スラムダンク2話4





唯が席に戻ると、得点は8:24に開いていた。
ちょうどそのとき、安西先生が審判に合図を出し、メンバーチェンジを要請した。

レフリーがホイッスルを吹き、湘北高校のメンバーチェンジ。
桜木、流川、宮城、三井の4人が投入された。

「ちょっとちょっとこれどういうこと? あの4人、試合に出してもらえるようになったの?」
「もうケンカはしません、って、安西先生に約束して、試合に出してもらえるようになったんだよ。唯、遅かったじゃん」
戻って来た唯を、恭が迎えた。

「自販機混んでたんだもん、それに他校の生徒に話しかけられたし」
「ふーん、誰に?」
「陵南の仙道さん。背が小さいって、間接的に嫌みを言われちゃったよ」
「喧嘩売ったんじゃないだろーな」
「まさか!」

「唯、仙道さんと話したの?」
話しを聞きつけた城岡華雅里が身を乗り出してきた。
「偶然、自販機のところで、湘北バスケ部のマネージャーなのか、って聞かれただけだよ」
「いいなー! アドレス聞いた?」
「そんなもの、聞くわけないでしょ! そういえば、白金女学院に昔付き合ってた彼女がいるって言ってた。意外とプレイボーイだったりしてね」
「へー、彼女いたんだぁ……。いい人そうだから、ちゃんと吹っ切れてるのかどうか心配。今はどうなんだろう?」
「知るわけないでしょ」
「そういうことなら、今日の白金学院戦、負けられないわね」
と、亜紀。
どうしてそういうことになるのか、唯には分からないのだが。
「ちょと気になってることあるんだけど、一言いい?」
「なに? 恭」
「唯、今あいつのこと、『意外とプレイボーイかも』って言ったけど、あたしは、あいつは『絶対のプレイボーイ』だと思う。気をつけろよ」
「はーい」

「もう、みんな人のことよく知りもしないのに、噂するなんて失礼だよ」
優等生タイプの永岡皐月が、冗談半分で笑う唯たちをたしなめる。
男子の話で冗談を言い合うのは、女子バスケット部1年の間ではすでにお馴染みなのだが、最後は必ず皐月が釘をさすのだ。

「要チェックやああああ!!!!!」
メンバーチェンジに興奮した大阪弁男子の叫び声に、唯たちの会話はそこで掻き消された。

「彦一、あの7番、よく見ておけよ」
と、陵南の越野が大阪弁男子に言った。
「え、7番て、2年の宮城さん?」
「そう、ポイントガードの宮城。背の高さはお前と同じくらいだが、奴は相当、やるぜ」

コートでは今まさに、その宮城がボールを手にし、ゆっくりと三浦台を牽制しながらドリブルを始めている。

桜木花道が、赤木と流川にそれぞれ「足を引っ張るなよ」と言われているさなか、宮城が突如、チェンジオブペースで三浦台のディフェンスを2枚抜き去った。
そして、そのままゴール目指して走り出す。
ゴール下で、三浦台の4番、村雨の巨体が待ち受けている。宮城は背が低いので、村雨とはミスマッチのはずだ。
だが、宮城は少しも勢いをゆるめることなくゴール下に入って行った。
「俺を抜けると思うなよ、うおおおおお!!」
ゴール下、宮城は村雨のディフェンスを最大限自分に引きつけてから、赤木へ素早いバウンドパスを出した。

意表をつかれた村雨が空中で気づいたときには、宮城からパスを受けた赤木がフリーでゴール下にステップインし、見事ダンクシュートを決めた。
会場が一気に湘北高校への歓声で彩られる。

「いいぞぉ! ナイスシュー 赤木!」
「その調子よ! ディフェンスしっかり!」
湘北ベンチの木暮と彩子が声を張り上げた。

ボールは三浦台。
三浦台のガード、5番の選手が反撃を切り出そうと、ゆっくりと攻め上がってきた。
5番をマークしているのは宮城のはずだったが、宮城はなぜかアウトサイドにポジション取りをしていた。
普通は、ボールマンと相手ゴールの間にポジション取りするはずなのだが、宮城はボールマンの後方に立っているのだ。

