第1話‐3 

『ダーツ&アミューズメントバーLOOP』
 七海先生に言われて私たちがやって来たのは、秋葉原にある喫茶店だった。
 店内は宇宙船を連想させるような白い光に包まれ、ガラス調度や銀メッキで統一されている。
 狭い店内にはカウンター席とテーブル席がわずかにあって、キュウの好きなメイド服姿のウェイトレスさんが暇そうにしていた。

「左奥の扉です。非常ボタンを押してください」

 お店のオーナーらしき女の人にそう言われて、私たちはさらに狭い通路に通された。
 ぱっと見たところ扉らしき入り口は見当たらなかったけど、キュウが非常ボタンを押すと、私たちの足もとで壁が音もなく開いた。
 壁の入り口は縦横1メートル四方くらいで、私たちは身を屈めてそこから中に入って行った。

 ダーツバーの眩しいくらいの白い光とは対照的に、中は真っ暗だ。

「ちょ、押さないでよ!」
「あ、悪りぃ」
「きゃっ」
 私の後ろでメグがキンタとぶつかってバランスを崩したみたいだ。
 メグに押される形で私もバランスを崩し、私は暗闇の中で誰かとぶつかった。そして、その人物を壁際に押し付けるような体勢で止まってしまった。
 真っ暗だから私が壁に押し付けているのが誰なのかわからない。
 すぐに離れようとしたけど、後ろから入って来た数馬がさらに私にぶつかって来て、みんなの体がわけのわからない形で密着してしまい、離れられなかった。

「うわっ」
「ちょ、電気つけろ、電気!」
「あった!」
 キュウの声がして、部屋の中がパッと明るくなった。
 瞬間、私は自分が壁に押し付けていたのがリュウだったことを知って、心底心臓が飛び上がった。しかも息がかかりそうなほどお互いの顔が近い!
「ご、ごめん!」
 私は慌ててリュウから離れて、そしてなんとなく身構えた。

「僕は平気だ」
 私の予想に反して、リュウはさして気にかける様子もなく、明るくなった部屋の中を見回した。

「おおーー!!」
「わあ」
「へぇ〜」
「すっげーな」
 みんなが口々に歓声を上げて見回しているその部屋は、まるで中世の御屋敷の書斎のようだった。
皮張のソファーや、マホガニーのテーブルやデスク。壁には天井付近までびっしりと法律や犯罪関係の本やファイルが並んでいる。
変装用のマスクや、探偵キッド、武器なども取りそろえられているみたいだ。
 それに、警察庁からの御礼状や、感謝状や盾がいくつもあるし、団先生の写真が壁に飾られていた。

「ここが団探偵事務所のミッションルームか」
 キュウが目をキラキラさせて、団先生の名前が刻まれている勲章を見上げていた。
「すっごーい。家出したらココ泊まっちゃおッ」
 メグは窓際のソファーに深深と沈みこんでいる。

 キンタは暖炉の前のリクライニングチェアに腰掛け、この部屋の雰囲気にひたって満足そうにしているし、一方でリュウは壁に並んだ本棚に興味を示している。数馬は団先生のデスクのパソコンに夢中だ。
 私はただ、そんなみんなのことを見てた。
 こんなふうに心から嬉しそうにしているみんなを見ると、私って本当にここにいていいのかなって思っちゃうんだ。
 でも、嬉しそうにしているみんなを見ていると、このときはなんだか私も嬉しくなって、笑ってしまった。
 その時何故か、本棚の前で本を開いていたリュウと目が合って、私は途端に恥ずかしくなった。
 だってリュウはもしかしたら、私がここに居ることを場違いだって思っているんじゃないかな……。

「はあ……」
 私は小さく溜め息をついて、部屋の中央にある大きなテーブルの席の一つに座った。

「みんな! これを見て」

 団先生のデスクを調べていた数馬が、一枚のディスクを見つけてそれをみんなに掲げて見せた。
そのディスクには、『Dan Detective School Mission Disc』 と書かれている。
 Qクラスのみんなの表情が途端に変わり、数馬が部屋に仕掛けられたスクリーンを出してディスクをセットするまでの間に、みんな中央のテーブルに集まって来て、それぞれ席についた。
 メグが私の向かい側の席に、キュウはメグの隣に座った。
 キンタが下手中央にドッカリと腰掛け、数馬は私の左隣に、そして、リュウが私の右隣に座ってきたので、私はまた居づらい気持ちになった。

 数馬がリモコンで部屋の電気を消して、ディスクが再生された。
 初めに映し出されたのは、Dan Detective Schoolの頭文字D.D.Sが刻まれた学校旗。

『Qクラスの諸君、ごきげんよう』
 そしていきなり映し出された団校長の姿に、私たちは驚いて椅子から立ち上がった。団校長に直接御目にかかれる者はなかなかいないのだ。
 私たちはみんな直立不動で団先生の言葉に耳を傾けた。

『今、諸君らがいるその部屋は、私がまだ駆けだしの頃、事務所として使用していた場所。
つまり私の原点だ。今後、その部屋は君たちの教室だと思ってくれ。
今回その部屋を提供したのはほかでもない、君たちにある事件を調査してもらうためだ」

「へ?」
 キュウが気の抜けた声を出した。さすがのキュウも団先生の言葉は予想外だったみたいだ。
 団先生の言葉は続く。

『一週間前、秋葉原の雑居ビルで女子高生の死体が発見された』
 スクリーンに女子高生のご遺体と、現場の様子が事細かに示された鑑識写真が映し出された。
 その様子は、私が素人目に見てもちょっと普通とは思えなかった。地面に倒れている女子高生は、頸部、腹部、そして足。少なくとも三か所は刺されていた。
床には血痕が広がり、現場となった雑居ビルの壁にも大量の血が飛び散っている。

『被害者の名前は岡田律子。都内のコレジオ学園高校に通う3年生だ。
死因は刺殺による出血死。警察は殺人事件として捜査を開始したがすぐに行き詰った。
殺害現場となっていた部屋のなかに鍵が残され、完全な密室となっていたからだ。
警察からの捜査協力の要請を受け、今回私は、思い切って君たちを派遣することにした。
それぞれに力を発揮して、事件を解決に導いてもらいたい。諸君らの検討を祈る』

そこでディスクは終わりだった。

「密室殺人……」
「密室殺人……」
 キュウと私の声が重なってしまって、私たちは顔を見合わせた。

「とりあえず、今から現場に行ってみよう!」



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