第1話−12

「犯人はまず被害者を殺害し、外から部屋の鍵をかけた。そしてこの穴を利用して、遺体の傍まで鍵を運んだんだ」
 再び雑居ビルの3階にやってきた私たちは、リュウの説明に耳を傾けていた。

「でもどうやって? どんな道具を使ったんだよ」
 理屈だててものを考える数馬が、納得のいかない顔をしている。

「道具なんて必要ない。この穴から鍵を戻してやるだけで、自動的に奥の部屋の隅にたどり着くんだ」
「そんな。鍵が勝手に歩いて行くとでもいうの?」
「歩いて行くんじゃない。転がって行くんだ。それは昨日、僕がさなえとここにいたとき、さなえが証明してくれた」
「うん。私がここでうっかり追跡マーカーのケースを落としちゃって。そうしたら、床に散らばった追跡マーカーの粒が、ころころ転がって奥の部屋にいるリュウの所まで行っちゃったの」
「それで閃いたんだ」
 リュウがそう言って、断熱ケースに入れてあらかじめ持ってきていた氷の球を取り出した。その氷の中には鍵が入っている。

「え、氷?」
「よく見てろ」

 リュウが部屋の外から穴の中に、氷の球を静かに置くと、球はさなえが落とした追跡マーカーと同じように床の上をコロコロと転がって行った。
 それを見ていたキュウが目を丸くする。
「なんで? なんで止まらないの?」
 すると数馬が叫んだ。
「そうか、傾斜だ!」

 私たちは部屋の中に入り、球の軌跡をたどっていった。リュウが説明を続ける。
「そう。この部屋の床は見た目には分からないけど、ある一点に向けてゆるやかな傾斜になっているんだ。そうしてこの段ボールも、球が転がって行くベクトルを邪魔しない位置に計算して置かれていたんだ。部屋の中は日中、40度近くまで気温が上がる。氷が解けて気化すれば、床に鍵だけが残る」

 氷の球はリュウがそう言った通り、実際に現場で発見されたのとほとんど同じ位置で止まった。
「これが密室殺人のトリックの正体だ」

「リュウ、すごい!」
 キュウが瞳を輝かせてリュウを見た。

「私もそう思うよ。リュウって本当に頭がいいよね。みんなでホームズさんて呼ぶことにしない?」
「それはやめてくれ」
 リュウが即答した。
「おめでたい奴」
 床から氷の球を拾い上げて、メグが不満そうな顔だ。

「僕も、さなえが偶然、追跡マーカーを落とさなかったら分からなかった。それにさなえは、僕がこのトリックに気づく前から、この部屋の段ボールの並び位置や床の傾斜が不自然なことに気がついていたんだ」
「それは直感だよリュウ。私は何もわかってなかったもん」
「もしかして、それがさなえの能力なの?」
 キュウが興味を示して聞いて来た。
「能力ってほどのものじゃないよ。私はメグと違って、全然使いこなせていないもん。人よりもちょっとだけ感が働くってだけだよ」
「さなえは昔から、ラボでのトレーニングをサボってたもんね」
 メグがニヤニヤ笑って、手にしていた氷の球を私に手渡して来た。
 私はそれを数馬にパスした。
 数馬は氷の球を空中でキャッチすると、それを弄びながら言った。
「それはともかく。喜ぶのは犯人の正体か、死体消失のトリックが完全に解けてからにしたら」
「悔しいねぇ、数馬。リュウに先こされて」
 メグが数馬を見てニヤリとした。

「別に。僕が優先してたのは犯人探しだし」
「妙な占いにハマってたくせに」
 メグの言葉に、そういえば数馬の魔術はもう終わったのかな、とさなえも思った。
「やるべきことはやったさ!」
 数馬は憤慨したようにそう言うと、今度は得意げに言った。

「西村静香のファンサイトで、幻の遺作が話題になっていたよ」
「え、彼女、新作書きあげてたの?」
 キュウが驚く。

「ああ。出版社に問い合わせたら、彼女、亡くなる直前に非公式にメールを送ってたらしい。その内容は、『次の作品のコピーを学校の図書館に隠します。それを発見できた方と、今回は出版契約を交わします。ヒントは、決して読まれることのない作品です』ってね」

「さすがミステリーの女王。謎かけときたか」
「で、その原稿、誰か見つけたの?」
「いや。各出版社はいろんな手を使って探したけど、未だに発見できずにいるんだって。西村静香本人のパソコンに原稿が残っている可能性もあったんだけど、亡くなった時にクラッシュして、確かめようがないみたい」

「じゃあ、まだその原稿のコピーはコレジオ学園の図書館にあるんだ……今からみんなで探しに行かない?」
 と、さなえは言った。

「でも、『誰にも読まれることのない本』て言われても……」
「ねえ、たとえば」
 キュウがキラリと目を光らせて、みんなを見回した。
「続きものの漫画を読んでて、一巻だけ抜けてたらどうする?」
「えー、前の話が分からなかったら、後の話は読みたくないよ」
 読書好きな私は、キュウの質問に真っ先に答えた。

「そうか!」
「なるほど」
 リュウと数馬が同時に声を上げる。

「へ?」
「そう。答えは前編と後編がある作品で、前編が存在しないもの。さなえが言った通り、前編を読まなきゃ後編には進めないよね」
「うっそ、キュウ頭いい!」
「えへへ、そうかな」
 キュウの閃きに私が感動していると、メグが呆れたように首を振る。
「いや、そこまで言ってて自分で気づいてないさなえにもビックリよ」

「図書館のコンピュータを使えば、前編が紛失している作品がすぐにわかるはずだ。今から原稿を探しに行ってみる価値はあると思う」
 リュウがそう言ったので、キュウが嬉しそうに頷いた。
「よし、さっそくみんなでコレジオ学園に行こう!」



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