第2話−4

 私たちがミッションルームに入って行くと、数馬とリュウが私たちを見て驚いた顔をした。
「ボロボロじゃないか!」
「一体、なにがあったんだ」
 メグが簡潔に何があったかを説明した。
「キンタが変な男たちにつけられて、襲われたの。キュウとさなえはそれを助けようとして……。でも話は後よ。数馬、救急箱!」
「う、うん!」

 キュウと私はメグとキンタによって揃って窓際のソファーに座らせられた。

「キンタどこ行くの?」
 私たちを置いてミッションルームから出て行こうとしたキンタを、キュウが呼びとめた。
「ちょっと野暮用だ。俺を襲わせた奴の正体を突き止める」
 男たちの一人から取り上げた携帯を振って見せて、キンタが言った。
「そんなの数馬にやってもらえばいいじゃん。キンタ一人じゃ危ないよ!」
「今回の件は事件とは直接関係ねーかもしれないから、知り合いの情報屋に頼むことにする。お前たちをこれ以上危険な目にも合わせられねーからな。心配すんな! それよりお前たちは早く怪我の治療でもやってろ」
「キンタ! ッ……」
 大きな声を出すと怪我に響くのか、キュウが痛そうに口元を押させた。

「男たちって、どんな奴ら」
 言いながらリュウがさなえの前にかがみ、数馬が持って来た救急箱から脱脂綿と消毒液を取りだした。
「5人組のヤンキー。キンタ一人を、ナイフや鉄パイプで袋叩きにしようとしてたの」
 さなえの代わりにメグが答えながら、脱脂綿を消毒液でしめらせ、キュウの口元を拭った。

「いったーい! ねえ……もっと優しくしてよう」
 キュウがいかにも甘えた声を出す。
「もう、男でしょう? 我慢しなさいよ」
 抵抗するキュウをどうにかおとなしくさせながら、メグが手当を施して行く。そのメグの手が、まだ震えていた。
「メグ…ありがとう。……ごめん」

 その横で、リュウが小さく溜め息をつき、ちょっと怒った顔でさなえを見つめた。
「どうして君まで」
「キュウとさなえって、どう見ても武道派じゃないよね。そういうときは警察を呼ぶのが正解なんじゃない」
 と、近くでパソコンを開きながら数馬も言った。

「そんな余裕なかったよ。キュウのことを鉄パイプで殴って、何度もお腹を蹴るんだもん。とても見てられなかった」
「適正な判断力と身体能力がなければ、自分の身を危険にさらすだけでなく、周りにいる人間、例えば今回はメグを危険にさらすことにもなったんだぞ」
「うん……。私がもっと強ければ。結局二人の足手まといになっちゃった……」
「そういうことを言ってるんじゃないんだ。さなえ、もう二度と、こんな危ないことをしないと約束してくれ」
「リュウ……」
 なんだかリュウが、すごく怒っている。
 かもしだしてるオーラがいつにも増してすごく恐いんだ。
 そして悔しいけど、リュウの言っていることは正しい。
「わかったよ」
「でも、さなえが来てくれて助かったよ。ありがとう」
「キュウ」
 瞬間、リュウがギロリとキュウを睨んだ。
「け、けど危ないから、やっぱり女の子はもうあんなことしちゃ、絶対に、絶対にダメだからね!」
 キュウが明らかにリュウの目を気にしてさなえに言った。

 さなえは溜め息をついた。もっと強くなりたい、と思ったんだ。私がキンタみたいに強かったから良かったのに。

 
 一方で、さなえが何を考えているのかを察したリュウも、困ったように小さく溜め息をついた。
「怪我を見せて」
 リュウは優しく言うと、さなえの顎をクイと持ち上げた。
「う……」
 さなえが痛そうに顔を歪める。
 左の頬が紫色に変色し、口元に血がついている。
「酷いな、唇が切れてる。そいつら、さなえのことを殴ったのか」
「ふふん。こっちは噛みついてやったのよ」
「笑いごとじゃない。数馬、マスターから氷を貰ってきてくれ」
「りょーかい」
 数馬が膝の上からパソコンをよけて、マスターのいる店に出て行った。

「ちょっと浸みるよ」
「んっ……!」
 消毒液を湿らせた脱脂綿を口に当てられ、さなえはビクっとしてリュウの手を掴んで遠ざけようとした。
「動かないで」
 リュウはさなえに掴まれたまま、ゆっくりと慎重に消毒をほどこし、そこに小さな四角い絆創膏を貼ってくれた。
 そして流れるような手つきで新しい脱脂綿を取り出すと、次にさなえの胸元に目を止めて眉間に皺を寄せた。
 胸元のブラウスのボタンが引きちぎられ、薄ピンク色の下着が少し見えていた。しかも、首から胸元にかけて引っ掻かれた痕が生々しく残っている。
「それ、脱げる?」
「ええ!? ちょっとリュウ、何言ってんだよ! いッ……った!!」
 キュウが大きな声を上げて、また一人で痛がっている。

