第2話−2

 Qクラスのみんなはそれぞれの私物を片づけ、中央のテーブルに集合して、自分の席の前に立った。
 指令ディスクに団先生が登場するというのは、前回の経験からわかっていたから、みんなあらかじめ姿勢を正していた。

「Qクラスの諸君、ごきげんよう。今回君たちに調べてもらいたいのはある失踪事件だ。学習塾に通う中学生2人が、忽然と家の中から姿を消し、3日後に秋葉原駅前の路上で発見された」

 スクリーンに、『中学生2名無事保護』という見出しの新聞記事が映し出された。
 五十嵐学院という予備校塾に通う、武山勇気と、鈴木彩夏という名前の生徒のようだ。
 どちらも、五十嵐学院の中でも特に優等生を集めたAクラスに所属していたらしい。

 団先生の言葉は続く。
「ただ奇妙なことに、彼らはそれまでの記憶を一切なくし、まるで別人のようになっていたそうだ。この事件の影響で学習塾の生徒たちはかなり動揺しているらしい。君たちの力で、この事件の真相を解明してもらいたい。諸君らの検討を祈る」

 ディスクが終わると、七海先生が部屋の電気をつけてくれた。
 キュウが安堵のため息をつく。
「とりあえず今回は、殺人事件じゃないみたいだね」
「うん」
「よーし、みんな。今度こそ力を合わせて頑張ろう! イェッス」

 前回と同じように拳を振り上げて、何やら酔いしれているキュウを、私とメグは静かに見つめた。

「みんなもう行っちゃったけど?」
「ええ!?」
「仕方ないでしょう? あたしたちは団先生の後継者を競い合うライバル同士なんだから、行こうさなえ」
「あ、うん。キュウも早く!」

 私は鞄を掴んで、立ち上がった。
「あ、春乃、ちょっと待て」
 七海先生がちょいちょいと手招きしたので、私はサボテンに近づいた。
「はい」
「前回のこともあって疲れてるだろう。Qクラスの連中の中で頑張りたいって気持ちも分かるが、お前はまだ日が浅いんだ。あんまり能力を使いすぎるな。リラーックスだぞッ」
「はい!」
「それからキュウ、欲がねーなあ、お前は」
「え?」
「まあそこがお前のいいところなんだけどな。お前は、お前でいいんだよ。余計なこと考えずに、そのまま突っ走れ!」
 七海先生に言われて、キュウがニコっと笑った。
「はい!! 行こう、さなえ」
「うん!」

 私たちはメグを追い掛けて五十嵐学院に向かった。
 着替えてから向かうと言ったメグと携帯で連絡を取り合って、五十嵐学院で待ち合わせをすることにしていた。
 豪勢な学院のラウンジに入っていくと、ニットのワンピースに優等生みたいな眼鏡をかけたメグが私たちを待っていた。

「メーグっ」
「あ、さなえ。って、キュウ! ちょっと、なんでまたキュウまでついて来てるのよ」」
「やっぱ情報を集めるには塾か学校の友だちだよね。考えてること同じみたいだね、メグ」
 キュウがニコニコしてメグに微笑みかける。
「なに馴れ馴れしくしてんのよ」
「だってメグ、この前励ましてくれたじゃん」
「え?」

 そのとき、キュウの肩を叩いて笑ったメグの顔が、さなえの脳裏をよぎった。
 警察に連行されて行く米山先生に、キュウが真剣に向き合ってその心の善を問いただしたとき、メグが何も言わずにキュウの肩を叩いて、励ましたんだ。

「あれはキュウがへこんでたから気合入れただけで……。自惚れないでよね、バカ!」
 素直じゃないメグは、キュウに対してつっけんどんな態度をとっている。
「ねえ一緒に調べようよう!」
 一方で、キュウはあれからすっかり、メグに甘えモードだ。
 二人ってやっぱりお似合いだと私は思う。

「イヤよ、うっさいなあ」
「いいじゃないメグ、3人で調べた方が心強いよ」
 私もそんなことを言いながら、3人で一緒にエレベーターで塾の5階に行くと、廊下の突き当たりに目的のAクラスがあった。
「あ、あった」
 失踪した2人の塾生が所属していた特別クラス。

「Aクラス」
「どうぞ」
「え、僕?」
「うん、どうぞ」
「え……」
「早く行きなさいよ!」
「えー、ちょッ!」
 メグに背中を押されて、キュウがAクラスの扉に押しやられた。
 ガラス窓から中を覗くと、頭に『必勝』の文字の入ったハチマキを締めた生徒たちが、机に向かって真剣に勉強をしている様子が目に着いた。

 キュウが静かに扉を開けて、教室の中に頭だけを入れた。
「すみませーん。ちょっといいですか?」
 シーンと静まり返った教室の中で、生徒全員がまるで示し合わせたかのように同時に顔を上げてキュウを見た。
 キュウの背中からその様子を覗いていたさなえでさえ、ビクっとしてしまったくらいの気迫がある。
「……。」
「……ごめんなさーい……」

