スラムダンク3話1




 予選の初日が開けた翌日は5月20日、土曜日。
 授業はないが、バスケ部はこの日も練習のために登校してきた。

「よう、花道! 昨日は衝撃の退場デビューだったってなあ! ハーっはっはっは!!」

 静かな廊下に、高宮の声がうんと煩く響き渡ったので、体育館に向かおうとしていた唯は廊下の曲がり角から顔を出した。
 桜木軍団、と呼ばれる4人の男子生徒が、休日であるにも関わらず廊下で桜木花道を取り囲んでいる。
 その中の太った生徒に花道が頭突きを繰り出したが、高宮は後方返りで巧みに身を交わした。

「喧嘩……?」
「ウッす」
「うお!? ビックリした……」
 ボールバッグを肩からかついだ制服姿の流川が、突然、唯の背後に現れたので、唯は反射的に飛びのいた。
「お、おはよう」
 自分より20センチ以上背の高い男子が傍にいると、どうしても見下ろされているような気がして(実際、見下ろされているのだが)、唯は無意識のうちに距離をおく癖があった。
 唯の心情を知らない流川がわずかに首をかしげる。

 唯が、『事件だ』、とでも言いたげな大袈裟な眼差しで目の前に繰り広げられる花道と高宮の抗争を指差すので、流川も唯の背後から覗く。
 ちょうど花道が高宮に腕をまわして後ろから押さえつけたところだ。
「ほらほらほらほらほらほら! ほらほらほらほらほら! 生意気言いやがって!」
 顎の下にたっぷり溜まった肉に高速振動を与えられ、高宮が嫌な顔をしている。
「くそー! 0点だったくせに!」
 花道にやりこまれて反撃できずにいる高宮が言い返すと、痛いところをつかれたらしい花道の顔から一気に湯気が出た。

「なんだとコラああああ!」
「うるせー、この、無得点男!」

 「無得点のうえ、ファイブファウル退場」 と、流川がボソリと呟くのが、唯にだけ聞こえた。

 喧嘩というよりも、じゃれている、といったふうだ。
 周りを取り囲む大楠や野間、それに水戸洋平たちもゲラゲラと笑っている。

 だが、昨日の三浦台戦でファイブファウル退場をくらった花道には明らかに元気がなかった。

「あッ! 唯ちゃん、それに、流川くん……。おはよう!」
 制服姿の赤木晴子が、頬を赤らめて二人に挨拶してきた。唯が途端に笑顔になる。
「晴子ちゃん、おはよう!」
 だが、一緒に挨拶された流川が、晴子をチラリと振り返っただけで何も言わないので唯は眉をしかめた。
「クラスメイトの晴子ちゃん。赤木先輩の妹さんだよ」
 と唯が紹介すると、
「へぇ」
 と、かすかに息を吐いたきり、流川はそのまま晴子に挨拶するでもなく 「練習、遅れんな」 と唯に言い残してさっさと体育館の方へ姿を消してしまった。
――なんて無愛想な奴なんだろう!
 流川はバスケのこと以外には興味がないのだろうか。愛想がないなあと思いながら、唯は面食らった。
 それなのに、流川を見送る晴子の目は幸せそうにハートになっているのだから、唯には晴子のことがわからない。

「桜木君っ」
 晴子が桜木に手を振り駆け寄って行くので、練習遅れちゃうよ〜と思いながらも、唯も後に従った。

「は、晴子さん……」
「お、桜野も一緒じゃないか。なんだ、今日は女子も練習なのか?」
 唯の名前を覚えてくれたらしい水戸洋平に、唯はコクリと頷いた。
「予選が終わるまでは毎日休みなしだよ。今日も練習見に来たの?」
「いや、俺たちはちょっとコイツをからかいに来ただけなんだ」
 と、洋平が楽しそうに親指で桜木を指差した。
 そんな桜木は今、晴子の前で気まずそうに目を伏せている。

「昨日は大活躍だったみたいじゃない、桜木君」
「は、はあ……」
「お兄ちゃんも言ってたわ。あいつはあいつなりに頑張ったって」
「あいつなりに……。……あ、いや、その……」
 いつになく歯切れの悪い桜木は、さらに気まずそうに晴子から目をそらす。
 昨日の試合で、無得点なうえ退場させられた桜木は、さすがに晴子に示しがつかない。
 しかも昨日は、男子たちの試合を観戦していただけの唯たちも、桜木のせいですごく恥ずかしい思いをさせられたから、唯はそのことを思い出して文句を言いたくなった。おまけに、女子の試合のときには他校の生徒と賭けごとまがいの揉め事を起こす始末で、試合が終わってから湘北男子が他校の生徒を大勢の前で正座させていたのには、本当にギョッとさせられたものだ。
 桜木だけの責任ではないにしても、その一端を担っていたことは確かだ。
 もし晴子がいなければ、唯はここぞとばかりに嫌味つらみを言ってやるところだった。

