第1話−11

 リュウと別れて家に帰った私は、シャワーを浴びてから急いで着替えて、すぐにQクラスのミッションルームに向かった。
 冥王星に拉致されて一晩を過ごしている間、キュウから何件もメールが来てたんだ。
 事件に良くない展開があったみたいだから、早くみんなに合流しなくちゃ!

 朝8時。
 私がミッションルームに到着したときには、もうキュウと数馬が先に着いていた。

「おはよう! キュウごめんね、昨日はメールに気づけなくて。結局、張り込みはメグと二人でしてたんだね」
「あ、さなえ! ひどいよう、何度もメールしたのにさあ。返事全然くれないし」
「本当にごめんね。最初の事件現場を調べていたら、ちょっといろいろあって……」

 冥王星のことは、リュウから一応口止めされているので、さなえはそれ以上は言わないことにした。
 どちらにしても、みんなに本当のことを打ち明けるならリュウ本人の口から言った方がいいはずだもの。

「それより、昨日は大変だったんだね。キュウ、大丈夫?」
 昨日、佐々木まどかの胴体切断の遺体が発見され、しかもその直後に死体が消えたというところまではキュウのメールで知らされていたことだった。
「はあ……」
 キュウはさなえの言葉に、昨日の事件のことをまた思い出したのか、深く溜め息をついてテーブルに突っ伏した。
 どうやら相当、ショックを受けているようだ。
「なにやってんだよ僕は。彼女の傍に居ながら、……救えなかった」
「キュウ……」
 私はキュウの向かい側に座り、ポンポンとキュウの手をたたいた。

 すると数馬が、なぜかキュウの鞄を掴んでテーブルまでやって来ると、私の隣の席に座って、いきなりこんなことを言った。
「僕もショックだったよ。まさか、こんな物を発見するなんて」
「え?」
 数馬はキュウの鞄から一枚のDVDを取り出し、それを私たちに見せた。
 私はもちろん、それに見覚えがった。春咲あずみ、と書かれたメイド服姿の女の子のエッチDVDだ!
「あ! キュウのだ!」
 私が叫んだのとほぼ同時に、キュウがビックリして立ち上がった。
「ちょッ! てか、なんで人の鞄、勝手にあさってんだよ!」
「キュウがメイド好きだったとは、やられたよ」
 すました様子でシタリ顔をする数馬に、キュウが事情を説明しようと意気込んだ。
「違うんだよ、ビデオ屋さんでね、人とぶつかったんだよ」
 だが、数馬は首を振る。
「嘘もそこまで捻りがないと、逆に面白いね」
「嘘じゃないって! ね、さなえも見てただろ、数馬に言ってやってよ」
「確かにキュウはそのメイド服のやつに興味を示してたよね」
「ちょ、さなえまで! 僕を弁護してくれようって気は少しもないわけ!? 仲間だろ?」
 キュウが目を剥き出しにして本気で怒るので、私は思わず笑ってしまった。

 ガチャ

 ミッションルームの扉が開き、リュウと、それからメグが入って来た。
 キュウは物凄い速さで数馬の手からDVDを奪い取ると、それをTシャツの内側に隠した。

「あ、一緒だったんだ」
 何事もなかったかのようにテーブルに肘をついて二人を迎えるキュウに、私はニヤニヤが止まらない。
 リュウが真っすぐにやって来て、私の右隣の席に座った。
「おはよう」
 今度は、私が何事もなかったようにテーブルに肘をつく。
「おはよう」
 リュウも何事もなかったように、無表情だ。

「昨日は心配かけてごめん」
 メグがキュウに対してそう言いながら、窓際のソファーに腰掛けた。
「無理ないよ。あんなの見ちゃったら」
「そっか、メグも昨日の事件現場に……」

 胴体真っ二つの死体をもし自分が見てしまったら、と考えると、さなえはブルっと身ぶるいした。
 私でさえそれほどショックを受けることなのに、瞬間記憶能力のあるメグがそれを見たら……。

「瞬間記憶能力ってさ、一度見たものは絶対に忘れないんだよね。っていうか、忘れたくても忘れられないの。便利そうで、意外とキツイんだよね……」
 そうして伏せ目がちに言うメグは、よく見ると顔色がいつもより悪いみたいだった。
 探偵という道を目指したとき、メグが一番苦しむのはもしかしたら、この能力かもしれない。
 一度見たものを忘れられないということは、それだけ深く鮮明に記憶の中に刻み込まれる、ということだ。
 普通の人間なら、恐い記憶やイヤな記憶は数秒単位で忘れ去られてしまうところだけど、メグの場合は違うんだ。
 決して忘れることなく、自分で意識して気を紛らわせない限り、いつまでも鮮明な映像が脳裏に焼きつくこの能力のせいで、メグかこれまでに幾度もパニック発作を起こして来たのを、さなえは小さい頃から何度も見て来た。
 メグは、本当に大丈夫かな。

「昨日の話、メグに聞いたよ」
「なさけないけど、何もできなかった」
「でも、だんだん面白くなってきたじゃないか」
 リュウがぼそりと言った言葉に、今度はキュウが敏感に反応して、ドン! とテーブルを叩いた。
「面白いって……。ゲームじゃないんだよ!? 人が一人、死んだんだよ!?」