「あのポジション取りひどくない? あれじゃ、5番はパス出し放題じゃん。一人で走ることもできるし」
恭が、宮城と同じポイントガードの唯に意見を求めて言ってきた。

「もしかしたら、死角からのスティールを狙ってるのかも」
唯がそう言った、直後、加速した宮城がアウトサイドから回り込んで、鳶が獲物をかすめ奪う様に、5番のドリブルボールをスティールした。
試合は急展開。
宮城は、奪い取ったボールをドリブルしながら、再び湘北ゴールに向かい疾走し始めた。
「速い! 速いであの7番!」
彦一の叫び声が聞こえて来る。
その声にかき消されながらも、恭が
「すっげー」
と小さな歓声を上げた。
「本当、宮城さんてすごいよ」
と、唯も頷く。
試合の流れが湘北に変わった。ゲームの内容にも見応えが出て来た。

「いいぞーリョウタ!」
マネージャーの彩子が宮城に歓声を送ると、ボールを保持している宮城があろうことか、ディフェンスから目をそらして、ベンチの彩子を振り返った。

「馬鹿ね」
「だな」
と、亜紀と恭が呟く。
無防備な隙を作っている宮城のボールを、敵が奪い返そうと手を伸ばしてきた。

「こっち見るなバカー!」
彩子が怒鳴る。

瞬間、宮城は敵のスティールを後方に交わして、三井にノ―ルックのビハインドバックパスを出した。
それを三井がきっちりスリーポイントラインの外側で受け、鮮やかなジャンプシュートを決めた。少しも乱れのない、綺麗なシュートだ。
ボールは音もなくネットに吸い込まれた。
「キャアーーーーーーー!!」
「うおおおーーーーーー!!」
見事な宮城と三井のコンビプレーに、会場が一気にヒートアップした。
12:24で、湘北高校が序所に差を縮めてきている。


「なんかムカつく」
「キザな男ね」
恭と亜紀が同時に毒づいた。
その横で、唯が核心に迫る。
「ねえ、もしかして宮城さんて、彩子さんのことが好きなのかな?」
1年生4人組が冷たい眼差しを唯に送る。

「もしかして唯は、今までそのことに気づいてなかったわけ? そんなのもう、私たちみーんな知ってるわよ。見ればわかるでしょう」
亜紀に言われ、ショックを受けた唯は恭を見た。
「恭も知ってた?」
「うん、知ってた。練習中でもうざいくらい、目に着くからね」
「うわ、どうして教えてくれないかな」
「別に教えるほどのことでもないじゃん」

恭の言葉に、唯がムッとふくれる。


試合の流れが湘北に傾き、会場に湘北コールが沸き上がる中、隣のスタンド席から、陵南の彦一がコートの桜木花道に向かって呼びかけた。
「桜木さーん!」
「おおお! 彦一」
コートの中から、桜木が彦一に答える。
桜木が陵南の彦一と顔見知りだったことには驚きだが、試合中にスタンド席のギャラリーと大声で会話するなんて、ちょっと恥ずかしい光景だ。

「ファイトやで、桜木さーん! 得点もアシストも、えー、得意のリバウンドまでゼロやけど……、めげたらあきまへんでー!! この相田彦一がついてますさかいなぁー!」
「コラァ、彦一! お前の声援じゃ調子が狂う! どうせならどっかの可愛い子ちゃんとか連れて来て、花道親衛隊でも作れぃ!!」

スタンド席に、クスクス笑いが湧きおこった。
その時、桜木花道が、湘北女子がスタンド席にいることに気づき、大声で言った。
「おい、女子ぃ! 男子を応援しに来てるなら、そんなとこにボケっと座ってないで、もっと真剣に応援しろー!」
桜木の言葉に、陵南男子や周りのギャラリーたちの視線が一斉に湘北女子に注がれる。
陵南の彦一が余計なことを言うから、こうして湘北女子までもが桜木に恥ずかしい思いをさせられることになってしまったのだ。

