第1話−7 

 キュウとメグに遅れて私がミッションルームに戻ると、すっかりと気を取り直したらしいメグがソファーに優雅に腰掛けてストロベリーチョコプリンを食べていた。

「さなえ、おかえり。ごめんね、さっきは取り乱したりして」
「うん。先生には謝っておいたから、大丈夫だよ。あの先生、本当は悪い人じゃないって気がするんだ」
「うん、本当はあたしもわかってるんだよね……。本当、ありがとうね、さなえ」
 メグは素直に頷いて、困ったように肩をすくめて見せた。
 そんなふうにするのは、ケンカの後の仲直りや、人に対してお礼や謝罪をするときによくするメグの仕草なんだ。

「いいな〜そのプリン。私にも一口ちょうだいッ」
「ダーメ」
「えー! けち。いいでしょう、一口くらい」
「あーもう。イチゴはダメだからね」
「えーイチゴが、……んッ」
 まだ喋っている私の口に、メグがプリンを押しこんできた。
「うん、美味しい」
「でしょう。期間限定なんだって。あ、それよりこれ見て、じゃーんッ!」

 メグが鞄から紙の束を取り出して、それを私に見せた。
「何?」
 私はそれが何なのか分からず、テーブルの上に広げてみた。
 何かのコピーみたいだ。
 キュウと数馬も、テーブルに近づいて来て一緒にメグが持って来たそのコピーを覗きこんだ。

「岡田律子の殺害現場に落ちていたっていう、西村静香のノートのコピーよ」
「嘘、いつの間に!」
「メグ、すごいよこれ、どこで手に入れたの?」
「ん? 超能力」
 メグがビシっと親指をたててキュウにウィンクして見せた。

「ねえ馬鹿にしてるでしょう。馬鹿にしてるよねえ? だって、超能力って……」
「でも、本当にメグ、どうやってこれを手に入れたの? 諸星警部は事件の捜査資料を私たちには見せてくれないって言ってたのに。……あ、もしかして例の刑事さん?」
「ふふん、さすが、さなえは察しがいいわね。そう、さっき猫ちゃんに頼んでコピーをもらっちゃったんだよね。ちょろいもんよ」
「なるほど、さては女の魅力を使ったでしょう」

 すると私の言葉に、思いがけずキュウが反応してきた。

「お、女の魅力う!? メグ、一体なにしたんだよ」
 キュウが心配そうにメグを見つめる。

「うっさいなあ、企業ヒミツ。それより見てよ、被害者の岡田律子が発見された場所も、殺された状況も、確かにその小説の通りなの」
「あ、本当だ……」
「しかもその小説によると、次に殺される人は胴体真っ二つに切断だって」
「狙われる可能性が高いのは」

 キュウ、数馬、メグ、そして私はテーブルごしに顔を見合わせた。階段から転落死した西村静香から恨まれそうな人物。
「当然、佐々木まどかと大森京子だよね」
「うん……」
 重たい沈黙を破るように、キュウが拳を振り上げた。
「じゃあ今夜からみんなで張りこもう!」
「それはいい考えだね、キュウ!」
「あたしはパス」
「えっ」
「僕も。……発想がアナログなんだよ、キュウは」
 またしてもキュウに賛同したのは私だけ……。
 この切ない展開、多いなあ、と私は思った。

 数馬の言葉にキュウが口を尖らせた。
「なんだよ。パソコンにデータ打ち込んだら犯人教えてくれるっていうのかよ」
「相手は亡霊かもしれないんだろ? だったら、こっちもオカルトで対応するさ」
 数馬は指先で鼻の眼鏡を押し上げると、何やら怪しげな星の描かれた黒い布を得意げにテーブルの上に広げて、「よし」と頷いた。
 そしてニヤリと笑って私たちを手招きした。

「何よこれ」
 メグとキュウが、数馬の両脇に立って布を見下ろした。

「ルーンていう、古代北欧神話の神。オーディンによって生み出された魔術的な占いさ」
「へえ……数馬がそういうのを信じるのって、なんだか意外だね」
 いつもとは違う数馬に興味を抱いて、私もテーブルに肘をついて覗きこんだ。

「見てろ、西村静香の霊と交信して、真相を暴いてやる!」
 そう言って、数馬は両手一杯の石をバラバラと布の上に巻き散らし、その中から一つを取り上げた。
 どうやら、掴み上げたその石に意味があるみたいだ。

「これは……! 暗黒の精霊ナウシス。犯人は……」

 真剣にやってる数馬をよそに、キュウがメグに目配せした。
「ねえ、目がマジなんだけど」
「デジタル突き抜けるとこっちに走っちゃうんだよね」
 二人の囁き声は数馬には聞こえなかったみたいだけど、私には聞こえた。

「この組み合わせは! ……、なんだっけ」

 私は数馬のテーブルから離れて、鞄を掴み上げた。
 撤退だ。
「私、もう一度岡田律子さんが殺された事件現場に行ってみるね!」
「え、これから? さなえ一人で?」
「うん。実は最初にあの部屋に入ったとき、何かひっかかったんだよね。もしかしたらヒントが見つけられるかもしれないから、今から行ってみるよ」
「一緒に行こうか?」
 キュウが親切に聞いてくれた。
「ううん、まだ明るいし、一人で大丈夫。それより、そっちをよろしくッ」

 私はキュウにウィンクして、まだ真剣に魔術に取り組んでいる数馬を指差した。
 誰かが数馬についていなきゃ、数馬は本当にあっちの世界の住人になってしまうかもしれない。

「さなえったら、あたしたちに数馬を押しつける気よ」
「う、うん」
「ねえキュウ、なに頬を赤らめてるわけ? さなえにウィンクされたのがそんなに嬉しかったんだ、ふーん」
「ち、ちがうよ!」
「うそ。私がさっきウィンクしたときは引いてたくせに」
「いや、だって、それは……。さなえがウィンクするなんて予想してなかったからさあ、不意をつかれたっていうか、さなえってそういうところもあるんだな、って……」
「何よそれ、意味分かんない」
「だってメグはよくするだろう、そういうの、誰にでもさ」
「誰にでもって、なによ!」
「じゃあ、僕にだけしてくれるとでも言うの?」
「なっ……何なのよキュウ……」
「ちょっと二人とも静かにしてくれないか! 魔力を集中しないと……」
 数馬が怒りだしたので、キュウとメグが苦笑いしながら見つめあう。
 私はそんな二人に手を振って、そそくさとミッションルームを後にした。メグとキュウはやっぱりお似合いだ。

 それはともかく、私は事件現場に向かいながら、深く溜め息をついてしまった。
 私も何か、役に立ちたかったんだ。
 キュウはみんなをまとめて、いつもQクラスをリードしてくれている。
 メグは自分の能力を活かしながらも、その行動力で、私を助けてくれている。
 数馬は情報をいつもすぐに集めてくれるし、キンタやリュウも、それぞれ事件と向き合って頑張っているんだ。
 誰かの後に着いて回るだけじゃなくて、私も何か、みんなの役に立ちたかった。
 でも、私に何が出来るんだろう。



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