スラムダンク3話3




 打倒、海南に向けて猛特訓を始めた湘北女子は、翌日の日曜日、再び平塚体育館にやって来た。
 村上先生が復帰するまで、湘北バスケ部の監督は安西先生ただ一人なので、学外に出るときには必ず安西先生を中心に男女がそろうことになる。
 これがすごく、人目をひく。
「なんか、今日すごい混んでるな。唯、はぐれないように気を付けなよ」
「うん!」
 先輩たちからはぐれないように恭と唯は、いつもより人で混み合っているエントランスに入って行った。

 バスケ部がジャージ姿で集合すれば、多少の物珍しさもあって人目をひく。
 だが今日は、怪獣のように体の大きい男子がゾロゾロ一緒なので、注目の度合いが半端ではなく、湘北バスケ部が平塚体育館に入った瞬間に、周りにいた生徒が一斉に振りかえり、道を開けた。

「デカッ!! 赤木って、近くで見ると本当にデカイな……」
「わあ〜! 見て見て! 1年の流川君よ、かっこいい〜!!」
 流川に女子の歓声が集まる中、試合前はいつも、『闘志』が剥き出しになっている三井と宮城は、この日も自分たちに注目が集まっていることには無関心で、ざわめく周囲を無愛想に見回した。
「うわっ……、湘北ってなんか、おっかなそうな奴らばかりだなぁ」
 本人たちにその気はないのだろうが、闘志剥き出しの彼らは、まるで喧嘩相手を威嚇するような迫力なのだ。
 極めつけはやっぱり桜木花道。
「お、あいつだ! あの赤い髪。アレが三浦台戦で相手の頭にダンクかました奴だよ!」
 嘲笑や陰口がざわめきだす。
「なに、あの赤い頭。あれで部員?」
「相手の頭にダンクかましたんだって!」
「うっそー! こわーい……」

「男子と一緒にいる白いジャージの連中は、湘北女子だな。1回戦であの白金に勝ったらしいぜ」
「とすると、次に当たるのは海南か」
「湘北女子の手に負える相手じゃないよね。運よく白金には勝てたかもしれないけど、ここまで、って感じじゃないの」
「2回戦で海南〜、可哀そうに」


「では、安西先生、私たちはここで。午前中はスタンド席から男子の試合を応援しています」
「わかりました、神崎くん。女子は午後、海南女子の試合を視察するんでしたね」
「はい」
「海南女子もいいチームです。きっと、よい経験になるでしょう。では、男女とも午後の試合が終わる時間に、またここに集合することにしましょう」

 そこで、神崎たち湘北女子はスタンド席へ続く階段を上って行き、男子は試合選手用の控室へ続く階段を下りて行った。

 スタンド席にはすでに大勢の観客が集まっていて、女子は自分たちが座る席を探すのに苦労するほどだった。
 全員が一緒に座ることはできなくて、唯は同じ1年生の恭と二人、皆から少し離れた最前列に座りこんだ。

 赤木、木暮、三井、宮城、流川が体を伸ばしながら、前日よりもずっとリラックスした様子でコートに入っていく。
「さあ、気合入れろよ。一気に行くぞ!」
 キャプテンの赤木が仲間を鼓舞する声が、体育館中に響き渡る。

 それを聞きながら、唯が湘北ベンチに目をやった。
「花道はスタメンじゃないみたいだね」
 椅子に深く沈み込んでいる恭が応える。
「そりゃ、そーだろ。脳天ダンク男だからさ。にしても、二回戦にしては観客多くない? なんか、落ちつかないよ」

 そのとき、体育館のコートサイド壁際に男子生徒が二人、入って来たのを見て、唯たちの周囲の観客がざわめいた。
 二人とも深緑色の制服を着ている。
「あ、あれは海南じゃねーか」
「海南だ! 海南の神だ、2年の!」
 ――神?
 これもまた、唯には初耳だった。
 小学校、中学校とずっとバスケットボールをやってきた唯だが男子のことはからっきし知らないのだ。

 観客席の声を聞きつけたのか、ゴール側の壁際に座った海南生のうちの一人が、大きな声でスタンド席を見上げて言った。
「あーんど、ナンバーワンルーキー、清田信長!」
 自己紹介のつもりだろうか。
 なんか、桜木花道に近い臭いがする……と、唯は思った。

 それにしても、海南大付属の生徒か。唯たちが2回戦で当たる学校の生徒だというだけあって、おのずと興味をそそられた。
 唯が海南大付属のその二人の男子生徒をしげしげと見つめていると、それに気づいた流川がコート上から、清田信長を振り返った。
 それから流川がもう一度、スタンド席にいる唯のことを見上げたのだが、唯はそのことには気づかなかった。

