スラムダンク2話2





数日が過ぎて、インターハイ予選初日はすぐにやってきた。
5月19日、金曜日。

湘北女子バスケットボール部の第一試合は午後からだが、主将の神崎が、会場の雰囲気に早く慣れた方がいいからと、
朝練を早めに切り上げて、平塚総合体育館にチームを集合させた。

午前には、湘北高校男子バスケットボール部の試合がある。男子の試合を見学するというのも神崎の狙いだった。

まだ予選初日ということもあり、観覧席にはかなり空きがある。
白地に赤いラインの入ったジャージに身を包んだ湘北女子は、苦労することなく湘北男子のベンチ側の席を陣取ることができた。
時刻は9時40分。

男子の試合開始時刻は10時だ。前半20分を戦った後、休憩を挟んで後半20分を戦う。タイムアウトなども含めると、男子の試合が終わるまでにはおそらく1時間くらいかかるだろう。

「身体を冷やさないように気をつけろ。男子の試合が終わったら、昼食を早めにとって、各自アップに入ってくれ。試合は1時からこのコートだ」
聖が湘北女子のコンディションを気にして神経質に言った。
主将の神崎がそれに応える。
「聖、ありがとう。ところで、ドリンク間に合ってる?」
「ああ、多めに作っておいた。まかせてくれ」
乾いたタオルの準備や、ドリンクの準備。それに怪我をしたときの救急箱の準備など、几帳面な聖が全てを取り仕切っていた。


会場は思ったよりも静かだったが、どことなく緊張感が漂っていた。
目指すは全国。
ここから、高校バスケットボールの夏が始まるのだから、無理もない。

電光掲示板を見て、唯が口を開いた。
「男子は初戦、三浦台だね。強いの? 三浦台って、印象薄いけど」
すると、唯の隣に座っていた恭が言った。
「それ確か、去年惜しいとこまで行ったのに海南大に破れたチームだよ。なあ、アキ」
「私はよく知らないけど、なんかそうみたい」
1年の一乗亜紀(いちじょう アキ)が、足を組んでゆったりと椅子に座りながら言った。
「桜木が教室で大騒ぎしてたから聞いたんだけど、なんか三浦台は、打倒海南大付属を目指してて、一年間、猛特訓を積んできたチームみたいよ。かなり気合が入ってるらしい」

亜紀は、桜木花道と同じ1年7組に在籍している。
明るくて快活な性格が好かれていて、みんなからはアッキーと呼ばれている。
「桜木ったら、天才の実力を示すには三浦台じゃ力不足とか、訳わかんないこと言ってた。本当、バカよねあいつ」
「へえー、桜木花道も試合に出るんだ」
と、亜紀の言葉に恭が少し驚いた様子を見せた。公式試合に出て大丈夫なのだろうか。

「どうせベンチでしょう」
と、亜紀がつめたく応える。

会場がザワつき始めた。
「おお、あそこ見ろ、陵南だ、陵南!」
「デッケー」
スタンド席のあちこちから、ヒソヒソ声が上がっているのだ。

見ると、黒に青いラインの入ったジャージ姿の集団が、階段上の通路を通って唯たち湘北女子の座っているスタンド席の隣に降りて来た。
ジャージには「RYOUNAN」と刺繍されている。さすが男子、背が高い。
唯が関心して見つめていると、近くに座っていた男の子が
「仙道ってどれ」
と別の男の子に聞くのが聞こえて来た。
――仙道?
女子バスケしか知らない唯は、高校の男子バスケのことはほとんど分からなくて、仙道という名前もこのとき初めて聞いた。


「あれだよあれ、あのツンツン頭。 仙道彰、陵南のエースだ」

見ると確かに、陵南男子バスケ部の一団の中にツンツン頭の長身の男がいた。
女の子たちがキャーキャー騒いでいる。
亜紀が唯の耳元で囁いた。

「ちなみに、うちの男子は陵南を目の敵にしてるらしいよ。これも桜木情報なんだけど、湘北は練習試合で、陵南に1点差で負けたらしいの」
「へえ、湘北のライバルなんだ。なんか、すごい人気があるみたいだね」
「陵南は神奈川ベスト8に入るチームだと思うよ。特にあの仙道って人、すごいらしい。私も噂を聞いただけで実際にプレイを見たことはないんだけどね、天才とまで言われてるのはよく聞くよね。しかも女子にモテモテで、なんかうちの流川とかぶるよね」

亜紀がそう言ったのを聞いて、その隣の永岡皐月(ながおか サツキ)が会話に加わって来た。
「そうかな、私、流川と同じクラスなんだけど、あいつ授業中いつも寝てるのよ。正直、どうして流川があんなにモテるのか分かんないよ」
永岡皐月は、唯たちと同じ1年で、みんなからさっちゃんと呼ばれている。成績優秀で、堅実な女の子だ。
その皐月の言葉に、今度は皐月や流川と同じクラスの城岡華雅里(しろおか カガリ)が割り込んできた。

