第1話−13

 その日の午後、キュウ、リュウ、メグ、そしてさなえの4人はコレジオ学園の制服に身を包み、学園の図書室にやって来た。
 数馬も一緒に来ようと言ったのに、「僕は潜入捜査には向いていない。バックアップにまわるから何かあったら電話してくれ」とか言って、結局来なかったのだ。
 
 土曜だということもあって、校内には部活の生徒以外はほとんどいなかった。
 私たちQクラスの4人が動き回るには好都合だ。

 図書検索用のコンピュータで検索すると、前編が紛失している作品がすぐにヒットした。
「亡者の棲家。上巻が紛失してる!」

 キュウが打ち出した検索番号を頼りに、リュウが素早く『亡者の棲家』の下巻を見つけだした。
 みんなが覗く中、リュウがパラパラとページをめくっていくと、本の背表紙が破られているのがわかった。
 まるでそこに、何かディスクのようなものが入っていたかのような隙間ができている。

「誰かがもう持ち去ってる……」
 4人は互いに顔を見合わせた。
「一体、誰が」

 私たちが破られた本を夢中になって覗きこんでいるとき、私の隣でメグがいきなりビクっとして、小さな悲鳴を上げた。
「メグ?」
「うおおおおおお!?」
「ひッ……」

 見ると、肩から黒いストールをかけた文芸部の吉村さんが、すごい近くで私たちのことを覗きこんでいた。
 前見たときと同じように、目の下にはクマがあり、顔色がとても悪い。近くで見るとさらに大迫力だ。
「うそ、もしかして先越されちゃったの?」
 吉村さんはそう言うと、リュウが手にしている破られた本を見て、残念そうに笑った。

 でも、あれ?
 私はこのとき奇妙な違和感を感じて首をかしげてしまった。
―― 不自然。
 またあの感じだ。気のせいだろうか。

 私たちは吉村さんに導かれるまま、窓際のテーブルに座った。
「ところで、西村静香さんが書きあげていたというその新作、誰か読んだことある人いるんですか?」
 リュウが人懐っこい新入生を演じて吉村さんに尋ねた。
 いつもは近寄りがたいオーラを放っているリュウだけど、事件の捜査となるとこういう小芝居もできちゃうんだから、感心してしまう。

 リュウの質問に、吉村さんがゆっくりとした口調で答えた。
「律子たちは読んでたんじゃないかなあ。投稿前によく、読み直しさせられてたから。それから、顧問の米山先生」
「あの先生も!?」
 キュウの瞳がキラっと光った。
 こういうとき、キュウは何かを閃いているんだ。

 吉村さんが話を続けた。
「あの人、ああ見えて昔はミステリー作家を目指していたそうよ。そのために家庭も捨てたっていうから、半端じゃないわ」
「それで、デビューできたんですか?」
 今度はメグが聞いた。

「結局、才能なくて挫折しちゃったみたい。でも批判は的確でね。あのプライドの高い静香も、先生のアドバイスだけには耳を貸してたわ」

 吉村さんの言葉にリュウが席を立ち、ポケットから携帯を取り出して数馬にコールした。
 電話口で、リュウが数馬に、西村静香の遺作が出版社に売り付けられていないかを調べるよう話しているのが、さなえにも聞こえた。
 
 吉村さんが私たちを置いて文芸部の部室に戻って行った後、校内にパトカーのサイレンが鳴り響いた。
「何かあったのかな」
 私たちは図書室を出て、事件に吸い寄せられるように騒ぎが起こっている本校舎に向かった。
 すると、土日は営業を停止しているという学食の入り口に人だかりができていて、ちょうど警察が現場保存をしているのが見えた。

 鑑識の人と話をしていた諸星警部と猫田刑事が私たちに気づいた。

「おお、またお前らか」
「何か起こったんですか?」
 キュウに続いて私たちが駆け寄ると、諸星警部が深刻な顔でこう言った。
「大森京子の死体が、ここで発見された」
「ええ!?」
「そんな……」

 警部が私たちを現場に案内してくれたので、私たちは鑑識の黄色いテープをくぐり抜けて中に入ることができた。
 途中、キュウが立ち止ってメグを振り返り、心配して言った。
「メグ、もう見ない方が……」
「え」
 メグがパタリと足を止める。

「またパニック起こすかもしれないし」
 とキュウは言った。

 二人のやりとりを聞きながら、私はキュウとメグの両方を見つめた。キュウは優しい。だから、私にはキュウがそう言うのもよく分かる気がした。
 一方で、メグは悩んでいるみたいだ。
 今回も残酷な人の死にざまを見て辛い思いをするか、それとも、逃げるか……。
 私はその判断をするのはメグだと思ったけど、同時に、メグなら必ず立ち向かうはずだとも思った。
 だってメグは強いんだもん。
 自分の能力を絶対にこの事件解決のために活かそうとするはずだよ。
 メグは今までずっと、その能力と闘って来たんだ。だから、今さら逃げたりしないはずだ、と私は思った。

