スラムダンク2話5




湘北を同点に追い上げさせた流川のスーパープレーに、会場の興奮は収まらない。

「見たかよ、今の、すっげー!」
「なんだ、あの11番は」
「どっちの11番?」
「湘北だよ、あいつ、まだ1年だってよ! 流川楓って言うんだ」

流川楓は、女子だけではなく、男子にも人気があるようだ。
コートで桜木が流川に詰め寄った。
「この天才のスーパーリバウンド作戦を、素人が邪魔しやがって、卑怯者! 人のボールを横取りしやがって……」
「ど阿呆」
「素人はお前だ、大馬鹿者」
赤木が、本日何度目かのゲンコツを桜木に落とした。

「ア、アンビリーバブルや」
彦一がシャープペンを片手に身体を硬直させて震えていた。


興奮冷めやらぬまま、三浦台のスローインから試合が再開された。
4番村雨がパスを受け、速攻に出た。
「ディフェーンス!」

ゴール下シュート体勢に入った村雨の前で、赤木、流川、桜木がブロックに飛んだ。
「高い!」

これにはさすがの村雨もシュートを打つことができず、一度ボールを外に戻す作戦に出た。
湘北は村雨を赤木、流川、桜木の3人がかりで止めたのだから、三浦台にフリーのプレイヤーが少なくとも二人はいるはずだった。
しかし、村雨が出したパスは、まるでコースが読まれていたかのように宮城によってカットされた。

「速攻、走れえ!」
湘北の怒涛の攻撃が開始される。

宮城が股下を抜く後方へのバウンドパスで三浦台を撹乱し、走り込んできた流川が2本連続のダンクシュートを決めた。

「うおおおおおお!!! すごいぞ11番!」

得点は26:24
ついに湘北が逆転した。

「あれが、富ヶ丘中の流川……」
「流川」
「流川 楓」

流川楓の名前が、会場中で囁かれ、皆が驚きながら流川に注目し始めた。

それから序所に湘北がリードを広げていく試合展開となり、電光掲示板のスコアは、42:24
流川が何回目かのダンクを決めた後、陵南の彦一がまた叫び声を上げた。
「流川君ナイスや! アンビリーバブルや!!」
「ふん、派手な奴だ」
それまで陵南の席をはずしていた仙道が、スタンド席の階段を下りてやって来た。
「ど、どこ行ってはりましたんや、仙道さん。ほんまスゴかったんですよ、流川君!」
「見てたよ。 ちょっと、海南の牧さんに会ったんだ」
「牧さん!? 牧さんですってー!?!?」
彦一の驚きようが半端ない。

「だああああ! しもうたー!! 海南の牧さんと言うたら、県内一の要チェック人物やないですかいな。なんではよ教えてくれへんのんですかぁ、仙道さん! いじわるぅ〜!!」
「うるさいぞ、彦一」
陵南の越野が彦一をたしなめる。

「まだどっかに居るだろ」
「殺生なあ!」
「もう、本当にうるさいぞ、彦一!」

そこで前半が終了した。湘北の18点リードだ。

ハーフタイムは10分。
湘北高校のベンチでは、桜木が宮城に詰め寄り、流川にばかりパスを出していると抗議し始めていた。

「ねえ、ぶっちゃけどうなの? 唯は、パスをヒイキすることあるわけ?」
湘北ベンチの様子を観ていた恭が、突然そんな質問を唯にしてきた。唯がきょとんとして応える。
「へ? そんなのできるわけないよ。コートには味方が自分の他に4人しかいないんだよ? それで、敵は5人。ガードなら、パスを出せるなら誰にでも出すよ。正直、ヒイキなんてしてる余裕はないと思う」
「だよな。桜木って本当、ど素人丸出し。見てるこっちが恥ずかしくなるよ」
「でも、ちょっと楽しみではあるかもね。花道は背が高いし、運動神経もいいし、それに、体力もある。バスケットを初めてまだ1ヶ月なのに、少しずつチームの中でいい動きができるようになってるよ」
「買かぶりすぎじゃないかなー」


赤木がチームを上手くまとめ、湘北は後半もメンバーを変えず、赤木、桜木、流川、宮城、それに三井の5人で行くようだ。
対して三浦台高校は6番の宮本と交代に、スキンヘッドの目立つ、巨大な選手を起用した。
9番、内藤。コートに入って行くその選手は、湘北のキャプテン赤木と並んでも全然引けをとらないほど、体つきも身長も大きな選手だった。
「でかいな……」
赤木でさえ、思わず呟いたほどだ。

