第2話−7

 行方不明になっていた牧野大輔が見つかったという朝刊を読んで、次の日の昼前、メグはキュウと二人で牧野大輔が搬送されたという病院にやって来た。
 本当はメグはさなえを誘ったんだけど、さなえは今日はリュウと一緒に武山勇気に会いに行くらしい。
 メグがさなえの代わりにキュウを誘ったのはそのためだ。
 あの二人がどうなっているのかは、後でしっかり聞きださなくっちゃ。
 それにしても、リュウが捜査に他のメンバーを誘うなんて意外すぎる。でも思い返してみれば、さなえが初めてQクラスにやって来た時から、リュウってなんかさなえにだけは態度違うのよね〜。

 塾の友だちを装い「お見舞いに来た」と言うと、看護師さんがすぐに牧野君の居場所を教えてくれた。
 病院内のカフェテリアに居るという。
 カフェテリアでは少年野球の男の子たちが、足にギブスをした仲間の見舞いに来ていて賑わっていたが、そんな様子を牧野君がカフェテリアの外のバルコニーからボーっと眺めていた。
 キュウが牧野君を見つけて手を上げた。

「牧野君! 大丈夫?」

 キュウとメグが牧野君に駆け寄ると、うつろな様子の牧野君が二人を見つめた。
「昨日はどこにいたの?」
 キュウが本題に入ろうとした。が、牧野君は眉を寄せて小さく首をかしげた。
「君たち、……誰?」
 牧野君の言葉に、キュウとメグは鋭く目を見合わせた。先に失踪した二人の中学生と同じだ。
 失踪した武山勇気と鈴木彩夏も、事件前後の記憶を失っていた。
 これで3人目だ。

「昨日、あたしたち塾で話したでしょう。覚えてる?」
 メグがそう言うと、牧野君が突然頭を抱え、苦しそうに息をし始めた。
「どうしたの!?」
「っ……、はぁ、はぁ。何か思い出そうとすると、頭が、痛くなる!」
 異常に気付いた看護師さんが駆けよって来て、牧野君を病室に連れて行った。

「どう思う? キュウ」
「もし彼らが解離性健忘症だとすると、リュウも言っていたけど、3人連続というのはやっぱり偶然が過ぎる」
「偶然じゃないってことは、意図されている、ってことよね」
「そう。もしかして今回の一連の失踪事件には、裏で糸を引いている何者かがいるのかもしれない」

 そう考えたキュウとメグは、手掛かりを得るために再び五十嵐学園に赴いた。
 夏休み中は朝から晩まで塾生たちが詰め寄る五十嵐学園。
 だが、今日はキュウたちがやって来ると、ラウンジが何やらざわめいていた。
 そして、生徒たちが次々に学園から出て行く。
 1階ラウンジの掲示板に貼られたお知らせを、キュウが読み上げた。
「臨時閉鎖のお知らせ……」
「そっか。経営者が死んだんじゃ、仕方ないよね」

 そのとき、Aクラスの紋章を胸につけた男の子たちがキュウたちの横を通り過ぎて行った。
「あ、ねえ! 君たちAクラスの人たちだよね。あのう、殺された五十嵐先生について、塾で何かトラブルとかなかった、かな」
 男の子たちは徹夜勉強で血走った目でキュウを一瞥した。
「別に、何も」
「あ、じゃあ! 牧野大輔君のことについてなんだけど」
「悪いけど、口きいたことないし」
 別の男の子が、キュウを押しのけるようにしてラウンジを横切って行った。
「相手の成績のこと以外、興味ないしね」
 最後の男の子も、冷たくそう言い残して去って行った。
「……。」
 キュウもメグも、ショックを受けて口を閉ざした。
 同じクラスの仲間が事件に巻き込まれたというのに、あそこまで無関心になれるものだろうか。

「あ、諸星さん!」
 猫田刑事を引きつれて1階ラウンジを歩いて行く諸星警部を、キュウが見つけた。警部はなぜか、偉くご機嫌の様子だ。
「おう。今回は、俺の勝ちだな」
「え?」
 唐突に言われて、キュウがきょとんとしていると、猫田刑事が耳打ちしてきた。
「容疑者が割れたんですよっ」
「え!」
「エレベーターの監視カメラの映像をチェックしてみたところ、昨日の夜、被害者が殺害される時刻の少し前に、一人だけカメラに写っている男がいたんですよ」
「誰ですか?」
「森田裕一。この塾の英語講師です」

