第1話−6 

 次の日、私たちは被害者の岡田律子が通っていたコレジオ学園高校への潜入を試みた。
 コレジオ学園の校舎には西洋風の趣があり、敷地内には礼拝堂まであって、なんだかお洒落な学校だ。

 潜入用の制服は団探偵学園のコネクションを利用して簡単に手に入れることができたけど、私たちはまだ中学生だ。
 高校生に紛れこむなんて、とっても緊張してしまう。
 ちなみに、コレジオ学園に潜入調査をするというアイディアはメグが発案したものだった。

「ねえ、さなえはともかく、なんでキュウまでついてきてるわけ?」
「メグとさなえだけじゃ心細いかな〜って思ってさ」
「っていうかビビってんのキュウの方じゃん」
「だって僕たち中学生だよ。バレたらヤバいって」
「大丈夫だよキュウ、私もビビってるから一緒だよ」
「いや、さなえ、そういう問題じゃなくてさ……」

 放課後の校内は下校する生徒や、これから部活に向かう生徒で賑わっている。
 さっきから私たち、いろんな人に見られているけど、バレてないよね……? 私は内心ドキドキしながら、メグとキュウの後に従った。

「被害者は高校生だし、情報を探るにはやっぱり学校の友達が一番なのよ」
 メグは他の生徒たちをうまくかわして、どんどん校内に入って行く。
 こういうときのメグはすごく堂々としていて、さすがは肝が据わってるなと思う。私とキュウはおどおどしっぱなしだもん。

「それは分かるけどさあ……」
 生徒たちが行きかう2階の広間に出て、人通りはますます多くなった。
「ねえ、あの子可愛くない?」
 おそらくテニス部に所属する女の子たちなんだろう。キュウを見つけて少し遠くの方で賑わっている女子生徒たちがいた。
「ほら、あの子、あの子」
「うそ、可愛い!」
 キュウもその女の子たちに気づいて、おどおどしつつも、なんだか嬉しそうにしてる。

「へえ、キュウって意外に年上キラーなんだね」
「え! そ、そうかな。えへへ。って、メグは?」
「あそこ」

 私が指をさすと、広間の端にある姿鏡の前で、メグがちょうどポージングをしているところだった。
「ふふんッ。一度着てみたかったんだよね〜、ここの学校の制服」
 
 キュウが足早にメグに近づき、目を丸くする。
「本当にやる気あんの?」

 なんていうかキュウとメグは、こういうときよく痴話げんかみたいになるんだよね。
 やっぱり二人はお似合いかもしれないな〜、なんて思っていると、私はコレジオ学園の男子生徒に声をかけられた。
「君、1年生? 見かけない顔だね」
「あ……。はい、1年生です。編入してきたばかりで、あのう、文芸部の部室はどこですか?」
 8割がた正体がバレただろう、という恐怖心を必死でこらえながら、私は上ずりそうになる声を制して男の子にそう言った。
 それでもちょっと声が震えてしまったかもしれない。

「文芸部なら、中庭に面する東校舎の1階だよ。大丈夫? 俺が案内しようか」
 男の子はそう言うと、私の肩に手を回して来た。
「ええ!? あの、大丈夫です」
「さなえ! こーんなとこにいた! 探したのよ!? 行こう!」
「さなえがお世話になったみたいですみません! 僕たちが案内するので、もう大丈夫ですから」
 メグとキュウが私の両腕を掴んで男子生徒から引き剥がしてくれた。
「え、ちょっと待ってよ。君、何組の子?」
「すみません、それではまた!」

 私はキュウとメグに両手を引かれて、男の子から逃げるように駆けだした。

「まったく、目を離すとすぐこれなんだからッ」
「あービックリした……」
「考えてみれば、さなえは昔から男子にモテたのよね……。もう、キュウがちゃんとガードしてないのが悪いんだからね!」
「ええ!? 僕う?」
「ごめんね、メグ、キュウ。あやうく正体がバレるとこだったね……。本当にごめん、足を引っ張って。でも、岡田律子が所属していた文芸部の場所はわかったよ。中庭に面する東校舎の1階だって」

「了解、急ぎましょう」

 それから私たちは人目を避けるようにして東校舎に向かった。
 っていうか、東校舎自体、あんまり人通りが多くないみたいで、校舎は不気味なくらいシーンと静まり返っていた。

「文芸部。ミステリー研究会、オカルト研究会、純文学研究会……。ここね」
 メグがノックもせずにいきなり扉を開けて中に入って行ったので、私とキュウは思わずギョッとさせられてしまった。
「失礼しまーっす! あの、岡田律子さんと親しかった方、どなたかいますかあ?」
 ハイテンションのメグに対し、
「いきなりかよ……」
 と、キュウが引き気味にメグを見守っている。
 
