スラムダンク2話3





湘北チームのスタメンは、キャプテンの赤木、副キャプテンの木暮、それに2年の安田、潮崎、角田の5人。

「うそ、なんでよ。男子は最初から余裕をかます気かしら」
センターサークルに並んだ湘北チームのスタメンを見て、一乗亜紀が驚いた様子で言った。
「だな。桜木は例外としても、流川、宮城、三井がベンチなのはおかしい気がする」
と、恭も言う。

「やっぱり弱いんじゃないの? 三浦台って」
唯が口を挟むと、後ろから女子副キャプテンの宮内が言った。
「安西先生にはきっと考えがあるのよ。これは、作戦の一つに違いないわ」
「それはどうかしら、夏見。私はそうは思わないけど」
「どういうことよ、雫」
「簡単よ。体育館で暴力騒動を起こしたから、あの4人はスタメンから外されたんだと思う。いい気味だわ」

主将の神崎が吐き捨てるように言ってのけた。
でも、主力を欠いて試合に臨んで、湘北男子は大丈夫なのだろうか?
しかも、ベンチに残された桜木、流川、宮城、三井は、史上最強に機嫌が悪そうだ……。

唯は苦笑いを噛み殺しながら、ティップオフを見つめた。
ジャンプボールを制したのは湘北の赤木だ。

「はじまったでー! 要チェックや!!」

声が大きい……。
唯たちの座る席の、隣のブロックのスタンド席に陣取った陵南高校の男子の一人が、大声を張り上げて立ち上がっていた。
唯が思わず、チラリと横目で見てしまったほど、その男の子の声は大きかった。

「おい、もっと静かに見れねーのかよ、彦一」
「あッ……、すんませーん、越野さん」

陵南男子も困ったものだ。
唯は小さく肩をすくめて、湘北男子の試合に集中した。


コートでは、赤木から木暮にパスが回ったところだ。

その時、湘北ベンチで桜木が安西先生に話している声が聞こえて来た。
「おい、オヤジ。また俺をいつまでも使わねー気じゃないだろうな。秘密兵器とか言って」
すると、安西先生が桜木からプイと顔をそむけてこんなことを言った。

「君たちはケンカしたからお仕置きです」

「あ……」
「マジかよ」
「ほーらやっぱり」
亜紀、恭、神崎が、ベンチでの桜木と安西先生のやりとりを耳にして口々に呟いた。


同時に、ベンチの三井、宮城、流川の表情に動揺が現れる。
「せ、先生……」
「おい、オヤジの奴怒ってるぞ! なんとかしろミッチー! もとはと言えばテメェーが」
「誰がミッチーだッ、だいたい黙って聞いてれば、安西先生を『オヤジ』だと!? この、無礼者!」

「花道、おめぇーはどっちにしろベンチだからいいじゃねーか、実力から言って」
と宮城。

「んああ!? なんだとぉ、リョーチン! この天才に何て事を、だいたい喧嘩の原因はだなぁ」

3人のやりとりを黙って聞いていた流川が、深い溜め息をついて呟く。
「はあ……。ど阿呆が3人」

「むッ……流川ぁ!」
流川の言葉に神経を逆なでされた三井、桜木、宮城が一斉に立ち上がって流川を取り囲んだ。

「テメェーが最初に手ぇ出したくせに、この、男獣!」
「えらっそーに!」
「てめぇ、先輩に向かってど阿呆だと?」

どんなに挑発しても流川が何も反応を示さないので、桜木が追い打ちをかける。
「テンメェ、やるかこの!」

「……。見えん」

しばしの沈黙の後、ぼそりと呟いた流川の言葉に、他の3人が逆上した。

「「「「んだとおおおおお!?!?」」」

「うわあ、最悪だな男子……」
湘北男子のやりとりを見守っていた恭が、たまらず声をもらした。
唯は恭の隣で、呆れて声も出ない。
なんて恥ずかしいんだろうと思った。きっと、湘北ベンチのやり取りは陵南にも聞こえてしまったろうに。


「ちょっと!! ケンカしてる場合じゃないわよ、あんたたち!」

男子バスケ部マネージャーの彩子が怒鳴った。
「見なさい、あれを」

電光掲示板のスコアが、4:16をさしていた。
開始2分11秒にして、三浦台が12点リードしてしまっている。

湘北のディフェンスが甘いことは明らかだった。
だが、それでも安西先生はメンバーチェンジを考えるつもりはないらしい。

三浦台高校は、背番号4番の選手が、次々に派手なシュートを決めている。

「むーらさめ! むーらさめ! むーらさめ!」

会場に村雨コールが湧きあがり始めた。村雨、という選手が、三浦台高校のキャプテンで尚且つエース的存在のようだ。
コート内で、村雨が赤木を挑発するように言った。
「湘北なんぞは陵南の相手にはなっても、俺たち三浦台の相手ではないゼ。俺たちは陵南ごときとは違うんだ! 陵南、ごときとはなあ!!」