 森田と言えば、英語のテストの平均点が2点下がったとかで五十嵐先生から注意を受けていた講師だ。
 諸星警部と猫田刑事が今から森田先生を取り調べるというので、キュウとメグも立ち会わせてもらうことにした。

 生徒のいなくなった教室を借り切って待っていると、森田先生がおどおどした様子で入って来た。
 諸星警部はエレベーターの監視カメラの映像を森田先生に見せると、昨晩21時30分のところで停止した。
「昨晩、犯行時刻前にエレベーターを利用したのはお前だけだ」
 諸星警部に言われ、森田先生が神経質に事情を説明し始めた。
「いや、あの。確かに昨日の夜、いったん家に帰ってから、塾に戻ってきました。でもそれは、塾長からメールをもらったからで!」
「メール?」
「はい」
「それ、確認させてもらえますか」
「あ、はい、えーと。あ、これだ」
 森田先生は震える手で携帯電話を開き、問題のメールをみんなに見せてくれた。
 メールにはこう書かれていた。
 『定期模試の結果の総評と今後の指導方針の打ち合わせをしようと思う。今夜10時15分、塾で待ってる。五十嵐』

「しかし、五十嵐さんが亡くなった時間、このビルへの出入りが確認できたのは、あなただけなんだ」
 猫田刑事がさらに問い詰める。
 いよいよ自分が疑われてまずい立場に立たされていることを悟って、森田先生が興奮して早口にまくしたてた。
「冗談じゃありませんよ! 私は殺してなんかない!! 昨日の夜だってここに来たとき、塾長は部屋に鍵をかけたまま、いつものように音楽を聞いてたんですよ!」
 キュウが口に手を当てて、何かに引っかかった。
「音楽?」
「いやあ、塾長の趣味だよ。生徒や講師が帰った後に、いつも大音量でクラシックを聞いているんです。昨日は特に大音量で……。廊下から呼んでも返事はないし、携帯に電話をしても出ない。だから、またいつものように嫌がらせかなーと思って!」

「なるほど。詳しくは署で聞きましょう」
「え、いやいやちょっ、ちょっと!」
「同行願えますか。さあ」
「待って下さいよ刑事さん、話聞いてくださいよ!」

 森田先生が連行されて行くのを、キュウもメグも黙って見つめた。でも、何かが引っかかる。

「五十嵐さんが殺された時間、塾を訪れたのは森田っていう講師だけ。しかも彼は五十嵐さんを恨んでた。状況証拠だけなら間違いなく犯人ね」
「でも計画的に殺したのなら、無防備に防犯カメラなんて映んないだろうし。メールだって消してるよ」
「じゃあ一体、誰がどうやって殺したのよう」
「んー」
 キュウとメグは塾からの帰り道、ゆっくりと歩きながら考え込んでいた。
 するとどこからかいきなり、大音量が聞こえて来た。

「そういえば昨日、さなえがオーディオのスイッチを入れた時も、こんなふうにすごい音が鳴ったよね」
「ボリュームが最大になってて、頭が割れるかと思ったわよ」
「うん。だから不思議に思ったんだ。いくらなんでも、あの部屋であの音楽をボリューム最大で聴くのかな、って……」
 見ると、カーステレオをガンガンに鳴らしまくっているサーファーたちが、道で話をしていた。
 車の上に置かれていたペットボトルの中の水が、ステレオの音の振動を受けてピシャピシャと跳ねていた。
 キュウはそんな様子をボーっと見つめていて、そしていきなり目を輝かせて叫んだ。
「まさか!!」

「キュウ! どこ行くのよ!」

 塾の方角へ向かって引き返し始めたキュウにメグが叫ぶと、キュウはメグに手招きして言った。
「五十嵐さんを殺したトリックがわかるかもしれない!」
「ええ!?」
 メグもキュウの後について走り出した。



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