 キュウは何も言わずに、すぐに教室のドアを閉めると、小走りに戻って来て柱の陰に身を隠した。
「なんで逃げんのよ!」
 メグが怒ってキュウを捕まえる。
「空気読めよ! 話なんか聞ける雰囲気じゃなかっただろう!?」
 キュウが声を潜めて必死にメグに言い返している。

 そのとき、シャツの胸に『A』の紋章の入った制服を着た背の高い男の子が、私たちに気がついて近づいて来た。
「あれ、君たちAクラスの新しいメンバー?」
「あ、いえ、私たちは……」
 突然話しかけられた私は、どう答えてよいのかわからずに口ごもった。
 するとすぐにメグが助け舟を出してくれた。
「予備校の見学に来たの。もしかしてAクラスの人?」
「まあ、一応」
 と、男の子は答えると、またさなえの方をチラっと見た。

 今こそがチャンスとばかり、メグが男の子に質問を投げかける。
「Aクラスってさあ、成績優秀な生徒を集めた特別クラスなんでしょう?」
 メグの問いかけに、男の子は一瞬だが、ちょっとイヤな顔をした。
「最近はなにかと気味悪がられてるけどね」
「どうして?」
「知らないの? このクラスの生徒が失踪した、って話」

 もちろん、私たちはそのことを調査するためにここに来てるんだから、知らないわけはなかった。

「君、何か知ってる?」
 キュウの質問に、男の子は意味深なことを言った。
「神だよ」

「神って、神様の神?」
「ああ。あいつら、神の声を聞いて生まれ変わったんだ」
「おい牧野。なにしてる、授業始まるぞ」
「はい」
 高そうなスーツに身を包んだ、恐そうな男の人が、私たちと話している男の子にそう言ってAクラスに入って行った。
「誰?」
「塾長の五十嵐先生」
「ねえ、君の名前は?」
 キュウが男の子の名前を聞いた。すると、なぜかその男の子は、さなえに向かって自己紹介をした。
「僕は牧野大輔。じゃあ、またね」

 牧野、という男の子が教室に入って行くと、早速授業が始まったようだ。「お前たちは選ばれた人間だ。負け組になってみじめな人生を送りたくなければ、競争に勝ち抜け。ライバルは容赦なく蹴落とすんだ、いいな!」と言って生徒たちを叱咤激励する五十嵐先生の声が、廊下にまで聞こえて来た。

 メグが身震いして言った。
「ダーメ。あいつらとだけは友だちになれそうもないわ」
「恐いねえ、最近の学校は」
「神の声、か……」
 キュウだけが、牧野君の言った言葉が引っかかるようで、なにやら考え込んでいる。

 キュウが牧野君からもう少し話を聞きたいと言うので、私たちは五十嵐学院の1階のラウンジで、牧野君を待つことにした。
 およそ1時間半後、Aクラスの生徒たちが列をなしてエレベーターから降りて来た中に、キュウが牧野君の姿を発見して駆け寄った。

「牧野君!」
「君たち、まだいたんだ」
 牧野君が少し驚いた顔をして立ち止った。
「さっきの話の続きなんだけど、失踪した二人、何か変わった様子はなかったかな」
「さあ、覚えてないな。教室じゃほとんど、誰も話さないから」
「じゃあ、何かトラブルのようなものは?」
「別になかったけど。っていうか、君たちなんでそんなこと調べてんの」
 キュウが矢継ぎ早に質問を重ねたせいか、牧野君が急に怪しむような目で私たちを見回した。

 そこへ、さっきAクラスで授業をしていた恐そうなスーツ姿の男の人が通りがかった。塾長の五十嵐先生だ。
「牧野、呑気におしゃべりなんてしてていいのか。油断してると足もとすくわれるぞ」
「……はい」
 牧野君が押し殺した声で返事をする。

 すると、五十嵐先生は次に、近くを通りかかった別の先生に向かって声をかけた。
「森田先生」
「はい!」
「前回の模試、生徒たちの英語の平均点が2点落ちてますよ」
「申し訳ありません!」
 森田先生は何かとっても悪いことをしてしまった人みたいに、五十嵐先生に向かって深深と頭を下げた。
「結果を出せない者に用はない。二度目の警告はないと思いたまえ」
「あ、はい……」

 そんな様子を見ていたメグが、ぼそりと呟いた。
「ここ、先生も採点されちゃうんだ」
「あの人たちにとって大事なものは数字だけだから。ここに通ってる生徒たちもね」
 牧野君は疲れたようにそう言うと、最後にさなえを振りかえった。

「君、名前は?」
「あ、私は、春乃紗奈江、です」
 どうして名前を聞かれたのかな、と不思議に思ってポカンとしていると、キュウとメグが妙にハイテンションで牧野君に詰め寄った。
「僕は連城究! よろしくね!」
「あたしは美南恵! よろしくう!!」
 なんかわざとっぽい……。

「じゃあ、またね。さなえちゃん」
「うん、またね」

 さなえはなんとなく流れに任せて、牧野君に手を振った。

「はは、なんでさなえだけ?」
 キュウが引き笑いしている横で、メグが深刻な面持ちで溜め息をついた。
「はあ、リュウに知れたらまずいわよ」
「え、なんで?」
「わからないの? キュウってほんっと、鈍感なんだから」



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