「綾南、ごときぃ……!?」
いきなり、唯たちの隣のスタンド席で、ゴリラのように背の高い陵南の選手が立ち上がり、凄まじい音量で怒鳴った。
「ゴラァあああ、赤木!! 何やってんだー!!!」

「そうや、そうや!」
「そんな奴らに手こずるな! 三浦台ごときに!」
「うちの方が強いで、赤木さあーーーーん!」

陵南と三浦台の野次の飛ばし合いが始まる。

その間にも、湘北はどんどん点差を引き放されて行く。
三浦台はゾーンディフェンスでゴール下の赤木を徹底的にマークしている。
赤木にマークが集中しているのだから、湘北側にはフリーができておかしくないはずなのに、パスが回らない。
練習のときの方が、湘北男子の動きがもっと良かったはずだ。今の湘北は、三浦台の雰囲気に呑まれて本来の実力が出せていないのかもしれない。

「あーあ、もう、見てられない。私、ちょっとジュース買って来る」

唯が立ち上がり、恭の膝をまたいで通路に出た。
神崎が目を光らせる。
「いいけど、炭酸はダメだからね。スポーツドリンクか、ホットのお茶系にしないさいよ」
「はーい。すぐ戻ります」

熱気のたちこめる体育館を出て、唯はロビーの自販機に向かった。

試合の真っ最中ということもあってか、ロビーにはひと気がほとんどない。
それなのに、唯が目的とする自販機の前には、二人の大男が立っていた。
何やら話し中のようで、なんだかタイミングが悪い気がした。

一人は、先ほど体育館で初めて見た、陵南のツンツン頭、仙道だ。
もう一人は、深緑色の海南大付属の制服を着ている男だった。
「常勝、海南のキャプテン自らのおでましですか。お目当てはどっちかな、三浦台? それとも」
仙道の言葉を遮って、海南大の男が言うのが、唯にも聞こえて来た。
「どっちが決勝リーグに出てこようと、うちには関係ない。陵南、とてな」
「そうですか。 けど、今年はかなりしんどい思いをすることになりますよ」

唯には到底、分かりそうもない会話をした後、仙道を一睨みして去って行く、海南大のキャプテン。
去り際、海南大のキャプテンが横目で唯を一瞥して行った。
その身長差で唯が視界に入ったのが驚きだ。

後に残ったのは陵南の仙道で、いましがた買ったばかりと見えるスポーツドリンクを飲んでいる。
唯は大男たちに圧倒されながらも、まだ自販機の前から動こうとしない仙道をかわし、素早くコインを入れてハチミツりんごジュースを押した。

ガコン。
目的のハチミツりんごジュースを手にとって振り向くと、仙道が真っすぐとこちらを見ていた。

「湘北の女子か。君、マネージャー?」

SYOUHOKUと赤いロゴの入ったジャージを見て、仙道が唯に話しかけて来たのだ。
唯はムっとしてツンツン頭を見上げた。

「いいえ、私は女子バスケット部の、選手です」
「ッ……。へえ」

悪気はないのだろうが、驚きやら疑問やらを隠そうともしないでジロジロ見て来る仙道に、唯は気分を害された。
仙道をよけて、足早に体育館に戻ろうとした唯に、仙道がまた話しかけてきた。

「君、1年生?」
「はい」
「君も、試合に出るの?」
「まだ体力がないので、今日は後半から出してもらう予定です」
「ッ……。へー」
また、少し驚いた顔。
対照的に、唯はフグのようにムっとする。
「それじゃ、私、」
「女子の試合って、今日は午後からだよな。女子が会場入りするにはまだ早い時間だ。もしかして、男子の応援に来たの?」
「そうです。うちのキャップが、早めに会場入りして雰囲気に慣れた方がいいから、って」
「ははは、そうなんだ。で、湘北女子は初戦、どこと対戦なの」
「白金女学院です」
「白金のことなら知ってる。昔、付き合ってた彼女が行ってる高校なんだよね」
「へえ、そうなんですか」
「確か、高さのあるチームだ。君、身長いくつ?」

唯がピクリと震えた。嫌味のつもりだろうか。
背の高い選手が揃う、対白金高校戦に、お前のようなチビが出るのかと、言いたいわけだろうか?

「日に日に伸びているので、今は正確な身長をお答えできません」
「日に日に伸びてる、って、どれくらい」
仙道が面白そうに唯に近づいて来た。近づけば近づくほど、身長差が歴然としすぎてしまう。

唯は素早いステップで後ろに下がると、仙道を無視して体育館に向かって走り出した。
走り去る唯の後ろ姿を見送りながら、仙道が声を上げて笑った。

「面白い子だな」





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