「バスケをやる、坊さんか?」
そう言った桜木が、内藤と並んで少し小さく見えるから不思議だ。

「な、なんやあのスキンヘッドは!?」
「三浦台にあんなのいたか?」
「ええとぉ……、わいのリストにも載ってまへんのですわ」
彦一と越野が意表をつかれたように、三浦台の9番を凝視した。
どうやら、三浦台の9番は陵南でもチェック漏れされているほどの、秘密兵器らしい。

湘北ベンチも動揺を隠せない。
「なーにあれ!?」
「あいつ、本当にバスケの選手か?」
彩子と木暮が、信じられないというふうに顔を見合わせている。


後半戦、開始。
ジャンパーは赤木と9番の内藤だ。
ジャンプボールは、高さは互角。空中での押し合いになり、赤木が力負けしてボールは三浦台方向に押し出された。
「赤木が力負けした!」
木暮が驚いて息を呑む。

「花道、追え!」
「おう!」
宮城の指示で、三浦台に渡ったボールを桜木が追い掛ける形となった。
三浦台高校、4番村雨がゴール下にボールを運ぶ。桜木がディフェンスに入ろうとしたところを、9番の内藤が身体で塞ぎ、桜木は巨体にはばまれて後方に転倒した。
ノーホイッスルだ。
「な、なんやあのスキンヘッド、すごいで! 桜木さんを、軽々と跳ね飛ばすなんて」
「アンビリーバブルだな……」
結果、4番村雨がフリーでダンクシュートを決めた。
三浦台高校側に声援が上がる。

「はっはっはっは、どうだ、試合はこれからだゼ!」

転倒した桜木が起き上がらない。
「花道、大丈夫か!」
「大丈夫か、桜木」
「桜木花道!」
「怪我か?」

束の間、湘北側に緊張が走った。
「男子バスケって、本当、荒いわよね。あれがうちの唯だったら、死んでたかもね。でも、桜木なら平気でしょう、多分」
神崎がさらりと言ってのけた。結構、男子には冷たいのだ。
神崎の予想通り、桜木は無事だった。
みんなが心配して見つめる中、突如ノミのような跳躍力で飛び起きると、スタスタと歩いて行って、面と向かって内藤にガンをつけ始めた。
不良の喧嘩さながらだ……。
「テメエエエエエ!!!」
完全に怒っている。

宮城と三井が、まずい、という顔を見合わせ、二人がかりで桜木を抑えつけた。
「やめろ、花道!」
「喧嘩はダメだ」
「放せリョーチン! ミッチー! この天才桜木を、苔にしやがってえええ!!!!」
「安西先生が見てるゾ」
「やめろ、桜木!」
「ええええーい、放せええええ!!」
ついに、キャプテン赤木が恐い顔で桜木に歩み寄る。

「落ちつけ、桜木! 退場させられたいか」
「ゴリ……」

レフリーが険しい顔で赤木と桜木に近づいて来た。
「何でもありません、試合続行です」
赤木が冷静かつ迅速に審判に対応した。

スタンド席で神崎が呟いた。
「まったく、赤木も大変ね。あやうく、テクニカル・ファウルを取られるところよ、あのバカ」

テクニカルファウルとは、審判や相手チームへの抗議、暴言、挑発行為、それに怒りにまかせてボールや器具を蹴ったり殴ったりするスポーツマンらしからぬ行動をすることで取られるファウルのことだ。ゲーム進行に対する遅延行為でも、テクニカルファウルを取られることがある。
このファイルをとられた場合、相手チームに2本のフリースローが与えられ、フリースロー後はゴールの成否に関わらず、オフィシャルズ・テーブルの反対側のサイドライン横から、フリースローを投じたチームのスローインでゲームが再開される。
そんなことになれば、時間を無駄に消費するばかりか、湘北チームの勝敗に影響する失点につながりかねない。
赤木はそれを分かっていて、審判と桜木に対して気丈な態度をとったのだ。

「今回は赤木が丸く収めたからよかったけど、あの9番、わざと桜木を怒らせようとして倒したわね。見てよあの表情、間違いない」
ファウルに関してとりわけ煩い神崎が、内藤を非難した。
あり得ないことじゃない、と、唯は思った。
前半をずっと見ていた内藤は、桜木の性質をよく見抜いているのだろう。ファウルを取りやすいというのも分かる。
一方で、コートの中でニヤついている内藤を、流川が威嚇するように睨みつけているのが見えた。