 文芸部の部室は窓にカーテンがかけられ、薄暗かった。
 部室の中央にあるテーブルの上には髑髏を足台にした水晶玉が据えられ、そのまわりに並べられた蝋燭に火がともされている。
「おお……」
 痛々しいほどに不気味な光景に、私は声がもれてしまった。
 壁際に見知らぬ女子生徒の遺影が置かれていて、その遺影が岡田律子のものではないことに私はすぐに気づいた。
 もしかして、文芸部で亡くなったのは岡田律子が最初ではなかったのだろうか……?
 遺影の女子生徒は一体、誰だろう。

 蝋燭の灯りの中で原稿用紙に何やらを執筆中だった男子生徒が顔を上げ、私たちを見た。

「お前ら誰だよ」
 今どきでは珍しいおかっぱ頭のその男子生徒は、ギロリと私たちを睨むと立ち上がった。
 さすが高校生。私たちよりもずっと背が高くて、威圧感がある……。そして、オタクっぽくて恐い。
「て、転校してきたばっかりの1年生……です」
「転校生がなんで岡田のこと嗅ぎまわってんの」
「そ、それは……」
 男子生徒がゾンビのようにヨロヨロと近寄って来たので、メグが後ずさりして、キュウの背中に隠れた。
「いや、あの……」

 ここはキュウに任せよう。
 私はいつでも逃げられるように、ドアノブに手をかけた。

「ぼっ、僕たち、文芸部に入部したいな〜って思ってたんですけど、クラスの連中にリサーチしたら、部員が一人、一週間前に殺されたっていうじゃないですか。おまけに密室で。ミステリー好きとしては、こう、血が! ……うずいちゃって」
「調べたって無駄だ。岡田は呪われたんだ」
「呪われた……?」
「ああ。西村静香の亡霊にね」

「亡霊?」
 メグが、プっと噴き出した。
 すかさずキュウが手を振って「黙れ」とメグを牽制する。
 今、男子生徒の気を逆なでするようなことを言ってしまったら、次に犠牲となるのは私たちの命かもしれないからだ。

「西村静香さんって、もしかしてそこにある遺影の人ですか?」
 私が聞くと、部屋の隅のソファーからむくりと誰かが起きあがった。
「そう。文芸部のメンバーよ。1か月前に亡くなったの」

 そこに誰かがいるということは何となく察していた私だったけど、その女子生徒の顔色の悪さに、私はまたぎょっとしてしまった。
しかも頭から黒いストールをかぶっているのが、小説に出て来るような魔女を連想させるんだ。
 黒いストールの女子生徒は私たちに教えてくれた。

「西村静香は、学校の非常階段で遺体で発見されたの。警察は転落事故として処理したらしいんだけど、私たちはそうじゃないと思ってる」
「どういう意味ですか?」
「一週間前、岡田律子が殺された現場に、その西村静香のノートが落ちてたのよ。そのノートの中身は、『事故に見せかけて殺された少女の亡霊が、真犯人である仲間たちに次々に復讐していく』っていうお話だったの。その描写が、岡田律子が殺された事件とそっくりだったそうよ」

「うそ……」
 メグの表情が強張った。
「つまり、今回の事件は……」
「そう、亡くなった静香の呪いよ」

「……。」
「……。」
「なんかヤバいよ、この二人」
 メグがキュウの制服の袖をつかみ、早く帰ろうと合図した。

 確かに気味の悪い話だ。
 呪いかどうかは分からないけど、今回の事件は、西村静香が転落死したことを発端とする連続殺人である可能性がある、ってことだもの。
 そう考えた時、私は背後に迫る人の気配を感じ取った。
―― 私たち以外に、誰かが居る?
 ドアの外で、誰かが私たちの話を立ち聞きしているような気がしたのだ。

「『仲間たち』ということは、その話の中では他にも殺される人物がいる、ってことですよね」
 キュウが鋭い洞察力を発揮して問いかけると、女子生徒がニヤリと笑った。
「そう。その物語にはもちろん、続きがあるわ」
 と、黒いストールをかぶった女子生徒が、西村静香の遺影に触れながらミステリアスに囁いた。
「警察の話じゃ、あと二人殺されるそうよ。同じ文芸部の仲間が」
「え、その二人って」

 ガチャッ

 文芸部の部室のドアが外から開き、あらたに女子生徒が二人、すごい剣幕で入って来た。
「二人とも、いくらオカルト好きだからって、趣味悪いわよ!」
 
 今にも噛みつきそうな女子生徒たちを、黒いストールの生徒が侮蔑のこもる表情で見返した。
「あたしたちはこの子たちにただ、事実を教えているだけよ」

 するともう一人の女子生徒が口を開いた。
「黙ってよ。それじゃあ律子が静香を殺したみたいじゃないの!」
「佐々木まどか、何そんなにビクビクしてんだよ」
 オカルト好きな男子生徒が挑発するように女子生徒の一人を見据えた。
 黒いストールの生徒も、なぜかニヤニヤしている。
「なにか身に覚えでもあるのかしら」
「あんたねえ!」

