スラムダンク2話6




コートで赤木が桜木を叱責した。
「何度言ったら分かる! あいつはわざとお前からファウルを引き出そうとしているんだ、その手に乗るな!」
「やられたらやり返す!」
「バカもん! 喧嘩じゃないぞ」
「むうううううううううう!!!!」

その時、安西先生にジっと見つめられていることに、桜木が気づいた。
「し、しませーん、喧嘩なんか、平和主義者桜木〜」
「我慢ですよ、ここが、我慢のしどころです、桜木君」
安西先生も、全てを分かっているようだ。

試合再開。
三浦台が湘北側に攻めて来る。
キャプテンの村雨がドリブルを運びながら、9番の内藤に言った。
「あの赤い髪一人がファイブファウルで抜けた所で、湘北の得点に大した影響はない。流川を、11番を潰せー!」
「おう!」

オフェンスの内藤が流川に迫る。
三浦台は、内藤のマッチアップを流川に変更した。

それに気付いた陵南の、ゴリラのような男が言った。
「見ろ、三浦台にとっては、桜木より流川からファウルを引きだす方が、はるかに価値が大きい。何か、仕掛けて来るぞ」
「だが、そう簡単にいくかなあ」
と、仙道。


唯はコートの中で内藤と向かい合う流川を見つめた。

――流川楓。
身長が高く、攻撃が激しい選手だが、流川はファウルをしたり、仕掛けられたりするようなタイプではない、と唯は思った。
例え内藤にファウルを仕掛けられたとしても、ボディバランスが良く、俊敏な流川は、風のようにすり抜けて行く印象がある。
女子との練習試合では、空中でバランスを崩した唯の身体を支えてくれたこともある。
だからこそ唯に、流川のボディバランスやプレイセンスが一流だということが分かる。
直線的な動きをする内藤に対し、流動的で柔軟性のある流川なら、きっと上手く対処するだろう。

そう唯が見越した通り、流川は内藤の挑発に乗らなかった。

湘北ゴールの下で4番村雨がリバウンドしたボールが、内藤にパスされたのを、流川がカットした。
流川よりも背の高い内藤が立ちはだかるが、流川は冷静に内藤の脇下からプロレイアップシュートを決めた。

「プロレイアップだ! あいつ、唯と同じ技してるじゃん」
恭が叫ぶ。
プロレイアップシュートは、ゴールから数メートル離れた地点から、自分より背の高いディフェンスのブロックを裂けてシュートを狙うときに使われる。
シュートの軌道が、高く大きなループを描くことからハイループレイアップシュートと呼ばれることもある、難しいシュートだ。

見事に得点を決めた流川が、一瞬、スタンド席にいる唯を見上げてきた。

「うわあ、アイツ、自分にもできるってとこを唯に見せつけたいんだよ。練習で唯に決められたからさ」
「……、そうかもね」

そんな流川の様子に、陵南の仙道も気がついた。
「これはますます、面白いかもな」
仙道が、唯と流川を交互に見て呟いた。


「あめーよ」
シュートを決めた流川が内藤に睨みをきかせた。やはり、内藤がファウルを誘っていることに、流川も気づいていたのだ。
「まあ、うちの10番よりましだけどな」
と、また桜木を怒らせるような言葉をわざと付け加えることも忘れない。流川は冷静だ。

「流川ぁ……、言わせておけば」
「ディフェンスー、一本止めるぞおお!!」
「うおおおお!!」
湘北側に勢いが戻ってきた。

「花道、9番は流川にまかせて、4番をマーク」
ガードの宮城が指示を出す。
「しかし、リョーチン!」
「言うことを聞きなさい! 桜木花道」
ベンチから、マネージャー彩子の喝が飛ぶ。

桜木がムッとしてベンチを振り返り、対照的に宮城がデレデレした顔でマネージャーの彩子に微笑みかける。
「よそ見すんな二人とも!」
三井が叫びながら、宮城、桜木と並走する。

