が合ったとき、一瞬だが、牧野君が悲しそうな目をした。

「そこにいるの、君の仲間?」

 牧野君の問いかけに、キュウが迷わず答えた。
「うん。同じ夢を追ってる仲間だよ」
 さなえは嬉しくなって、無意識にウンウンと頷いた。

「羨ましいな。そんなふうに、胸張って言えるなんて……」


 牧野君は犯行を認めた。
 けれどQクラスのみんなは、すぐには警察を呼ばなかった。
 キンタが、そこにいる他の多くの中学生たちを説得して、自分から家に帰らせようと提案したのだ。穏便に事を済ませたい、という配慮だった。
 キンタの説得を受け、失踪を演じていた中学生たちは、全員無事に家に帰って行った。
 そうしてリュウが諸星警部に電話をかけた頃には、もう空がうっすらと白みだしていた。
 ほどなくして警察が駆けつけ、牧野君の身柄を確保した。

 パトカーまで連れていかれる牧野君を、Qクラス全員で見送った。
 そしてパトカーに乗り込む時、牧野君が振り返った。
「キュウ君」
「なに?」
「ちゃんと罪をつぐなったらさ、キャッチボールの相手、してくれるかな」
「もちろん」
 キュウが笑顔で答えると、牧野君も嬉しそうに笑った。

「それから、さなえちゃん……」
「へ?」
 まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったので、さなえは驚いた様子で牧野君を見つめた。
 猫田刑事に許しをもらい、牧野君はさなえの前まで歩いて来ると、照れたように笑い、そして言った。
「塾で初めて見た時から、一目惚れしちゃった。生まれ変わったら、君みたいな女の子と結婚したいな」
 そう言うと牧野君はいきなりかがみこみ、さなえのほっぺにキスをした。
「「「「「っ!?」」」」」
 Qクラスのみんながギョっとして目を丸くする。
「またね」
「あ、うん。またね」
 咄嗟のことに、さなえも牧野君にそう答えた。
 それから牧野君はパトカーに乗り込み、行ってしまった。

「なっ!」
 キュウが言葉を詰まらせ、金魚みたいに口をパクパクさせている。
「ちょっと、何なの今のは!」
 メグが呆れている。
「さなえいつの間に……」
 さすがの数馬も、さなえのことを意外そうに見つめた。
「ぷぷっ」
 キンタは腹を抱えて爆笑している。

 リュウが氷のように冷たい口調で、さなえの耳もとで囁いた。
「またね、って、なに」
 そう言ったリュウは、口元は笑っていたけどとっても恐い目でさなえを見ていた。
「……。」

 早朝、4時30分。
 白みだす空の下で、Qクラスの6人だけが廃校のグラウンドに残されていた。

「あたしたちはどうなるんだろう」
 不意にメグが、静かに言った。
「ずっとライバル同士なのかな。……それとも」
「っていうか、キュウ」
 数馬が思い出したように口を開いた。
「ん?」
「僕たち、いつから仲間になったんだ?」
「えええ? いつから、って……仲間でしょう!?」
 キュウが言うと、みんながわざとキュウから目をそらした。
 さなえだけが無邪気に笑って頷く。
「うん、仲間だよ」
「はあ。ほんっと、おめでたい奴」
 メグがいつもの捨て台詞をキュウに吐いたが、でも、いつもよりなんだか嬉しそうにキュウを見ていた。

「あー…腹減ったし、チャンポン麺でも食いに行きますか!」
 キンタの言葉に、数馬が真っ先に首を振る。
「僕はパス」
「え、なんでだよう」
「いいじゃん、行こう行こう」
「ねえ、チャンポン麺て何? 私、食べたことがないよ」
 さなえが言うと、リュウが答えた。
「長崎県内で生産されたチャンポン麺と呼ばれる独特の麺に、豚骨と鶏がらのスープで味をつけ、さらに新鮮な野菜、豚肉、海鮮などを具に混在した、ラーメンのようなものだ」
「なんだよリュウ、詳しいじゃないか」
「と、言っても、僕も食べたことはない」
「食べたことがないい!? なんだよ、そんなに知識ばっかり詰め込んだってな、実際に食ったことがなきゃ何にも分かってないのと一緒だぜ。よし分かった! 今日は俺様が特別にお前たちにチャンポン麺の食べ方を教えてやろう! まず第一に、具や麺には目もくれずスープを味わう。そして次に麺だけを……」
 キンタを囲み、Qクラスのみんなが笑いながら歩いて行く。
 そんな様子を、キュウだけが少し離れたところから嬉しそうに見つめた。
―― 仲間。これからどんなことがあっても僕が守っていくもの。そしてきっと、どんなことがあっても僕を守ってくれる人たち。
 Qクラスの仲間の笑顔を、このとき、キュウは心に深く刻みつけた。

「キュウ、なにしてんの。早く行くよ!」
「うん!!」
 メグに呼ばれて、キュウが元気に駆けだした。

 こうして私たちQクラスは第2の事件を、無事に解決した。
 けど、私たちはこのときはまだ知らなかったんだ。
 警察に確保された牧野君の口を塞ぐため、冥王星が裏で動いていたことと、そして、このとき七海先生が、牧野君の傍に迫っていたケルベロスを阻止していたことも。




2話(完) 3話へ続く