第1話−9 

 リュウとさなえが冥王星に拉致された日の夜、何も知らないキュウは一人で佐々木まどかの自宅前で張りこみを開始していた。Qクラスのみんなに送信したメールに返信がないので、キュウはさっきから不満顔だ。
「みんなで調べれば早く解決できると思うんだけどな〜。メールの返事、全然こないし」
 キュウが携帯を握りしめ、かすかに溜め息をついたときだった。
 誰かがキュウの背中をポンッとたたいた。

「キュウみーっけ! じゃーん!!」
 浴衣姿のメグが可憐に登場し、キュウによく見せるようにくるりと回って見せた。
「んッ ……なに、その格好」
 張り込み捜査だというのに浴衣を着て来たメグを叱りたい気持ちと、そんなメグの姿が予想に反してとても可愛らしい気持ちとが混ざって、キュウは言葉をつまらせてしまった。

「可愛くないんだ」
 素直に可愛いと言ってくれないキュウに、途端にメグが口を尖らせる。
「いや、可愛いよ! すーんごい、可愛いよ。でもなんで浴衣着てこんなとこいんの」
「えー、ただのヒヤカシ。キュウ一人で寂しがってるかと思って」

 本当はキュウが張り込みをするというから、ちょっと意識して浴衣を着て来たメグだったけど、キュウが全然気づいてくれないので、ついつい可愛くないことを言ってしまう。

「いや別に。遊びに来てるわけじゃないんだからさあ」
 案の定、キュウはいつも通りの反応だ。
 こういうことに関してキュウが鈍感だということをメグは知っていたので、気を取り直して近くの階段に座った。
 何も言わなくても、キュウがすぐにその隣に座る。

「ねえ、胴体真っ二つってあれ、本気かなあ」
 西村静香のノートに書かれていた殺人のシナリオを思い出し、メグが心配そうにキュウに聞いた。
 残酷な人の死にざまは、出来れば見たくない……。メグが張り込み捜査にやって来たのは、殺人を未然に防ぐことができるなら、そうしたいと思ったからでもあった。

 いつも抜けた感じのキュウが、このときは真剣な眼差しになった。
「どんな理由があろうと、人間がそんな残忍なことできるなんて、僕は信じたくない。」
 メグはそんなキュウの横顔を見ると、この上もなくホッとさせられるのだった。

「ねえ、ところでメグ」
 佐々木まどかの自宅をジッと視界に捕えながら、キュウがぼそりと言った。
「さなえってどんな子?」
「え!? なによそれ、もしかしてキュウ、さなえに興味あるとか」
「あのねえメグ、多分メグが考えている意味とは違うと思うけど、まあ、興味があると言えば、ある、かな」
「まあ確かに、さなえ可愛いからね〜」
「いや、だから、そういう意味じゃなくてさ。Qクラスに突然編入してきたから、何かすごい才能の持ち主なのかな、って思って」
「ああ、そういうこと? さなえはいたって、普通の女の子よ。ただ、さなえの生い立ちはちょっと複雑で、あたしの口からは言えないけど……」
「複雑って、どんなふうに」
「小さい頃にお母さんが亡くなったらしいの。それが、とても奇妙な亡くなり方だったらしいのね。それで、さなえはそのときからある特殊な能力を身につけるようになったんだって」
「ちょ、ちょっと待って、お母さんが亡くなったって、どうして? ある能力って、何?」
「さなえが持ってる能力のことは、これから一緒に行動していけば、自然にわかることだと思う。ただ、さなえのお母さんのことは……」
「殺されたの?」
「あたし、探偵学園に入ったのはさ、自分の瞬間記憶能力を活かしたいってのもあったんだけど、本当は、さなえのお母さんが亡くなった原因を調べたいっていうのも、あるんだよね……」
「メグ」
「キュウ、誰にも言っちゃダメだからね。あたし、探偵学園に入学してから、自分でっちょっと調べてみたことがあるんだけど、『冥王星』っていう犯罪組織、聞いたことある?」
「冥王星……?」
「団先生と敵対関係にある闇の組織。さなえのお母さんの死には、その冥王星が関わってるみたいなの」
「すごいよメグ、そんなこと一人で調べてたなんて」
 だが、メグはキュウの言葉に首を振る。
「あたしなんて全然だよ。でもね、キュウ、こんな私でも一生懸命努力して、いつか団先生みたいな探偵になって、この世の中でたくさんの人の心を苦しめている悪いものと闘っていきたいんだ。そのためなら、どんな努力でもする」
「うん、メグならきっと出来るよ。僕も応援する」
「まったく、キュウは人がいいんだから。あたしたち一応、ライバルなんだからね」
「そうだけど、メグは大切な仲間だよ」

 時刻は夜の10時過ぎ。
 キュウたちが張り込みを開始してからすでに4時間が経過しようとしていた。
 ファッションの話や、Qクラスのみんなの話、最近新しくできたカフェの話なんかをしているうち、メグはいつの間にか疲れて眠ってしまった。キュウはそんなメグに肩を貸し、ボーっと佐々木まどかの自宅を眺めていた。
 すると、辺りが何やら騒がしくなり、サイレンを鳴らしたパトカーが一台、急停車すると中から諸星警部と猫田刑事が血相を変えて出て来た。
「メグ!」
 キュウは急いでメグを起こし、二人で佐々木まどかの自宅に駆け寄った。