「確か、湘北男子は決勝リーグまで残らないと、海南とは当たらないはずだよね? なんで、見に来てるんだろう」
「それだけうちの男子が注目集めてるってことじゃないの。いい意味か悪い意味かは知らないけど」
 と、恭が興味もなさそうに言った。

 ピピー!
 ホイッスルが鳴って、ティップオフ。
 角野高校の生徒も体格に恵まれていたが、ジャンプボールを制したのは赤木だった。そのボールが宮城から三井に繋がり、あっさりとスリーポイントシュートが1本決まった。

 湘北ベンチで桜木花道が喚く。
「よーっし、ミッチー! もう思い残すことはないだろう、俺と代われ!!」
 記録をつけながら、ストップウォッチを片手に忙しそうな彩子が苛立ちを隠さずに叱る。
「おとなしくしてなさい!」
 すると、花道は今度は隣に座る安西先生に絡み始めた。
「おいオヤジ、喧嘩もしてねーのに何で俺がベンチなんだ!」
 これもまた、気を利かした彩子が遮る。
「焦らないの、桜木花道。そのうち出番があるわよ!」
 

「彩子先輩、大変そうだね」
「まったくだな」
 唯と恭の二人が、前日のように男子の試合を見ているだけで恥をかかせられないかとヒヤヒヤしながら見守る中、開始から9分53秒がたった頃。
 木暮がコートに落ちた汗に滑って、運悪く相手選手を妨害する形で接触転倒して、足首をくじいてしまった。

 安西先生がメンバーチェンジをコールし、観客席がにわかにどよめいた。ついに桜木花道がコートに出てきたのだ。
「おおーいよいよあの赤い髪の登場だ!」
「恐怖の脳天ダンク男!」

「うちのペースだ、このペースを乱さないようにしろよ、桜木」
 と、木暮がさわやかに花道の尻を叩いて送りだす。

「にゃはははは! 眼鏡クンこの天才をつかまえて、心配はいらんよ!」

「嫌な予感しかしないけどな」
 と、唯の隣で恭が呟いた。

 それから恭が言った通り、開始から10秒たらず。角野高校のフリースローが外れて、リバウンドに飛んだ桜木花道は、相手の4番を威勢よく押し倒し、チャージングを取られた。
「うがあああああ!」
 両手で頭を抱えて悲痛な叫びを上げる花道だが、それよりも倒された相手選手は相当痛かったろうに……。

「登場して10秒もたたないうちにファウルとは……」
「桜木らしいというか、なんというか……」
「ドンマイ、ドンマイ! あとまだ4つあるわ、桜木花道! ファウル気をつけて!」
 ベンチから木暮と彩子がエールを送る一方で、赤木が花道を睨む。
「入れ込み過ぎだ!」
「だって、俺は今日、スラムダンクを決めなくちゃいけないことに」

「ど阿呆」
 と、流川が花道に聞えるように呟いてから走り去る。

 だが、続くリバウンドで、桜木が相手の7番にバックエルボーをくらわし、軽快に2回目のファウルを獲得。

「ばかったれが!」
 これには赤木もゲンコツを落とした。

「あと3つ。時間の問題だな」
 と、恭が冷たく言い放つのを聞いて、唯も頷きながら苦笑いした。

 ゴール側の壁際で床に座る、海南の清田信長は、腹を抱えて笑い転げている。
「カーッカッカ! 面白れー!! ハッハッハッハッ!!」

 それからの試合転回は早かった。
 後半、残り1分15秒。 どよめき。
「つ、つえー……」
 三井のスリーポイントが決まり、得点が角野24対湘北153になったところだ。

「湘北つえー……」
「こりゃ本物だ」

 その時にはもう、桜木花道は皆の想像にたがえず、5ファウルで退場した後だった。――本当に短かった。


 スタンド席最上階では、湘北男子の試合を見下ろす、ひときわ大きな他校の男子生徒が、静かに語り合っていた。
「わざわざ見に来た甲斐があったか、花形」
「まあな、魚住。だけど相手が弱すぎる。俺たちなら、200点とってるぜ」
「そうかもな」

 試合終了のホイッスルが鳴り響き、電光掲示板が示す得点は24対160
 湘北が2回戦突破を決めた。

 唯が指笛を鳴らし、拍手しながら立ち上がってコートにいる湘北男子を称えた。
「唯、やめろって、恥ずかしいよ」
 恭が腕組して、深く、深く椅子に沈みこんだ。
「え、どうして? せっかく勝ったんだもん、喜んであげなくちゃ」
「みんなおめでとーう! 次は女子のことも応援してよね! おめでとーう!」

 リストバンドで額の汗をぬぐった流川が見上げて、唯と目があった。

――「声、でけーよ」

「ん?」

 流川が何か言ったような気がしたけど、唯には聞こえなかった。




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