「無視よ。他人のフリをしましょう」
神崎が言うまでもなく、みんな他人のフリを通すことに心を決めた。

「ほお〜、湘北女子も男子を応援しに来てはるんですか。要チェックや!」
「ええ、どうも……」
主将の神崎が、恥ずかしそうに彦一に手を振って、軽く受け流した。

直後、桜木が赤木からのパスを後頭部で受けて、会場は大爆笑に包まれた。
湘北女子はただ試合を見ているだけなのに、桜木のせいで肩身がどんどん狭くなっていくようだ。

しかしその間にも、流川がレイアップシュートを、三井がスリーポイントシュートを決め、三浦台との点差は5点差に縮まった。

それを見た三浦台のベンチコーチが、立ち上がる。
「何をやっとるかー! お前らは王者、海南を倒して、インターハイに行くんだ! 1年間の苦労を忘れたか!! 湘北クラスを相手に、この様はなんだぁ!?」
「そうだ、こんな所でグズグズしている暇はない。海南と当たるまでは、死んでも負けられねー」
キャプテンの村雨がチームを鼓舞する。
湘北の赤木キャプテンも黙ってはいない。
「それは俺たちも同じだ。海南を倒して、全国へ行く!」
「そうだ! 仙道は俺が倒ーす!!」

体育館中に響き渡る声で桜木が言ったので、赤木が桜木に強烈なゲンコツを落とした。
「仙道は陵南だ」
「どあほう」

陵南男子が、苦笑いをしながら湘北女子をチラ見してくる。
ここまで、湘北高校の名を辱めてくれるあの男は、一体、何者だろうか。
今や、湘北女子は男子を応援するどころではなく、人目につかないようにひっそりと静まり返るしかなかった。


三井の連続スリーポイントシュートが決まり、点差はいよいよワンゴール差。
三浦台高校村雨のシュートを赤木がブロックし、宮城へ。ボールはバウンドパスで、桜木に渡った。
センターライン上で、今度は無事にパスを受けた桜木に、4番の村雨が張り付く。
バスケット初心者の桜木に、村雨はミスマッチだ。
このとき誰もが、桜木がファウルをするか、村雨にボールを取られるかだと思った。
だが、
「桜木! ボールを止めるな」
という赤木の怒鳴り声が効いたのか、桜木が瞬時に身をかがめ、村雨を交わしてセンターラインを越えることに成功した。

「ターンアラウンドだ! あの赤い髪、いつの間にあんな技を」
陵南の越野が驚いて身を乗り出した一方で、恭がボソリと呟く。
「まぐれだな」

フリースローラインを越えて、桜木がゴール下の制限区域にステップイン。そのままレイアップシュートを決めようとしたとき、
4番村雨が後方から桜木にアッパーをしかけ、桜木がコートに倒れた。

「黒4番、ハッキング!」

誰から見ても、完全にファウルだった。桜木が今にもぶち切れそうなのを、赤木が押さえる。

「フリースロー、白10番」
レフリーのコールで、桜木に2本のフリースローが与えられた。

「どうせ入らねーよ、リバウンド取るぞ」
三浦台の選手が挑発するように言った。
「おう」
「なんだとコラァー!?」
「やめんか!」
激情する桜木に、赤木が本日2度目のゲンコツをお見舞いした。
「桜木、冷静になれ。入らなくてもいいから、とにかくあのリングに当てろ。そうしたら、リバウンドは俺が取る。はじめから入るとは思っとらん」
「フンッ! フリースローくらい決めてやらぁ。この天才に向かって失礼な! 誰も邪魔がいないんだろう、軽いゼ!」
「線を踏むなよ」
「わかってらい! そのくらい」

普段、ファウルをすることには慣れている桜木も、自分がファウルをされてフリースローに立たされる経験は初めてらしい。
ただでさえ緊張するのに、試合で初めてフリースローを打つとなると、プレッシャーは相当なものだろう。
唯は祈るような気持ちで桜木を見つめた。