 だがキュウの剣幕をよそに、リュウは氷のように冷たい口調で言い返した。
「僕が興味あるのは謎解きと犯人の正体だけだ。だからこんなときでも思ってしまう。謎よ、もっと深まれ……ってね」
 ミッションルームに緊迫した空気が張り詰め、その中でリュウとキュウが睨みあった。

 さなえは首をかしげる。
 リュウはどうしてそんなことを言うのかな。
 まるで、キュウをわざと怒らせようとしているみたいに、さなえには思えた。自分は冥王星の血を引いていて、キュウとは全然違うんだってことを、無意識に証明しようとしているみたいに。

 メグがソファーから立ち上がり、場の雰囲気を和ませるように明るい口調で言った。
「ねえ、死体消失のトリック、もう一度考えてみない?」
 一番辛いはずのメグがそう言うので、キュウも気を取り直して、席に座りなおした。

「僕たちが佐々木まどかさんの死体を見つけた直後、外で爆発音がしたんだ。そして僕たちが外に飛び出して、もう一度現場に戻るまで約3分。その3分間で、死体はあとかたもなく消えた」
「たった3分間で死体を運び出すなんて、どう考えても無理だよね」
「それに、床に敷いてあったブルーシートや段ボールも。……何で持ち去ったんだろう」
 キュウが困ったように頭を抱える。

「やっぱり亡霊の呪い……」
 と、数馬が言いかけるのを遮って、今度はメグが言った。
「だいたいさあ! なんでわざわざ死体を持ち去るわけ? マギー信次じゃあるまいし。あたしたちを驚かして何が楽しいのよ」

 私はメグとキュウの話を聞いていて、ふと、こんな疑問が浮かんだ。

「ねえ、その死体、本当に死んでた?」
「え?」
「え……」
 メグとキュウが、同時にさなえを見つめた。
「さなえ、何言ってんのよ。胴体真っ二つに切断された人間が生きてるわけないでしょう」
「でも、手品ショーに出て来るお姉さんは、胴体が切れても生きてるよね。もしかして、犯人が死体を持ち去ったのは、死体を見せたくなかったからじゃないかな……手品のネタがバレないようにするために」

 単純に思いついたことを言ってみただけだった。
 でもみんなは、何故かとっても驚いた顔で私を見つめて来た。
「どうしてそんな風に思ったんだい」
 リュウが身を乗り出して聞いて来た。
「うーん……わからない」

 数馬、メグ、キュウがガクリと項垂れる。
「わからないのかよ」
「ったく、さなえってそういうとこあるよね」
「僕はまた、さなえがスゴイことを思いついたと思ったんだけどなあ」
「でも、手品だとすると、死体は生きているはずっていうさなえの推理は、分かる気がする」

「そう言われてみると……、僕たちは佐々木まどかさんの死体に近づくこともできずに、すぐに爆発音につられて外に飛び出したんだ」
「え、じゃあ死体は……さなえが言ったように生きていたかもしれなかった、ってこと?」
 数馬が身を乗り出した。
「そんなことって……」
「もしそうだとすると、佐々木まどかさんはまだ生きてる、ってことになるよね。だとしたら、なんでそんな手のこんだことをしたんだろう?」
 キュウの目がキラリと光ったが、さなえは訳が分からず首を傾げた。
 代わりにリュウが応えた。
「考えられるのは、事故で亡くなったとされる西村静香は、実は殺害されたという筋書きだ。岡田律子と、佐々木まどか、大森京子の3人がその犯人だとすれば、辻褄が合う。今回の事件の真犯人はそれを弱みに3人を脅していた可能性がある。最初の事件の被害者である岡田律子は真犯人によって殺されたが、残りの二人、つまり佐々木まどかと大森京子は、犯人の何らかの目的を達成するために生かされているのかもしれない。もっともこれは僕の推測で、証拠がなければなんとも言えないけどね」

「なんてこと……」
「まいったなあ。密室トリックの謎もまだ解けていないっていうのに」

「ああ、そっちの方はもう解決したよ。昨日、さなえと一緒に現場を調べていてわかったんだ」
「ええ!?」
「さなえ、リュウと一緒だったんだ」
 メグが意味深に笑って私を見て来た。
「うん、偶然居合わせたの」
「へえ、リュウと二人きりだったんだ。よかったね〜、さなえ」
「メグ、それどういう意味よ」
「べっつに〜、そのままの意味だけど」
「別に嬉しくなんか……」
「僕と二人きりは不満だったのか」
「そ、そんなこと言ってないよ、リュウ!」
「けど、さなえは思っていることがすぐに顔に出る」
 と、リュウが無表情に言う。
「あ! さなえ赤くなってる〜!」
「メグうるさい!」

「はあ、子どもだなあ君たちは。僕には付き合いきれないよ」
 数馬が鼻の眼鏡をずり上げて、呆れ顔だ。

「ねえ、リュウとさなえが解決したトリックを教えて。今から現場に行こう!」

 キュウがそう言ってくれなければ、私はいつまでからかわれていたか知れない。
 私たちはキュウの言葉を合図に、みんなでミッションルームを後にした。



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