「気にすることないわよ! デビュー戦なんだもの。思い通りの動きができなくて当たり前よ!」
「いや、でも、無得点じゃ……」
「大丈夫よ! 今はまだ試合慣れしてないだけなんだから、これからよ!」
 キラキラした目で花道を鼓舞する晴子を横目に、やれやれ、と唯は内心で溜め息をつく。
 おかげで桜木は、枯れ木が水を得たように、少し元気を取り戻してしまった。
「そう、っすか?」

「そうよ! 自信を持って。頑張ればきっといい試合ができるようになるわよ!」
「う……、そう、っすか!?」
――ほら、魚が水を得た。

「そうよ!桜木君は私が連れて来たんだから、私の眼に間違いはないわ!」
 これがとどめだ、と唯は心の中で呟いた。

「晴子さん……」
 こころなしか瞳を潤ませたようにも見える桜木が、みるみるうちに生気を取り戻していくのを唯は見て取った。
 晴子のように人を励ます力ってスゴイなあ、と唯は感心する。
 桜木が本当に天才なのかどうかは知らないが、真の天才の傍には、かならずその天才を支え、応援してくれる人がいるのだという。桜木にとってそれが晴子だとすれば、唯にとってのその人は、お兄ちゃんだ。唯はボンヤリと、今は遠いところにいる兄のことを思い出した。

「今度の試合も頑張ってね、桜木君っ!」
「は、はい! 任せておいてください晴子さん!この天才バスケットマン桜木花道、次の試合では絶対にスラムダンクを決めてみせます!! 晴子さんのために!」
「そのいきよ、桜木君!」

「よし、じゃあ練習いこっか。遅れちゃうよ」
 キリのいいタイミングだったので、唯が晴子と桜木の間に入った。
 するとまるで二人の恋路を邪魔したとでも言いたげに、桜木が唯のことを嫌そうに見下ろして来た。
「なんだチビ、いたのか」
「いや、私、晴子ちゃんと同じくらいの背の高さなんだけど。っていうか、さっきから気づいてたでしょ、一緒にいたの」
「悪い、見えんかった存在が小さすぎて。じゃあ! 晴子さん。天才は練習に行ってきます!!」
「うん、私もあとで練習見に行くね、桜木君、唯ちゃん」
 晴子にぶんぶんと手を振りながら、桜木は体育館に向かって歩きはじめる。
「ほら、行くぞチビ」
「っ……。」
―― 桜木花道め。
 口には出さなかったが、桜木の大きな背中をうらめしく睨みながら、いつか私をチビ呼ばわりしたことを後悔させてやるぞ、と唯は固く心に誓った。


 湘北男子は、今日一日を置いて、明日5月21日の日曜日に対角野高校との試合を控えている。
 だから男子は、今日はあまりハードな練習をせず、調整程度のメニューをこなすだろう。

 一方、湘北女子は組み合わせ表の都合で明日は試合がないので、シード校の海南大付属高校の初戦を見学しに行く予定だ。
 海南大付属高校の女子は、昨年の神奈川ナンバー3の強豪校。ここ10年間、神奈川ベスト4の座をゆるぎないものとしている。
 その初戦の相手は、1回戦で愛凜女子を下して勝ち上がってきた成徳学園らしい。現時点で白金女学院を下して1回戦突破を果たした湘北女子は、2回戦でこの成徳学園か、海南大付属と対戦することになる。
 明日の試合を見るまでは分からないが、トーナメント表が発表されたときから、この試合で勝ちあがって来るのはほぼ間違いなく海南大付属だと目されていた。
 だからトーナメント表を見た瞬間に、「2回戦目は海南だ」と言った恭の言葉は正しい。
 同じように誰もが思っているだろう。たとえ海南と対戦しても、湘北に勝てるわけがない、と。