ボールは、内藤がゴールに運んでいる。そのディフェンスについているのが流川。
「焦るな、内藤」
4番の村雨が内藤の後方をついて行く。

内藤は一気にスリーポイントラインまで来ると、いきなりシュートを放った。
「スリーポイントシュート!?」
「しかし、強引だ!」
「リバウンドー!!」

流川が内藤をスクリーンアウト。リバウンドボールを制した。
「いいぞ! 速攻!!」

ボールは流川のドリブルから、宮城、三井へとまわり、ゴール下に全速力で駆け戻った赤木につながった。
「くっそー!!」
三浦台のディフェンスが追いつかない。
「うおおおおおおおお!!!!」
赤木の凄まじいダンクシュートが炸裂した。

「出たああアア!! ゴリラダーーーーンク!!」

湘北ベンチが飛び上がる。
得点は50対42
湘北が再びリードを広げ始めた。

「これがうちのペースだ! 赤木が決めれば、みんなが乗って来る!」
木暮が嬉しそうだ。

スタンドから試合展開を見守る陵南が唸る。
「攻めてよし、守ってよしか、流川……」
「流川クラスになると、あの9番の弱点は、一目で見抜けるからな」
「と、言いはりますと?」

彦一の質問に、仙道が答えた。
「確かに三浦台の9番は身体もデカイし、パワーもある。だが、あいつはそれに頼り過ぎている。魚住さんとは違うだろう?」
「そ、そういえば……」
彦一が内藤のプレーを観察し始めると、流川が内藤のドリブルボールをスティールした。
「な、なるほど!」
「そう、パワーとスピードがある分、ボールをもらったらひたすらゴールに向かって走る、直線的な動きばかりだ。あれでは、足もとや横からの動きには対応できない」
「ほんまや」

赤木からのパスを三井が呼び、内藤のブロックをスピンでかわしてスリーポイントシュートを決めた。
「いよおおおおおっし!!」
シュートを決めた三井の雄たけびが、湘北チームをさらに盛り上げた。
「いいぞお、三井さーん!」

残り5分10秒、得点は46対57


ちょうどその頃、海南大の深緑色の制服を着た生徒が二人、湘北対三浦台の試合を見るために、平塚総合体育館に向かっていた。
「ねー神さん、なんで湘北と三浦台の試合なんて観に行かなくちゃなんねーんすかね」
「ああ?」
「どっちも、せいぜいベスト8ってとこじゃないですか? 我が海南の敵じゃないと思うけどなー」
「三浦台より、湘北の方が上だろうなあ。キャプテンの赤木に、ガードの宮城、そして流川が入った湘北は、確かに要注意だと思うよ」
「ふん、富ヶ丘中の流川っすか、気に喰わねー。ナンバーワンルーキーはこの海南大付属1年、清田信長ですよ! 流川じゃねえ」

そんなことを言いながら、海南大付属の神と清田信長が平塚総合体育館に入って来た。
「さあ、どっちが勝ってるかな」
「どっちにしろ、せせっこましい試合をしてるに決まってますよ、ヘヘヘ」

しかし、神と清田の想像は見事に裏切られることになった。
体育館はすっかり湘北のいけいけムードだ。

「いけいけ湘北! いけいけ湘北!」
湘北ベンチの応援のさなか、ガードの宮城がジャンプシュートを決めて、得点は100対47に開いた。

「100対47か、……」
「やるなあ、湘北」
体育館に入って来た清田と神が、スコアボードを見上げた。

「遅いぞ!」
「牧さん」
「キャプテン」

「残念ながら、いいとこはみんな終わっちまった」
「えー!? いいとこなんて、あったんすか?」
清田信長が怪訝な顔をする。


一方、コートでは三浦台の選手が体力的な限界を迎えていた。リードされている試合展開では、追い掛けるチームの方が消耗が激しい。
そんな中、湘北キャプテンの赤木が、三浦台の村雨に宣告した。
「湘北ごとき、と言ったな。これが、その湘北の強さだ」
「く、くっそー……」
「ふん、まだまだ取るぞおおおお!!!」
「「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」」

