第1話−14

 今、私たちは文芸部の顧問、米山先生の自宅マンションにやって来ていた。
 時刻は夜の8時過ぎ。

「でも、わからないよ。どうしてキュウは米山先生が犯人だと思うの? いつから疑っていたのよ」
「それはねさなえ。僕とメグが佐々木まどかさんの胴体切断の死体を見つけた夜、米山先生がとても奇妙なことを言ったからなんだよ」
「奇妙なことって?」
「先生は前、生徒のプライベートには立ち入らないようにしていると言ってただろう? 日頃から生徒との関わりを避けている先生に、佐々木さんからSOSの電話がかかってきたのはちょっと不自然だったし、しかもそのとき先生はこんなことを言ったんだ。あのとき、行方不明になっているのが分かっていたのは佐々木さんだけだったのに、先生は「あの子たちどこにいるんですか!」と口にした」
「あの子たち……?」
「つまり先生は、胴体切断の現場にいたのが、佐々木さんと大森さんの二人だと知っていたんだよ。そしてそれを知っていたのは、彼女たちを動かしていた真犯人に他ならない」
「なるほどぉ。キュウって探偵さんみたいだね」

 私とキュウが話していると、なぜかリュウがちょっと恐い顔をした。
「話は済んだかい? 米山先生が動き出すとすれば、そろそろだ。すでに事におよんでいるとすると、必ず車を利用するはずだ」
「マンションの地下に駐車場がある。こっちだ」
 数馬が手招きする方へ私たちは進み、それぞれの配置について待機した。

 間もなくして、スーツケースをひきずる音と、ハイヒールのコツコツ鳴る音が地下駐車場に響いて来た。
 米山先生だ。

 キュウが最初に出て行き、先生の前に立ちはだかった。
「お出かけですか、先生」
「そのスーツケースの中身、処分しに行くとか」
 続いてメグが出て行き、数馬、リュウもそれぞれ身を潜めていたところから姿を露わした。
 私は、先生と直接顔を合わせるのが辛くて、みんなの後ろのほうに隠れていた。

 キュウはいきなり、ずばりと本題に入った。
「トリックはすべて解けました。あなたが今回の連続殺人の犯人ですね」
「一体何の話? 言っている意味が全然わからないわ」

 するとリュウが先生の背後に歩み寄り、冷たく言った。
「氷の球と、二人の人間による遺体切断のマジック。それだけ言えば充分だろ」

 米山先生がハっと顔色を変えて黙りこんだ。
 静かな地下駐車場に、キュウの声が淡々と響く。
「ずっと引っかかっていたんです。日頃から生徒との関わりを避けているあなたに、なぜ佐々木さんがSOSの電話をかけてきたのか。それは、僕たちと行動を共にし、無実を証明するためのアリバイ工作だったんだ」
「妄想もいいところよ」
 米山先生がヒステリーに吐き捨てた。

「じゃあ、なんであんなこと言ったんですか?」
「え?」
「佐々木さんからの電話を諸星警部が受け取った時です。あのとき、行方不明になっていることが分かっていたのは佐々木さん一人でした。でもあなたはおもわず、『あの子たち!』と口にした。それは、殺害現場にいたのが佐々木さんと大森さんだと知っていたからじゃありませんか?」

「……。」

 黙りこむ米山先生を前に、メグがゆっくりと進み出た。
「スーツケースの中、見せてよ」
「……。」
 先生は何も言わない。
 確信を得たキュウが、悲しい顔で言った。

「先生、どうして、こんな酷いことを。どうして」

 そのとき背後に迫る気配に、私は振り返った。息を切らして駆けこんで来たのは、キンタだ。
「娘を殺された復讐なんだろ?」
「キンタ!」
 みんながキンタの声に振り返り、声を上げる。
「今まで何してたのよ」

「西村静香の周辺を調べてたんだ」
 と、キンタは言った。
「静香はこの人が産んだ娘だったんだ。子どもが産まれて間もなく、あんたは小説家になる夢を諦めきれず、家族を捨てた。でもどれだけ頑張っても夢は夢のままだった。そのとき、あんたはこの学校で娘と再会したんだ」