レフリーが桜木にボールを渡した。プレイヤーは審判からボールを渡されてから5秒以内にシュートしなくてはならない。
それなのに、何を考えているのか、桜木はなかなかシュートをしない。
会場がシーンとなって桜木を見つめた。

「花道、リングの手前の縁を狙うんだ」
と、宮城がアドバイスする。
すると、今度は三井が、
「いや、奥だ。奥をずっと見ながら打つんだ」
と言う。

二人で言うことが違うから、桜木がボールを手にしたまま動揺し始めた。

「手前っすよ、手前」
「奥だ、奥」
「て・ま・え!」
「いーや、奥だ」

「ったく、何やってんだよ」
スタンド席で、恭が呆れて溜め息をついた。

「桜木さーん! 二本とも決めたら同点やでー、バッチリ頼みますよー!」
同じくスタンド席で、陵南の彦一がまた余計なことを言う。

その時、レフリーが笛を吹いた。
「5秒バイオレーション!」

「あちゃー」
「信じられないわね、あのバカ」
唯の後ろの席で、宮内と神崎が呆れ声で言った。

「なにやってんだ桜木ぃー! みすみす一本損したぞ、この大馬鹿野郎!!」
スタンド席から、陵南のゴリラのような男が、コートに向かって猛烈に怒鳴ったので、唯がビクっとした。
男子は本当に声がデカい。

それはそうと、どうやら桜木はフリースローのルールを知らなかったようだ。

「奥が深い、フリースロー……」
「ど阿呆」
「馬鹿者ォ!!」
本日3回目の赤木のゲンコツが、桜木にくだされた。

「いいカッコしようとするからそうなるんだ。お前はまだフリースローの練習をしていないんだから、下手で当たり前だ」
「いや、しかし!」
桜木が食い下がる。

「一つ一つ覚えていけばいい! 俺も昔は苦手だった」
赤木が桜木を説得する。
「そう、コイツのは笑えた。本当に下手でなあ」
と、三井が口を挟む。
「ほお」
流川が興味しんしんで合槌を打つ。

「うるせぇ! やめさすぞテメー」
赤木が我を忘れて三井に怒鳴った。
「うッ……あんまりだ」
三井を退けて、赤木が桜木の肩をガッチリつかんで言った。
「2投目だ、桜木。いいか、落ちついていけ」
「リングの奥を狙え」
「手前だ」
「目ぇつぶって投げれば」
「うああああああ! いっぺんに言うな」

再び、審判から桜木にボールが渡された。

「流川、リバウンド取るぞ」
「うっす」
フリースローレーンの外側で待つ赤木と流川が身構える。

瞬間、桜木の表情が変わった。
――何かするつもりだ。

唯がそう直感した直後、桜木がボールを片手に構えて、バスケットリング目がけていきなり剛速球を投げた。
あんなボールがリングに入るわけない。いや、あれはシュート狙いのボールではないんだ。リバウンド狙いだ!
誰もが息を呑む中、桜木が高く飛びあがった。
バスケットリングに打ち付けたボールを、自分でキャッチしてシュートに踏み切るつもりなのだ。

その時、流川がゴール下でジャンプした。
みんなが唖然として見つめる中、まるで流川だけが、桜木の思考を見抜いていたかのように……。

空中でボールを手にしたのは、桜木ではなく流川楓だ。
一瞬のことだった。
流川はリングから跳ね返ったボールを、片手で抑え、リングの中に叩きこんだ。

ダーン!!
ピピー!

「うおおおおおお!!!」

ついに、同点。前代未聞のプレイに、会場が沸き上がる。
これには亜紀や華雅里、皐月も歓声を上げ、恭でさえ口笛を吹いた。
24:24
湘北ベンチが喜び飛びあがっている。

しかし、コートの中の桜木と流川の様子は険悪だ。特に桜木が、流川にボールを横取りされたことを根に持っている様子。
唯はコートの流川と桜木をジッと見つめた。
その男たちの背中を見ながら、せっかくいいコンビなのだから仲良くやればいいのに、と思うのは、唯だけだろうか。




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