「チーッス!!」
「おはようございます!」

 制服から練習着に着替えて体育館に入って行くと、すでに他のメンバーは練習前のストレッチを開始していた。

「遅いぞ桜木!」
「遅いわよ、唯! 気合が足りなーい!」

 と、男女両キャプテンが怒鳴った。

 男子が使用している手前のハーフコートを横切り、女子にあてがわれている奥のハーフコートに唯は小走りで入って行き、円になってストレッチをしている女子の輪に加わった。
 
 足を広げて前屈しながら、恭がチラリと唯に視線を送って来た。
「なんでアイツと一緒なの」
「ちょっとそこで会っただけだよ。晴子ちゃんにも会ったよ。今日の練習見に来るって」
「ふーん」
 憧れだった恭が、今は親しげに唯に声をかけ、何かと面倒を見てくれる。
 中学時代は恭ってどこか話しかけにくいオーラを放っていて、他校の唯はいつも遠くから見ているだけだったから、こんなささいなやり取りを嬉しく思うのだった。
 恭は実際はすごく性格がオープンで、初めて会ったときから唯には敬語を使わずに接してくれている。粗暴とも思える口ぶりも、唯には全然不快ではなかった。

「喋りながらやるな」
 いきなり聖が、唯の開脚している内腿のところに両足を入れて来て、後ろから唯の体を床に押しつてきた。

「ひぎゃああああッ!!」
 唯の口からあられもない悲鳴が上がる。
 その悲鳴に湘北男子が何事かと女子のコートを振り返るが、こんな光景も女子にとってはいつものことだ。
「このまま10秒。顔上げろ。1、2、3、4……」
「うッ……、ギブです、ギブ!」
 唯が両手を床について抵抗すると、聖はその手を掴み上げ、後ろから唯の背中に座ってさらに床に押し付けた。
「6、7、8……」

「容赦ねーな」
「エス、だな」
 女子と同じようにストレッチをしながら、宮城と三井が呟いた。
 二人ともスポーツマンらしく身体が柔らい。難なく開脚と前屈をこなしながら、宮城に関してはボールを身体の傍で手遊びする余裕も見せている。
 柔らかい筋肉と腱を維持することは、身体能力を最大限に発揮し、敏捷性やジャンプ能力を高めるために必要不可欠だ。
 そのために、日々のストレッチは基本中の基本、絶対に欠かせない。

 湘北男子は、ゴツい体つきの赤木や、眼鏡の木暮を始め、全員が柔らかい身体を持っている。
 流川でさえ、両足を前に伸ばして前屈すると、胸が膝にぴったりつくほどだ。
 ただ、一人、天才バスケットマン桜木花道をのぞいて……。
「お前は、ふざけてるのか!」
 パシーンッと、男子バスケ部マネージャーの彩子が、桜木の頭にハリセンを落とした。
 今、両足を床の上で真っすぐ伸ばしている桜木は、震える両手の先を必死に伸ばしながらも、そのつま先にどうしても触れられずにいる。

 女子のストレッチの厳しさに感化されたのか、赤木が見かねて流川に視線を送った。
「流川、桜木を手伝ってやれ」
 仰向けになって膝を抱えていた流川が即座に答える。
「なんで俺が。いやだ」
 パシーンッ! すかさず彩子のハリセンが飛ぶ。
「先輩に向かってその口のきき方はないでしょう! 流川、手伝ってあげなさい!」
「ちッ……」

 流川は舌打ち混じりに起きあがると、いかにも気乗りしない様子でツカツカと桜木の背後まで歩いて行き、いきなり桜木の背中を踏みつけた。
「ふがああああッ!! おのれ、流川テメェ!!」
「お前のせいで、俺のアップが遅れる」
「んああ!?」
「オラ足開け」
 そう言って流川は後ろから桜木の身体に跨り、コートの向こうで聖が唯にしているのと同じように、桜木の内腿の間に両足を差し入れた。
 間髪いれず、流川が桜木の肩の上に腰を落とし、抵抗できないように桜木の両手を掴み上げて上体を床に押し付けた。
「グゴガッ、ああアアああああああ!!! 流川このクソッ、やめろおおおお! この天才に向かって無礼なッ……!」
「天才ならこれくらい大したことねーだろ、ど阿呆……」

「お、いいぞ流川、やれやれ〜」
 余裕の笑みをたたえる宮城は、仰向けに横になり両足にボールを挟んだ状態で下半身を天井に向けて垂直に持ち上げ、そのままの姿勢をキープする。
 やがて両手を床について身体を反って、ヒョイっと跳ね起きた宮城は、まるでサルのように身軽だ。
「りょ、リョーチン!!」
「見苦しいゼ、まったく……」
 同じくストレッチを終えた三井がゆっくりと起きあがる。