 米山先生が小さく息を吐いた。

「……血は、争えないわね。16年ぶりに再会した静香はミステリーに夢中で、天賦の才能の持ち主だった」
 先生は愛しむような優しい眼差しで宙を見上げると、夢うつつに話を続けた。
「あの子が、コンクールで賞をもらったときも嬉しかった。私の夢を叶えてくれた気がして。でも、その幸せも長くは続かなかった」
 先生の顔が嫌悪に歪む。
「私、あの子たちの話を偶然、聞いてしまったの。娘を殺したのがあの子たちだというのが、それですぐに分かったわ。……あの子たち笑ってた……。娘の未来を奪ったあの子たちに、生きる価値なんてない」

 さなえはその話を聞いて、胸が痛くなった。
 だから初めて会った時、米山先生はとても悲しげな目をしていたんだ……。

 リュウがゆっくりと、米山先生に近づいて行った。
「へえ。彼女は実の娘だったんだ。娘の復讐ねぇ……。よくそんな綺麗事言えたもんだな」
 ただならぬリュウの気迫に、先生よりもキュウが驚いた顔で聞き返す。
「どういうこと?」

 リュウの代わりに数馬が答えた。
「この人、秀公社の新人コンクールに小説を送ってた。でもそれは、西村静香が図書室に隠した幻の遺作だったんだ」
 リュウが数馬の後を継いだ。
「僕たちが図書室でディスクの在りかに気づいた時、それはもう誰かの手に渡った後だった。だからさっき数馬に調べてもらったんだ。西村静香の遺作を売りつけられた出版社がなかったかどうか」

「でも、どの出版社も原稿を手にしていなかったよ」

「出版社に売り付けることが目的ではないとすると、考えられる可能性は一つ。その原稿を自分の作品として発表することだ」
 リュウが鋭く米山先生を睨みつけた。

 数馬が続ける。
「コンクールの主催者に応募者の名前を問い合わせたら、見事にヒットしたよ。米山先生の名前が」

「でも、どうしてそれが西村静香の遺作だってわかったんだ?」
 キンタが疑問を投げかけた。

「作家はよく、書きかけの原稿をバックアップするのにメールボックスを利用する」
「西村静香がオンラインで使用していたフリーメールをハッキングしてみたら、しっかりと残っていたよ。幻の遺作のオリジナル原稿」
「でも彼女の作品を自分のものにするには、一つだけ問題があった。その作品をすでに読んでいた人間がいたんだ」
「殺された被害者たち……?」
 メグがショックを受けた様子で言った。

「ああ。こいつは娘の復讐なんかじゃなく、盗作がバレないよう3人を殺したんだ」

「違う! 違うわ。あたしは、静香のために!」
「だったら、なぜ娘の名で公表しなかった? あんたは悪魔に魂を売り渡したんだよ!」

 リュウが物凄い剣幕で怒鳴ったので、みんながビクリとした。

―― 不自然。
 なぜだろう、このとき、奇妙な違和感がさなえの胸を締め付けた。
 本当に先生がやったの?
 連続殺人は娘を殺された復讐のため? ――不自然。たとえそうだとしても、殺す方法は他にいくらでもあったはずなのに、どうしてこんなに残酷な方法で? 今回の事件には、まるで殺人を楽しんでいるかのような残酷な演出が多すぎるように思えた。米山先生が、本当に自分でそんなことを考えたのかな?
 娘の原稿を盗むため? ――不自然。あまりに合理的すぎるよ。

 パトカーのサイレンが鳴り響き、警官隊が降りて来て米山先生を取り囲んだ。
 背広姿の刑事がスーツケースを開くと、中から白い煙が立ち上り、無惨な姿となった佐々木まどかさんの遺体が発見された。

 苦虫を噛み潰したような顔で出て来た諸星警部が、米山先生に手錠をかけた。
「死体遺棄容疑で、署まで同行願います」



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