「いろんな選手がいるもんだな」
陵南の仙道が、面白そうにコートの内藤を見下ろしていた。


ピピー!
試合再開後まもなく、ボールを取った桜木と、ガードに入った9番内藤が再び接触した。
今度は、内藤も桜木も同時に後方に吹っ飛び、倒れた。
審判が桜木を指差し、声高にコールする。
「オフェンス、チャージング、白10番!」

「今のはよそ見してた桜木が悪いな。あれじゃファウル狙われるよ。っていうか、その前に味方の流川へのパスを桜木がカットするってどういう了見なんだろう、バカじゃね?」
恭が口汚く桜木をののしった。
まあ確かに、そこが桜木の素人くさいところだよな、と唯も思う。

オフェンスチャージングの意味がよく分からない桜木が、審判に抗議した。
「審判の人! 今のはコイツが悪い!」

オフェンスチャージングとは、正当な位置にいるディフェンスに対してオフェンスが強引に突っ込み、身体が接触することで取られるファウルのことだ。
ディフェンスブロッキングとオフェンスチャージングは紙一重だが、基本的には、どちらが最初にコースに入っていたかで判断される。
この場合は、すでにゴール下で正当な位置にコース取りしていた内藤に対し、ボールを持った桜木が強引に突っ込んだとみなされ、オフェンスチャージングが取られたのだ。

「やめろ花道! 退場させられたいのか」
すぐに宮城が止めに入る。
「リョーチン! だって今のは……」

ファウルはファウル、ルールはルール。しかしそれでも、意図された敵の策略にはまり、イラつく桜木の気持ちも分かる。
スタンド席から一部始終を見ていた神崎が、それ見たことかと、きっぱり断言した。
「これではっきりしたわね。三浦台の9番は桜木のファウルを誘っている。桜木を退場に追い込んで、高さで有利な試合に持ち込むつもりよ」

得点は42対26
後半戦始まってほんの15秒で、内藤の投入により三浦台高校が勢いづいて来た。

三浦台高校のスローインから試合再会。

ボールは桜木のマークしていた4番の村雨に渡り、すぐに9番内藤にパスされた。
「待て、なっとう!」
立て続けに内藤と接触したせいで、平静を失っている桜木が、自分のマークマン村雨をはずして内藤を追いかけはじめた。
宮城の怒号が体育館に響き渡る。
「馬鹿、離れるな!」

次の瞬間、フリーになった村雨にパスが周り、ボールは凄まじい速さで三浦台ゴールに運ばれて行った。
「4番! ノーマークだ!!」
赤木が声を出してフォローを要請するも、湘北のディフェンスが対応仕切れず、村雨が軽々とダンクシュートを決めた。

「よっしゃーーーー!!!」

後半に入って1分たつ前に、村雨に連続ダンクを決められ、試合の流れが再び三浦台高校に傾き始めた。
三浦台高校は後半に入って、経験の浅い桜木の穴を確実に攻めてくるようになった。
「こりゃ、ピンチや、桜木さん」
「こういうムードをひっくり返すのが、真のエースだぜ、流川」
彦一と仙道が、湘北を見守る。


「いい加減にしろ!」
「ゲームに集中して、マークに専念するんだ」
ふてくされる桜木を、宮城と三井が叱る。
赤木が冷静に、桜木を見下ろした。
「いいか、奴らの挑発に乗るな」
「しかし、ゴリ……あいつが」
「相手が誰であろうと、お前ができることに全力を尽くすんだ」
そう、桜木にはリバウンドがあるではないか。素人だろうが何だろうが、ゴール下で桜木が敵の脅威になっていることは間違いない。