「あとは自分でやれ。このガチガチ男」
 グルグルと犬のように唸る桜木を尻目に、流川はパンパンと手を払って自分のストレッチに戻って行った。


 ちょうど反対側のコートでもストレッチを終わらせた女子が、神崎の呼びかけで集合し始める。
「対海南大付属に向けて、今日は具体的な作戦を立てるわよ。みんな集合して!」

 その声には、これまでにない緊張感がある。
 神崎だけではない。副キャプテンの宮内や、三木、楠田エリカ。3年生勢の間に、この日はいつもとは違う空気が張り詰めていた。

 何か特別な作戦でもあるのだろうか。
 唯は内心ドキドキしながら、他の1年生たちと一緒に神崎のもとに駆け寄った。まるで子どものように。


「女子の奴ら、妙に張り詰めてやがる」
「そりゃそうだよリョータ。何と言っても、女子は2回戦、あの海南大付属と当たることがほぼ確定してるんだから」
 と、安田がボールを運びながら宮城に教えてやる。
「海南てそれ、王者海南のことか、ヤス?」
「そう。女子はくじ運悪いよね〜。1回戦目が昨年の神奈川ベスト8で、2回戦目が昨年3位の強豪校と当たるなんてさ」
「なーるほど」
「へえ」
 宮城と流川が、興味を示したように合槌を打った。

「早くも女子は、全国出場をかけた厳しい局面を迎えることになるのか。一歩も譲れない本気試合、主将の神崎に熱がこもるのも、分かる気がするよ。なあ、赤木」
 木暮が温かく女子のコートを見守りながら赤木に話しかけると、
「女子のことはいい。俺たちは、自分たちの試合に集中するんだ」
 赤木も神崎に負けず劣らずの厳しい顔で、自分のチームを集合させ始めた。

――全国制覇を口にしたなら、こんなところで負けられないはずだ、神崎。そして俺たちも。

 口にこそしなかったが、赤木の内にも確かに女子を応援する気持ちがあった。
 女子と男子が同じ体育館で練習をするようになった最初の日に、練習試合で男子と互角にやりあった女子は、決して弱くないと赤木は信じている。
 同じ湘北バスケ部として、全国を目指して燃える闘志は女子も男子も、本物なのだ。


 女子側のコートでは、神崎がホワイトボードを片手に海南大付属戦に向けた大まかなことをみんなに説明し始めた。
「海南大付属は、経験が豊かで選手層も厚いチームよ。彼女たちの独特な試合運びに、うちはおそらく序盤からペースを乱されると思う……。それというのも、海南女子の監督、味呑真沙世(みのみ マサヨ)コーチは、海外でのバスケット経験を持つ日本でも珍しい人物なの。白金のように身長の高い選手が揃っているというわけではないけど、彼女たちの試合を見たら、きっと驚くわよ。宮、とりあえず、今の段階で決まってるスタメンを発表して」

 神崎に言われ、副キャプテンの宮内が後を引き継いだ。
「正直、これまでに海南大とうちが対戦したことはないの。だから、スターティングメンバーは経験豊富な3年で固めようと思う。センター神崎、フォワード三木、ガードにエリカ。そしてパワーフォワードに私。シューティングガードには百合を」

 無難なセレクトだ、と唯は思った。湘北女子の3年生主体のチームは確かに強い。そこに、2年のスコアラー百合が加われば、例年にない得点力でチームを後押しするだろう。

「けど、私たちは3年の力だけでこの局面を乗り切ろうとは思ってないから」
「……、へ?」
 唯は神崎の言葉に耳を疑った。

「何度も言うけど、私たちが目指してるのは全国よ! 全国を目指すには、勝ち上がり続けなければいけない。組み合わせ表を見て、すでに気づいている子もいるだろうけど、私たちは海南と2回戦を戦った後、そのすぐ次の日に3回戦目と4回戦目を控えてる。つまり、海南との試合だけに貴重な3年を消耗させるわけにはいかない、ってこと」
「でも、海南との試合に負けたら、元も子もないんじゃ……」
「私たちは負けないわよ。エリカ、ちょっとみんなに今年の海南チームのことを話してやってくれる」
 そう断言する神崎の瞳が、陽炎のように揺らめいた。

