第1話−4 


 事件現場となった秋葉原の雑居ビルに、珍しく6人全員で到着。
Qクラスの私たちって、やっぱりライバルを意識しているからなのか、それとも一人一人の個性が強いからなのか、こうして6人で揃って行動することって少ないんだよね。だから、今日みたいに一緒にいられるときは、私はとってもウキウキしてしまう。
 それに、みんなが一緒だと心強いよ。

 雑居ビルの入り口はブルーシートで塞がれ、鑑識の「Keep out」の黄色いテープが張られていた。
 亡くなった岡田律子さんを悼んで、いくつもの花束がビルの前に供えられていた。

 人の死が関わっている、実習じゃなくて本当の事件。
 軽はずみな気持ちでこの場所に足を踏み入れてはいけないんだ、と私は強く思った。こんな私に何ができるか分からないけど、一緒に捜査するQクラスのみんなにも、そして亡くなった岡田律子さんにも恥ずかしくないように、自分にできることを精一杯しよう。

「捜査だ、捜査っ」
 薄暗いビルの階段を、キンタが軽快に駆け上って行った。
 その後に、リュウと数馬が続く。そして、キュウとメグが。
 私は一番後ろから、みんなの後について上って行った。
 まだお日様が出ている夕方の早い時間帯なのに、ビルの中はどんどん暗くなっていった。私たちはそれぞれにDDS仕様のペンライトを取り出して自分の足もとを照らしながら、事件現場となった3階の部屋を目指し、黙々と狭い階段を上った。
 キュウが階段の踊り場で蝋人形を見つけてギョッとして足を止めた。

「なにビビってんのよ、へなちょこ!」
 メグがキュウの背中ばバシっと叩く。

 3階には扉が一つしかなく、その扉をくぐると、部屋の奥にもう一つの扉があるきりだった。
 リュウが部屋の中をペンライトで照らしながら、事件の概要を整理してくれた。
「事件当時、入り口のドアは内側から鍵がかけられ、この部屋に続くドアも鍵が閉まっていた」
「つまり、ドアは二重に閉まっていた、ってことだよね」
 と、キュウが応じる。

「そして被害者の傍には、部屋の鍵が」

 被害者の岡田律子さんが倒れていた事件現場の床を指差して、リュウが言った。

 もし部屋の外から鍵をかけたのだとすると、その鍵を部屋の中にいる被害者の傍に戻すことは、普通に考えれば不可能に思えた。
だって、扉は一つではなくて、奥の部屋と手前の部屋にそれぞれ一つ、つまりキュウが言ったように扉は二重に閉まっていたんだ。かりに「投げ入れる」などして鍵を戻すにしては距離がありすぎる、と私は思った。
それに、犯人はどうしてこの事件を「密室」にしなくちゃいけなかったのかな……。
ミッションルームで団先生のDVDを観たときから、さなえはなんだか違和感を感じていた。
 そんなことを考えていると、さなえは今、自分がいるこの部屋にもなんだか違和感があるような気さえしてきて、軽い頭痛を覚えるのだった。

「でも、誰がその鍵を保管してたんだ?」
 キンタの問いに、すでにリサーチを開始していた数馬が答えた。
「このビルを管理している不動産屋。そこで盗まれたみたい」
「なら、その鍵のコピー造れば、密室もクソもねーじゃん」
「それが、IDカードがなければコピーできない特殊な鍵だったらしい。最近じゃ、テナントが入るようなビルは大抵、そういうIDつきのセキュリティで管理されているのが普通で、珍しいことじゃないよ。正規のルートでコピーされたとすると必ず記録が残るから、その線はないな。つまり、この部屋の鍵は1つしか存在しない」
 数馬がそう断言したときだった。
 
ガチャッ

「ひぃ。……」
「!?」

 背後で扉を開く音がした。
 誰かが、私たちのいる部屋に近づいて来る!

 Qクラスのみんなが瞬時に顔を見合わせ、それぞれ自分の持っていたペンライトの灯りを消した。
「誰……!?」
 独り言のように言ったメグの声音も、さすがに強張っている。
「犯人は、何度も現場に訪れる、……っていうよね」
 キュウがそんな恐いことを言ったので、私は泣きそうなくらい恐くなってしまった。

 そのとき、暗闇の中で誰かが私の手を掴んだ。その手は温かくて、私の手よりも少し大きかった。
 私は深く考えることもせずに、その手を握り返した。
 そうこうしているうちに、キュウと数馬とメグがキンタの背中を押して扉の方へ押しやった。

「なんだよ、なんだよ!」
「こういうときこそキンタの出番だろう」
 キュウがもっともらしくキンタを説き伏せている。
 それに続いてメグも口を開く。
「もしものときはちゃんと弔うから!」
「って、勝手に殺すなよ!」

 そうやってみんながキンタを扉の前にやってる間、私は驚いてリュウを見上げた。
「恐い?」
 静かな声音でリュウが言ったので、私は頷いた。
「うん」
「……、君は素直だな」
 一瞬、リュウが暗闇の中で笑ったような気がしたけど、もしかしたら私のことをバカだと思ったのかな。こんなに臆病な私が、Qクラスと行動を共にしているなんて、って。

 キュウ、数馬、メグが急いで私とリュウのいるところまで戻って来て、私たちは物陰に隠れた。
 
 暗がりの中でかすかに見えるリュウは前方を黙視していて、その横顔からは何も読みとることが出来なかった。
 だから私は妙にドキドキしてしまって、扉の向こうからやって来ようとしている謎の人物のことも気になったけど、リュウのこともそれと同じくらい気になってしまった。
 こんなふうに手を握ってくれているのは、親切……?

ガチャッ

「うおおおおおおおお!!!」
 私たちのいる部屋の扉が開き、正体のわからない謎の人物が入って来ると、キンタが雄たけびを上げながら飛びかかって行った。
相手はキンタと体格差がないくらい、大柄な人物だ。

 キンタはその人物を背負い投げして床に組み伏せると、腕をねじり上げて完全に動きを封じた。
「だ、誰だ貴様ああああ!!!」
 床に組み伏せられた男が叫び声を上げる。
「お前こそ何者だああ!!」
「け、警視庁の、諸星だ!」
「ッ!?」
「け、刑事!?」


 私たちは全員、驚いて息を呑んだ。
 警察の人!?



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