「でも、流川くんて確かにカッコイイと思うよ。クールで、ハンサムだし、その上、バスケットボールをしてるときは、もうメチャカッコイイ。モテるのは当然よ」
城岡華雅里は、どちらかと言うと恋多き夢見る少女タイプだ。
同じ1年10組にいて、流川のことを毎日見ている永岡皐月と城岡かがりでは、流川に対する意見は正反対のようだ。


「じゃあ、カガちゃん、流川楓にモーションかけてみればー?」
と、唯がふざけて華雅里に言った。
だが、城岡華雅里は深刻な顔で首を横に振る。

「実は流川くん、私より背が低いのよね」
「え、そうなの?」
「うん、流川くんの身長は187センチ。私は189センチもあるのよ……自分より背が低い男子は恋愛対象として見れなくてね……」
「2センチくらい大したことないって」
と、恭が笑う一方で、
「いいなあ、背が大きくて」
と、唯が落ち込む。

「あのねえ、大きすぎるのも結構、コンプレックスなんだからね。私は流川くんよりも仙道さんの方が好み。身長、190センチあるらしいよ、仙道さんって」
「それに、結構イケメンだしね」
と亜紀が付け足す。
「仙道さんて、3年生なの?」
「ううん、私たちより一個上、2年生のはずだよ」
「どひゃーすごいや、どうやったらそんなに背が伸びるわけ? やっぱり牛乳……あいたッ!」

主将の神崎が、いきなり後ろから唯の頭を叩いた。手には、丸めた大会パンフレットを握っている。
「何するんですかぁ、先輩」
唯だけではなく、1年生全員が神崎から頭を叩かれた。

神崎が脅すように目を細めて、1年生5人組を睨んだ。
「予選初日から恋バナに花を咲かせるとはいい度胸じゃないの。少しは緊張して無口になったりしないかねーこの子たちは」
「緊張を紛らわすために喋ってるんですよぅ」
と、唯が口を尖らせる。
「ああ言えばこう言う」
神崎が再び、唯の頭をポカンと叩く。

「午後からの試合でも、その度胸を見せてもらいますからね。ほら、そろそろ男子の試合が始まるわよ、よそ見しないで前を見る」
「はーい」
「はーい」
「すみません」
「はあ」
「すみませーん」


はじめに入場してきたのは三浦台の選手たちだ。黒いユニフォームに身を包んだ岩のような軍団が、唸る。
「俺たちの倒すべき相手はただ一つ、王者、海南大付属。湘北なんて眼中にねー。行くぞおおおお!!!!」
「うおおおおおお!!!!」
体育館に入って来るなり雄たけびを上げる三浦台の選手に、唯はゾクっとした。
初戦ながらすごい迫力だ。
恭や亜紀も、唖然としている。

続いて、白いユニフォームの湘北男子が反対側の入り口から登場した。
途端に、スタンド席のザワつきが激しくなる。
「湘北だ! デッケー……」
「あれが赤木か?」
という声があちこちで上がり始めた。
どうやら唯たちと同じクラスの晴子の兄、赤木剛憲の顔は、他校にも知れ渡っているらしい。

白いユニフォームの中に、ひときわ目をひく赤い髪の男も、観客たちの注目を引いた。
「なんだ、あの赤い髪は」
桜木花道だ。
別の意味で赤木と同じくらい目立っているのはさておいて……。

人ごとながら、同じ湘北高校の赤木が、バスケットボールマンとして他校から一目置かれているのを見て、唯は嬉しくなった。
頑張れ、湘北男子。男子キャプテン、赤木の姿を見ていると、そんな思いが自然と湧いてくる。

「お前たち、気合は入ってるな。行くぞおおおお!!」
「よっしゃーー!!」
「うおおおおおおお!!!!」
赤木の掛け声に桜木が続き、湘北男子が一斉に雄たけびを上げる。

コートに入場するときに雄たけびを上げるのが、男子なら普通なのだろうか……。
若干引き目に両校の入場を見守りながら、唯はそれでもインターハイ予選の実感をジワジワと感じ取った。
静かだった体育館が、序所に熱を増して行く感覚に、胸が高鳴る。

レフリーがボールを持ち、コートに立った。

「それでは、湘北高校対、三浦台高校の試合を始めます」

体育館中にワーという歓声が上がる。唯と恭も、声を上げて手を叩いた。
「がんばれー湘北〜」
「がんばれー」


ついに、全国制覇の第一歩、インターハイ予選が始まる。





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