第1話−1 『Qクラス始動!! 初めての事件』

 私の名前は春乃紗奈江(はるの さなえ)。
数か月前までパパの仕事の関係でイギリスに住んでいたんだけど、ある日突然、日本の団探偵学園に編入することになったんだ。
そしてQクラスに加わってから、もう3カ月くらいがたとうとしてるんだけど、どうして私が「団探偵学園」に編入することになったのか……。
その謎は今でも解けない。パパは、「私が持っている能力に関係しているから」、と言うんだけど。

 正直、私が探偵に向いているとはとても思えないし、私は団探偵学園への編入試験さえ受けていないのよ?

 学園の校長を務める団先生と私のパパが昔からの知り合いで、そのコネで裏口入学をしたようなもの。
だから、私はQクラスの中でいつも引け目を感じているの。
だって私以外の他のみんなは、本当に探偵になりたいと思って、努力してそこにいるのに、私だけ、自分がどうしてそこにいるのか、いまだに分からないから。

 そんなわけで、今日も憂鬱な学園からの帰り道。
そろそろ新作のディズニー映画のDVDが出る頃だから、私はレンタルショップにより道することにした。

―― 不自然。

 秋葉原近くのDVDショップに入ってすぐ、私は見覚えのある男の子を見つけてそんな強い感覚に囚われた。
そう。これが私の能力。
まあ、『能力』っていうほど役に立つものとは思えないんだけど、学術的には「超感覚」と言うみたい。
第六感が他の人よりも発達していて、自分ではよく分からないうちにいろいろなことを敏感に感じ取ってしまう能力のこと。

 国立能力開発研究所でトレーニングをしたこともあったんだけど、この力をコントロールするのはすごく難しくて、脳に負担がかかって死にかけたことがきっかけで、それからはなるべく、「大自然の中でのーんびり過ごすように」ってお医者さんから言われてる。
 なのにいきなり、東京の団探偵学園に入学して秋葉原の近くで生活することになるなんて、やっぱり変だよね。
 でもパパいわく、そうすることが私にどうしても必要なことなんだって。



 で、私がこのとき感じた不自然さ、つまりその違和感は、目の前の男の子から来ていた。
 18歳未満立ち入り禁止のアダルトコーナーに頭だけを突っ込んで、そわそわしているんだから、誰が見ても怪しいんだけど、間違いない。
「キュウ?」
「うわっ!? さ、さなえ!」

 ビクリと飛び上がったキュウが引きつった顔で私を振りかえった。
ちょうどその時、アダルトコーナーの中から大柄な男の人が出て来て、キュウはその人にぶつかった。
反動で近くのDVDがバラバラと棚から落ちて散らかる。

「あ、す、すみません!」

 迷惑そうに立ち去って行く男の人をやり過ごしてから、慌ててDVDを拾い集めるキュウを、私も手伝った。
超ミニスカのナースのお姉さんとか、セーラー服の胸がはだけた女の子とか、メイドの格好をした美女が体をよじらせてるの。
 やっぱり男の子って、こういうのに興味があるのか……。
 中でもとりわけキュウが興味を示しているらしいDVDを私は拾い上げた。

「春咲あずみ。『ご主人様、童貞ですか?』」
「わッ! ちょ、さなえ、何やってんの。ダメ!」
「借りるの?」
「か、借りるわけないでしょう!」
 違和感、を、感じるまでもない。すっごくわかりやすく、キュウの頬が赤くなっている。
「こういうのが好き?」
「う……。嫌いとは、あえて言わない、けど」
「ふーん」

 その春咲あずみちゃんのDVDが、キュウの籠の中にどさくさに紛れて入ってしまっているんだけど、キュウはまだそのことに気づいていないみたい。
 借りないなら、間違って入っちゃってるよって教えてあげたほうがいいかな。と思った時、私とキュウの携帯が同時に鳴った。


――差出人:団探偵学園
件名:Qクラス諸君へ
『秋葉原万世橋前に金髪に黒サングラスの女がいる。尾行して証拠を押さえろ』

 それぞれの携帯でメールを確認した私とキュウは顔を見合わせた。

「って、今から!?」
「何なのこれ」
「そうか、さなえは初めてだよね。とりあえず移動しながら説明するよ、急ごう!」
「ええ!?」

 私はキュウに半ば引きずられるようにしてDVDショップを飛びだした。


 彼の名前はキュウ。
 伝説の名探偵、団守彦がつくった探偵養成学校、団探偵学園のQクラスに所属しているメンバーなんだ。
Qクラスっていうのは、団先生の後継者候補を集めて編成された特別クラスのことなんだけど、さっき言ったように私は例外。

 Qクラスのメンバーといえども、その中から選ばれる後継者はただ一人らしい。
だから、Qクラスのみんなは一応ライバルなんだけど、キュウにとってはみんな大切な仲間みたい。
キュウは私にも優しくしてくれる。いつもみんなの足を引っ張ってる私にも、キュウは差別なく接してくれる。

 秋葉原の雑踏の中を走り抜けながらキュウが説明してくれた。
「学園の授業は、ときどきこんなふうに予告なしに始まるんだ! これがまた、刺激的なんだよね〜」
「し、刺激的って……」
 
 迅速に呼び出しに応じること、そして、時には私生活を犠牲にして現場に駆け付けること。
 探偵学園の生徒には、プロになるため厳しい日常訓練が課されるとは聞いていたけれど……。これはきつい!