湘北の勢いは止まらない。


陵南のスタンド席では、キャプテンの魚住が冷静に湘北バスケ部を分析していた。
「あっという間に点差が開いたな。赤木、流川、三井……、この3人がとにかく点を取りまくっている。リバウンドも強い」
「ガードの宮城さんの存在も大きいですわ。あの人が、三浦台のディフェンスをかき乱して、上手いパスを出してますのんや」
「観に来といて良かったな。今年の湘北は、やはり強い」
「かー! これは、無茶苦茶要チェックや!!」

試合時間ラスト4分を切り、フリースローレーンの外で桜木がボールを手にした。
4番村雨がディフェンスに入る。

本日、まだ1点も得点していないのは桜木だけだ。しかも、後半に入って桜木は3ファウル。
ボールを手にして、制限区域になかなか切り込めずに村雨と当たる桜木の姿を、仙道がじっと見つめていた。

「くっそー、テメェーのせいで俺だけまだ0点じゃねーか! 邪魔ばっかりしやがって」
「うるせー! ディフェンスが邪魔するのは当たり前だろうが、バーカ」
「ズルばっかりしてるくせに、くそぉ……」

すると村雨が桜木の足を、後ろから膝で蹴った。

「蹴ってる! ファウルだよ、あれ」
唯がスタンド席から身を乗り出した。だが、審判はノーホイッスルだ。きっと、審判の位置からは見えていないのだろう……。
まずい、またファウルを誘われているのだ。

唯が思った通り、苛立ちがピークに達した桜木が、村雨の術中にはまって、肘で村雨を押し返した。
村雨が大袈裟にコートに倒れ込んだ。

「オフェンスチャージング、白10番!」

「ああああー……」
唯がガックリとうなだれた。ついに4回目のファウルだ。桜木は頭にきたら、抑えることができないのだ。
せっかく、初得点を狙えるいいチャンスだったのに。

「なんで俺ばっかり!」
「10番、手を上げて! あんまり口が過ぎると、次はテクニカルファウルをとるよ!」
審判の言葉に、桜木が悔しそうに手を上げる。
「イラつくな、花道、あいつは審判に分からないようにファウルをするのが上手いんだ」

宮城がそう言うように、湘北男子の誰もが、そのことに気づいていた。
いつもならこの辺で、「ど阿呆」と呟きそうな流川も、このときばかりは何も言わない。

三浦台からのスローイン。ボールはゴール下に運ばれ、三浦台の選手がスリーポイントシュートを狙う。
そのボールを後方から流川が弾き出した。
「ナイス! 流川。花道走れ、速攻!」
桜木が、一目散に逆サイドに走る。
宮城がボールを拾い、走って行く桜木に剛速球パスを出した。

パスを受けた桜木がドリブルでボールを運ぶ。シュートまでいけるのか。

陵南の仙道、海南大の牧、神、清田、それに湘北女子が固唾を呑んで桜木花道を見つめた。

赤木、宮城、三井、流川が桜木のフォローに入るため全速力で追い掛ける。

「行かせるかああ!!」
ゴール下で内藤が待ちかまえている。

桜木が踏み切り、ゴール目指して大ジャンプした。
内藤がブロックに飛ぶ。

「うああああああああ!!!!」
桜木がワンハンドで握ったボールを大きく振りかぶり、シュート体勢に入る。

「ダンク?!」
「ちょ、ちょっと距離足りなくない!?」

渾身の力を込めて桜木が振り降ろしたボールはリングに若干届かず、ちょうどいいところにあったディフェンスの内藤のスキンヘッドに電光のごとく打ち落とされた。
バコンッ!!”
鈍い音と、野獣のような内藤の叫びが体育館中に木霊する。
「うおああああわわあわああああああ!!!!」