「オッケー。まあ、明日実際に試合を見ればおのずと分かって来ると思うけど、海南大ですごいと言えばまず上げられるのが、2年の沢喜多のぞみ。身長は唯と同じくらいだけど、おそらく神奈川最強のポイントガードであり、最強のスコアラー。今年の新人戦神奈川選抜でもガード部門MVPに輝いた選手だよ。海南はこのポイントガードを中心に、ミスのない安定したプレイで確実に得点を上げて行く。けど、それだけじゃない。私たちが最も注意しないといけないのは、多分、後半のクラッチ・タイム」
 クラッチ・タイムとは、勝負を決定づける大切な終盤のことだ。
「海南には、普段はなかなかコートに出てこないクラッチ・シューターがいるの。その名も、鏡ユズル(かがみ ユズル)。伝説のシックスマンとも言われている、この鏡が出て来ると、海南はそれまでとは全く違うチームに様変わり! 怒涛の攻撃をまともにくらって、後半ラスト5分で50得点も差を広げられたチームもあるくらいなの」
「その鏡って人、ポジションはどこですか?」
 1年の亜紀が訊ねると、エリカが肩をすくめた。
「一応、フォワードってことになってる。けど私が思うに、あれはオールラウンダーと言っても間違いないね。彼女を止めるのは、うちの3年、三木にかかってる」
「上等」
 対白金戦ではベンチキャップを務めた三木は、今日はTシャツを肩までまくりあげて、気合十分だ。
「でも、目立つのは何も沢喜多と鏡の二人だけじゃないのが味噌。海南にはセンターやシューティングガードにも申し分なくイイ選手が揃ってて、チーム全員に高い得点能力がある。とってもバランスが良くて経験豊富なチームだから、少しも油断はできないよ」

「海南との対戦まであと6日。その間、それぞれのポジションに分かれて、ガッツリ特別メニューをこなすわよ。もちろん、対海南戦のためにね」
 神崎は不適に微笑むと、聖の名を呼んだ。
 それまで近くの壁に寄りかかって黙って聞いていた聖誠也が、選手一人一人の成績やコンディションの書かれているフォルダを手にやって来た。

「それじゃ、練習メニューを発表する。センターポジション、神崎、藤沢、城岡と、フォワードポジション、宮内、永岡、三木は今日から毎日、練習前に足腰を鍛える筋力トレーニングを30本ずつ行うこと。その後はインサイド、スリー・オン・スリーでリバウンド練習だ。練習後にはボール運び、コート往復50本。リーダーはキャップ」
 ボール運びとは、二人一組になって背中にバスケットボールを挟みあい、そのまま横向きに走る練習だ。手は使ってはいけない。
 これは背筋、腹筋、足腰を効率よく鍛えられるのと同時に、スクリーンアウトの練習にもなる。

「スモールフォワード、八島と早川は、練習前にスピードダッシュ100本。それが終わったら、ワン・オン・ワンだ。どちらかがシュートを50本決めたら、キャップのインサイドチームとスリー・オン・ワン、ツー・オン・ファイブで当たり、ゴール下に切り込む練習をする。簡単にシュートを打たせてもらえない試合展開に慣れるためだ。どんなに厳しい状況でもゴール下に切り込んでいくガッツを身につけることが目標だ」
「ういーっす」
「りょーかーい」
 1年の恭と、2年の八島良子が少々ゲンナリしながら返事する。

「シューティングガードの百合と亜紀は、練習前に腹筋、背筋、腕立て伏せ各50回をワンセットとし、2本。それが終わったら、エリカと一緒にドライブインとカットインの練習だ。スピードを重視すること。それから練習後は毎日、1日最低でも500本のスリーポイントシュートを決めて帰ること。お前たちの得点力はチームの要になる、頼むぞ」
「聖先輩それ、キツすぎ……」
「何言ってんのよ亜紀、このくらい軽いと思いなさい」

「エリカは百合と亜紀がスタンバイするまで、八島と早川と一緒にスピードダッシュ100本。3人揃ったら、ルーズボールから始めるドライブイン、カットインの実戦訓練だ。ボール出しは俺がする」
「了解ッ」
「それと、そろそろシューティングガードとポイントガードの連携を組み立てたいわね」
 と、神崎が付け加えた。
「もちろん考えてる。任せておいて。百合と亜紀のドライブイン、カットインの仕上がりを見て形にしていくつもり」
「オッケー、任せたわよ、エリカ」

「それじゃみんな、練習開始!」

「え、え!? あの、聖先輩! 私はどうなってるんでしょうか」
 1人だけ名前の呼ばれなかった唯が不安な面持ちで聞き返すと、聖がファイルから顔も上げずに言った。
「ああ。お前はサイズが小さいから別メニューだ」
「ええっ?! そんなあ……どうして……」
「だから、背が小さいからだって言ってるだろう。心配するなって、とっておきなのを考えてある」



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