 はっきり言って、私は運動が苦手。走るのだって遅いし……。
 キュウについて走って行くのが精いっぱいで、酸欠状態の頭がよく回らない。

「さなえ、がんばって!」
 振り返りながら、キュウが手を伸ばしてくれる。
「キュウ、前見て! ぶつかるぅ!」
「あああああ〜〜〜!!! キンタッ!!」
「キュウ、さなえ!」

 狭い路地から飛び出して来たキンタが、キュウを抱きとめた。
キンタも同じQクラスのメンバーで、私たちの中では最年長。柔道10段の黒帯の持ち主で、腕っ節が強いから頼りになるお兄さんだ。

「これって実習? それとも本番!?」
「もしかしてビビってんのかぁ?」
「そんなんじゃないよぅ!」

 キュウとキンタのやりとりを聞きながら、私は呼吸を整えるのが精いっぱい。二人とも余裕があるね。
私は初めてのことに緊張してるのと、走ったのが辛くて心臓がドキドキして、まったく喋れない。

「無理しねーで俺の後ろにでも隠れてろ!」

 そう言ってキンタが、手にしていたウチワをデニムの腰もとに刺して颯爽と走り出した。
 私とキュウもその後に続く。
 DVDショップが万世橋からそう遠くなかったことが幸いして、体力不足な私もなんとか二人について橋までたどり着くことができたけど……。
すっかり息が上がってしまった私は、キンタとキュウが橋の影から黒サングラスの女の様子を伺っている間、ターゲットに目を留める余裕すらなくしゃがみ込んだ。

「よーっし、他の連中まだみてーだな」
 キンタがウチワを仰ぎながら、余裕の笑みを浮かべてる。

「そこのデコボコ。目立ち過ぎ」

 背後で聞き覚えのある声がした。
「あ、メグ!」
 何故かメイド服姿のメグが、ソーダアイス片手に私たちを見下ろしていた。

 メグは私が学園に編入するまでQクラスの紅一点だった女の子で、すごい偶然なんだけど、私の幼馴染でもある。
メグとは大の親友だから、Qクラスにメグがいてくれて本当に良かったって思ってるんだ。

「メグ、可愛いね」

メイド服姿のメグの可愛さに私は疲れも吹き飛び、頬がゆるんでしまった。
そんな私に応えて、メグは得意げにスカートをなびかせて一回転して見せてくれた。

「馬鹿ッ、隠れろ!」

キンタが慌ててメグの手を掴み、橋の影にしゃがませた。

「あんたたちのほうがよーっぽど挙動不審なんですけど」


 挙動不審に輪をかけたように、キュウが口をパクパクさせてメグに話しかける。

「め、メグ、メグ、どうしたのその格好」
 
 そういえば、キュウがさっき興味を示していたDVDもメイド服姿の女の子だったっけ。
 思いがけずキュウの好みを知ってしまった私は、笑いをこらえて咳払いした。メグ、どんピシャリ!
 前から少し思っていたんだけど、もしかしてキュウって、メグのことが好きなのかな。

 そんなこととは知らないメグが事情を説明している。
「お姉ちゃんの店の手伝い」
「そっか、メグはバイトしてるんだったよね」
 と私が言うと、メグがまた得意げに微笑んだ。
「うん、アタシ目当ての客多くてさあ〜」
「み、店って、メイド喫茶とか……?」
「あれえ? キュウってこういうの興味あるの?」
 メグが途端にニヤリとしてキュウの顔を至近距離で覗きこむ。
「ええ!? そッ、そんなのほとんどあるわけないじゃん!」
 キュウは顔を赤らめているけど、それでもメグから目をそらすことはしないで、どちらかというとガン見している。
「ほとんど、って……ちょっとはあるってことじゃないの」
 キュウの態度に、私も思わずぼやいてしまった。

「何うろたえてるんだバーカ!」
 キンタがキュウの頭をウチワでピシャリと叩いた。
「メグ、お前も呑気にアイスなんて食ってねーで早く見ろよ」

 キンタに言われて、メグは橋の影から黒サングラスの女を覗きこんだ。その瞬間、メグのまとっていた雰囲気がガラっと変わる。
 真剣に仕事に打ち込む時のオーラ。
 私はメグの横顔を見上げた。普段は明るくて天真爛漫なメグだけど、こういうときの真剣な眼差しは、とってもカッコイイなって思う。

 昔から私とメグは、国立能力開発研究所で一緒に過ごすことが多かった。
メグには瞬間記憶能力、という特別な力があって、一度見たものを決して忘れないんだ。
その能力のせいでメグが今までたくさん苦しんできたことを、私はいっぱい知ってる。恐かったことも悲しかったことも決して忘れられないから。
だから一概に「いい能力だね」なんて絶対に言えないんだ。
 でもメグはその能力を活かして探偵になるという道を選んだ。
 私とは違って、メグは強くて、カッコイイ。

「どうでもいいけど行っちゃうよ」

 メグの言葉で、私は我に返った。
結局私はこのとき黒サングラスの女を一度も自分の目で確認することなく、再びキンタ、キュウ、そしてメグについて走り出すことになった。



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