「刑事さん!」
「またお前らか」
「何かあったんですか?」
「佐々木まどかが家から消えた」
「え!」
 メグと話していたとはいえ、目を放さずに見張っていたはずだ。いつの間にいなくなったのだろうとキュウは思った。
「みんなにも連絡しなきゃ!」
「うん!」
 キュウとメグが同時に携帯を取り出した。
 
 タクシーが止まり、文芸部顧問の米山先生が緊迫した表情で飛び降りてきた。
「先生!?」
「どうしてあなたたちここに!?」
 キュウが素早く対応する。
「説明はあとで。どうしたんですか」
「さっき佐々木さんから電話があって、泣きながら助けて欲しい、って!」
 そのとき、携帯の着信音が鳴った。先生の携帯に「まどか」という表示が出ている。
「刑事さん!」 
 米山先生がすがるように諸星警部に自分の携帯を渡した。

 諸星警部は先生から携帯を受け取ると、すぐにそれに出た。
「もしもし、警察だ。今どこだ? どこにいる!?」
『律子が殺された部屋です。早く助けて!』
 まどかさんの怯えた声が、電話越しにキュウやメグにも聞こえるほどだった。電話は向こうから切れてしまった。

「刑事さん、あの子たちどこにいるんですか!? 無事なんですか!?」
 取り乱す米山先生を、諸星警部がなだめている。
 その横で、キュウが眉を寄せ、米山先生を不思議そうに見ていた。
「岡田律子が殺されたビルだ」
「裏口から出たようです!」
「すぐに秋葉原へ急行だ!」
「あたしも一緒に行きます!」
 米山先生が、諸星警部たちと一緒にパトカーに乗り込む。

「キュウ何してるの、あたしたちも一緒に行くわよ!」
「あ、うん!」
 物思いに沈んでいたキュウは、メグに手を引かれて我に返り、慌ててパトカーに乗り込んだ。

 それから数分後。サイレンを鳴らしてとばしたおかげで、最初の事件現場となった雑居ビルにすぐに到着することができた。
「警察だ! 誰かいるか!」
 諸星警部を先頭に、懐中電灯を照らして3階の部屋に飛び込んで行った一同は、ハッと息を呑んだ。
「諸星さん……」
 猫田刑事の声が震える。
 キュウ、メグ、米山先生も目を見開き、凍りついた。

 部屋の左側に、佐々木まどかの上半身が、段ボールの上に置かれていた。
 そして部屋の右側には下半身が、段ボールの下敷きになって置かれている。
 死体の下にはブルーシートが敷かれ、その上にまだ新しいと見える真っ赤な血が飛び散っていた。

 携帯を取り出した諸星警部の事務的な言葉だけが、淡々と響いた。
「俺だ。例の雑居ビルでまた死体が見つかった。大至急鑑識を寄こしてくれ」

 メグが胸元を抑え、苦しそうに息をした。
 恐れていたことが起こってしまった。メグが見たくないと願っていたものを、間近で見てしまったのだ。
 それが引き金となり、過去に見て来たあらゆる恐いもの、イヤだったもの、気持ちの悪いものがメグの脳裏にフラッシュバックする……。瞬間記憶能力を持つメグは、その一つ一つの光景を今でもリアルに、まざまざと覚えているのだ。あまりに深く記憶に刻まれ、決して消えることのない痛み。
 メグはしゃがみ込み、ついにパニックを起こした。
「いやああああああああああああ!!!!」

 米山先生がメグに駆け寄り、とっさにメグを抱きしめた。

ドカーン!

 そのとき外で大きな爆発音がした。
 音の正体を突き止めるべく、諸星警部、猫田刑事が外に飛び出して行った。
 キュウと米山先生は、まともに歩くことができないメグを両側から支えて、出口に向かう。

 外に出ると、暗闇の中で、たった今キュウたちが乗って来たパトカーから煙がもくもくと立ち上り、リアウィンドウに大きな穴があいているのが見えた。
 爆弾でも仕掛けられたみたいだ。
「ど、どうなってんだこりゃ!」
「諸星さん、もしかしてこれ、犯人が」
「だとしたら、まだそう遠くへは行っていない。辺りを調べろ、俺は現場を保全する」
「はい!」
 猫田刑事が駆けだして行く中、キュウは現場の状況を観察した。
 リアウィンドウのガラスは、中から外側に向かって砕け散っている。犯人は爆弾を後部座席付近に仕込んだと考えられた。

「よーしよーし」
 小さな子どもをあやすように、米山先生がメグを抱き、優しくなだめていた。

 諸星警部の携帯が鳴った。
「もしもし。……なに!? わかった、すぐ手配する」
「どうしたんですか?」
 キュウが聞くと、警部が険しい顔で振り返った。
「大森京子も、家から消えたそうだ!」
「え……」

 諸星警部の声に、メグがまた怯え始める。
「大丈夫、大丈夫」
 米山先生はまるで母親のように忍耐強く、メグを抱き続けていた。
 キュウはその様子をしっかりと見ていた。
「あの、メグをお願いします」
 キュウはそう言って先生にメグを託すと、自分は諸星警部と一緒に殺害現場に戻った。

 だが、現場に戻るとすぐに諸星警部が素っ頓狂な声を上げた。
「あれえ!? 死体、……消えた?」
「なんで……?」
 キュウも、訳が分からなくなり、その場に立ちすくんでしまった。



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