 私は何も言わずに、メグが何て言うのかをジッと待った。
 すると、それまで黙っていたリュウがボソリと呟いた。

「何甘いこと言ってんだよ」
「え?」
 キュウが、信じられないという顔でリュウを見返す。

「メグの能力は生まれながらに授かったものだろ。それを活かさないでどうすんだよ」
 リュウのキツイ言葉が、キュウの胸に突き刺さったみたいだ。

「リュウはメグの怯えた姿を見てないからそんなことが言えるんだよ」
「だったら探偵なんて目指すの、今すぐ辞めるんだな」
 今度は、リュウはメグに直接そう言った。
 キュウがメグとリュウの間に入る。
「リュウ、誰にだって苦手な事やイヤな事はある。それを助けあうのが仲間だろう」
「悪いけど、僕にはそんなもの必要ない。僕はずっとそうやって生きて来たんだ」
 棘のある口調で吐き捨てたリュウに、キュウが息を呑んだ。
「……。」

 そこへ諸星警部が、鑑識の人に大森京子の遺体を運ばせてやって来た。
「死因はおそらく、絞殺だ」

 諸星警部が遺体に掛けられていたシートを剥がしたので、メグが咄嗟に顔をそむけた。
 私は我慢できなくなって、メグの手をギュっと握った。
「さなえ……」
「メグ」
 私に何が出来るだろう。
 瞬間記憶能力のない私には、メグの辛さを一緒に背負ってあげることもできない。それに私はメグよりもずっと臆病で、いつも弱いんだもん。

「メグ。メグは強いよ」
「え?」
「小さい頃からずっとそうだったよね。メグはいつも私より強くて、いつも私を助けてくれた。だからメグが立ち向かおうとするときにはいつも、私はメグの傍に居るよ。恐くて眠れないときは、私が一緒に寝て上げるよ」
「さなえ……。うん、そうだよね」
 メグが決心したように、ゆっくりと前を見据えた。
 探偵を目指している、メグの真っすぐな瞳が輝く。

「メグ」
「キュウ……、大丈夫だから」
「でも」
 心配するキュウに、メグが優しく頷いてみせた。
「どうしても乗り越えなきゃいけないの。自分の力をちゃんと役にたてたいの」
 まるで自分にそう言い聞かせるように言ったメグの真剣なまなざしに、キュウも気がついたようだ。
 キュウはメグの傍に寄り添うと、静かに頷いた。

「わかった。メグがそう決めたんなら、もう止めない。でも、メグは一人じゃないから。僕もさなえも、リュウも傍に居る」
「うん」

 メグと私は手を繋いで、大森京子さんの遺体に近づいた。
 反対側からは、キュウがメグにしっかり寄り添っている。

 遺体を見た瞬間、メグは私の手を強く握って来た。
 首にロープで縛られたような痣ができている大森さんは、うっすらと目を見開き、苦しそうに口を歪ませた姿で亡くなっていた。
 文芸部の部室で初めて会ったときに聞いた、大森さんが怒っていた声や、怒っていた顔。
 彼女が生きていた頃の記憶が蘇って、私もメグの手を強く握り返した。

 メグの呼吸が速くなる。けど、メグはそれでもジッと大森さんの遺体を観察して、そしてすぐに不審な点を見つけだした。
「おかしいわ……佐々木さんと同じホクロがある」
「どういう意味?」
「昨日の夜見た、切断されてた佐々木さんの下半身にも、大森さんと同じホクロがあったの」

 その瞬間、キュウが真相に気がついて興奮して声を上げた。
「そうか! 昨日の夜、僕たちが見たのはやっぱり、佐々木さんの死体じゃなかったんだ!」
「え?」
「さなえの言ったことは正しかったんだよ!」
 私はまたしてもわけが分からず、首をかしげてしまった。
「手品の仕掛けだよ。僕たちが死体だと思ったのは、死体ではなかった。あれは、佐々木さんと大森さんがそれぞれ死体のパーツを演じていたものだったんだ!」

「おい、それどういうことだよ」
 近くで聞いていた諸星警部が怪訝な顔をする。

「つまりマジックの、胴体切断のトリックです! 二人はそれぞれ、上半身と下半身を段ボールに埋めてただけなんです。そしてあの車の爆発は、おそらく僕たちを現場から遠ざけるための罠だったんだ。ブルーシートや段ボールを現場から持ち去ったのも、やっぱり理由があったんだ! 警察に調べられたら、手品のトリックが水の泡だもん」
 キュウはそこまで言うと、メグの手を取って嬉しそうに笑った。
「メグ、ありがとう。君のおかげでわかった」
 キュウのキラキラとした眼差しを受けて、メグの頬がかすかに赤らんだ。

 諸星警部が猫田刑事と顔を見合わせ、眉を寄せている。
「そんな単純な仕掛けに、俺たち引っ掛かったのか?」
 キュウがその疑問に答える。
「最初の被害者の岡田律子さんは、ノートになぞらえて殺されました。だから僕たちは、佐々木さんもノートに書かれていたように、胴体を切断されたと思い込んでしまったんです。巧妙な心理トリックです」

「でも、なんでそんな面倒くさいことしなくちゃいけないんだ?」

「自分のアリバイを作るため」
 それまで黙っていたリュウが、ハッキリとした口調で言った。
 瞬間、キュウとリュウが目を見合わせた。どうやら今、二人は同じことを考えているみたいだ。
 普段はお互いに突っかかり合っているけど、今は推理で繋がっているキュウとリュウの二人を見て、さなえは嬉しくなった。

「そう。二人はきっと、犯人に脅されていたんだと思う。言う通りにしなければ、西村静香さんを殺したことを表ざたにするって」

「じゃあ、真犯人の正体は……」

「あの人以外、考えられない」

 キッパリとそう断言したキュウの目が鋭く光った。



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