「それさえできるかどうか……」
流川が桜木の背後で、わざと聞こえるように呟いた。
「流川、おのれ……」

―― 一発のシュートで、チーム全体をのせられて、ムードを掴んでこそ真のエース。流川はまだ、そのことに気づいていない。


湘北は完全に流れを三浦台に奪われ、点差を縮められていった。
「このままじゃ、まずいはね湘北は」
「原因は何だと思う? 夏見」
唯の後ろの席で、神崎と宮内が話している。
「三浦台の陰湿なファウルプレーと、素人桜木がいい具合に三浦台に乗せられて、バランスを崩してる。でも、湘北が試合の流れを掴めない本当の原因は、エースに問題があると思う」
「エースって言うと、湘北は流川か三井よね。どっちもいいプレイヤーだと思う、さっきから点を決めて、かろうじて湘北がリードを保っているのは、あの二人が得点するからよ」
「けど、あの二人がどんなに点を決めても、何故かチームは盛り上がらない。まあ、三井は不良生活から戻ったばかりでやさぐれてるし、流川はまだ1年で、経験が浅いから仕方ないのかもしれないけど、チームを引っ張って行くエースとしては、二人ともまだ全然未熟ね」
「つまり奴らには、仲間を自分が盛り上げるんだ、っていう意識がない、あるいは、その必要性を理解していない」
「そうだと思う」
「そうね、エースがチームを盛り上げることには、言葉では言い尽くせないほど大きな意味がある。それは、チームの底力を極限まで引き出すことのできる、原動力になるんだから」
「赤木や木暮はともかくとして、湘北は若いチームだから、そこが課題なのよね」
「それって、女子にも言えるわね。私たちも、頑張らないと」

神崎と宮内の会話を盗み聞きして、唯が恭に囁いた。
「恭はうちのエースだからね、頑張ってね、期待してるからね」
「プレッシャーかけんなよ、バカ」
唯は、恭がプレッシャーを感じていることを知っていて、わざとそういうことを言う。
でも、恭が本当に追い詰められた時に、恭を助けるのはいつも唯だ。プレッシャーを掛け合いながらも、支え合う。唯と恭の二人は、そんなチームメイトなのだ。

後半残り8分。
46対44
湘北はついにワンゴール差まで追いつめられた。三浦台高校は勢いを増し、湘北チームにはなんとなく元気がない。

桜木が素人だという弱点を突かれた湘北は、パスがなかなか回らない。
桜木を放して、他の4人のうちの誰かに常に二人がかりで三浦台のディフェンスがつく状態となった。
宮城がディフェンスを引きつけて、スリーポイントラインの三井にパスを出すが、その攻撃パターンはすでに読まれている。
三井はシュートに入ることができずに、後方で控えている赤木にビハインドパスを出した。

しかし、これもまた三浦台に読まれていた。
9番内藤がパスカットに入り、三浦台高校の攻撃に切り替わる。

速攻で逆サイドにボールを運んだ内藤が、フリースローラインの外側から飛び上がった。
「なんだ、あの足は!」
「まさか、レーンアップ……!?」
目の前で繰り出された内藤の凄まじいジャンプ力に、湘北メンバーが度肝を抜いた。
宙を翔ける内藤が、ワンハンドでダンクを決めるようなシュート体勢に入った。
その時、桜木が内藤を追いかけて後方から飛び上がった

「テメェーには、絶対打たせーん!!」
「よせ、桜木!」

桜木の跳躍力が内藤に負けず劣らずなのはお見事だが、空中で内藤のボールを鷲づかみにした桜木の膝が、内藤の背中に当たり、
バランスを崩した内藤が危険な体勢で地面に落下した。

すかさずホイッスルが鳴る。
「ファウル、白10番! フリースロー、黒9番」

これで、桜木はファウル2つ目だ。

「あの跳躍力、半端ないよ。実はサイコロボだったりして、ふふ」
恭が親指の先を噛んで笑った。もう少しで男子の試合が終わって、じきに女子の試合が始まるので、緊張してきたのかもしれない。
恭は緊張すると、指や爪を噛む癖がある。

コートでは内藤がフリースローをきっちりと2本決め、これで湘北が三浦台に追いつかれた。46対46

明らかに、湘北が三浦台に押されている。
そんな中、桜木がまた内藤からファウルを誘いだされた。

「白10番、オフェンスチャージング!」

「まただ……」
唯が心配になって、スタンド席から身を乗り出した。これで桜木はファウル3つ目だ。あと2つで退場になってしまう。

「まずいな、すっかり敵の術中にハマってる」
湘北ベンチ2年の安田が桜木に声をかけた。
「落ちつけ桜木ー! 挑発に乗っちゃダメだよ、自分のペースで!」
「うるさーい! やめー安!! よく見ろ、どこが長髪だあ!? スキンヘッドじゃねーか、あのド頭!」
桜木が興奮して9番の内藤を指差した。
多分、桜木は何かを勘違いしている。

ワッハハハハッハハ!!
途端に会場に爆笑の渦が巻き起こった。

唯は少しでも桜木のことを心配したことを後悔し、自分の席に深深と身を沈めた。
――湘北の恥。





次のページ