「このブラウス、お気に入りだったんだけどな。今履いてるスカートと合わせて買ったんだよ」
 さなえはそう言いながら、ブラウスのボタンをはずして脱ぎ始めた。

「って、脱ぐのかよ!?」
 キュウが頬を赤らめる。
「もう、キュウうるさい! 最近の女の子は見られても恥ずかしくないキャミソールを着てるのよ。さなえ、後であたしの服貸したげる。そのブラウスは破れてるから、新しいのを買った方がいいわよ」
「うん、そうする。あいたたたた……」
 ブラウスの袖から腕を抜くときに、肘の傷がこすれて痛みが走った。
 見かねたリュウがブラウスを脱ぐのを手伝ってくれた。

 さなえはリュウに触られても、全然イヤな感じがしなかった。
 リュウはさなえのことを変に意識している様子ではなかったし、慣れた手つきで傷の手当てを的確に施してくれたから。
 だから、胸元の傷をリュウがトントンと消毒してくれたときにも、さなえはジッとしていた。
 両肘と両膝に包帯を巻くのも、リュウはすごく上手かった。リュウは傷の手当てに慣れているんだ。
 カッコイイな〜とさなえは思った。

 そこへ、氷を手にした数馬が戻って来た。
「今思ったんだけど、異性が別の異性に傷の手当てをしてる画って、なんかエロイね」
「馬鹿数馬。変なこと言わないで」
 メグが振り返らずに数馬を叱咤する。

「別に。僕は思ったことを言ったまでさ。マスターに氷嚢つくってもらったよ」
 袋に入った氷を、数馬はさなえとキュウに一つずつ手渡した。
「ありがとう」
「ありがとう、数馬」

 さなえが氷嚢を頬に当てがうと、リュウが手を伸ばして来てさなえの手の上から氷嚢を掴んだ。
「強く押し当てすぎないで、そっとね」
「うん。ありがとう、リュウ」

「……。」
「……メグ、僕も今のやってほしい」
 さなえとリュウのやり取りを見ていたキュウがメグに言った。
「はいはい」
 メグはキュウが持っている氷嚢を掴むと、それを思い切りキュウの顔に押し当てた。
「いたあああああーいい!!」
「ふん、いい気味よ」

 メグはパンパンと手を打ちならして、疲れたように近くの椅子に腰を下ろした。
 さなえの手当てを終えたリュウも、テーブルに軽く腰かける。

 数馬がふたたびノートパソコンを開いた。
「メグたちは今日、失踪した中学生たちが通っていた塾に行って来たんだろう? 何か収穫はあったのかい?」
「大した収穫は得られなかったわ。失踪した中学生と同じAクラスに通ってる、牧野大輔って子と少し話ができたくらい」
「そう。気になるのは牧野君が、『あいつら、神の声を聞いて生まれ変わったんだ』って言ってたことなんだけど……。ところでリュウは? どこ行ってたの」
 キュウに聞かれ、リュウが答えた。
「失踪した武山勇気ってやつに会って来た。彼、もしかしたら解離性健忘症かもしれない」
「解離性健忘症って、なに?」
 キュウがそう聞いた時、メグがちらりと心配そうにさなえを見た。
 リュウはメグのそんな様子に気づき、思案げにさなえを見たが、そうしながらもキュウに説明を続けた。

「心の傷やストレスが原因で、記憶を失ったり、部分的に思い出せなくなる一種の記憶障害だ。過去の記憶を思い出そうとして、頭痛や吐き気に襲われるというのも、彼らの症状と一致する」

「なるほど。つまり二人は受験勉強に追い立てられて、記憶を失くしたってこと?」
「一つの可能性としてね。ただ、二人同時にっていうのは、やっぱり偶然が過ぎる」
「あたしは塾の講師が怪しいと思う」
 と、話題を変えるようにメグが言った。

「え、なんで?」
「だってさなえも見たでしょう? あの塾長の傲慢な態度。きっと、講師の誰かが腹いせに嫌がらせしてるのよ。あたし、今夜塾に忍び込んで証拠探してみる」
「なるほど。それなら私も一緒に行く」
「ええ!? 危ないよう」
 キュウが肝試しに怯える小学生のように言って、チラリとリュウを見て、そして目を輝かせた。
「よし分かった! 僕たちも一緒に行こう。メグとさなえの二人だけじゃ心配だし、ね! リュウ」
「僕に振るなよ……」
 リュウが嫌そうに顔をしかめた。



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