 佐々木まどかが手を上げ、黒いストールの生徒に飛びかかった。

「あなたたち何してるの!?」

 開きっぱなしになっていた文芸部のドアから、白いスーツを着た優しそうな女の先生が入って来て、間一髪二人を止めた。
「……。」
「……。」
 それまで怒っていた二人の女子生徒は、まるで先生を避けるかのように何も言わずに部室から出て行ってしまった。
「吉村さん、何かあったの?」
 先生は黒いストールの女子生徒にわけを説明するよう求めたが、彼女はもう一人のオカルト好きの男子生徒とともに先生を無視して部室から出て行った。

 後に残されたのは、キュウとメグと私だけ。
 修羅場をあとにしただけあって、微妙な雰囲気だ。

「あなたたちは?」
「入部希望の1年生です。もしかして、顧問の先生ですか?」
「そうだけど」
「あのう、岡田律子さんが西村静香さんて人に呪い殺されたって、どういう意味ですか?」
「え?」
 メグの言葉に、先生の顔が険しくなる。
「文芸部で何かトラブルでもあったんですか?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「純粋な好奇心です」
「私、顧問って言っても名ばかりだし、生徒のプライベートには立ち入らないようにしてるの。それに、呪いだなんて……」
 メグの問いかけに、先生は少しだけ苛立っているように、私には見えた。自分の教え子が立て続けに亡くなったことで、神経質になっているのかもしれない。
 先生は私たちを置いて出口に向かって行った。

「あの、ちょっと待ってください! 入部する前に内部事情を知っておきたいっていうか……そのほうがあとあと立ち回りやすいっていうか、その……先輩たちには絶対内緒にしておきます! 何があったか教えてください。お願いします!」

 キュウが必死に頼み込んで先生に頭を下げたので、私とメグもキュウにならって頭を下げた。
 すると先生は日当たりの良い中庭に私たちを案内してくれ、歩きながら、それまで文芸部で起こったことを説明してくれた。

「西村静香って子はね、今年の新人ミステリー大賞を受賞した、天才作家だったの。ミステリーの若きカリスマと称賛されてね。彼女のもとには次回作の依頼が殺到したわ」
「へえ、すごかったんですね」
「ただ、彼女ちょっと、傲慢なところがあってね。文芸部の中でも、いつも女王様気どりだった。特に岡田さんたちは、資料集めやネタ探しにいいように使われてた」

「つまりその3人には、西村静香さんを殺す理由があったってことですか?」
 キュウが率直に言うと、先生の顔からサッと血の気が引いた。
「馬鹿な事言わないでちょうだい! そんなことで人を殺すなんて……。それに、これは私の思い過ごしかもしれないし。あの子たちから相談を受けたわけでもないんだから」

 どうしてだろう。
 先生はそう言うけど、それとは裏腹に本当は、西村静香さんを殺したのは岡田律子だということを示唆したがっているように私には感じられた。
 それに生徒のプライベートには立ち入らない、とか言っているけど、その割に生徒たちの関係を鋭く見抜いているのも、不自然な感じがした。

 私がそんなことを思いめぐらしていると、メグがパタリと足を止めて、恐い顔で先生を見上げた。
「そうやって、いつも知らんぷりしてたんですか」
「え?」
 先生がきょとんとしてメグを見下ろす。
「学校の先生なんてみんなそう。自分の身を守るためなら、どんな詭弁だって言えるし、生徒の心だって簡単に踏みにじれる。岡田さんたちが西村さんから酷い目に合っているかもしれないのを知っていながら、どうして何もしなかったんですか? もし本当に岡田さんが西村さんを殺したんだったら、その原因は、岡田さんを助けてあげなかった先生にもあるんじゃないですか? 先生に守ってもらえなかった生徒がどんな思いでいるかなんて、考えたことないでしょう!」

 一気にそうまくしたてると、メグは走って行ってしまった。
「あ、ちょ! メグ!」
 走り去るメグと残された先生の両方の間に立って、キュウが困った顔をした。
「ここは私が。キュウはメグを追いかけて」
「あ、うん。ごめんね、さなえ」
 そう言うと、キュウは急いでメグを追いかけて行った。

 私は先生を見上げた。
 メグの言葉に多少なりとも傷ついたのか、その目には悲しみが宿っていた。
―― 不自然
 さなえが想像していたよりも、深い悲しみがそこにはあった。
 そしてその悲しみとは裏腹に、先生の目の中には、どこか優しい光もある。
 お母さん、て、こんな感じなのかな。私は先生を見てそんなことを思いながら、メグのことを謝った。

「メグには特殊な能力があって、それが原因で、小学校時代はずっとクラスメイトから苛めにあっていたんです。当時の担任の先生はそれを知っていたのに、助けてくれなかった。メグがあんなことを言ったのは、先生が嫌いだからじゃなくて、ただ、先生に守ってもらいたかったからだと思います。本当は生徒は先生のことを信じたいんですよ。失礼なことを言ってしまってすみませんでした」
 私はメグの代わりに先生に深深と頭を下げて、コレジオ学園を後にした。



次のページ 1話-7