「あのバカ、……またやった」
これにはキャプテンの赤木も、唖然として桜木を見つめるしかなかった。

内藤が口から泡を吹き、コートに仰向けに倒れて動かなくなった。
「おおお、やべーぞ」
「死んだか?」
「大丈夫か、あの9番」

ギャラリーから不安の声が上がった。

「コラー10番! わざとだな!」
三浦台高校の監督が、たまらずコートにまで入ってきて、桜木を怒鳴りつけた。
「ち、違う、わざとじゃない!」
「わざとだ!」
「そうだ、わざとだ!!」
三浦台の選手たちが一斉に、桜木に対して野次を飛ばし始めた。

「退場!!」
審判が鋭い表情で、桜木を指差した。

「う、うそお!? 説明してくれ、ゴリ。今のは絶対にわざとじゃないんだ」
「馬鹿が……」
赤木は桜木を無視し、審判に歩み寄る。
「あれは、ディスクオリファイイングファウルですか」

唯と恭が、同時にスタンド席で頷いた。
間違いない、今のはディスクオリファイイングファウルだ。すごく悪質だとみなされるファウルのことで、ただちに失格、退場となる。

「わざとじゃないのにー!!」
桜木が自ら審判に噛みついた。これには、さすがの審判もブチ切れた。
「うるさーい!! どっちにしろファイブファウルだ!」


「カーッハッハッハ!! 面白ぇ奴」
湘北女子や陵南の選手が、完全に引いて声も出せないでいるのに反して、海南大の清田だけが体育館の片隅で大爆笑していた。

「ふん、超、ど阿呆」

流川がそう言った直後、微妙な雰囲気の中で試合終了のブザーが鳴り響いた。

湘北高校対三浦台高校は、114対51で湘北高校の勝利。
ひとまず、男子が初戦を勝ち上がることができたて良かったが、波乱の多い試合だった。無事に終わって何よりだ。

神崎がスタンド席から赤木を見下ろした。
「何はともあれ、初戦勝ち上がり、おめでとう。でも、ただ試合を観に来ただけでこんな恥ずかしい思いをさせられるとは思いもしなかったわよ。次からは試合に出しても恥ずかしくないように、ちゃんとあの新人を教育しておきなさいよね」
「言われなくてもわかっとる。それはそうと、午後からは、女子の試合だったな。俺たちも一応、観に行ってやるから、せいぜい頑張れよ」
「あら、いいのよ気をつかわないで。女子の試合なんて興味ないでしょう」
「バカもん、安西先生がお前たちの監督として残るのに、俺たちだけ先に帰るわけにいかないだろ」
「あ、そっか。それじゃ」

神崎はクルリと赤木に背を向けると、スタンド席にいる湘北女子の面々に呼びかけた。
「さー昼食取って、アップ始めるわよ。行きましょう」
「ういーっす」
「はーい!」

いよいよ、女子の初試合が始まるのだ。唯は早くもドキドキしながら、ボールバッグを肩に、拳をギュっと握り締めて席を立った。
陵南男子が、体育館から出て行く湘北女子を見送る。

「いいですな〜、湘北の男子と女子は仲が良さそうで。陵南は、同じバスケ部でも男子と女子の交流は一切ありまへんもんな。湘北の女子って、強いんですか?」
「去年までの湘北の女子は選手層が薄いことで有名だった。せいぜい神奈川ベスト16がいいところで、大舞台に出ているのは見たことがないな。陵南の女子チームのほうが強いと思うぜ」
「へえ〜」
「たまには、女子の試合を観てみるのも面白いかもしれない。湘北女子は初戦、白金女学院との対戦みたいですよ、魚住さん」
「ほお、白金女学院と言えば、神奈川ベスト8に毎年必ず入って来る強豪校だ。まあ、赤木たちも観戦するようだし、俺たちも少し覗いて行ってもいいかもしれん」
「それにしても、初戦から白金女学院とは、湘北女子もキッツイですな〜」





次のページ